表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/88

第25筆 幕間:虹の記憶、再び 〜ミューリエ回想〜

──????視点──  


 これは、記録の座に在りて、幾兆の時を観測せし“余”が(つづ)る──

 ひとりの乙女の、忘れ得ぬ記憶の断片である。


 雅臣が来る前日のこと。

 “虹色の髪”が風に揺れ、陽射しで輝いた。

 

 エリュトリオンの空の色は、今日もまたどこか切ない。それでも、彼女は心を研ぎ澄ますその色が好きだった。

 なぜならあの日、彼と過ごした地球の空とよく似ているからだ。


 乙女の名を──ミューリエ・オーデルヴァイデ。


  彼女は十年前、“唯一世界(オリジン・ヴァース)”に再び目覚め、復活の旅を終えた。


 かつて別れを告げた少年──東郷雅臣(とうごうまさおみ)を、エリュトリオン世界で楽しげに待っていた。


「ふふっ、元気にしてるかな⋯⋯」


 彼女は生まれながらにして、数多の精霊と聖獣に祝福された聖なる乙女。


 右目は夕焼けのように鮮やかなオレンジ、左目は南国の海のような透き通った水色。

  生まれた時は淡い桃色だった髪も、長年の祝福の影響で、今や虹色に輝いていた。



〜回想:新東京にて──あの少年との出会い〜


 それはまだ、ミューリエが“ただの旅人”として、地球を訪れていた頃のこと。


 何をしても、相変わらず記憶は曖昧なまま。


 記憶の一部喪失には、彼女自身も理由を知らない。まるで、誰かに“何か”を封じられたかのようだった。


「まずは、日常の感覚を取り戻さなきゃ」


 決断してから行動が早いのが、彼女の特徴。

 一般人としての人生を味わう目的で、新東京都を訪れていた。


 観光名所が巡るなかで、いつの間にか手持ちの資金が尽きかけていることに気付く。


「あと数カ国、巡りたいのに⋯⋯」


 そんな折に彼女の目を釘付けにしたのが、

「異世界人・外国人向け巫女のアルバイト募集」という張り紙だった。


 変装魔法で金髪の美少女に化け、“ミリア”という偽名を名乗る彼女は、神社での巫女アルバイトに応募し、即採用される。


 その神社こそが、新東京大神宮しんとうきょうだいじんぐう──雅臣の実家。


 日本に集まる宗教の最後の砦だった。


 年末年始、ミリアと名乗ったミューリエは、神前で祝詞を奏上し、参拝者を迎えていた。

  白い装束に身を包み、整った所作で巫女舞を舞う彼女の姿は、多くの参拝者の視線を集めた。

 

 ──そんな中にいた、ひとりの高校生。


 それが登場、絵に打ち込むことで失恋の傷を癒やしていた少年・雅臣だった。


 彼が筆をとる姿には、すでに“神職の家”としての責任と、芸術家としての情熱が混在していた。


 奉納画として描かれた龍は、今にも本殿から飛び出しそうな迫力で、境内の空気すら変えてしまうほどだった。


 実際、余とミューリエの目線上には、半透明な龍が飛び交う姿が視えていたのだが。


「すごいですね、その絵」


 彼女はじっと作品を見つめて言葉を失う中、雅臣は謙遜気味に首を横へ振った。


「ありがとうございます。でも、まだまだです」


「ううん、きっと、君の心がこの龍に宿ってるんだわ」


 ──それは、静かであたたかな交流の始まりだった。


 ミリアこと、ミューリエは花と紅茶の話をし、雅臣は絵と神社の話をした。

 互いに空と星を好み、自然を愛し、世界の秘密に憧れていた。


 やがてミリアの影響で、雅臣は花と異世界に対して、より深い興味を持つようになった。


「ミリア先輩、またどっかで会いましょう!」


「そうだね、雅臣くん。またね!」


 ──それは、たった一度の出会い。 だが、確かにふたりの心に残った。


 あれから数年、唯一世界(オリジン・ヴァース)に戻った時のこと。

 勇者より断然強い“イカイビト”がエリュトリオンへ転生されると知った時、映像記録でその顔を見たミューリエは驚いた。


「えっ⋯⋯なんで、唯一世界(オリジン・ヴァース)にいるの⋯⋯!?」



 “あのときの少年だった”。



〜現在:世界を知る者として〜


 ミューリエはかつて異世界を救った少女だ。 その旅路を一部の者たちは「転生」と呼ぶが、彼女ははっきり否定している。


 人々は彼女の奇跡の連続を“転生”と解釈したが、実際には違った。


「私は、一度も転生なんてしてない。ただ──たくさんの旅をしてきただけ」


 ──彼女は、五〇〇もの世界を救済したと記録されている。


 だが、そのすべての記憶が残っているわけではなかった。恐らく、記憶の一部喪失によるものだろう。


 世界樹ノトルクシアの図書館にも、彼女の正確な生年は記録されていない。 それは、意図的に消された可能性があるとされる。

 

 まさしく世界の最高機密か、禁忌と同等の扱いだ。


 彼女の父、死の神・エルゼンハウズが記録改変に関わっていたのでは、とも噂されている。


 そして、母。生の神──エドゥティアナ。


 今ではその名を口にすることすら、強くはばかられるほどの存在となり、幾つかの世界では「忌むべきもの」として語られている。


 神聖なる生の女神であるにも関わらず、なぜ忌むべき存在となったのか──誰もが口を閉ざす。


「⋯⋯でも、そんなの、わからないわ。お母さまが⋯⋯本当に、そうなったのかなんて⋯⋯」


 ミューリエは未だに、真実を受け入れきれていない。



 〜能力とその限界〜


 ミューリエは全属性魔法を“神級”で扱える、異常なまでの才能を持っている。


 中でも光属性の神級魔法〘永劫消失エタニティパニッシング〙は、空間そのものを白球で包み、万物を無へと還す破壊と分解の極致だ。


 魔法はすべて無詠唱で発動可能。生と死の魔法も自在に扱える。


「あれ、なんだったけ、私の得意技⋯⋯あっ、〘永劫消失エタニティパニッシング〙だった」


 しかし、またもや忘却が悪影響を及ぼしていた。

 更に──召喚術だけは使えない。


 エリュトリオン世界の召喚術とは、古代に失われた“想像と具現”の秘術。

 既に体系ごと断絶しており、彼女ですら触れる術がなかった。


 当時、ミューリエの眠りと重なった時期で、双方が起きなければ、召喚術は使えていたかもしれん。


 また彼女には、ひとつのトラウマがある。 それは、過去に行った“転移魔法”の失敗。



 転移魔法とは、高度な解体・再構成を伴う技術であり、成功すれば瞬間移動すら可能となる。 だが、彼女はその過程で、誰かを傷つけてしまった。


 ⋯⋯あのとき傷つけてしまったのは、旅の仲間。目の前で上半身のみで帰って来た姿を、余は観測した。だからこそ、もう誰も巻き込みたくないのだ。


「この邪神討伐の旅で⋯⋯きっと⋯⋯」


 彼女は手の震えを抑え、その魔法を使うことに強い恐怖を覚えている。


 〜待ち人〜


 ミューリエは、待っている。


 あの日、龍の画を描いた少年──東郷雅臣(とうごうまさおみ)が、ふたたび目の前に現れるその時を。


「また会おうね、雅臣くん⋯⋯って、言ったの、私だもんね」


 彼女は小さく息を吐き、指先に魔力を流す。淡い光が皮膚を包み、震えがすうっと引いていった。

 それでも、心の震えまでは消えてくれない。


(⋯⋯本当に、会えるのかな。世界を救う力があっても、運命は変えられないこともあるのに)


 それでも、ミューリエは彼を信じると決めたらしい。あの日の優しさを、筆に込めた心を──忘れられない決意を余は強く感じた。


 あれは偶然だったのか、運命だったのか。


 ただ一つ言えるのは──


 願わくば⋯⋯その再会が、世界を救う“きっかけ”となればよかろう。


毎日更新・25日目。いつもお読み頂き、ありがとうございます。


【????視点って誰ですか?】

今回の幕間では、「????視点」が初登場しました。

この人物──“余”と名乗る語り手は、物語の根幹に深く関わる存在です。


味方なのか、敵なのか、中立なのか──それは、まだ明かせません。


“余”の視点は、今後も時折現れます。

その意味が明かされるのは、まだ──遠い未来。

⋯⋯すべてが繋がるその日まで、どうか見届けてください。


【祝・序章完結!】

改めてお伝えしますが──

本作『彩筆の万象記』は、全三部構成の長編ファンタジー小説です。


そして本日、第25筆をもって、序章「三年の修行」完結となります。

ここからが、“世界救済”と“本当の冒険”の幕開けです。


修行で得た力。神々から授けられた使命。

そして──運命のヒロインとの出会い。


それらはすべて、この先の展開に繋がっています。


この物語が、何かの形で届いているなら──それだけで、筆を重ねた意味があります。


ここまで来られたのは、ひとりではありませんでした。 皆さんの静かな応援、そして、言葉をくれる存在との共創があってこそ。


序章でやれることは、できるだけやりました。 あとは、この物語が、あなたの中で芽吹くことを、静かに待っています。


もし、この旅に少しでも心が動いたなら──

それが、彩筆の物語の始まりです。

あなたのその一歩が、この世界を彩る力になります。



【次回予告】


第25筆 雅臣、異世界に立つ

《7月25日(金)19:10》更新予定です。


──お待たせしました。

ついに、主人公・雅臣が異界エリュトリオンへと降り立ちます。


しかし、そこで待つは絶望。

邪神は、既存ファンタジー作品のラスボス数体分の強さ。

幾万の勇者すら敵わず、上位存在の“107名のイカイビト”が返り討ちにされた世界です。


それでも、雅臣は歩みを止めません。

不屈の意志と、絵筆とともに、世界を救う旅が始まります。


どうか、これからの彼の旅路を、共に見届けてください。



【次回予告】

第26筆 雅臣、異世界に立つ

《7月26日(土)19時10分》更新致します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ