表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/88

第29筆 微笑の医師、闇を嗅ぎ分ける

 カリオは、膝の上に置いた両手を組み、俺を見つめていた。


 いや、正確には──彼の瞳は何も視ていない。けれどその目は、俺の“内側”を覗いているようだった。


「若いの。あんたの中に“眩しき光”はある。けれど⋯⋯そいつが、村の“うず巻く闇”を嫌って、暴れようとしている」


 

 彼は握った右手を光──俺の魂に例え、左手を闇に例えて包み込む。包んだ左手で、揺らぎ続ける動作をした。


(がんじがらめに、魂を侵食してる⋯⋯)


 その声は穏やかだったが、言葉の一つひとつが、重く沈んで心に響いた。


「この村は、もう長いこと“何か”に囚われたまま。黒い霧が流れ込み、夜毎に悪夢が(ささや)く。数代前⋯⋯いや、もっと前からだのう。歴代の村長も手を尽くしたが、正体は掴めんままだった」


「先代イカイビトの助力は?」


「効果を弱らせるので精一杯だったね。それほどの代物よ」


 カリオさんは、脇に置いてあった古ぼけた石板に手を伸ばした。


「だが、わしには一つ、気になっておることがあってねぇ──」


「⋯⋯?」


「……この村の地下深くに、“何か”が埋められておってな」


「武器とか、旧文明の建造物とか?」


「いや、“鍵”だよ。“異界門”を開く、言葉通りの特別な鍵だ」


 俺は初めて聞く情報に、目を丸くした。

 創造主コスモだって──この重要な情報を一切、口にしなかった。


 なぜなら、途中で裏切った先代イカイビトも数名いたし、然るべき対応を取ったのだろう。


「それと、〈裂界暗域〉──聞いたことあるか?」


「もちろん、そこから来ましたから」


「やはりな。もしも、かの領域を⋯⋯邪神が手中に収めたら⋯⋯悪しき存在を“際限なく”招き寄せられる」


「それって⋯⋯まさか」


「お主の中に巣食う呪い──邪神の力は、その“鍵”に反応しておるのかもしれん」


 それを聞いたとたん、胸の奥がざわめいた。まるで──俺の中にある“何か”が、呼応しているように。


「逆に言えば、鍵がこの村にあるからこそ、お主の神力が騒いでおるとも考えられる。魔力を持たぬが、焼けるほど熱い心があるね」


(太陽の神性──心眼でお見通しか)


 カリオはそう言いながら、俺の肩に手を置いた。骨ばった手だが、妙に温かい。


「出来ればしばらく、この村に留まってくれ」


「⋯⋯運命が許す限り、滞在しましょう」


 俺は気を遣いながら、小さく頷いた。

 修行で鍛えた直感と神力が、『数日以内に一大事が起こる』と、警鐘を鳴らしているのだ。


「雅臣くんと──ミューリエちゃんに、ウィズムちゃんだったか。皆が揃えば、何かが変わるやもしれん」


 呪いのことや鍵のことも、すぐには対処できない。だけど、それでも。


 何かを知って、動き始めるきっかけにはなる──そんな確信が、胸の奥に芽生えていた。


「じゃあ、今夜はゆっくり休みなされ。時間的に、冒険者ギルドの新規登録は受付終了しとる」


「あっ、忘れてた」


「ほっほ、ミューリエちゃんの行きつけなら、『青葉のそよ風亭』が良いだろう」


(⋯⋯とても居心地が良さそうな、宿の名前だ)


「あそこなら、赤い馬も安心して預けられる厩舎がある。食事も美味いし、亭主夫婦も悪い人間ではないよ」


「ありがとうございます。⋯⋯本当に、いろいろ」


 診療のお礼と言えば、贈答品。

 俺は菓子折りをそっと差し出すが、カリオはすぐに突き返した。


「ううん、お礼はいらんさ。診療費はもらっとる」


 彼はミューリエが渡した布袋を揺らして、にこりと笑う。


「わしが“診た”ことを、お主が“越えて”くれるなら、それでいい」


 カリオ医師の笑みは、どこか寂しげで、慈愛に満ちた優しさだった。


 俺たちは一礼して、診療所を出た。

 外はすっかり夕闇に染まり、村の魔石灯(マギア・ランプ)がぽつぽつと灯り始めている。


 ちょっと先進的で柔らかな青白い光が、古びた石畳に淡くにじむ。


『いっけね、門限だ。帰らねぇと母さんに怒られる!』


『あはは、気をつけろよ〜〜!』


 遠くで子ども達の笑い声がして、その向こうには、白猫が首の鈴を鳴らしながら、風のように路地裏をすり抜けていく。


 おそらく昼間とは違う“顔”を見せる村の風景に、どこか異界めいた空気を感じる。


(本当に、エリュトリオンへ来たんだ⋯⋯しかも人々は、明るく懸命に生きている。絶望してない)


「じゃあ、行きましょうか。青葉のそよ風亭──私のおすすめ、紹介するわ」


 ミューリエが小さく笑いながら言った。

 歩き出したその足取りは、少しだけ軽くなっていた。

 異世界の宿屋って、どんなところだろうか。


 その疑問に答えるかのように、心地良いそよ風が吹いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ