第42筆 亭主夫妻のお礼と助言
「その情報源って?」
「その記述、世界樹の図書館で見つけたのよ。お陰様であたいもゴードンと同じように、A級冒険者まで上り詰めたわぁ。ひとりでに動く魔剣の本もあるわよ」
「えぇ、本当ですか!」
世界樹──世界中の自然を司る巨大樹のことだ。存在する世界は総じて酸素が濃く、生命力が強まるという。
その伝説の樹の内部に、図書館があるだと!?
初めて聞くケースだ。この世界の全てが記録されているのか?
──とてもワクワクする場所だな。
特にウィズムと来たら、彩幻映体が乱れるくらい、興奮状態になりかけている。
「ボクの大好物なのです。世界の真理、歴史、真実、秘密⋯⋯あぁ、たまりません!」
「俺も召喚術とか絵画の歴史、イカイビトの事が気になるんだ」
あらゆる事を学べば、描くものが見えるからだ。
「お兄さま。いつか絶対、“世界樹の図書館”へ行きましょうね。全員の役に立ちそうじゃないですか」
謎が多い世界エリュトリオン。その真理の一端、見れると良いが⋯⋯。
一方、ミューリエは本について気になることがあるようで、とてもソワソワしていた。
「あの、ライカスト・ルトロニモ・ワクマさんの本とかもありますか? そこだけじゃなくて、このミゼフ王国や、あちこちに」
「あらぁ、ミューリエちゃん。ライカスト翁のこと知ってるの?」
「私の魔法の師匠なんです。彼なら何か知ってるかも……でも、行方不明なんです」
思い出せば、昨日の昼頃。
スライムたちを倒した時、彼女の魔法出力が弱いと感じた。技名からして中位の魔法なのに、威力は下位相当。
何か、のっぴきならない事情があるのかもしれない。
「まぁ! 面白い話聞いちゃった。そうね、い〜っぱいあるわよ、彼の魔法体系。私の無詠唱の料理治癒魔法も彼の技術由来だわ。地球の温泉治療と、食事療法から着想されたんだってねぇ」
シャローズは仕上げの治癒魔法をかける。黄緑色に輝く光の力は、調味料のように味噌汁の中に溶けていく。
そして、出来上がった味噌汁を味見して、閃いたように手槌を打った。
「あっ、そうよ! よかったら、治癒魔法と光属性魔法の本、あげようか?」
「はいっ! 頂戴いたします」
ミューリエがお礼を言い、小躍りでカウンター横に並ぶ『治癒魔法・理論と実践』および『光属性魔法とは?』を受け取った。
「だったら⋯⋯オメェさんにこれを渡さないとな。昨日の家電製品と、この義手のお礼だ」
ジャラッと金属が擦れる音。
重みのある巾着袋を開けて数えた。
長方形の金色に輝く硬貨は10枚入り。人差し指の位のサイズだ。
この世界の通貨単位はリブラ。その硬貨には、日本語に翻訳すれば、数字で“一万”と刻印されている。
「つまり、10万リブラッ!!?」
「お兄さま、日本円で約八万円です。この村の二分の一の月収入です」
まるで、日本で突然八万円の札束を渡されたかのような衝撃。──いや、こっちは物価が違うから、体感的にはもっとだ。
「まぁまぁ高い絵が買える値段だって! 結構な額入ってるじゃんっ!? ゴードルフ先生、ありがとうございます。でも、この半分で良いです。さっきの教えは有料級でした!」
俺は袋から5枚出して返却する。
家電製品と義手のお礼は理解した。だが、教えの授業料は別だ。なぜなら、一生分の価値があるからだ。
だが、“亭主”ゴードルフは袋に入れ直し、キツく結んで俺の胸に押し当てた。
「⋯⋯いらん。あと、先生じゃない。亭主か、ゴードルフと呼べ」
「ならば、この宿の繁栄を願って、ゴーレム二体導入!」
俺の脳内は感謝のお祭り状態。
すぐさま、〘画竜点睛〙を起動。二体の人間に近いゴーレムを丹念に描き、召喚した。
十歳ぐらいの受付嬢ゴーレムは、金色の三つ編み髪を揺らしながら、澄んだ声で「ご予約はございますか?」と元気な笑顔で尋ねる。
十五歳くらいの接客美少年ゴーレムは、銀のトレイを持って静かに一礼した。その所作は、王宮の給仕のように洗練されている。
「⋯⋯はぁ、もう出しやがった。勘で話すが、言い出したら一歩も引かねぇ性格だろ。オメェの師匠も同じ発言したかもな」
ギクッ、ゴードルフに思惑を読まれてる。
昔から、恩は返さねば気が済まない──そんな環境で育ってきた。こればっかりは譲れないのだ。
「⋯⋯シャローズ、どうする?」
「まずはお試し契約しましょ。念願の子どものようで、あたいは嬉しいわぁ」
カウンターのスイングドアを押し開けて、ゴーレムの二人を見る顔は、期待と笑顔に満ちている。
「ありがとうございます。契約成立で。俺はこの力──お金を有効活用し、次は六聖神を訪ねる旅に出ようと思います」
この言葉を聞いた途端、ゴードルフとシャローズの態度が突然、変わった。
「ちょっと、アンタ。“あれ”、出してちょうだい」
「あと数年で来ると思っとった。あぁ、まさかオメェだったとはな」
ゴードルフが嬉しそうに笑う。
すぐに取り出したのは、異質な力を放つ小さめの壺。そこから箸で“梅干し”を取り出して、速やかに弁当が仕上げられていった。
それは、幕の内弁当である。
「この梅干しにはねぇ、“六聖神のご神力”が込められているの。特殊なご神力が身体ごと導くわよ」
「“邪神討伐の旅”なら、手がかりは近ぇ。しばらくはいるだろ? まずは“冒険者ギルド”へ行ってみな。弁当やるからよ。“イカイビト”に幸あれ」
「あっ、バレてたか。では、行ってきます」
振り向くと看板には、『エルツ歴四七三年創業・青葉のそよ風亭』と書かれている。
この宿には、二十年以上も地域に愛され続けてきた歴史がある。
夫婦ふたりで切り盛りしてきた分、あの古い設備も放置せざるを得なかった。
それでも、味と人柄で客足が絶えることはなかった──。
俺のささやかな手助けで更に人気になってくれたら、僥倖だ。
だが、その前に。
「なぁ、召喚術が使えるやべぇ人がいるって聞いたぜ! それって、おにいちゃんだろ?」
「僕たちシャルトゥワ村観光協会公認・特別観光ガイド隊アルファッ!」
目の前には三人の子どもが出待ちしていた。
三人の声の速度が少しバラバラだが、誠意は伝わってくる。
「一周、一八〇〇リブラから!」
「もしかして“イカイビト”なんじゃないの?」
少女の勘の鋭さに、思わずドキッとした。
「図星かな? このエリュトリオンはイカイビトの文化が混ざり合った世界。まずはシャルトゥワ村の文化と歴史から。果ては世界の秘密につながるよ」
「せ、世界の秘密ですと⋯⋯!」
ウィズムが食いつき、ボディデータが揺らぐ──心が揺らいでいる。
「あなたは知りたくない?」
「お兄さま、絶対やりましょう!」
駄々をこねるウィズムの気持ちに、共感した。
なぜなら、俺は、この世界のことを知らなすぎるからだ。
(エリュトリオンの人々は今、どんな生活をしてる?)
全く知らない。過去の資料で読んだ程度。
(その文化や価値観を踏まえて、本気で救いたいと思ったのか?)
まだ分からないし、決まってない。文献で見ただけ。
(これじゃ駄目だ。俺は個人的な押し付けで、世界を救いに来たんじゃない。気付け、自覚しろ)
邪神討伐の前に、その邪神の脅威から守りたい世界と人々の姿をイメージ出来るようにならねば──!
世界の秘密に弱く、子どもの依頼を断れない性格だったのを忘れていた。
己よ⋯⋯世界を知り、擦り合わせろ。ガイド観光で、どんな救いが必要なのかを理解せよ。
【次回予告】
第43筆 村の観光案内〈前編〉出会いと門と石像たち
《8月12日()○時○分》更新致します




