第52筆 冒険者登録は、幕の内弁当の後で
二階の事務室は、まるで大正ロマンに戻ったかのような──独特の内装だった。
元華族のシノの趣味だろう。気品があって、どこか懐かしい。
しかし、ことの一端をずっと我慢していたリコが、ついに叫び出した。
「一体何をしてくれたんですか……!? あれ一冊で三十七万リブラの価値があったんですよ!? 一瞬で灰、ってどういうことですか、まったく!」
「〘描写変換・冒険者手帳〙──これでいかがですか?」
風がそっと吹き抜け、ページの間をすり抜けた。気づけばそこには、まるで元から存在していたかのように、冒険者手帳があった。
「⋯⋯何で元通りに!?」
「まぁ、良かろうて。最後の説明は長いからの。良いかい、リコ。イカイビトに、常識を求めちゃいかん。それがよく分かったじゃろうて」
俺の変な能力に一喜一憂するのも、分からなくもない。俺だったらドン引きしてるから。
しかし、彼女は大人の対応をした。
「わかりました! 支部長がそうおっしゃるなら、割り切るのみ! まずは東郷雅臣さん。冒険者登録おめでとうございます!」
速筆・達筆ながらも、丁寧な筆致で書かれていた。
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東郷雅臣 殿
本書を以て、貴殿はB級冒険者として登録したことをここに認定する。
魔力総量:測定不能 推定ゼロ 魔法適性なし。
神力総量:302億3845万7521。(理論値)
神格に近似。増幅可能。
武技:独自流派の彩武流の流祖。九つの武器種──剣・刀・槍・斧・鎚・拳・盾・弓・銃を自在に使いこなす。前代未聞の事例。
体術:人体破壊をするほど強い。
召喚術:〘画竜点睛〙
媒介対象:絵画/絵筆類と電子絵筆
発現形式:具象。
特徴:百八代目イカイビト。恐らく歴代最強。
人間性:初志貫徹を行う。正義感強め。
質問調査:不眠不休で一年も継戦可能な化け物と認識した。証拠映像を本部に提出済み。
〜備考〜
特別認可者である。初回登録だが、Sランク冒険者に相当すると判断。本部の規約に準拠し、Bランク冒険者とする。イカイビトのため、冒険者ギルドは特別支援対象と制定した。
冒険者ギルドシャルトゥワ村支部長
シノ・ファルカオ
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「特別支援対象とは?」
「衣食住の安定提供と供給。毎月100万リブラの支給をすることが決まってます」
リコの返しに即答する。
「自分で稼ぐから、不要です」
俺はきっぱり断った。
日本に例えれば、使い放題な百貨店付きのタワマンに住み、料金は冒険者ギルドが代払い。
毎月、八十万円がもらえる生活みたいなもの。
⋯⋯絶対に人生狂うぞ。
「アタシが作った制度なのに、一蹴するとはね──いや、何でも召喚できるのかい。褒めておこう。アンタは尋常じゃないよ」
「シノさん、どういたしまして」
「次は冒険者ランクについて。説明を聞きますか?」
「はい」
──長いので、まとめた。
▶Sランク
最高ランク。国家専属契約が多い。一騎当千の力を持つ。ミューリエはここに位置する。皆の憧れ。
▶Aランク
地方契約が多い。ドラゴンを単騎で討伐可能らしい。かなり強い人々のランク。
▶Bランク
町村での信頼契約が多い。自分や“狂狼”ヴィセンテくんもここに位置する。
▶Cランク
このランクからリーダー職が増えてくる。
戦局を見通す視野の広さ、即時判断力が昇格のカギらしい。
▶Dランク
一兵卒レベル。魔物の討伐依頼が増える。油断したせいで時々、死者が出る。まさに登竜門。
▶Eランク
駆け出し。普通はこの位置から始まる。まずは簡単な魔物討伐と採集依頼から。下積み時代は大事だと思う。俺が飛び級なのは申し訳ない。
◆降格条件:
・複数回におよぶクエスト失敗/放棄
・他冒険者への妨害行為/犯罪
依頼主に対する意図的な無視/暴行/迷惑行為
◆降格対象:
・ 故意な自然環境の破壊行動
・他人への配慮がない戦闘を繰り返す
◆最悪ブラックリストに掲載
半分飽きてきたから、俺は食べ忘れないよう、おかみ謹製、“例の弁当”を取り出した。
「昼ごはん食べながら聞きます。いただきます」
「雅臣さんって、自由人ですね」
「まぁ、続けて下さい。自分は脳が四つあるから、全部並行できます」
俺は第二脳を使い、“ながら聞き”を始める。
宿屋〈青葉のそよ風亭〉のおかみさんの幕の内弁当は、とても美味しい。
栄養バランス、梅干しの酸味、ボリュームのちょうど良さ。──ごちそうさま。
食後、分子構造が可視化できるようになり、血液が変質した感覚があった。──〘並列する四脳〙から、味覚記憶の変換が進行したのだろう。
引き続き、俺は自動筆記メモを確認する。
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ブラックリストについて:
一度目⋯⋯厳重注意
二度目⋯⋯謹慎処分
三度目⋯⋯十年の強制労働/奉仕活動。
改善なし→除名処分/国家移動制限
特殊地下牢で終身刑。
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こんな決まりがあるということは、前例があったのだろう。恐ろしいもんだ。
「──以上が、冒険者ギルドのと登録説明になります」
つまり、いつ死ぬかわからない信用・信頼・尊敬が求められる職業だ。
それよりも、説明の長さにツッコミを入れた。
「長いって! 短編小説くらいの説明してましたよ。二万字くらいあるし、もっとこうしたらどうですか?」
俺はこの自動筆記メモと同じ様式で配るよう進言すると、リコは目を丸くした。
「ありがとうございます。今度から紙にまとめて渡します。これで説明は全部、っと──」
リコが胸を撫で下ろした、そのときだった。
窓の外、空を裂くように赤黒い閃光が三つ──。
「っ、緊急依頼⋯⋯しかも三つ同時発生の合図っ!」
血相を変えて叫ぶリコ。次の瞬間、灼熱の風とともに、竜の角と翼を備えた男が窓辺に降り立つ。
「我ら火竜、緊急依頼を発注する⋯⋯!」
【次回予告】
第53筆 邪神因子と三件同時スタンピード
《8月2日(金)19時10分》更新致します。
【お知らせ】
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これからも拙作『彩筆の万象記』を宜しくお願い致します。




