第27筆 墨絵の召喚、初陣に描く
──????視点──
興味深い観測データが取れた事に、余は微笑む。
──雅臣の到来。
それは、ごく小さな兆しにすぎなかった。
だが世界の各地に存在する“視る者”たちは、それを見逃さなかった。
西方大睦はシュルハ法皇国、大神殿地下。
「⋯⋯え? 〈裂界暗域〉の多重結界が、一時的に途切れた?」
銀髪の少年預言者が、青ざめた顔で振り返る。
「いいえ⋯⋯消えたのではありません。誰かが、強引に突破したかと。きっと、イカイビトでしょう」
法皇の世話役が呟く。
背後の壁に掛けられた古代文字が一つ、光を放ち砕けた。
*
「⋯⋯“異界の風”を感じたのは百年ぶりぞ」
中央大睦は、八国連邦の央都レクスティア。老占星術師は星の運行を読み取り、片目を細めた。
「これはただの異邦人ではない……我らが待ち望んだ者よ」
その手元の星盤が震え、朱と蒼の星が重なった。
*
「南方大陸の草原で魔力とは異なる異常エネルギー反応。……こりゃとんでもねぇヤツが降りてきやがったぜ」
同大陸、アーガラム帝国。世界一大きな宗主国の魔力探知塔。若き諜報士が、大きく目を見張る。
「まさか、次元の隙間から? この数値、本当にイカイビトかよ……間違いなく、人間じゃねぇな」
彼の報告は、速やかに帝都の戦略本部へと送信された。
*
「これは……間違いない。やつが来た」
南方大陸はミゼフ王国、シャルトゥワ村。
冒険者ギルドマスターの老婆シノ・ファルカオは、短杖を握って風を生む。 その瞳は何十年も前の戦場を思い出していた。
「イカイビトか。いや、“アレ”はただの異界人ではない。――“鍵”を持つ者だ」
世界はまだ静かだった。 だがその静けさの裏で、確実に何かが動き始めていた。
◇ ◇ ◇
──雅臣視点──
始まりの草原は名もなき平原と比べ、緩やかな起伏があり、遠くには風車のような古い建造物がぽつりと佇む。
だが、平穏な風景は長くは続かなかった。
背の高い草むらが蠢き、複数の気配が一気に現れる。
「魔物の反応、複数です。種類は──スライム、小鬼、狼人、そして未知の個体も混ざっています」
「こいつら、さっきまでこのあたりにいなかったのにな……」
不気味な生ぬるい風が吹く。
ミューリエが険しい表情で、前を見据える。
「数時間前より、明らかに状況が違っているわ。まるで何かに刺激されたような⋯⋯もしかして?」
「──邪神の影響かもな」
一旦下馬を行い、腰の墨と筆、そして丸めた画巻を素早く手に取る。
草地に片膝を立て、宙に白紙を広げると──鋭い眼光と共に筆が走る。
墨の香がふわりと漂い、黒と白の世界が目の前に広がる。描かれるのは、一対の俊足を誇る狼──〈白墨の双牙〉。
「顕現せよ──〘墨画召喚・双牙〙ッ!」
紙から跳ねるように飛び出した狼たちが吠え、迫り来るゴブリンたちに向かって一斉に突撃する。
「右三時の方向、小鬼、弓持ちです!」
ウィズムの声が響くと同時に、紙を裏返して新たな墨絵を描く。次に描いたのは、大きな盾を持つ戦士。
「防げ、黒壁ッ!」
溢れ出す墨汁と共に大盾が姿を現し、小鬼の矢をすべて受け止めた。
ミューリエも慣れた手つきで赤兎を駆り、同時に動いた。手のひらに浮かぶ魔法陣が強く輝き、空気を歪ませる。
「〘聖光ノ縛鎖〙ッ!」
黄金の光の鎖が空中に浮かび上がり、スライムやコボルトの動きを封じていく。
「雅臣くん、今のうちに!」
「任せろ!」
墨絵で次々に具現化され、次は羽ばたく鷲の群れ。地上から空中へ攪乱を展開し、敵の意識を分断する。
そのとき、左方の草陰が不自然にざわついた。
「左斜め前──敵の気配、強まっています!」
「⋯⋯にゃあが出る」
黒猫の姿となったカキア=ウェッズが地面を跳ねるように駆けながら、機敏に動き回る。
背中のファスナーを開き、「うむ、罠起動ぞ」と呟いた。
その瞬間、草むらの中に仕込んだ小型の粘着爆弾が起爆し、跳び出してきた魔物を吹き飛ばす。
『グシャアァアーーーー!」
視界が開けたところに、先ほどまで気配のなかった不気味な四足獣が姿を現す。赤黒い瘴気を纏っており、明らかに通常の魔物とは異なる存在だ。
「ちょっと厄介ですね⋯⋯〘身体強化・弐式〙!」
ミューリエの魔法が自身と俺にかかり、瞬間的に身体能力が強化。その加速を使用し、スケッチブックに最後の一筆を走らせる。
「斬り裂け、烈風の燕!」
墨から躍り出た燕が鋭く敵の眼を掠め、視界を奪う。その一瞬、ミューリエの右腕が魔力を凝縮する。
「喰らいなさい──〘雷鳴召雷〙!」
轟音とともに雷光が炸裂し、異形の魔物は一瞬にして黒焦げになって崩れ落ちた。
やっと、辺りに静寂が戻る。
「ふぅ⋯⋯どうやら全部片付いたようですね」
「ありがとう、助かった。召喚と画力だけじゃ、到底一人じゃ無理だった」
まだ連携に粗が出ている。数秒の判断のミスが死を招く。改善点は多い。
「私もひとりじゃ難しかったですよ。お互い様です」
ミューリエがにっこりと笑う。その横で、黒猫がずい、と俺の足元に座った。
「補給用の回復薬、持ってきたぞい」
「ありがと、カキア」
「それにしても⋯⋯この異常な凶暴化、ただの魔物じゃないですね。何かがおかしいです。計画的犯行に近いような⋯⋯?」
ウィズムの言葉が、ふと風の中に沈む。
──不吉の兆し。それは確かに、すぐそばに忍び寄っていた。
毎日投稿・27日目。
雅臣と共に歩む“準備型転生”──その先に広がる新世界を、お楽しみいただけておりますでしょうか?
もし、ご期待くださっているとしたら、これほど嬉しいことはありません。
いつも本当にありがとうございます。
【読者の皆さまへ、ひとつご相談です】
本作は──
1エピソードごとの密度がとても高く、
キャラクターの心情や世界観、そして物語の対話を、丁寧に積み重ねています。
その分、一話一話の“咀嚼”に時間がかかることも、重々承知しております。
毎日読んでくださる方への負担や、じっくり味わいたい読者の方のペースも考慮し、
**「毎日更新 → 週4回更新」**に変えた方が良いのか、少し迷っております。
そこで、ぜひ皆さまのお声をお聞かせください。
・このまま毎日でOK!
・週4回ぐらいの方が読みやすいかも?
・曜日や時間に希望がある! など⋯⋯
ちょっとした感想やご意見、リアクションだけでも励みになります。
物語もいよいよ本格始動。
より良い届け方を、一緒に探せたら嬉しいです。
読者さんと共に旅する物語『彩筆の万象記』です。
【次回予告】
第28筆 番人と番医、その眼が見たもの〈村一日目〉
《7月28日(月)19時10分》更新致します。
※作中の日付が変わった際、エピソードタイトルの後ろに何日目なのか明記します。




