第40筆 絆無き絵筆の戦士
ミューリエは抜剣禁止の宿屋で、ご亭主に一礼して許可を取ると──ペンダントの宝石に触れた。
すると、柄がすぅーっと現れ、彼女の手に漆黒の大剣が抜き身で現れた。
「にゃやぁ⋯⋯姿が違う⋯⋯!?」
「何かの条件で、純白へと変化するのかもしれませんね」
その大剣は、俺の身長と同じくおよそ百八十二センチ。不思議なことに、純白の剣ではなかった。
「ちょっと待ってね。ルストくん、”起きて“」
彼女の言葉を合図に、漆黒の大剣が封印の錆を剥がすように、純白無垢な姿へと変わった。
「この剣の名前は、ルスト・ハーレイヴ。今から実験してみせるから、ちゃんと見ててね」
ミューリエは食堂の真ん中に立ち、自ら目隠しをして両手を挙げた。魔法やトリックもない。ここにいる全員が、それを証人として見守る。
大剣は切っ先で跳ねるように動いているのに、床に傷一つ付けない。
──そう、ルストの“意思”で、そうしているのだ。
「ルストくん、準備完了よ」
数秒後、目隠しが粉々に切り裂かれた。現れた彼女の顔に、傷一つない。むしろ──前髪や眉毛すら、丁寧に整えられていた。
「おぉ~~!」
その場にいた全員から、どよめきと拍手が巻き起こる。
自然と、〈|意思を持つ武具《インテリジェンス・ウェポン〉という言葉が脳裏をよぎった。
「こんな感じ。──雅臣くんの刀は、どうかな?」
「カキア」
「もう出しとる」
カキアがすぐに出した俺の刀──霹臨天胤丸は、日本刀に似て非なる異形の刃。だが、つついても呼びかけても──まったく動かない。
──なぜだ?
「おーい、霹臨天胤丸⋯⋯動けるか?」
「反応ないね」
「生命反応、エネルギー反応、神力反応⋯⋯ゼロです。⋯⋯完全沈黙状態」
悔しさのあまり、椅子から転げ落ちた。
あの三年間、共に修行した時間は⋯⋯一体、何だったんだ? 思い出が渦巻き、めまいがする。気が狂いそうだった──
「おい、雅坊。スマンが、ちと貸してみ?」
「え?」
俺が椅子にすがって立ち上がった頃──いつの間にか、ご亭主が現れていた。深く一礼し、静かに鞘から刀を引き抜く。
「我が瞳よ、その剣の真意と未来を見抜け──!」
魔眼が蒼白く光り、そこには紋章と星空のような輝きが一瞬宿った。そこには“先見眼”という、無数にある未来を掴み取る信念と、強さが観て取れる。
数十秒ほど“対話”するように見つめ、納刀した。
「刀に、まことの感謝を」
他の誰かが持てば拒絶されるはずの〈霹臨天胤丸〉が、彼には沈黙していなかった。
その理由は⋯⋯ただ、“礼を尽くした”からではない。彼には俺が知らない何かが、ある。
そして──その口から放たれた言葉は、厳しくも温かかった。
「単刀直入に言うわ。オメェさん、“剣士失格”だ。刀を、武具を防具を⋯⋯“ただの道具”としか見てねぇ。オメェにゃ〈絆〉がねぇよ」
「ウソ、だろ⋯⋯!?」
──それはまさに、“武具との絆”を初めて教えてくれた“心の先生”、ゴードルフ・マーキッドとの出会い。
あの出会いが、俺の強さを加速させたのだ。
【次回予告】
第41筆 武具との絆、心の再覚醒
《8月10日(日)19時10分》更新致します。




