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第48筆 今代イカイビトの覚悟

 俺が成長への道筋を考えようとした頃──扉の開く音がした。



「ただいま戻ったよ──って。なんね、この空気は?」


 ゆるやかな声とともに、シノがゆったりと部屋に入ってきた。手には紙製のお土産袋がぶら下がっている。


「あ、シノさん! 外食だったんですよね?」


「あぁ。今日の外の街も、なかなか面白かった。新作の“蒼のサバサンド”、ありゃ中々いけるねぇ。みんなの分も買ってきたから、よかったら食べな」


 そう言って、袋の中から取り出した包みをテーブルの上に並べ始める。


 リコはすかさず袋を覗き込みながら、にやっと笑った。


「空気読まない帰還、逆にナイスタイミングですよ、シノさん!」


 ミューリエもくすくすと笑う。


「ふふっ、ちょうどよかったかもねぇ。ちょっと熱くなりすぎてたし」


 シノは雅臣の顔をちらと見て、ふっと目を細めた。


「あんた、色々と進んでるね。けど、無理はしすぎちゃいかん。強さって、焦って得るものじゃないからさ」


 その穏やかな声に、俺は少しだけ肩の力が抜けた気がした。


「⋯⋯ありがとうございます。シノさん」


 和やかな空気が部屋を包む。

 召喚術、神性、過去の謎──

 課題は山積みだけど、俺は少しずつ、仲間とともに進もう。

 シノなら、どうするだろうか?


「リコ、アタシもステータス確認するから、画面はそのまんまで」


「はいっ!」


 眼鏡をかけ、俺のステータス表示を読むこと数十秒。事情を理解したシノは、俺にきっぱりと突きつけた。



「あんた、地球出身かい? ──実はアタシもだよ。日本の東京と満州に住んでた。そして、アタシは107代目イカイビトさ」


 衝撃のあまり、思考は停止。身体は驚きのあまり、石膏像のように固まって動けなかった。


(先代が生きてるだと? 物申してぇ事がいくつかあんだよ)

 

 やっと動いた口で、思わず叫んだ。


「てやんでぃ⋯⋯イカイビトの生き残りが、目の前にいやがるってのか!?」


「あれ、何その芝居くさい喋り方。雅臣くん、どうしたの?」


 ミューリエが疑問に思ってるけど、気にしない。


 それより、俺の感情はかなり(たかぶ)っている⋯⋯!

 驚嘆と疑念と形容できない何かが⋯⋯そうだ。邪神を倒せていない“怒り”だ!

 なんで、傷跡一つ無く、元気な状態なんだよッ!


「うるせぇ、ミューリエ。こちとら怒りの真っ最中だ!」


「へぇ、江戸言葉を使うなんてつくづく珍しいねぇ。そうさ、あたしゃ西暦・一九八五年に一度目の生を終え、二度目の人生で邪神封印までこぎつけた女だ」


「冗談じゃねぇ、ありゃあねぇ⋯⋯もう百年も昔の話だぞ!? 幽霊か何かだろ、アンタ!」


「笑わせる。代ってのはねぇ、あたしらが役目を終えるたびに次の誰かが呼ばれるって寸法さ。時代も目的も違うが、魂の器は選ばれるんだよ。アンタは、どうやって選ばれたのかい?」


「もちろん、アステリュア──」


 その名を言いかけた瞬間──


「喋り過ぎだよ。まだ語るには、この世界には早い。真の平和にもなってないしね」


 シノに風の魔法で一瞬、“呼吸”を止められた。宇宙の創造主の名前と言霊、影響力は計り知れないようだ。

 しかし、それより三年の修行で抑え込んでいたものが爆発してらぁ。


「──じゃあよ、何でそんなに元気で若々しいんだ! もっと片腕失ってるとか、どっか欠損してるもんじゃないのか!?」


 シノは黙して聞いていた。だが、俺はまだ伝えたいことがある。


(お兄さま、一旦冷静に)


(悪いがウィズム、これだけは譲れねぇ! これは先代と今代のぶつかり合いだ。納得するまで引かん!)


 だから、俺はこの人の真意を聞きてぇ。


「勝手な考えだけどよ、先代たちは、かの靖国の英雄のように──立派に旅立ち、散っていったと思ってた。でも、アンタは生きてる。こうして話してる──」


 さらに声を荒げて問う。


「あんたたちは一体、何を成した! 何を残した! 答えてくれよ! 俺という今代のイカイビトに何を求める!?」


「⋯⋯雅臣。アタシら歴代の百七人にも、言い分はある。⋯⋯だが、それを語るには、あまりに永い年月がかかりすぎた。今こそ伝える時だろうね」


 シノは俺に向かって、ピシリと指を差して宣言する。


「あの戦いは“敗北”じゃない。あれは“繋ぎ”だった。あたしたちは皆、未来の誰かに“勝てる可能性”を手渡すために、命を削ったのさ──!」


 彼女は手のひらに小さな風の渦を生み出し、説明を続ける。


「ある者は弱点付与を。ある者は治らぬ傷を。ある者は呪いの軽減を。邪神は顔に出さないが、年々確かに、弱ってる。⋯⋯アタシらが削った分だけね」


 そこに、水色の魔力製の鎖を追加し、霧散した。


「封印ってのはね、ただの鎖じゃない。神でもない者が命を懸けて創った、切っ先を留める“時間稼ぎ”だ。今のアンタの世代が、最終局面を託されるまでの礎を作った」



「あたしはな、もう戦えやしない。命も燃やし尽くしとる。でも──信じたいんだよ、雅臣。今代のお前たちが、“終わらせる者”だってな」


「だから訊くよ。アンタは、覚悟があるかっ! 百七人分の願いを背負ってでも、前に進めるのかい?」


 俺は、それを聞いて、心に張っていた怒りの糸がほどけていくのを感じた。

 胸の内に溜まっていた黒い感情が、少しずつ──少しずつ、透明になっていく。



(⋯⋯そうだったんだ。誰も逃げたんじゃない。誰も、諦めてなんか──いなかった)



 倒せなかったのではなく、倒すために“残した”のだ。命を、記憶を、楔を。

 それは、“繋いだ”という言葉に置き換えるべきなんだろう。


「⋯⋯悪かった。勝手に、先代を責めてた。何も知らないのに、自分の理想をぶつけてた」


「アンタが怒るのも当然さ。アタシらが全部を伝え切れなかったのが悪い。しかし──今、伝えられた。それで充分だろう?」


 ここで一拍、シノがふっと笑って、目を細める。


「風がアンタの経歴を伝えた。三年の修行をしたってんだろ? こりゃ、驚いたね。向こうさん──神々が本気で仕込んだってわけだ」


「恐縮です」


「それを乗り越えたアンタの覚悟、実力。今までの誰よりも違うよ。──旅に余裕があれば、アタシらイカイビトの足跡、辿ってみな。アタシは統一革命、起こしてやったわよ」


 その言葉に、不思議と胸が熱くなった。

 シノはゆっくりと立ち上がり、俺の肩に手を置いた。


「願わくば、未来の戦士が、過去を否定する者ではなく、過去を継ぐ者であってくれ。…それがアタシの、最後の願いさ」


 その言葉を受けて──


 俺は、深く息を吸った。


「⋯⋯任せろ。俺が“終わらせる”。アンタたちが命を懸けて繋いだ、この物語を」


 そう言った瞬間、どこか遠くで風が鳴いた気がした。

 まるで、見えない誰かが、拍手をしてくれているような気がして──


 俺は、やっと覚悟を決めた。


 それでも、心の奥にはまだトゲが残ってる。

 だけど⋯⋯今の俺には、進む理由がある。先代たちの想いも、今この手に託された。


 過去をなぞるだけじゃ終わらない──俺は俺のやり方で、この世界を救ってみせる。


「⋯⋯ありがとう、シノさん。貴方がたの分まで、やってみせるさ」




【次回予告】

第49筆 神力測定と乱闘騒ぎ

《8月18日(日)19時10分》更新致します

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