第39筆 黒衣の謎と二振りの剣の言及
小鳥たちはさえずり、風が眠気を覚まし、清々しい気持ちになれる早朝。
俺は青葉のそよ風亭の食堂で、宝物を見つけた。
「おぉ、最高⋯⋯! いただきます」
──それは、和の朝食であるっ!
味噌汁の広がる湯気と、焼き魚の香ばしい香り。玄米ご飯に、納豆や漬物。
朝は和食派の自分にとっては、死活問題であり、涙がこぼれるほど嬉しい。
ひとくち、口に運んだ瞬間──胸の奥が、じんわりと熱くなった。
たったこれだけの味が、どうしてこんなにも沁みるんだろう。
三年の修行を終えるまで、誓いとして大好きな和食を封印した。
洋食や中華料理ばかりだった俺の舌が、優しさに包まれてほどけていく。
「先代イカイビトさん、ありがとうございます!」
あぁ、この味。旨味とだしの効いた味だ。渇いた心にふわりと沁みていく⋯⋯。
歓喜のあまり、噛み締めながら食べている。
まともに食べてないと、身体が求めてやまないのだ。
そんな俺の感動をよそに──
「あみゃあ、やっぱり“奴”はおかしいッ!」
カキアの荒ぶる声が食堂中をこだました。
小鳥のさえずり、味噌汁の香り。平穏そのものの朝──なのに、カキアの怒鳴り声がすべてを台無しにした。
「そうです! あれは記録や演算を越えた異常現象だったのです!」
……なんで俺とみんなの静かな朝は、カキアとウィズムによって、破壊されているんだ?
木の梁に陽が差し込み、温かな色がテーブルを照らしていた。
どこかで器が触れ合う小さな音がして、冒険者たちの静かな会話が心地よく響いている。
なのに⋯⋯俺の周囲はどうして、ひときわ騒がしいテーブルになっているんだ?
「……なぁ、落ち着いたらどうよ?」
俺は味噌汁を一口すすると、ふたりを見やる。
「はい、ふたりとも深呼吸して」
「すぅ~〜、はぁ〜〜」
両者の混乱した思考を、やっと落ち着かせることが出来たようだ。カキアが最初に口を開く。
「そこのミューリエ嬢と一緒に、着席してからじゃ」
納豆に眉をひそめたが、すぐに興味を失ったように目を逸らす。代わりに、俺たちの様子をじっと観察していた。
……冷静なのか、達観しているのか。少しだけ、彼女の目が読めない。
少しして、洋食寄りな具沢山セットを選び、静かに着席した。
「私からも話すことがあるの。でもその話が先。だって、すごく気になるもの」
ミューリエは驚きもせず、興味津々な表情をしている。何かを知っているようで、隠している気もするが。
「ではボクから。昨日の深夜──お二方が寝ている頃、村に敵襲がありました」
「私が村に張った結界が壊れたのは⋯⋯そのせいだったのね?」
「うむ。黒い姿、影を纏ったような男、“黒衣の男”が攻めて来たんじゃあ」
カキアの言うその男とは、“夢の世界”にも干渉していた者だろうか? だとすれば、辻褄が合う。
「それで、ボクとカキアじじは足止めしたのですが、防戦一方でした。敵は“時間を止めた“ような動きで、すぐに突破したのです」
ウィズムは参謀型だし、肉体や義体はまだない。カキアは補給・支援・デバッファー型なのだから、戦いは補助型だ。
「狙いは⋯⋯お兄さまの命だと思います」
「あるじ=“イカイビト”を襲う──更に転じて“勇者殺し”が目的。うぅ、みゃあは身震いがするわい」
たった一日で、どこから情報が漏れたのだろう?この異世界に降り立った直後──あの女の声が関係してる?
俺も気味が悪くて全身が粟立つ。
「それで、おみゃしたち二人の前で攻撃寸前⋯⋯にゃんと、あるじの刀〈霹臨天胤丸〉と白い大剣が立ちはだかったんじゃ。何かを察したのか、黒衣の男はそれ以上動かんかった」
──俺の刀、〈霹臨天胤丸〉が、自律的に動いた?
ハザマの話からして、ウィズムとカキアが奮闘して振り回したのかと推測していたが⋯⋯違う。
興味を惹かれ、思わず箸を置いた。
「一体、白い大剣は誰のものなのでしょう?」
「にゃあの、管轄下の物品ではないしのぅ」
二人が頭を捻る中、沈黙を破ったのはミューリエだった。
「⋯⋯それ、私の剣だよ?」
「あぁ。俺も同じこと考えてた」
カキアとウィズムは口をあんぐりと開けて、フリーズしていた。
数百の世界を巡ったミューリエなら、意思のある剣など、持っていておかしくはない。
彼女の剣の秘密に、迫るとしよう。
【次回予告】
第40筆 絆無き絵筆の戦士
《8月9日(土)19時10分》更新致します




