第43筆 村の観光案内〈前編〉出会いと門と石像たち
「料金プランは?」
「こちら、料金表になります」
真面目そうなメガネをかけた少年が紙を渡してくれた。
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〜料金一覧表〜
○通常ガイドプラン
約一時間 一八〇〇リブラ
国際児童労働法に基づく短縮版。会話が中心。
○フルガイドプラン
約二時間 四〇〇〇リブラ
三人全員が参加してガイド。満足度高め。
○村の記念品付きスペシ 約
約二時間 五五〇〇リブラ
村の手作り小物付き。記念要素あり。
○個別インタビューオプション
プラス十五分 プラス八〇〇リブラ
ガイドと一対一の質問タイム。人気。
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三人とも制服らしき袖無しベストに、胸元には銀色の葉っぱのバッジと名札つき。
「そのバッジの意味は?」
「お兄さん、気になる? これはね、銀葉章。優秀なガイドにのみ送られる特別な印なんだ」
見た目からして、十歳くらいだと思う。それでも、たくさんの観光客が三人を選び続けたのだろう。
左腕に『特別ガイド』と書かれた腕章を着けており、どうやら信頼度は高そうだ。
「ねぇ雅臣くん、ちょっと高いよ。止めといた方が⋯⋯」
「俺はさ、多様な文化と芸術が花開き、子どもたちの笑顔が続く平和な世界を作りたいんだ。まずは村を、世界を知る勉強代にする。観光って、そう言う意味だろ?」
制止したミューリエが感心したように、目を見張った。子どもたちも『意欲的ですごい人』だと、目を輝かせて感心している。
本来、観光とは、国(地域)の文化や政治、風俗と言ったものを、よく観察することなんだよな。
食って寝て遊んで、それで終わりじゃ、もったいない。俺はできる限り、学びが欲しい。
『雅臣くん⋯⋯世界を知り、観察し、学び、描け』
『素晴らしい絵、世界観を構築したいんなら、よう観るんやぞ。雅臣、社会を知ってから変えぃ』
我が絵の師匠たち、念描神ザフィリオンと、猫宮心蓮の教えである。
──だから、俺はこうする
「村の記念品付きスペシャル・五五〇〇リブラで」
「まいどあり! まずは名前から。僕はクライン。こっちはバズ」
「ウッス、よろしくな!」
白金の髪にメガネ姿の少年クライン、黄緑色の髪のやんちゃそうな少年バズ。
こういう元気系少年、だいたい何かやらかす。でも俺は嫌いじゃない。可愛げがあるからな。
「あたしはニコラ。君たち付いてきて。今日は特別コースだから」
橙色の短髪のボーイッシュな女の子? は、俺の手を握って引っ張っていった。
幼さが残る柔らかな指の感触とは裏腹に、頼もしい表情が観光の期待度を上げた。
◇ ◇ ◇
歩きながら自己紹介も済ませた頃、スタート地点として案内されたのは──村の北門だ。
「ここはどんな所? 俺らが来た西門とは違うのか?」
クラインが淡々と説明していく。
「西門と南門は、村の輸出産業の農業と林業、魔物退治の出入り口に。北門は輸入産業の鉱石加工品などです。東門はリーザック村への道です」
「それぞれの役割があるんだな」
「はい。実は村の石壁すべて、魔物の魔晶魂でできた粉を混ぜてるんです」
俺は石壁を触ってみると、神力が吸われていく感覚があった。修復作業時には、予防策や特殊な手袋を着けるのかも。
「それには、どんな効果が?」
クラインは指先で壁を叩いてみせてから、説明を続けた。
「高い魔力伝導性と、耐衝撃吸収があります。攻撃するほど硬くなるんですよ」
「直すから、壊れるか試して良い?」
「え? 良いですけど」
門兵に許可をもらい、実験してみた。
拳神ダンジンの教えを思い出しながら──溜めて、打つ!
すると、一撃で周囲50mの外壁が、跡形も無く連鎖的に砕けてしまった。
「あっれ、おかしいな⋯⋯まだ2割の力しか込めてないんだけど? 壁は強化しておこう」
俺はすぐさま空に描いて数十秒で全部召喚すると、その場にいた全員が絶句していた。
「⋯⋯お、おう、こっわっ!」
「⋯⋯雅臣さん、あなたを“常識外れ”なお客さまに認定します」
「雅臣さん、すごいね⋯⋯!」
◇ ◇ ◇
次に案内されたのは、初代イカイビトの石像らしい。鼻筋が通った耳長族の美青年が、剣を掲げている。
バズが楽しそうに、身ぶり手ぶりを交え、解説を始めた。
「この人、むっちゃ強かったらしいぜ。たぶん邪神直下の精鋭、百体は倒したんじゃね?」
「それは本当か?」
「違います。正確には五十二体です。当時は大快挙だったそうです」
俺の疑問に対し、クラインがすかさずフォローを入れる。見事な連携プレーだ。
「大昔の邪神はなぁ、弱らせるだけで精一杯だったらしいぞ。それでも、初代イカイビトは、長い冬眠状態にさせた。すげーだろ?」
その言葉を聞いた途端、邪神の呪い【千語万響】の影響か?
石像と同じ姿の黒髪の美青年が青き鎧をまとい、剣を持って駆け抜ける場面が視え、よろめいた。
「雅臣くん、大丈夫?」
「あぁ、何でもない」
「今日は春なのに、日差しが強いのが原因でしょう。脱水症状かもしれません」
頭を押さえる俺に、皆が心配そうに背中をさすってくれた。
このまま放置もまずいと思い、第三・第四脳で並列処理を開始した。
「心配かけてごめん。続けてくれ」
「でさ、この村に住む先代イカイビトが言ってたワケ。ある程度は弱ってるとか、何とか。ウソだと思うけどな」
このシャルトゥワ村に住んでいるのか。地球出身か、それ以外か。疑問は尽きない。
◇ ◇ ◇
ここは村外れの林との境界線。
まだ魔物が通り過ぎた気配が残り、特有の臭いが残っていた。
林の木々は管理が行き届いており、葉っぱは普通の若草色じゃない。
水を弾いたガラスのように、ほんのり青かった。異世界の空気の影響かもしれない。
ニコラは感慨深そうに片手を一本の木に当てて、解説する。
「これが村特産の木材の材料になってる。あたしたち村人は木々一本ごとに微精霊と契約してるの。魔法耐性があって、精霊の加護を受けたものもあるから、また壊さないように」
「ニコラ、ごめんってば。精霊を怒らせるのも良くないよな」
俺が謝るとニコラはからかうように、くすりと笑った。
◇ ◇ ◇
林から少し歩くと──とても澄んだ空気がする泉が現れた。隣には石造りの水汲み場がひっそりと佇む。
「異様なほど静かだ⋯⋯クライン、魔物は来ないのか?」
「村長が“森の主”と共に結界を張っているため、魔物は入り込めません。疲労を癒し、急病さえ和らげる力があるとされてます。水汲みの様子を見せましょう」
クラインが慣れた様子で、水汲み場へ視線を移す。
恭しく両手で水筒を抱えたニコラが水汲み場に立ち、敬意を込めた礼をした。
「樹妖精さん、古き盟約に基づく恵みに感謝を。毎回汲むときに、代表者が唱えるの」
「──興味深いのです。データベースに保存」
ウィズムが周囲に魔力の波紋を広げながら、呟く。
「クライン、ニコラ。そんな真面目ぶってねぇで、遊ぼうやっ! そんなの、ただの言い伝えだろ、なぁ?」
バズが泉の水をニ人にかけようと、手にすくった水を構え、ニヤリと笑う。
「やめて、バズ!」
数瞬だけ⋯⋯林の奥からものすごい怒りの気配を感じた。全く、アホらしくてくだらないが、彼の個性なんだろう。
「次は村の噴水休憩所で──ああん?」
クラインが冷静に呟いたが、バズに水をかけられて激怒。音を置き去りにする鉄拳制裁が下った。
「明日までぶっ倒れてろ、バカヤロウめ」
彼はまだ声変わりもしてないのに、信じられないほど、低い声で凄む。
絶対に怒らせちゃいけないタイプだ。
もし荒事が起きたら、彼が対応していると一目でわかる。
──仲良し三人組のガイドはまだまだ続く。
【次回予告】
第44筆 村の観光案内〈後編〉イシュゴ飴の衝撃
《8月13日(水)19時10分》更新致します




