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第14筆 銃神と即席コンビのすれ違い〈銃神修行・前編〉

 地上の光を知らぬ、鉄と灰の底。


 地下都市カデナ=スパライラル──。

 瓦礫と鉄屑が積み重なり、鈍い空気が沈殿するこの場所は、かつて軍事都市だった名残をわずかに残していた。


 鉄骨の残骸は歪み、砲台跡には誰かの落書きが残る。地下空洞を満たすのは、かすかな発電音と、異様な静けさ。


 遠くでは錆びたレールが軋み、定期的に落ちる水滴が時間を刻む──生と死の境界が曖昧な、忘れ去られた都市だった。



 ──だが今は、ただの死んだ街。



 静電気すら這い回るこの地で、銃神(つつがみ)鉄砲夜叉(てっぽうやしゃ)が俺たちを待っていた。


「ほう、やはりおんしたちか。神の血を跨いで再び並び立つ、“運命の二人”よナ」


 鉄砲夜叉は、夜叉の面を思わせる無表情の顔パーツで、俺とウィズムを交互に見た。


 一見すれば古風な着物姿だが、その下には無数の関節とワイヤー、そして──腰には黒と銀の二丁拳銃。


「ボクたちは、“運命”なんかで動いてるんじゃありません。必要だからここに来ただけです」

 

 ウィズムがぴしりと答える。ホログラムで構成された彼女の身体が、かすかにゆらめいた。まるで強がるように。


 修行は、始まってすぐに異常をきたした。


「⋯⋯っ!!? 電磁──干渉波、レベル7⋯⋯違う、これは拡張指向性の──ッ」


 ウィズムの声が途切れがちになり、鮮やかだった体色が一気に淡くなる。次の瞬間、彼女は膝から崩れ落ちた。


「ウィズムっ!」


 俺が駆け寄ると、彼女は地面に手をつき、苦しげに何かを計算していた。だがその数字は、意味をなさない。


「⋯⋯無効化パルス、調整失敗⋯⋯電力、残⋯⋯り⋯⋯」


 そのまま、ウィズムは沈黙した。身体が透明に近づき、存在が──揺らいでいた。


「なにがしの波は、すべてを通ス。脆弱な仕組みの者から順に、消えてゆくのが道理ヨ」


 その言葉と同時に、鉄砲夜叉は片方の拳銃を持ち上げ、空へと一発放つ。無音だが、空気が一瞬震えた。


 “音速より速い何か”が通ったことを、肌が感じ取った──それは警告だった。生半可な意志では、生き残れぬと。


「原因は自分で考えよ」


 鉄砲夜叉は淡々と告げる。その声に、怒りが込み上げた。


「おい、ウィズム! なんで⋯⋯なんで、『ボクを頼れ』って言ったくせに、こんな無茶してんだよ!」


 怒鳴りながら、俺は彼女の肩を掴んだ。


 すると、ふらりと浮かび上がるように、ウィズムの瞳が開いた。だが、そこにあったのは痛みと苛立ちだ。


「ボクだって、全力を尽くしたのです⋯⋯でも、知識の網を張るために、世界中に分身体を送り出してたし⋯⋯エネルギー配分、間違えちゃって⋯⋯」


「ふざけんな! この修行を甘く見すぎだッ!」


「甘く見てなんか、ないもんッ!」


 怒声がぶつかる。俺たちは、とうとう本気で言い合いになった。


「⋯⋯俺はな、全ての修行が終わったら、異世界を救わなきゃいけないんだぞ! そのために無駄なんて、一秒も許されねぇんだよ!」 


 ウィズムの顔に、段々と青筋が浮かぶ。


「だったら『もっとしっかりしろ』って話なのです! 雅臣さまのバカ! プライドばっかり高くて、他人の限界も見えないくせに! そんな野郎(ヤツ)に世界なんて、到底救えるわけねぇのです!!」


 そこまで言われて、カッとなった。


「⋯⋯ああ、わかったよ。じゃあ勝手にしろッ!」


「ええ! もう勝手にします! 本当はボク、雅臣さまの実力と姿勢、生き方に敬意の現れとして『お兄さま』って呼ぼうと思ってたけど⋯⋯もう呼ばないもんねッ!」


 その言葉が、なぜか胸に刺さった。たかが呼び名、されど、そこに込められた感情を、俺は──


「⋯⋯はぁ。何で、あんな言い方しちまったんだよ」


 その夜、寝返りを打つたびに、心だけが騒がしかった。


 初めての、真正面からの取っ組み合い。

 俺の怒りと、ウィズムの悔しさ。言葉と拳が交錯し、それはやがて、沈黙へ変わった。



 ──そして、三日間。



 俺たちは一言も口をきかなかった。


 その間、鉄砲夜叉(てっぽうやしゃ)は何も言わず、ただ黙々と銃を磨いていた。まるで、沈黙すらも修行の一部であるかのように。


『銃は喋らず。されど真実を撃ち抜く──であります』


 昔、テレビのインタビューで聞いた護界軍(ごかいぐん)の兵士の言葉が、脳裏をよぎる。鉄砲夜叉は、それを体現しているのかもしれない。


 感情のぶつかりすら、“無音”の中で練り直す──そんな修行が、ここにはあった。


(さて⋯⋯いい加減、仲直りしないとな)


 彼女の方が遥かに年上だが、兄のように慕われるには、大人の対応力を磨き、包容力を高めなければ。


「エフじぃが言ってたもんな。『道に迷うのは悪くないが、立ち止まるのは惜しい』って」


 よし。こちらが、歩み寄ろう。

 自分の幼さも、ウィズムの器用貧乏なところも、全て受け入れ、悟り、包み込もう。


「ウィズム⋯⋯俺が君の求める兄になる。いつかその口から『お兄さま』と呼ばれるまで、諦めない」


 慈悲の刃で、(よこしま)なる感情を切り裂く。


 ⋯⋯彼女は今も、充電ケーブルの前に座っている。だが、映体(ボディ)の光は、少ししか点いていない。


 ただ、時折こちらをちらりと見て──すぐに目を逸らす。それだけで十分だった。まだ、届く余地がある。


 銃神(つつがみ)との修行は、まだ始まったばかりだ。

◉ご報告:累計500PV、ありがとうございます!


『彩筆の万象記』が公開から14日で、累計PV500を突破しました。

読んでくださった272名以上の皆さま、心から感謝申し上げます。


読了率も高く、再読(複数話の閲覧)をしてくださる方が多いことに、驚きと嬉しさを感じています。


まだ始まったばかりの物語ですが、

「一筆一筆に魂を込めて」描いています。


ではまた次回、お会いしましょう。



【次回予告】

第15筆 ホログラムの祈り、鋼の答え

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