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第30筆 青葉のそよ風亭と魔眼の亭主

 どんなに多くの魔石灯(マギア・ランプ)で照らされても、村の空気は、やはりどこか重苦しい。


 まるで嵐の前の静けさのように、陰を引く空気が張りついている。


 だが、俺たちが辿り着いたその宿──〈青葉のそよ風亭〉は、不思議とそれを振り払うような温もりをまとっていた。


(重苦しさの中に、かすかな光が灯った気がする──ちょっとだけ、ワクワクしてきた)


 ミューリエに続いて、木の扉を押す。扉の上の小さな鈴が軽やかに鳴り、歓迎される。


 すぐに視界に入ったのは、カウンターに立つ屈強な大男だった。


「よう、おかえり。青葉のそよ風亭へ」


 五十路を超えていそうな渋い顔。鋭い眼光が漏れる左目には──火竜の刺繍が施された黒い眼帯。


 白いシャツとネクタイに緑のエプロン。胸元には、“亭主・ゴードルフ”と金属製の名札付き。


 その立ち姿だけでも、思わず背筋が伸びるほどの存在感があった。


 相手を誤認させる魔力隠蔽(まりょくいんぺい)は神徒クラス──いや、他の異世界なら旅の始まりで“世界の理”として登場。二度と出てこないタイプの存在だ。


 それが今、宿のカウンターで「おかえり」とか言っている。


(待て待て、どこまで行っても、この村に“普通”が存在しないのか⋯⋯?)


 間違いなく彼は只者じゃない。歴戦の猛者の匂いがする。しかし雰囲気とは裏腹に、親しみのある喋りと声色だった。


「⋯⋯お、ミューリエ嬢じゃねぇか。よくぞ帰って来られた。今回は三人か?」


「こんばんは、ゴードルフさん。二人泊まりと馬一頭分の厩舎、それに夕食もお願いします」


「まかせな。ちょいと、部屋んカギ取ってくるわ」


 亭主は“眼帯”に手をかけると、さらりと“ソレ”をめくった。


 キィィィン──と、耳鳴りがする。

 そのとき、時間が止まったように感じた。


 眼帯の下──空色の瞳は、どこか幻想的だった。虹彩には複雑な紋章らしき刻印が走っていて、吸い込まれるような美しさがあった。


「⋯⋯おおい? どうした坊主。ワシの“魔眼”に見惚れたか?」


 初めて見た。

 瞳に異能力を宿す──選ばれし者の証だ。


「ま、“魔眼”⋯⋯ですか?」


 感動と興奮を隠すため、視線を逸らしながら聞き返すと、亭主は口の端を上げて笑った。


「あぁ、“先見眼”ってヤツよ。数カ月先の未来と、将来見込みある者がわかるって代物だ。坊主、名前は?」


「東郷雅臣⋯⋯と申します」


「雅臣、ねぇ⋯⋯ふむ。高瑞津国(たかみずのくに)の文法か」


 その呟きには、どこか意味深な響きがあった。


 それもそのはず。この宿──〈青葉のそよ風亭〉は、実は“強者しか泊まれない”という妙な評判があったらしい。

 後でミューリエから聞き、驚いたのだ。


(多分、迷惑客の宿泊を⋯⋯水際で防ぐ狙いだろう)


 部屋に荷物を置き、ひと息ついた俺たちは、すぐに広間で夕食を取ることにした。だが、厨房から慌ただしい音が鳴り止まなかった。


 そして、原因に気付いた。料理の提供が──かなり遅れている事に。


「すごいね、相変わらずの混み具合⋯⋯でも、料理にはね、治癒魔法が込められてるの。珍しいし、それも人気の理由なんだよ」


 ミューリエが耳打ちしてくれた。


 納得した。だから回復の匂いがしてたのか。

 ハーブ、フルーティー、スパイシー、医薬品の四種類ある。今回は、ハーブの香りが少し目立つのだ。


 俺は様子が気になって、厨房が見渡せるカウンターテーブルに移動。貴族然とした背広姿の男と相席し、そっと声をかけた。


「ちょっと失礼。そちらのご紳士、いつもこんな感じですか?」


「あぁ、いつもの事だ。まさに戦場だが、手伝わなくて良いと言い張る。プロの矜持かもな」


 ご紳士は、無力感に満ちたため息を吐いた。


 厨房の奥では、おかみさんが三つ編みを揺らし、必死の形相で鍋と皿を行き来していた。


 厨房は少し狭く、調理器具も古びていて、明らかに設備投資が追いついていない。


 一方、亭主は片腕で重そうな鍋を持ち、ギリギリのバランスで作業をこなしていた。


「──右腕が、無いっ!?」


「実は⋯⋯創業当時から、右の方は無かった」


 ご紳士のさりげない補足と目の前の事実に、思わず胸がギュッと、締め付けられた。


 長年の仕事と半生で、きっと色んなものを失って、それでも今ここで踏ん張っている。


 俺の手が、勝手に動いていた。


「⋯⋯ちょっとだけ、手を貸してもいいですか?」


 了承を得て、空中にペンを描くように指を動かす。

 描画召喚術〘画竜点睛(アーツ・クリエイト)〙の発動合図だ。


「ご亭主、金属製品や木製品の継続使用で、皮膚がかぶれることはありますか?


「ん、ねぇぞ? ただ、ずっと合うものが無くて──」


「今から貴方専用の“義手”を召喚します」


「おい、“義手”ってまさか!」


 意匠に迷ったが⋯⋯こっちにしよう。

 神力を走らせ、メタリックに光を反射する、鋼鉄製の義手のイメージを描き上げて──。


「〘召喚(サモン)〙。装着すれば⋯⋯あ、オマケで念じると手から炎と光線も出ます。護身用として使って下さい」


 亭主が唖然としていた。だが次の瞬間、その義手を腕に通し、わずかに動かしてみると──


「おお⋯⋯動く、動くぞ。軽いし、反応も滑らかだ⋯⋯しかも、幻肢痛すら無ぇ!?」


「何事だ!? 無から有を創ったぞ!」


「あんた、すげえや! 何者なんだ!?」


 ──周囲からは拍手が巻き起こり、泣き笑いが混じっていた。


(皆はずっと、もどかしい気持ちだったのか)


 何年も悩んだ事がたった数分で解決した。こみ上げる感情から、ご亭主は涙を拭いていた。


(おかみさんの手は、水仕事でシワだらけだけど、ぬくもりがあった。料理と魔法で誰かを癒すって、すごい力だと思う)


 魔法は使えないから、ずっと憧れる。だから、全ての魔法使いへ敬意を込める。


(機械で代わりに何かをしてあげるだけじゃ、意味がない。この人が“もっと笑顔で立てる”ような道具を贈るべきだ──)


 思い立ったが吉日。俺は昔から決断すると行動は速い。


「〈青葉のそよ風亭〉に、革命を起こします。〘画竜点睛(アーツクリエイト)〙、描画を開始(ペイント・スタート)──!」


 俺はこのキッチンに必要なものをすべて描き起こし、置き換えをしていく。


 おかみさんへ魔物の魔晶魂(コア)、魔石に魔力注入で動く調理機器一式を贈った。


 魔力で火加減を自動調整するコンロと、魔法が干渉しやすい設計の換気設備。調理中に“無詠唱の治癒魔法”が自然と料理に馴染むよう、熱流の流れを整えた特殊オーブンも組み込んだ。


「この形式はどうでしょうか?」


「あら、良いわねぇ。採用で!」


 使いやすさと安心感を重視し、操作盤は直感的なレバーとつまみ。彼女の手の癖に合わせた配置に、何度も調整を重ねた。


外装は宿の雰囲気を壊さないよう、木と金属のクラシカルな意匠に。中身は、かつて自分の故郷の人々を救った最先端技術だ。


 果たして、喜んでくれるかな?


「キッチンがアーガラム帝国の帝都級だわぁ! 下手したら、越えてるかも知れないわねぇ」


 ──厨房が、一瞬で変わった。


 完成直後のおかみさんの発言を皮切りに、その光景を見ていた他の宿泊客らが、ざわめき始めた。


「あれ、召喚だよな⋯⋯? 神話に語られる“赤き召喚師”か?」


「あんちゃん、髪が赤ぇもんな」


「マジかよ、もしそうだったら傑作だ!」


「⋯⋯って、冗談だぜぇ! だっーはっはっ!」


 笑いと割れんばかりの拍手が巻き起こった。


「坊主、あんたすげぇな。今夜の宿代? もちろんタダだ!」


 亭主が歓喜のあまり、とんでもないお礼を言っている。他の客も声を上げて喜び、おかみさんも目に涙を浮かべていた。


 ⋯⋯不思議なものだ。


 ほんの少し、手を貸しただけなのに。さっきまで重苦しかった空気が、ぱっと明るくなった気がした。


 この村には、確かに何か暗いものが巣食っている。でも、だからこそ──こうして心を灯せる瞬間は、何より大事なんだろう。


 乾杯の音があちこちで響き出した。

【次回予告】

第31筆 寄り添う時に名前を重ねて

《7月31日(木)19時10分》更新致します。

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