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第34筆 夢の世界の導き

 ──目を開くと、そこは幻想的な場所だった。


 大傘のような夜空が頭上に広がり、星々が尾を引いて降り注ぎ、傘に触れては溶け合っている。


 “夢の中”だと気付くには十分だった。


 その中で――静かに佇む緑の髪の女性がいた。

 彼女は落ち着いた動作で、太い(ツタ)で編まれたティーカートを押してくる。


 木の実のような装飾、葉脈のような細工が随所にあるそれは、まるで森ごと仕立てられた家具だった。


 着ているのは深緑と白を基調とした上品なメイド服。どこか「仕える者」というよりも、この空間そのものを司っているような静かな力を感じる。


 彼女が足を止め、静かに一礼した。


「どうぞ、お掛け下さいませ。緑茶をお淹れいたします。口に合うと()いのですが」


「ありがとうございます」


 俺は高級感のある椅子に座る。

 その声には、現実の誰とも違う、魂を揺さぶる深みがあった。豊かな香りが立ちのぼる。急須から注がれるのは宝石のように澄んだ緑の茶。


「美味しい。静岡茶かなぁ」


「御名答です。お詳しいようで」


 懐かしい。茶葉の摘み取り体験と、コラボイラストを描いたことを思い出す。


「どうして緑茶を知っているのですか?」


「地球出身は、あなたの他に数名おります。“イカイビト”はおよそ百年に一度、来ますから」


 彼女が直接、思念を送った。

 四振りの刀を()く侍──[日月流(じつげつりゅう)]。英国の洗練されたティータイム文化。新聞発行の技術と報道の精神。


 多くのイカイビトがこの世界を変え、救おうとした。彼らの足跡(そくせき)が、彼女の記憶からにじみ出るようだった。


「先達からの情報提供に、感謝致します」


「いえいえ、お構いなく」


 すると――


 「目を覚ましたか」


 圧倒的な気配と共に、背後から声が響く。

 反射的に振り返る。そこに立っていたのは──ひとりのの男。



 黒髪に黒目、彫りの深い端整な顔立ちをした壮年の人物。

 モノトーンの(よそお)いには、過度な装飾が一切ない。まるで、“死”が人の形をとったかのような圧倒的な威厳だ。

 一歩近づくたび、星々がそっと軌道を外す──そんな錯覚があった。


 男は、静かに、けれど逃れられない重みを帯びた声で言う。


「ようこそ、夢の世界へ。……まあ、そんなに気を張らなくても良い。君を脅かすために呼んだわけではない」


「あなた方は誰ですか。なぜここへ?」


「そうだな⋯⋯“夢の管理者”ハザマと名乗ろう。こっちは世話役の緑埜彩葉(みどのいろは)


「俺は東郷雅臣と申しま──」


 彼の言葉に応じようとした瞬間、空気の奥底で軋むようなざらつきが走った。

 目には見えずとも、確かに何かが歪んだ気配――禍々しい残滓。


「……実のところ、君が完全に目覚める前、この場には“異物”の痕跡が残っていた」


 淡々とした声でハザマが語る。

 その瞬間、空間の片隅が一瞬だけ、黒く揺らめいた。


 「“黒衣の男”と呼ばれている存在だ。君の記憶にもあるはずだろう」


 寝ている時、確かにそれはあった。安息とささやかな幸せが包み込み、「もう起きなくて良い」⋯⋯そう感じてしまったからだ。


「奴の影は、夢すら汚染し得る。だが……今回は、それを押し返す力があった」


 そこでハザマは初めて、(かす)かに口元を綻ばせる。


「──そなたの仲間たちだ。ウィズム、カキア。そして、君の刀とあの大剣。その意思が、君とミューリエを(まも)った」


 俺は唖然とした。

 てっきり、ミューリエは魔法しか使わないと思い込んでいたからだ。


「そなたがまだ意識の底で彷徨っていた時、彼らは確かに“選んだ”。お前を、救うと」


「はい! 最上の誉れにします」


 俺は素晴らしい仲間がいることに感謝した。


「そなたと仲間の経歴、()は“イカイビト”最強と判断した。そなたを信頼し、啓示を下す」



 俺はゴクリと息を呑み、すぐに姿勢を正した。



「火・水・風・土・光・闇──六つの属性を司る神々、六聖神に会い、試練を越えよ。彼らから邪神を封ずる結晶、“六聖封紋石(セイント・ストーン)”を授かりなさい」


「──確かに拝命致しました。皆様は⋯⋯どこに居られるのですか?」


「近くはそなたが居るミゼフ王国の祭神、火の神アウロギ。向かう先は風の導きとともに。だが、本音を言えば、“封印”などでは足りぬ。“討ち滅ぼして”欲しい、それが()と世界の本当の願いなのだ」



 ⋯⋯彼は震える声で言い、その目から、静かな後悔の涙がひとすじ流れた。


 邪神とはただならぬ特別な関係があったのかもしれない。もし彼と親交が深ければ、邪神は、途中から堕落した存在なのか?


「邪神って、どんな存在なんですか? 貴方を泣かせるほどひどいことをしたんなら、俺は赦さないですよ。俺が全て終わらせます。必ず」


()のことは気にするな。夜明けは近い。──頼んだぞ、“太陽の勇者”よ」


 ハザマが期待を込めて握手をしてきた。

彩葉が差し出したのは──六属性の紋章が表紙に刻まれ、不思議な輝きを放つ一冊の地図帳だった。


「貴方を導く地図帳でございます」


 火の神アウロギ。導かれる先に何があろうとも──俺は使命を魂に刻み、生命が尽きるその時まで、ただ突き進む。


 槍神ガラハッドが教えてくれた「貫く生き方」を胸に。


 ──風が西を指していた。

【次回予告】

第35筆 私の誇りを取り戻すために

《8月4日(月)19時10分》更新です

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