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第35筆 私の誇りを取り戻すために

──ミューリエ視点──


 私は、幼い頃の夢を見ていた。草花と朝露の香り、そして幻獣たちの陽だまりの匂いが、夢の中の空気を満たしている。


「行ってきますっ!」


 世界最高峰の渦巻山(うずまきさん)の山頂にある祈りの集落。その中の大きな一軒家が私の家だった。父母と共に過ごした愛おしい日々。


 いつも泥だらけになって帰ってくるから、動きやすい格好に、カバンにお弁当とオモチャばかり入れて、遊びまわる子だった。

 

 数時間後に帰って来た姿は、砂だらけだ。母は怒らず、にこやかに微笑んだ。


「おかえりなさい」


「ただいま! お父さま、お母さま。今日はね、炎天竜がね、わたしを背中に乗せて世界一周旅行してくれたの!」


「あら、彼らしいわ」


「もう、ビューンってかけ抜けるんだよ! でもね、着陸する時はどこも傷つけないんだよ。スゴいでしょ!」


「ふふっ──彼の背中、あなた好きねぇ。お礼は言ったかしら?」


「うん、頭下げて『ありがとうございました』って言ったもん」


 母エドゥティアナは汚れた衣服を即座に着替えさせ、文句一つなく洗浄魔法で洗う。

 その手際は熟練の舞のように洗練されていて、ムダがなかった。


「今日は自分が作った料理だぞ〜。美味いか?」


「❛いのちに感謝❜だね! お母さまから覚えたよ」


 父の言葉に乗じて、母がすかさず釘を刺した。

 

「だったらあなた、土の中にいる小さな命のことも考えなさい!」


「きゃー、お父さま助けて〜!」


「よーし、任せなさいっ!」


 ⋯⋯いや、やっぱり怒ってた。

 母から逃げ回る私。父は私に味方し、世界の端まで鬼ごっこと、かくれんぼ。


 生まれた時から聖獣や妖精たちが遊び相手の日々。山から運ばれる祝福の数々は、愛と平和に満ちていた。


 ──本当に懐かしい日々。出来ることなら、あの頃に戻りたい。


『なら、もっと思い出せ。我ら虚精霊(きょせいれい)と、大剣ルスト=ハーレイヴ殿のことを──!』


 頭の中に響いた声が、更なる幻想の世界へと私を導く。忘れちゃいけない事を、忘れていた。



◇◇◇



 今から四万年前。

 私は勇者としての異世界救済の旅は、百カ所目に差し掛かっていた。


 十歳の時からお世話になっているアステリュア=コスモ様から依頼され、次の世界の救済へ転移した瞬間、魔法の座標設定を失敗。


「えぇ⋯⋯ここ、どこですか?」


 人の気配を感じない未知の世界へと、私は迷い込んだ。色彩が少なく、何らかの神殿跡のような──祈りの世界。


 そこに住んでいたのは、身体が半透明な精霊たち。怨念だけで生きているような、禍々しい雰囲気すらあった。


「あのー、貴方がたって⋯⋯精霊だよね?」


「何者だ!」


 精霊も様々な姿を取ることで有名だが、返答してくれたのは──顔がなく、白と黒の半々のローブを来た大精霊級の存在。

 私が手を差し伸べると、手の平にちょこんと収まるほど小さい。


「私は魔法使いのミューリエ・オーデルヴァイデ。何だか皆、否定されてきた感じがするわ」


「おのれは⋯⋯ネグ・ナクト。神に遣われし監査官だった残滓なり。今はただの亡霊よ」


「神々にも交渉したのに、“いない者扱い”された。恨めしい、怨めしい⋯⋯!」


 ネグ以外の誰かが、怨嗟を響かせた。

 とても強い負の感情で空間が収縮を繰り返し、歪み出すほど強力。即座に浄化魔法をかけて中和した。


「我らは数多の異世界が滅んでも死にきれず、存在を否定された精霊──虚精霊だ。この生き地獄を少しでも和らぐため、我らは身を寄せ合って死を待っている」


 胸に迫る哀しみ、憎しみ、怒りが精霊たちから伝わってくる。ネグの発言を皮切りに、獣型、幾何学模様、人型、発光型など数万に及ぶ大軍勢が私を取り囲む。


「頼みがある。我らを地に還せ」


「我らを地に還せ──!」


 全員が同じ言葉を叫び、背筋が一気に冷えた。どうしてこんなに⋯⋯絶望しきっているの?


「イヤです! 出会い頭に殺害要求なんて、応えるヒトがいると思ってるの?」


「もう飽いたのだ。生きることに」


 とても重い答えに息が詰まる。

 しかし、私は「可愛い」という言葉がすぐに思い浮かんだ。

 それは、見た目の小ささだけじゃない。迷い、苦しみ、熱心に生きてきた姿に包容力を以て、抱きしめたくなっちゃった。


「全員、集合〜〜!」


 挑発効果のある魔法で強制的に集め、全員を全員でぎゅっと抱きしめた。


「貴方がたは充分、世界のために尽くしたわ。そのお仕事はしばらくお休み。分かる?」


「⋯⋯は?」


 全員が呆気にとられている。

 それも至極当然なこと。精霊は生まれた時から死ぬまで、世界の法則の一部としてずっと働き続ける。そこに個人の自由なんて、微塵も介在する余地がない。


 ネグ・ナクトなんて、軽く数億年は生きていると思う。でも、自由意志を持たなかった。いや、不要だと切り捨ててきた。きっと責任感が強い子だわ。


 えい、ままよ。

 とっても傲慢な事を言っちゃえ。


「現時刻をもって、全ての虚精霊と強制契約よ! 私と自分自身の為に生きなさい。もし、私が危機に陥ったら、絶対に助けてね」


 この言葉で、皆の身体から光の鎖がバラバラに砕け散った。無意識に自分で呪詛をかけていたのね。


「⋯⋯自由に生きて良いのか?」


「当たり前じゃない! ワガママ全開でも、私は赦すもの」


「ありがたき幸福。残りの身命、全てあなた様に捧げまする!」


 私の見えない所でずっと活躍しているとしみじみしていたら、エリュトリオンの海に立っていた。



◇◇◇



『ちょっとー! オイラとの出会い、忘れないでよ!』


 大剣ルスト=ハーレイヴの陽気な声が頭の中に響く。彼は六聖神が一柱、火聖神アウロギ様直々の作。


 当初は聖剣として生まれたが、あまりの強大さで暴走し、自分の意志で動き、成長する魔剣となった。オマケにアウロギ様の姿を真似るから、六聖神から破壊命令が下った。


 激怒したルストくんは、海を毒に変え生物を狂わせる厄災となったけど──母エドゥティアナが浄化。


 西方大陸の〈聖地〉で封印しても、暴走は止まらず、私が光魔法〘永劫消失エタニティ・ヴァニシング〙で抹消。心を入れ替え、ようやく忠誠を尽くしてくれた。


「なんか、端折られた。『オイラが姫様の剣になる』って、言ったじゃん! 姫様が寝てる間に、こっちは二千五百もの異世界を救ったんだから!」


「⋯⋯ふーん、ウソじゃないのね」


 白髪ベースに、毛先だけ黒い少年の姿でルストくんがふと現れる。

 ウソ発見魔法を使っても異常がない。様々な武具に姿を変えて、救い続けたんだ。


「ほらほら、見てよ。姫様の愛と救済の切っ先で綴った日記を⋯⋯!」


 数万冊に上る日記の数々は切創で文字が刻まれていた。日毎にめくるたび、冒頭すべて「姫様、愛してる」から始まる恐怖の禁書。

 四万九千年もこの性格だから、どこまでも変わらない。あの極寒の聖地での激闘が懐かしい。



◇◇◇



 そう思うと、今度は吹雪に包まれた。吐く息が白い。小じわが増えた両親の姿。

  銀白の雪が降りしきる冬の森。その中心で、父が問う。


「娘よ、まだ冬眠する(ベアット)のままでいるのか? ⋯⋯君の春はもう、目の前にある」


 柔らかな声だった。まるで雪の音に触れるように。

 ふと顔を上げると、父は優しく微笑んでいた。

 その手には、小さなランタン。中で魔石の灯りが、ゆらゆらと揺れている。


「眠っている間に、世界はずいぶん変わってしまったぞ」


「⋯⋯わかってる、つもり。だけど」


「ならばもう一度、歩き出すんだ。雪の上でも、一歩ずつでもいい」


 母エドゥティアナがそっと寄り添ってくる。あの頃の面影はあれど、瞳に宿る光は深く、静かで──どこか、哀しい。


「魔法も、世界も、変わってしまった。でも、あなたは“ミューリエ・オーデルヴァイデ”でしょう?」


 お母さまにその名を呼ばれた瞬間、私はハッと息を呑んだ。


(わたし⋯⋯私は、絶対変わらなきゃいけない)


 気づけば、白銀の森に吹いた風が、吹雪を払い、地図のような文様を雪の上に刻んでいく。


「──師匠のライカスト(おう)に、会わなきゃ」


 魔法の基礎は六聖神に学んだ。そして、ライカスト・ルトロニモ・ワクマという黎高種(ハイエルーサ)に魔法の中核を教わった。


『魔法とは想いと希望、憧憬など人々の可能性から生まれる』


 その教えに私の魔法を重ねる。もう見る影もないほど散々な結果だった。

 リハビリがてら、ここ何年かエリュトリオン各地を巡った時、私の勘と魔法の冴えはとても衰退していた。


 初級魔法のみで、かつてはゴブリンを五十体以上を瞬速で倒していたけど、すっかり速度も落ちて数体ずつしか倒せない。


 しかも、詠唱文や術式体系の理解すら忘れていた。この二つを忘れると、下手をすれば魔法が暴発してしまう。人類の叡智、安全装置だもの。


(今の私に足りないものを取り戻す。忘れるよりも多くのことを学ぼう。覚えなくちゃ)


 私は力強く決意を(ささや)いた。

 たとえ何万年生きようと、眠っていた数千年の時間は、自分の誇りまで錆びつかせた。


 ⋯⋯だからこそ。


 あの人の足跡を追い、出会ってもう一度、魔法を学び直す。世界のために。そして、私自身のために。


 ──私はつがいの鳥のさえずりを聞きながら、夜明けと共に目覚める。


「んん⋯⋯やっぱり夢だったのね」


 目元が痛い。

 濡れた枕から、無意識に泣き腫らしたのだと理解した。


 西風が吹き抜ける。私の悲しみと寂しさを()やすように私の虹の髪を()でてくれた。


 春の風は、始まりの風。


「私は──万民を想い、繋ぐ者になるわ。光と愛で邪なるものを“浄化”しましょう」


 怒りでも憎しみでもなく──それでも私は、己を赦さないために、赦す力を使う。

【次回予告】

第36筆 三年目の朝、惑星に火をつけろ〈村・二日目〉

《8月5日(火)19時10分》更新です

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