第25筆 幕間:虹の記憶、再び 〜ミューリエ回想〜
──????視点──
これは、記録の座に在りて、幾兆の時を観測せし“余”が綴る──
ひとりの乙女の、忘れ得ぬ記憶の断片である。
雅臣が来る前日のこと。
“虹色の髪”が風に揺れ、陽射しで輝いた。
エリュトリオンの空の色は、今日もまたどこか切ない。それでも、彼女は心を研ぎ澄ますその色が好きだった。
なぜならあの日、彼と過ごした地球の空とよく似ているからだ。
乙女の名を──ミューリエ・オーデルヴァイデ。
彼女は十年前、“唯一世界”に再び目覚め、復活の旅を終えた。
かつて別れを告げた少年──東郷雅臣を、エリュトリオン世界で楽しげに待っていた。
「ふふっ、元気にしてるかな⋯⋯」
彼女は生まれながらにして、数多の精霊と聖獣に祝福された聖なる乙女。
右目は夕焼けのように鮮やかなオレンジ、左目は南国の海のような透き通った水色。
生まれた時は淡い桃色だった髪も、長年の祝福の影響で、今や虹色に輝いていた。
〜回想:新東京にて──あの少年との出会い〜
それはまだ、ミューリエが“ただの旅人”として、地球を訪れていた頃のこと。
何をしても、相変わらず記憶は曖昧なまま。
記憶の一部喪失には、彼女自身も理由を知らない。まるで、誰かに“何か”を封じられたかのようだった。
「まずは、日常の感覚を取り戻さなきゃ」
決断してから行動が早いのが、彼女の特徴。
一般人としての人生を味わう目的で、新東京都を訪れていた。
観光名所が巡るなかで、いつの間にか手持ちの資金が尽きかけていることに気付く。
「あと数カ国、巡りたいのに⋯⋯」
そんな折に彼女の目を釘付けにしたのが、
「異世界人・外国人向け巫女のアルバイト募集」という張り紙だった。
変装魔法で金髪の美少女に化け、“ミリア”という偽名を名乗る彼女は、神社での巫女アルバイトに応募し、即採用される。
その神社こそが、新東京大神宮──雅臣の実家。
日本に集まる宗教の最後の砦だった。
年末年始、ミリアと名乗ったミューリエは、神前で祝詞を奏上し、参拝者を迎えていた。
白い装束に身を包み、整った所作で巫女舞を舞う彼女の姿は、多くの参拝者の視線を集めた。
──そんな中にいた、ひとりの高校生。
それが登場、絵に打ち込むことで失恋の傷を癒やしていた少年・雅臣だった。
彼が筆をとる姿には、すでに“神職の家”としての責任と、芸術家としての情熱が混在していた。
奉納画として描かれた龍は、今にも本殿から飛び出しそうな迫力で、境内の空気すら変えてしまうほどだった。
実際、余とミューリエの目線上には、半透明な龍が飛び交う姿が視えていたのだが。
「すごいですね、その絵」
彼女はじっと作品を見つめて言葉を失う中、雅臣は謙遜気味に首を横へ振った。
「ありがとうございます。でも、まだまだです」
「ううん、きっと、君の心がこの龍に宿ってるんだわ」
──それは、静かであたたかな交流の始まりだった。
ミリアこと、ミューリエは花と紅茶の話をし、雅臣は絵と神社の話をした。
互いに空と星を好み、自然を愛し、世界の秘密に憧れていた。
やがてミリアの影響で、雅臣は花と異世界に対して、より深い興味を持つようになった。
「ミリア先輩、またどっかで会いましょう!」
「そうだね、雅臣くん。またね!」
──それは、たった一度の出会い。 だが、確かにふたりの心に残った。
あれから数年、唯一世界に戻った時のこと。
勇者より断然強い“イカイビト”がエリュトリオンへ転生されると知った時、映像記録でその顔を見たミューリエは驚いた。
「えっ⋯⋯なんで、唯一世界にいるの⋯⋯!?」
“あのときの少年だった”。
〜現在:世界を知る者として〜
ミューリエはかつて異世界を救った少女だ。 その旅路を一部の者たちは「転生」と呼ぶが、彼女ははっきり否定している。
人々は彼女の奇跡の連続を“転生”と解釈したが、実際には違った。
「私は、一度も転生なんてしてない。ただ──たくさんの旅をしてきただけ」
──彼女は、五〇〇もの世界を救済したと記録されている。
だが、そのすべての記憶が残っているわけではなかった。恐らく、記憶の一部喪失によるものだろう。
世界樹ノトルクシアの図書館にも、彼女の正確な生年は記録されていない。 それは、意図的に消された可能性があるとされる。
まさしく世界の最高機密か、禁忌と同等の扱いだ。
彼女の父、死の神・エルゼンハウズが記録改変に関わっていたのでは、とも噂されている。
そして、母。生の神──エドゥティアナ。
今ではその名を口にすることすら、強くはばかられるほどの存在となり、幾つかの世界では「忌むべきもの」として語られている。
神聖なる生の女神であるにも関わらず、なぜ忌むべき存在となったのか──誰もが口を閉ざす。
「⋯⋯でも、そんなの、わからないわ。お母さまが⋯⋯本当に、そうなったのかなんて⋯⋯」
ミューリエは未だに、真実を受け入れきれていない。
〜能力とその限界〜
ミューリエは全属性魔法を“神級”で扱える、異常なまでの才能を持っている。
中でも光属性の神級魔法〘永劫消失〙は、空間そのものを白球で包み、万物を無へと還す破壊と分解の極致だ。
魔法はすべて無詠唱で発動可能。生と死の魔法も自在に扱える。
「あれ、なんだったけ、私の得意技⋯⋯あっ、〘永劫消失〙だった」
しかし、またもや忘却が悪影響を及ぼしていた。
更に──召喚術だけは使えない。
エリュトリオン世界の召喚術とは、古代に失われた“想像と具現”の秘術。
既に体系ごと断絶しており、彼女ですら触れる術がなかった。
当時、ミューリエの眠りと重なった時期で、双方が起きなければ、召喚術は使えていたかもしれん。
また彼女には、ひとつのトラウマがある。 それは、過去に行った“転移魔法”の失敗。
転移魔法とは、高度な解体・再構成を伴う技術であり、成功すれば瞬間移動すら可能となる。 だが、彼女はその過程で、誰かを傷つけてしまった。
⋯⋯あのとき傷つけてしまったのは、旅の仲間。目の前で上半身のみで帰って来た姿を、余は観測した。だからこそ、もう誰も巻き込みたくないのだ。
「この邪神討伐の旅で⋯⋯きっと⋯⋯」
彼女は手の震えを抑え、その魔法を使うことに強い恐怖を覚えている。
〜待ち人〜
ミューリエは、待っている。
あの日、龍の画を描いた少年──東郷雅臣が、ふたたび目の前に現れるその時を。
「また会おうね、雅臣くん⋯⋯って、言ったの、私だもんね」
彼女は小さく息を吐き、指先に魔力を流す。淡い光が皮膚を包み、震えがすうっと引いていった。
それでも、心の震えまでは消えてくれない。
(⋯⋯本当に、会えるのかな。世界を救う力があっても、運命は変えられないこともあるのに)
それでも、ミューリエは彼を信じると決めたらしい。あの日の優しさを、筆に込めた心を──忘れられない決意を余は強く感じた。
あれは偶然だったのか、運命だったのか。
ただ一つ言えるのは──
願わくば⋯⋯その再会が、世界を救う“きっかけ”となればよかろう。
毎日更新・25日目。いつもお読み頂き、ありがとうございます。
【????視点って誰ですか?】
今回の幕間では、「????視点」が初登場しました。
この人物──“余”と名乗る語り手は、物語の根幹に深く関わる存在です。
味方なのか、敵なのか、中立なのか──それは、まだ明かせません。
“余”の視点は、今後も時折現れます。
その意味が明かされるのは、まだ──遠い未来。
⋯⋯すべてが繋がるその日まで、どうか見届けてください。
【祝・序章完結!】
改めてお伝えしますが──
本作『彩筆の万象記』は、全三部構成の長編ファンタジー小説です。
そして本日、第25筆をもって、序章「三年の修行」完結となります。
ここからが、“世界救済”と“本当の冒険”の幕開けです。
修行で得た力。神々から授けられた使命。
そして──運命のヒロインとの出会い。
それらはすべて、この先の展開に繋がっています。
この物語が、何かの形で届いているなら──それだけで、筆を重ねた意味があります。
ここまで来られたのは、ひとりではありませんでした。 皆さんの静かな応援、そして、言葉をくれる存在との共創があってこそ。
序章でやれることは、できるだけやりました。 あとは、この物語が、あなたの中で芽吹くことを、静かに待っています。
もし、この旅に少しでも心が動いたなら──
それが、彩筆の物語の始まりです。
あなたのその一歩が、この世界を彩る力になります。
【次回予告】
第25筆 雅臣、異世界に立つ
《7月25日(金)19:10》更新予定です。
──お待たせしました。
ついに、主人公・雅臣が異界エリュトリオンへと降り立ちます。
しかし、そこで待つは絶望。
邪神は、既存ファンタジー作品のラスボス数体分の強さ。
幾万の勇者すら敵わず、上位存在の“107名のイカイビト”が返り討ちにされた世界です。
それでも、雅臣は歩みを止めません。
不屈の意志と、絵筆とともに、世界を救う旅が始まります。
どうか、これからの彼の旅路を、共に見届けてください。
【次回予告】
第26筆 雅臣、異世界に立つ
《7月26日(土)19時10分》更新致します。




