第44筆 村の観光案内〈後編〉イシュゴ飴の衝撃
今度は、村の中央の噴水とベンチがある休憩所へ戻ってきた。
日差しが強いが、噴水から立ち上る水蒸気で涼しく感じながら、ベンチに座り込んだ。
「お疲れですか?」
「クライン、そうじゃない。三人の体力に驚いてるだけだよ」
とは言ったものの、邪神の呪い【千語万響】の幻聴が酷いので、精神的疲労を理由に休みたくなっていた。
「お褒めにあずかり光栄です」
クラインは嬉しそうに無邪気に笑った。
思えば、三人とも道ですれ違った同年代の子どもより、足が速い気がしてならない。
ミューリエも平気そうな顔をしているが、意外に元気そうだな⋯⋯と思った。
「ここはよぉ、村の名物料理や、雑貨などがあるんだ。ミューリエおねえさんは気になるモン、あるかい?」
ミューリエは周囲を眺め、少し食べ物の屋台を見て迷った。
だが、首を振って本と万年筆の吊り看板がある場所──書店へと魅了されていた。
「あっ、本屋さん! クラインくん、雅臣くん。私、魔法書を買ってくるね」
ウィズムの本体がガタガタと震えた。俺は瞬時に察する。これは、知識欲が爆発している証拠だと。
即座にミューリエに預け、本屋に行ってもらった。
「おやおやぁ、離れてよかったんですかぁ? ミューリエおねえさんとはどんな関係で?」
「おい、バズッ! 失礼だろう」
「クライン、気にしてないよ。ミューリエとは旅仲間で──友達だ」
「⋯⋯チッ」
俺の的外れな返答に、バズは舌打ちした。
あれ? もしかしたら、今ので観光プランが変わったのか? だとしたら、かなり計画性と現場対応力が高い。
「しゃーねぇ。雅臣おにいさん、ちょっと休憩しようぜ〜」
──数分後。
バズが買ってきたのは⋯⋯まさかのいちご飴だった!
赤い宝石とガラスのような輝きが陽にさらされて、乱反射している。いちごの甘い香りが食欲をそそる⋯⋯。
「この“イシュゴ飴”、やばいくらいウマいぜ。旅人なら絶対食えって!」
“いちご”のことを、“イシュゴ”というらしい。
いちご飴なんて地球にいた頃は、絵の題材くらいにしか思っていなかった。
なのに、今はとても愛おしい。
「くうぅぅ、至高の味⋯⋯!」
飴のパリッとした触感と、ジューシーで甘酸っぱい味わい。
気付けば、三連のいちご飴はあっという間になくなった。
「このイシュゴ、一体どうやって育てているんだ?」
「南の農作地域で三毛作。くだもの飴は季節ごとに変わるから、イシュゴは今だけ! 運が良かったな!」
畑で自分が好きなものを作る生活⋯⋯とても憧れる。今日の観光はかなり勉強になっていた。
「それでよぉ、夏になると桃が育ってきてさ、これもウマいんだよ」
バズの説明を聞きながら、俺はイシュゴ飴に刺さっていた棒を眺める。幼い頃の思い出の痕跡が解き放たれる⋯⋯不思議な感覚がした。
「⋯⋯いいな、こういうの」
思わず呟いた俺の声に、クラインが小さく反応する。
「⋯⋯なにが、ですか?」
「うまく言えないけど⋯⋯旅先でしか味わえないもの。人、空気、偶然の景色。全部、今だけ! って感じがしないか?」
クラインは少し考え込むような顔をして、ふっと笑った。
「そうですね。だからこそ、思い出に残るのかもしれません。この仕事の醍醐味です。──ほら、あなたのお姫様が帰ってきましたよ」
その時、ミューリエが両手いっぱいに本を抱えて戻ってきた。小さな手提げ紙袋から、万年筆のインクらしき瓶も覗いている。
「ふふっ、見て見て。手に入ったの。すっごく珍しい魔法の理論書なんだよ。オミくん、ちょっと見る?」
「あぁ、拝読しよう」
それは、『六聖魔法 〜現象根幹構造と術式分解理論・前編〜』と銘打たれた、分厚い本だ。
パラパラとめくって、粗方理解した。俺が魔法代わりに使っている“現象描画”と原理はほぼ一緒。不変の真理らしく、完成度は高い。
難点があるとすれば、理系の大学院卒レベルじゃないと、読み解けないことくらいか。
ミューリエは地頭が良いヒトだと、よく判った。
「内容が秀逸だな。良い買い物をしたと思う」
「ふふ、そうかも!」
目をきらきらさせて話すミューリエに、バズが小声でぼやく。
「うっわぁ⋯⋯ガチの本好きだな、あのおねえさん」
「それだけに集中できるのも、すごいことだろ?」
俺はそう答えながら、ふと空を見上げ、腕時計を見る。時刻は昼前に近付こうとしている。
恩義ある人への贈り物は、俺の流儀。
愉しい時間をくれた三人に、俺なりの感謝を込めて──お礼の品を召喚しよう。
贈り物は──うん。武具と相棒になる動物を喚ぼう。 俺は微笑みながら、召喚用画面を出現させた。
【次回予告】
第45筆 特別観光ガイドと慮外の召喚
《8月14日(水)19時10分》更新致します
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