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第32筆 想いの輪郭、まだ知らぬままに

「ごめん、メイテ・グレイリー全体の話までしちゃって! 聞き飽きちゃったよね?」


「とても興味深かった。いつか、畑を持って農作業してみたくなったな。その時は、勉強がてら行ってみようか」


「うん、約束だよ。嘘ついたら針千本飲ませるからね?」


 笑顔で言われたけど、何でその言葉知っているんだ?



3. 嫌いなものを言ってみる


「セロリ、パクチー、自由なき世界。⋯⋯セロリとパクチーの花言葉はどれもいい意味なんだけどさ、匂いがどうしても無理なんだよな。食べられるけど、鼻が拒否する感じ?」


「ふふ、わかる気がします。私は⋯⋯変態おじさんゴブリンが嫌いで、ネバネバした食べ物とか苦手なの。納豆もちょっとムリ」


「やっぱり制約が多い物事は苦手。本当はさ、飛び出したくなる」


「実は、制約の異世界があって⋯⋯あの世界は、確かに大変だったの」


「そんな世界があるのか! 宇宙は広いなぁ」


 気付けば、会話は段々と弾み出し、お互いの距離が少しだけ縮まった気がする。



4. どんな人が印象に残ってるか


「私が印象に残ってるのはね⋯⋯数年前、地球で出会った高校生の絵描きさん。あの子の描いた龍の絵、すごかったんだよ。今にも空に飛び立ちそうで⋯⋯思わず、時間を忘れて魅入っちゃった」


 ミューリエがそう言った瞬間、ふと胸の奥がざわついた。なんとなく、自分のことを言ってる気がした。


 でも──。


「高校生って、ミューリエは地球に来てたのか?」


 俺が問い返すと、彼女はにっこりと笑った。


「ちょっとだけね。観光旅行で寄ったくらい。でも、とっても思い出深い旅だったの」


「観光旅行で地球とか自在に行けるんだ⋯⋯すげぇな。やっぱミューリエ、いろんな世界を回ってるんだな」


「うん。昔はね、勇者として各地を巡って、数百の世界を救済してたの。でも⋯⋯この“エリュトリオン”は、邪神が強すぎるの」


 その言葉に、俺は自然と頷いていた。


「邪神は⋯⋯共に倒そう。俺もできることをする」


 すると、ミューリエはふっと頬をゆるめて、ちょっと意地悪そうに言った。


「ところで、雅臣ってば。私の歳、聞く気?」


「うっ⋯⋯いや、その⋯⋯つい気になって⋯⋯」


「女性に歳を聞いちゃダメって、常識だよ?」


「す、すみませんでしたぁ!」


 咄嗟に頭を下げた俺に、ミューリエはくすくすと笑った。⋯⋯やっぱり、ちょっとからかわれてる気がする。


「じゃあ、雅臣くんは? 印象に残ってる人って、誰かいる?」


「俺か? ⋯⋯そうだな。ミリアさんと、絵の師匠だった猫宮心蓮(ねこみやしんぱち)さんかな」


「二人はどんな人?」


「ミリアさんは⋯⋯俺が異世界に興味を持ったきっかけで、花が好きになったのは彼女のおかげだ。今でもずっと、憧れてる人だよ」


 今はどうしているだろうか? どうしてか、ミューリエから似た雰囲気するのが不思議だ。


「猫宮さんは、地味で目立つのが嫌いな人だったけど⋯⋯もう亡くなっちゃってさ。でも、すごい絵を描く人だった。絵を見てるとね、動いてる幻覚が見えるくらいなんだ」


「幻覚って、それもう魔法みたいだね」


「そうだよな。でも、今の俺なら、あの人に届いてるかもって⋯⋯たまに、思うんだ。三年間、色んな修行したからさ⋯⋯」


「ふふ⋯⋯聞かせて、もっと」


 ミューリエがそっと身を寄せるようにして、俺の言葉に耳を傾けてくれた。



5. 好きな人は今いるのか


「雅臣くん、好きな人って⋯⋯今、いるの?」


 ミューリエが何気なく尋ねてきた。夜も深まり、室内はしんと静まり返っている。唯一、ティーカップの残り香だけが、温もりを残していた。


「⋯⋯まだいないよ。恋愛っていうより、今は目の前のことで精一杯だから。でもさ」


 俺はふと、目の前の彼女を見て、口にしていた。


「ミューリエと話してると、不思議と心が安らぐんだ。⋯⋯だから、それって大事なことなんじゃないかって思ってる」


 すると、ミューリエは目を丸くした後、柔らかく笑った。


「奇遇だね。私も、同じことを考えてた」


 静かにそう呟いた彼女の声に、何かがふわっと溶けていくような気がした。




6. 好きな人に求めるもの


「じゃあさ⋯⋯好きな人に、どんなものを求める?」


 そんな問いに、俺は少し考えてから答えた。



「⋯⋯月明かりのような包容力。焚火のような心の持ち主」



「ふふっ、詩人みたい」


 ミューリエが笑ったけど、俺は本気だった。


「月は、いつだって優しい光をくれる。誰にも干渉しないけど、そっと見守ってくれてる」


「確かに。慈愛の精神、あるよね」


「焚火は⋯⋯近づけばあったかくて、周りまで明るくなる。誰かの中心にいなくても、気づけばそばにいる、そんな人がいいなって思う」


 槍神・ガラハッドと、弓神・弦霞(げんか)の夫婦が見せてくれた在り方を、言葉にしてみた。


 ミューリエは一瞬、目を細めた。何かを感じ取ったような眼差しで、俺を見ていた。


「⋯⋯理解できると思う。そういう言葉の意味。私もね、あるんだ」


 彼女はティーカップをそっと置き、呟いた。


「強さと、弱さ。その両方を隠さず、周囲の心を護る人。出来れば⋯⋯生き方を、ほんの少しでも救ってくれるような人」


 それがどれだけ難しいか。どれだけ、それに失敗して破滅した人を見てきたのか──そんな痛みが、言葉の奥に滲んでいた。


「⋯⋯それなら、俺、ずっと目指してるよ」


 俺の言葉に、ミューリエは一瞬だけ目を見開く。それから、何かを飲み込むように視線を落とした。


「あなたは⋯⋯いつか、きっと。⋯⋯ううん、なんでもない。今日はありがとう。おやすみなさい、オミくん」


 そう言って、ベッドに背を向けるミューリエ。その声が、どこか不機嫌そうに聞こえたのは気のせいじゃなかった。


 でも、具体的な理由は分からない。


(⋯⋯なんか、怒らせたかな)


 そんな疑問が、ずっと胸に残った。


 ⋯⋯なんでだろう。ほんの少し、ミューリエの背中が遠く感じる。


 その理由に、俺はまだ気づいていない。

 たぶん──彼女の心の奥に触れるには、もう少し時間がかかるだろう。

毎日投稿・32日目。ここまでお読み頂きありがとうございます。



【キャラ紹介:猫宮心蓮(ねこみやしんぱち)

雅臣の絵の師匠の男性。故人で、今は霊界(あの世)に住んでいる。日本では漫画と絵画を繋ぐ巨匠と呼ばれていた。


画力の高さと多彩な表現技法を雅臣に叩き込み、育て上げた。心蓮がいなければ、雅臣はプロの画家にならず、趣味に留めていたであろう。


“魂を宿す画家”の称号は、心蓮から受け継いだもの。


雅臣が召喚出来るようになった今、再び現世に()ぶ時が来るかもしれない。



【イベントお知らせ】

毎月始めに開催! 読者質問コーナー『第二回・知的探究』が8/1〜8/7まで質問を募集しております。


作中で分からないこと、気になったことを感想項目や、

SNS X #彩筆質問二 を付けて投稿されると見に行きます。


回答は8/16または8/17に致します。宜しくお願い致します。

※アラビア数字はXの仕様上、#に反応しません。ご了承下さいませ。



【次回予告】

第33筆 黒衣の男と、仲間に護られし二人

《8月2日(土)19時10分》更新です

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