第45筆 特別観光ガイドと慮外の召喚
「三人にはとても感謝してる。だから俺の召喚術〘画竜点睛〙で、特別な贈り物を用意しようと思ってる」
「やった! あのトンデモ召喚術、また見れんのかッ!」
クラインとニコラの二人はちょっと引き気味だが、バズだけ目を輝かせて飛び跳ねている。
たったそれだけで、俺としてもやり甲斐があるというものだ。
途中、大胆な筆致でアナログ描画も考えたが──
「このまま、デジタルキャンバスでやってみるか」
そう言って俺は画面の前でペンタブを構えた。すると空気がふっと静まる。
風が止んだわけじゃない。けれど、世界の鼓動が一瞬だけ沈黙するような──そんな気配が場を包んだ。
俺の足元に、何かがぽとりと落ちる音がした。
誰にも見えない一滴の“色”。
それは、俺という存在から滴った、根源のイメージだ。
滴り落ちた“色”は、ミルククラウンのように弾けて、足元から極彩色の神力を広げていく。
まるで水気を帯びた絵の具がキャンバスを滑っていくように、空気、光、そして大地さえも染まりはじめた。
「わ、わ……ニコラ、地面が虹色……」
「何か違うよ⋯⋯」
「いや、それ地面じゃない。雅臣さんの魔力が“描画領域”に変えたんだ。今、この場所すべてがキャンバスなんだよ」
クラインが震える声で解説する。けれど、彼もその美しさには目を奪われているようだった。
俺が心の中で「金色を」と念じると、混ざり合った色彩の海の底から、陽光のような金がにじみ上がってくる。
調色の必要はない。意志が色を選び、術式がそれに応えるのだ。
「さて──描こう」
俺は二本のペンタブを両手に構え、第一の線を走らせた。
補助描画線は緩やかなカーブで空間に浮かび、第二脳で操作する左手が、精密なパーツを描き込んでいく。
絵を描くように、願いを込めるように、俺は三人への贈り物を“創る”イメージだ。
まず最初に俺が描いたのは、鋭く光る円形のシルエットだった。
クラインの手のサイズに合わせた、金麗硬晶のメリケンサック。
補助線が空間に弧を描き、力強さと実用性を象徴する形状が浮かび上がっていく。
完成と同時に、彼の前にそれは落ちてきた。
「こ、これは……!」
クラインが思わず手に取る。重量感のあるそれは、単なる武器ではなく、彼の“覚悟”に応える護拳だ。
その瞬間、上空からふわりと舞い降りる羽音がした。
雪のように静かな羽ばたき。金色交じりの白いフクロウが、クラインの肩に降り立つ。
フクロウは小さく「フルル」と鳴き、静かに彼の耳元に寄り添った。
「え……この子、俺に?」
「君は人を傷つけたくないと思ってる。けど、守りたいって気持ちも強い。それが形になった」
「鳥類、苦手なんだけど⋯⋯いや、僕は変わります」
クラインは俺の言葉に、決心して頷いた。どこかで自分を認められたような、そんな表情だった。
次に描いたのは、一本の杖のような、剣のようなものだった。
だが、まだ途中。全体の3割程度しか描けていない。描線がぐにゃりと揺れ、うまくまとまらない。
「……あれ? おかしいな。まだ完成してないのに――」
ズドン!
突然、描画領域の中心から、何かが跳ねるように現れた。
「えっ、ちょ、えええええっ!!?」
──白い犬だった。
雪のような毛並み、金の瞳、そして見るからに聡明で俊敏そうな風体。ややアイヌ犬に近い。
咥えているのは、杖と剣の一体型武具。
だが問題はそこじゃない。そいつ、完成前の“描き途中の空間”を突き破ったことだ。
「キミなの! わたしのパートナーって!」
ニコラが叫ぶと、犬は跳ねるように彼(?)の腕の中に収まり、尻尾をふるふると振った。
「うーん、爆発と運命感じるから、ノヴァンニッド・マグノリアハートっ! これから、よろしく!」
「……ま、まさか召喚中に飛び出してくるとは……これは想定外だ。初の事例だ」
「うちのニコラ、待てない性格なんです!」とクラインが笑う。
だが俺は内心、ぞくりとした。
この子は、“描かれる”だけじゃ物足りない。
自ら飛び出し、自分の道を決めようとする。
……この子が未来の可能性になっていくのかもしれない。そんな予感が、確かにあった。
最後に俺が描いたのは、一瞬で広げられる特殊構造の折りたたみ短剣。
戦場を駆け抜ける速さと、一点突破の力を持つ武器だ。
そして……バズの足元に、小さなフェレットが出現する。
けれど、フェレットはすぐに身を翻し、バズを睨んで「シャアッ!」と威嚇した。
その目に宿るのは、高慢で傲慢な野性の誇り。
「なんだよ……こいつ、全然懐かないじゃん……!」
「それでいい」
俺は言った。
「バズ、君に言うべき言葉がある。“信念と名前を与えよ”。それが、この子と向き合う鍵になる」
バズは目を見開き、黙ってフェレットとにらみ合った。
「……オレは、逃げねえ。どんな時でも、一歩は前に出る。仲間の盾でも、先頭の矛でもいい」
フェレットの目がわずかに細められる。まだ足りなさそうだ。
「おれの信念は、面白くねぇ人間にはならねぇコトだッ! おまえは今日から『ピゼッカ・ブートキア』と名乗れぃ! 村に、世界にスパイシィぃ〜〜な刺激を与えまくろうや!」
「クッ、クック〜!」
すると、フェレット改めピゼッカの身体は光り輝いて変化。炎の魔力を肩に纏い、口から火を吹いたのだ!
その直後、フェレットは「チッ」と舌打ちのような鳴き声を出し、ぴょんとバズの肩に飛び乗った。
まるで「仕方ねぇから認めたる」とでも言いたげに。
「なぁなぁ、ミューリエおねえさん、良いだろ! 俺の専用武器と守護獣ってことだぜっ!」
「ふふ。バズくん、良かったね。雅臣くんが、貴方のために召喚したんだから」
ミューリエがバズの頭を撫でて、感動を共有していた。
その姿は微笑ましい──だが、今回は予想外の事態もあり、疑問が生じた。
(“喚”ばれているんじゃない? 俺が創って、選んで、喚んで⋯⋯?)
わからないし、皆を不安にさせるわけにはいかない。だから、俺は三人にこう伝えた。
「俺はいま、“直感”で君たちに合う存在を召喚した。自分の核やこの子が、なぜ自分の元に来たのか⋯⋯考えてみてくれ」
明確な悪意は感じない。けれど、その背後にある“意志”は、あまりに大きすぎる。
(もしや、〘画竜点睛〙の術式構造に魂が宿ってる?)
まぁ、良いか。今はその時じゃない。そんな気がした。⋯⋯そんな風に思っていた時、不意にニコラが俺の前に歩み出て、にんまりと笑った。
「雅臣さん、これ、忘れてない? それじゃ、あたしたちからも観光記念品あげる」
ニコラが籠入りの多様な小物を取り出す。
──手作りの武器チャームや、翡翠色に輝く綺麗な魔晶魂を包んだ布袋など、小さな思い出が詰まっていた。
【次回予告】
第46筆 観光記念品と初の冒険者ギルド
《8月15日(金)19時10分》更新致します




