第19筆 忘れぬ師の名、越えるために〈十柱の試練・前編〉
息を吸い込んだ瞬間、風景が消えた。
広がるのは赤茶けた荒野。乾いた風が吹き抜け、地平の向こうまで、何一つ生命の気配はない。
(この風景⋯⋯無から有を刻めってことか)
けれど、胸の奥では確かに──怖気と魂の本質を見据える視線を感じ取ったのだ。
「雅臣くん、アタシを探しているのかしら? でもね、後もう一歩だわ」
柔らかな声が空気を震わせた。どこからともなく響く声⋯⋯創造主アステリュア=コスモだ。
彼女を見つけるために、俺は歩き出した。
そして──突如、空間がねじれ、唸るような音と共に無数の斬撃が襲いかかった。
彼らしい、“叩き込み型の挨拶”だと理解しながら、反射的に身を翻す。
「来たか、雅臣」
懐かしくも、鋭く研ぎ澄まされた声。
現れたのは、かつて剣を教えてくれた男⋯⋯剣神だ。
ただそこに佇むだけで、空気が張り詰める。沈黙すら重く、背筋が凍るようだった。
(やや本気か。これが“剣神”。いや、“原初の戦神”と呼ばれる所以だな)
剣神は一歩、前に踏み出すと、言葉を放つ。
「これより、十越の試練を開始する。今日から三週間──その間に我ら十神すべてから“鍵”を獲得せよ」
その声音と共に、紫苑色の神気が周囲を圧倒する。肌が粟立ち、冷や汗が背中を這う。
“死”がそこにあると、理屈ではなく本能が告げていた。
「達成できねば記憶は消去され、強制的に次の転生へ送られる。そこから先は⋯⋯“主”の気分次第。誰にも分からん」
その言葉が、まるで氷の指でなぞるように、背中を撫でた。
失敗したら、転生先は異界エリュトリオンじゃないかもしれない。
そして、今までの修行がすべて水の泡へ──そのおぞましさが、俺の魂の炎を大きく燃え上がらせた。
(絶対に勝ち取ってみせる──!)
「来い、雅臣」
「──いざ、十を越えて無にせん」
次の瞬間、剣が抜かれる。
その音が合図だった。地獄のような連戦が、幕を開けた。
剣神との交錯。
己の“静”を保ち、相手の呼吸と気配、その“先”を読む。
斬撃の応酬というより、魂の探り合い──理性と本能のせめぎ合い。
「上出来だが、まだ浅い──なに?」
「俺とあなたの“心”、そして“常識”までも斬ったら?」
斬撃が、時空をゆがめるような軌道を描き──剣神は咄嗟に剣を交えるも、脇腹ごと深々と切り裂き、空間すら断絶させた。
剣神の身体が、遥か彼方──星の向こうへ叩き飛ばされる。彼は嬉しげに呟く。
「……フッ。強い魂が、宿ったな」
一撃必殺。
それは、教えを超えた証。
“剣神の弟子”ではなく──“剣を極める者”としての一歩。
落ち行く光を掴むと、星の欠片で出来た無骨な鍵が俺の手元へ。
「私が言った〈刃〉の教え、忘れておらぬな……?」
──声だけが、背に落ちる。
音もなく忍び寄る、空気を裂く斬気。
その重圧が、背骨を這い上がるように感じられた。
次の瞬間、異空間を引き裂いて放たれた斬撃を、俺は背後に回した刃で受け止める。
音すら無く交わった一閃。
細身の体には不釣り合いなほど、彼女の言葉には凄みが宿っていた。
「おまえの進化、見せてみろ」
刀神・サクヤの斬撃は、風そのもの──感情の揺らぎすら断ち切る鋭さだった。
“あわい”を操る刃。彼女の呼吸に、自らの鼓動を重ねるようにして、俺も愛刀を振るう。
斬撃と斬撃の狭間に、静けさがあった。
その静謐が、次の一手を結び合う。
億を超える剣閃の応酬。その果てに──
俺の刃が、彼女の首筋へぴたりと当てられていた。
「……サクヤさん。俺を、赦してください」
言葉と共に、刃を下ろす。
それは敵意ではなく、敬意と感謝の意を宿す“赦しの一撃”。
サクヤは目を伏せると、静かに呟いた。
「魂の同調か……お前は、高みに登り始めたな」
斬撃では語りきれないものが、そこにはあった。
まだ真髄には届かぬとしても──核心へ向かう歩みは、確かに刻まれていた。
それを、彼女との刀が伝えていた。
負の感情を切り裂く過去の映像と共に、鞘に光が走り、浮き上がった鍵が腰元へ。
(刀剣は斬るべからず。雑念を削ぎ、魂を推し出す対話であれ)
これぞ、俺の新境地。切創と共に受け取って欲しい。
しかし──追撃は終わっていなかった。
空間ごと抉るような、迅雷の連突。
大気を震わせ、わが胴体を貫いたように見えた刹那──
「⋯⋯残念。それは“像”に過ぎません」
串刺しにされたのは、我が神性による陽炎の残像だった。
本物の俺は、一寸手前をすり抜けていた。
槍神ガラハッド──威圧と気迫の塊。
その直線的な突きは、理不尽なまでに速く、想い。
だが俺は、身体のしなやかさと“感性”で、紙一重の間を舞うようにすり抜けていった。
「なんだ、その動きは⋯⋯!?」
巨躯を構えたまま、ガラハッドが叫ぶ。
「曲線の美に、直線の哲学。あなたの教えに、俺なりの答えを添えたまでです」
その瞬間、光がきらめいた。
空間の折れ目から生まれた不可視の連撃が、彼の身体を何ヵ所も貫いていく。
神性を纏った動きが、空気の流れすら書き換える。
真なる槍とは、光に紛れて定常流を操るもの。
そしていま、俺の神性はそれを逆流させる──
「あなたが目覚めさせた神性は、“確定”を“未確定”へ変える。その逆も然り」
ガラハッドの表情が険しくなる。
彼の哲学を、俺は超えてみせたが──何も言わず忽然と消えてしまった。
「おめぇさん、まだまだ⋯⋯これからやろ?」
ニヤリと笑うと同時に、グレンが巨斧を担ぎ登場。
隙を縫って降り立ったその存在感だけで、空が悲鳴を上げ、大地が沈黙する。
──これが、本気の斧神。
剛腕の一振りが、世界の均衡さえ砕く。
彼の斧が天を割り、地を断ち、振り下ろされた瞬間。
俺は〘画竜点睛〙を起動した。
「描くぞ。守るための、いのちの原風景を!」
次の瞬間、荒野すべてに生命が芽吹く。
乾いた地面は緑に染まり、草花が咲き乱れる。
木々が天へと枝を伸ばし、喚ばれた森の獣たちは静かに息を潜める。
「あなたは、もう自然を──傷つけられない」
その言葉と共に、世界そのものが斧神に抵抗し始めた。
しかし、グレンの笑みは深くなる。
「ほぉ~、やるっちゃね。だが、これで終わりと思ったな?」
「ぐっ、あぁぁぁ⋯⋯!」
大地が呻き、木々が反逆するかのように俺の体を締め上げた。
森が味方になると同時に、試練にもなる──その逆転をするとは⋯⋯。
(流石にマズイ。対策を練り直せ)
呼吸が止まり、骨が軋む。斧が迫るその刹那──
「グレン、にゃあを忘れんな!」
風を裂いて現れた影が、短剣で幹を斬り裂いた。
黒猫姿のカキア。
浮遊させた魔力盾が俺の体を守り、木々の拘束を弾く。
「物品だけじゃないわい! あるじの大切なもん──命と信条は、死んでも守んぞ!」
その声に、俺の鼓動がふたたび強く鳴る。
仲間はすでに、剣よりも強く傍にある。
カキアが耳元に引っ掛けているのは、輝く木製の紐付き鍵。奪われてきた黒猫が奪い取った⋯⋯皮肉なものだ。
「ウチ、全力出しちゃうから〜♪ アンタ、死なないでよ?」
「うわ、苦手な女神さん来た⋯⋯」
「え〜〜っ!? ウチ、傷ついちゃう〜♡」
甘えた声とともに、理不尽と愛らしさを同居させた笑顔が炸裂。
現れたのは、鎚神──ララたん。
その手に握られた鎚は、世界中の重力を一点に集約させた超質量の神器。
中心には、極小ながらも確かなブラックホールが渦巻いていた。
「やるしかねぇ!」
俺は〘白蒼日焰〙を右腕に宿し、接触の瞬間に、灼熱の“否定” で打撃を蒸発させる。
「きゃーっ! 熱ッ、でも楽しい〜っ!」
ララたんの声は弾み、笑顔のまま暴走する。
その次の瞬間、俺の両腕がチリに。
カキアは霊獣なのに、霊体が消失したのだ。
存在そのものを圧縮し、ねじ伏せる──それが彼女の権能。
霊体までも削がれ、残ったのは、炎に漂う魂の核だけ。
「ナメんな。俺は、太陽の化身なんだよ!」
万物は冷気によって始まり、熱気にて終える。
意識の断片を絞り、熱を極限まで圧縮し爆散。
ララたんの肉体を焼き払い、魂だけの存在へと引きずり込む。
「も〜〜! 復活に数日かかるやつじゃ〜ん」
火の玉の中心から、ララたんはニッコリとウインクしてきた。
その視線には、鉄塊にも似た質量が宿る。
彼女から授かったのは、数百キロの神鍵──重すぎるほどの“想い”。
「いのちの尊さ、よーく知ってる。だからさ、全力投球しちゃう。全部、ずっと大好きで良くない?」
──愛すら、オモい。
それでも、残る五柱へ愛と信条、思想を示さなければ、鍵を得ることは出来ないのだから。
(あぁ、懸命に生きてる感覚がする)
学んだことを、全てぶつける。練磨された命の輝きをもって神々すら照らそう。
毎日投稿・19日目。ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
『序章 十神演武・三年の修行編』も、いよいよ大詰めです。
しかし──。
この物語は、まだ“旅立ち”には辿り着きません。
雅臣の前に立ちはだかるのは、コスモからの試練。
本当に、世界を救える器なのか?
真なる意味で、この魂に、未来を託せるのか?
それを問うのは、宇宙の創造主──アステリュア=コスモ。
ここまで積み重ねた努力と信念が、いま試されます。
その運命の扉を前に、一篇の“詩”を贈ります。
十神の教えなくして、彩武流は生まれず。
彩武流ありて、世界を救う礎を得たり。
行く先に、絵筆と武具で──救世の姿を描く。
紅の太陽こと、“雅臣”の伝説は、ここからが本当の始まり。
【衝撃! ブックマークの真実】
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実は僕も、この機能を知ったのは今年(2025年)に入ってからなんです。
「なんで作者が知らんのかい!」とツッコミを入れて笑ってください(笑)
創作以外は天然な僕が紡ぐ──
『彩筆の万象記』、これからもどうぞよろしくお願いいたします✦
【次回予告】
第20筆 七彩の扉を越えて
《7月20日(日)19時10分》更新致します。




