第47筆 砕けた石板、視えた真実
「今度は観光協会の方にも遊びに来て下さい。いつでも歓迎します!」
「また召喚術、見せてくれよな!」
「またね、みんな!」
俺はシャルトゥワ村特別観光ガイドの三人、クライン、バズ、ニコラに別れを告げた。良い経験になったとしみじみ思う。
ここから先は、生死を預ける大人の世界。意を決して、カウンター前に踏み込んだ。
「こんにちはッ」
「おっ、新顔ですね! ようこそ、冒険者ギルドへ!」
目の前にいたのは、白金の髪を綺麗に三つ編みした若く活発そうな受付嬢。
シノに顔立ちが似ていて、親族なのかもしれない。
「ん? どうされましたか?」
あまりに白々しい。
柔和な雰囲気の奥に、胸を締めつけられるような殺気がにじんでいる。
どうやら、俺を試しているらしい。
「リコさん、こんにちは」
「こんにちは、ミューリエさん! あらあら〜、この旅人さん、見ないお顔ですねっ! 恋人ですか〜?」
「ち、違いますッ! そういうのやめて下さい!」
「あはは、冗談ですよ〜。今日はどんなご要件で?」
ミューリエが、無限収納庫の到達点、超限庫のポシェットより、封蝋された巻物をリコに手渡した。
「雅臣くんの冒険者カードの登録に来ました。私の推薦文です」
推薦文?
もしや、俺がモーニングルーティンをこなしていた時に、書いたのかも知れない。
「副支部長〜っ、推薦文が届きました! 代理で確認お願いします!」
『今ちょっと、忙しいんだけどー! 引き寄せて確認しとくよー!』
暖簾の奥から聞こえる男の声が、拡声器越しに響く。どうやら風属性の魔法によって、遠くまで声を届けているらしい。
推薦文の巻物が宙に浮かび、そのままスッと引き寄せられた。
『“例の時”が来てるから、その方は特別認可。丁重に扱って〜』
「えっ、特別認可ぁっ!? この方がですか!?」
その文言に、周囲の冒険者が一斉に振り向いた。期待、羨望、嫉妬⋯⋯様々な視線と思惑が俺に突き刺さる。
(特別認可⋯⋯? なんでそんな扱いに?)
「⋯⋯あの、何かあったんですか?」
リコが目を細めて尋ねてくる。
「もしかして! あなた、“イカイビト”⋯⋯なんですか?」
「はい、そうです。それに該当します」
俺がそう答えた瞬間、室内の空気がピリッと張り詰めた。まるで見えない天秤に、俺の一挙手一投足がかけられているような圧迫感がある。
『オマエなら、どうやって世界を救おうとする?』
──そんな問いが、空気の中に混じっている気がしてならなかった。
「す、すぐに冒険者カードの登録の用意をしますっ! まずはこちらの石板に触れてくださいな!」
受付の少女リコが、背後の本棚から取り出したのは滑らかな大理石のような石板だった。中央には六属性の紋章、周囲には複雑な魔法陣が彫り込まれている。
──それは、夢の世界で緑埜彩葉から託された地図帳と同じ紋章だった。おそらく、神聖な印なのだろう。
両手を石板の凹みに当てると、白い光がじんわりと浮かび上がった──が。
ビーッ、ビーッビーッ!
控えめながら鋭い警報音。次の瞬間、石板がバラバラに砕けた。
(しまった! 力を入れすぎたか⋯⋯?)
「こ、これは! ミューリエさんと同じ⋯⋯神性と神力による干渉っ!? すぐに取り替えますねっ!」
冷や汗をかきながら、リコは色とりどりの神秘的な石板──六色の輝きが重なったものを持ち出す。
「では、こちらで改めて⋯⋯どうぞ!」
再び石板に触れると、紫地に白文字で浮かび上がる魔力式映像。それは、空中に情報を映し出す魔術的な端末だった。
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名前:東郷雅臣
性別:男性
年齢:25歳?
身長:182cm
体重:76㎏
種族:人間種 → 半神
所属:“イカイビト”
職業:画家、“絵画召喚師”
能力:召喚術〘画竜点睛〙
神性:太陽神系統・炎熱支配/雷神系統・天候支
配/絵画神/???神系統・???支配
適性:火/風/雷/光/闇の属性
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「わぁ、スゴい⋯⋯! 雅臣くん、こんなに神性持ってるんだ。今まで頑張ってきたんだね」
ミューリエが顔を綻ばせながら、褒めてくれたのはかなり嬉しい。
「イカイビトで、しかも半神!? 神性もこんなに……どういうことなんですか!? わ、訳わかんないんですけどッ!!」
リコも異常性に、あたふたと困惑している。
しかーし! 正直、俺はツッコミどころ満載である。
(おいおい、ちょっと待て! 俺の神性多くないか!? 俺は半分神の血が流れて⋯⋯?)
──俺は大事なことを思い出した。
自分は“神社生まれ”だ。
両親は天候操作や魔法じゃない超常現象を普通に起こしてた。それが家柄、常識だと思ってた。
『おまえは特別な子なんだぞ〜〜!』
そう笑っていた父の顔が不意に思い浮かぶ。
でも、それって、神力を使って起こした現象なら⋯⋯?
(生まれつきの、神の子?)
心の奥に、答えの出ないモヤモヤが残っている。
だから俺は、神性を持つ先輩──ミューリエに、あえて訊いた。
「なぁ、ミューリエ。君が、この石板に反応した最初の例だよな。……俺、本当に、“神の素質”なんてあるのか?」
「知ってるけど⋯⋯あなたと私の過去と秘密を知ってからじゃないと、理解できないよ?」
どうして知っているんだ?
やはり、ミューリエとは何かの強い縁を感じる。俺は過去に会ったことがあるのか? 彼女について、重大な何かを忘れている。
「そこをなんとか⋯⋯!」
「ふふ、教えないよ。──ある人との、大切な約束だから」
その口ぶりはどこか寂しげで、でも覚悟を決めた誰かのようだった。
「分かった。俺はそれを聞き出せる程、成長してみせる。今は目の前のことに集中する」
「オミくんらしいね。さて、リコさん。雅臣について、どう感じましたか?」
リコは待ってましたと言わんばかりに、勢いよくまくし立てた。
「雅臣さん、あなた、ほんとにおかしいですって! 召喚師なんて、おとぎ話の存在が目の前にいるんですよ!? さっきは殺気を送ってすみませんでした! 改めてお会いできて、光栄ですっ!」
殺気⋯⋯送られていたか。
「しかも絵画を媒体としているなんて、もーっと珍しいです! 召喚術が失われてから、もう八五〇〇年以上経ってるんですよ!? 八五〇〇年ですよ! なのに、今ここに生き証人がいるなんて……!」
彼女の目はまるで星を宿していた。
「ぶっちゃけ、使い心地ってどんな感じなんですか? 描画なら、やっぱり絵を描いて仕上げるんですか? 他の召喚術に関する古い記録では、絵を描くよりも、契約対象に直接呼びかけるタイプが多かったんです。たとえば──『おい、ドラゴンよ、出てこいや!』って感じで!」
矢継ぎ早の言葉に──少し圧倒される。
「⋯⋯つまり、要約すると?」
「あなたは、八五○○年ぶりの召喚師で──しかも! 神性を有した、百二十年ぶりの“イカイビト”なんですっ!!」
リコの興奮がようやく収まり、場が一瞬、静まり返った。
「ねぇ、リコさん。私の更新、忘れてない?」
「──はっ! すみません、私としたことが、つい⋯⋯あはは」
苦笑いするリコは、深々と礼をして謝意を示した。
ミューリエも笑って許し、石板に両手を当てた。
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名前:ミューリエ・エーデルヴァイデ
性別:女性
年齢:測定不能
身長:165cm
体重:本人の希望により表示不可
種族:不明 人型生命体とだけ判明済み
所属:なし
職業:|神級魔術師 《ソーサラー:クラス・デウス》
等級:S級冒険者──国家お抱えレベル
異名:虹髪の姫君
能力:千を越える祝福と加護の数々(一部抜粋)
(全魔法詠唱破棄/即死無効/状態異常無/生物愛護/結界強化/剣術補正/斬撃超強化/攻撃軌道補正/命中率上昇/自己回復/自己蘇生/食物摂取強化/身体能力強化/高速飛行/所持品不壊/速読熟知/速筆翻訳/言語即習得など)
神性:生の神・治療と蘇生/死の神・冥府先導/混沌の神・???
適性:全属性/生属性/死属性
備考:多数の祝福は数百の異世界での旅の末、努力と継承によって得たと自己申告済み。
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(え、死と生命の神性⋯⋯? 一人でこんな多系統なんて普通あるか? 祝福と加護が多い。十柱の武神でさえ、数百そこらだったぞ)
「へぇー、全魔法詠唱破棄は祝福効果だったなんて
──毎回、表示が変わるから面白いね」
嘘だろ、信じられん。ミューリエ自身が祝福と加護が多さゆえに、全て把握しきれてない。
「ハハー、相変わらず、常識はずれですね〜〜」
ギルド内のミューリエを知る者たちが「まぁ、当然だろ」と言う空気感を出している。
彼女の先例でだいぶん慣れたのだろう。
(多角的に捉えないとな⋯⋯)
俺の認識とこの世界の常識が──やはり違い過ぎる。様々な方向から強くならなければならない。
【次回予告】
第48筆 今代イカイビトの覚悟
《8月17日(日)19時10分》更新致します




