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第28筆 番人と番医、その眼が見たもの〈村一日目〉

 シャルトゥワ村・夕暮れの門にて。


 俺たちが村の前に辿り着いたのは、日がちょうど沈もうとする頃だった。


 石造りの門の前には、ひとりの男が立っていた。鋼のような体に、風雨に晒された鎧。

 大槍を肩に担いでいるあたり、ただの門番ってわけじゃ──なさそうだ。


「止まれ。⋯⋯そっちの赤髪の青年、名を名乗れ」


 低く、よく通る声だった。言葉に重圧がある。


 俺が説明しようと一歩前に出た瞬間、大槍の穂先が俺の鼻先にスッと伸びた。


 ──速い。


「ちょっと待ってください!」


 ミューリエが慌てて間に入る。


「ゲルトさん、この人たちは私が連れてきたの。冒険者ギルドの推薦もちゃんと通してあるわ」


「ミューリエ嬢、あんたはいい。だがこいつは⋯⋯」


 門番の目が俺に向けられる。じろじろというより、ズバリと見抜こうとしてくる視線だった。


 あいつの目が、俺の中の“何か”を見抜こうとしてる。


「お前の背負ってるもん、ちと⋯⋯匂いが違うな。魔物でもねぇし、人でもねぇ⋯⋯いや、何か混ざってる」


 妙に含みのある言い方に、俺は思わず眉をひそめた。そのとき、腰のポーチの中から、ウィズムが小さく話しかけてきた。


「やはり、神力が感知されかけていますね、お兄さま。想定通りですが⋯⋯この方、(あなど)れません」


 その瞬間だった。


 ゲルトの目つきが鋭くなり、大槍の穂先が黒革ポーチ──ウィズムに向いた。


「⋯⋯それ、しゃべったな。何者だ。魔物か?」


「ち、違います!」


 俺は慌てて手を挙げ、ポーチからウィズムのキューブ本体を少しだけ見せた。


「こいつは喋るだけです! 自我がある人工知能というか⋯⋯精霊というか⋯⋯ともかく、危険じゃありません!」


 ⋯⋯たぶん。


「それで、俺たちは──」


 一度深呼吸して、言葉を整える。


「俺は“イカイビト”です。個人的な事情があって、この村の医者を探してる。あと、できれば冒険者ギルドにも登録したい」


 ゲルトの表情が一瞬、揺れた。

 睨んでいた目元が少し緩み、口元がやや(ほころ)んでいる気がする。


「⋯⋯“イカイビト”だと?」


 風が吹いて、槍の穂先を揺らした。だが彼はそれ以上何も言わず、やがて静かに槍を下ろした。


「理解した。⋯⋯まさか自分の代で会えるとはな。医者なら村長だ。ちょっと変わり者だが⋯⋯腕は確かだ」


 彼がニヤリと笑い、片手を掲げた途端、石の門が──重く軋む音を立てて開く。


「通ってよし。ただし、気を抜くな。この村では、魔物どもが最近、妙な変化を見せてる。下手したら食われるぞ」


 村の中に漂う冷気と何かで、背筋が少しだけ寒くなった気がした。



◇ ◇ ◇



 村の中央部にあるここは、カリオ治療院。


 中の診察室は静まり返っていた。石造りの壁に、かすかに燃える燭台の光が揺れている。


(なんだか不気味と言うか、神秘的と言うか⋯⋯演出かもな)


 村には魔石灯(マギア・ランタン)があるのに、あえてろうそくを愛用しているのだ。儀式的な側面もあるのだろう。


 俺はある人に一礼してから座る。


 向かいに座るのは、優しい微笑を湛えた初老の男性──村長、カリオ・バンニヴァノ・ペレス。

 その白い髪と皺だらけの顔に油断しそうになるが、俺はさっきから感じている。


 ──この人は、ただ者じゃない。

 元英雄か、なにかだ。


「さて⋯⋯若いの、あんたの背後にいるのは、神様の光だね」


 そう言いながら、カリオの濁った瞳がまっすぐこちらを見据える。目は完全に見えていないはずなのに、全てを見通しているようだった。


「けれども、その光⋯⋯村に染みついた(けが)れと喧嘩(ケンカ)を始めている。やっかいな兆候だとも」


 俺は思わず背筋を正した。神力が、この村の“何か”に反応している? ウィズムが言ってた“異界の気”か?


 ふと、壁掛け時計から定刻を知らせる音が鳴り響く。午後六時の合図だ。


「今日の診察時間は終了⋯⋯っと。すまんが、明日にしてくれ」


 カリオが立ち上がろうとするのを、ミューリエが慌てて止める。


「あ、待って、カリオさん! 続き、()てほしいの! 急患扱いで、追加料金は支払うから」


「⋯⋯ふむ、君が言うなら仕方ないね。では、“診断の道具”を出そうかねぇ」


 カリオが戸棚から取り出したのは、金属枠に()められた光を宿す鏡、そして文字が刻まれた石板。

 それを俺の前に置くと、彼は杖を使いながら立ち上がり、祈祷のような儀式を始めた。


「混ざりあえ、溶かしあえ、最後に和えろ。導き出したるは⋯⋯“闇病(あんびょう)ののきざはし”なり」


 彼が詠唱を重々しく呟いた後、杖を突き立てながらゆっくり一回転すると、鏡は輝きを増した。


「足りんな⋯⋯ウィズム君、協力してくれるかい? 君の中にも、その片鱗はあるはずだ」


「⋯⋯はい、喜んで」


 ウィズムがキューブの本体から一筋の光を伸ばし、鏡に触れた瞬間──空気が重くなった。何かが“開いた”。


 鏡の中に、淡い光の中に黒い渦が浮かぶ。それは現状を具現化したもの。確かに“俺の中”にある。


「これは⋯⋯間違いない。呪いだねぇ。しかも⋯⋯邪神からの、だ」


 ──大量の冷や汗が、背を伝う。


 ようやく、確信に変わった。降り立った直後、ウィズムと一緒に倒れた理由。あれは単なる空間の魔素酔いじゃない──❛呪い❜の兆しだった。


「この症状⋯⋯世界中の声が、押し寄せてくる。頭の中で奔流のように⋯⋯名を【千語万響(せんごばんきょう)】の第一段階、〈声の奔流〉じゃな。先の段階は、すまんが解らぬ」


 カリオの声は落ち着いていたが、その内容は重い。俺の呪いは数段階あるらしい。


「三者とも強すぎる呪いだ。常人なら発狂の後、即死しておる。それぞれが強い意志力で、何とか自我を保っているのが現状かな」


 彼の診断に、ウィズムも静かに頷いた。


「……ボクのは、識封(しきふう)転輪(てんりん)──という名前までは判明しています。でも、宇宙の図書館(アカシック・レコード)でも、記録は見つからなかったんです。秘匿化(ひとくか)されているかも?」


 ミューリエも顔を曇らせる。少々焦っているようにも見えた。


「私も調べたけど、何も分からなかった⋯⋯」


 そのとき、脳裏に──女の、冷たい笑い声が響く。


〈キャハハハハハハ! ああ、ようやく気づいた? お前の“頭”はもう、私の庭なんだからさァ?〉


 ぞわり、と背筋に悪寒が走った。咄嗟に愛刀を持って構えるが、どこにもいない。


(遥か遠い所から話しかけている⋯⋯条理の外側のような⋯⋯)


 カリオは俺の様子をじっと見て、ぽつりと呟く。


「邪神の呪い、世界もこの村も同じだ。ゆっくりと、じわじわと呪われている⋯⋯だが、源は一つではない。少なくとも、三つの“気配”がある」


 黒い霧。村の周囲で見かけられる“黒布”の目撃情報。魔物の急激な成長と、頻発する襲撃。


 それが数年で激化した。


 “異世界”ではなく、❛異界❜エリュトリオンと呼ばれる理由がわかった気がする。本当に壮大な運命と、深刻な問題を抱える世界なのだ。


 記録上、異世界と言うところの魔王や魔神は、都市部しか襲わないのが通例。だが、エリュトリオンは世界中を襲撃される毎日を送っている。


(終末間近か⋯⋯まるで、無差別な恐怖と戦火が万年続いている世界だ。これで生き延びてる人間がいるのが信じられない)


 ⋯⋯やはりこの村は、ただの拠点ではない。

 異世界初の村と言うより、邪神直轄の支配領域と呼ぶにふさわしい。


 シャルトゥワ村を放ってはおけない。まずは、ここから救ってみせる──。

毎日投稿・28日目。ここまでお読み頂き、ありがとうございます。今回はコチラです。


【なぜ後書きが多いのか?】


これは、読者にとって「迷わず、深く楽しめる道しるべ」になればと思っているからです。


もちろん、本編だけでも読めるように構成しています。

でも、それだけでは届かない「背景」「温度」「想い」が、確かにあるのです。


今後も更新は続きますが、もし──


「この部分、分かりにくいな」

「誰が何を感じていたんだろう」


「これを後書きで触れてほしい」

「もっとディープな質問をぶつけたい」


もし、そんなふうに感じた瞬間がありましたら、ブラウザバックする前に、どうかご遠慮なくコメント (感想)をお寄せください。


どんな感情でも構いません。

たとえ苛立ちや疑問であったとしても、それは一度でもこの物語を“好き”と思ってくれた証だと、僕は受け止めます。


あなたの声が、次の言葉に──

次の世界に──

確かに届きます。


どこかで、あなたの疑問や気持ちに寄り添える言葉があるかもしれません。


どうか、物語の旅を雅臣と共に──その傍らに、僕の後書きがあれば嬉しいです。


※ご質問によっては「読者質問コーナー」(毎月初め開催)でお返事させていただくことがあります。



【次回予告】

第29筆 微笑の医師、闇を嗅ぎ分ける

《7月29日(水)19時10分》更新致します。

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