第13筆 失われた筆、見つけた絆〈特別編〉
銃神・鉄砲夜叉との修行は、予定通りに始まるはずだった。
(嫌な予感が的中した)
だが、待てど暮らせど姿を見せない。俺は焦って、何日も探し回った。やっと届いた一通の手紙を開いた時、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚がした。
───────────────────────
拝啓、雅臣殿へ
現在、神悠淵界にて協和神議という会議の真っ只中で動けない。
予定を変更できず、本当に申し訳ない。もし、君が来られるなら、この世界で会おう。修行は二人一組で行う。必ず相棒と共に来てくれ。
鉄砲夜叉より
───────────────────────
整った筆跡で丁寧に綴られたその手紙に、俺は唇を噛んだ。
これまでの修行はほぼ“俺一人”で受けてきた。だが今度は、“二人一組”らしい。
仕方なく、これまでの師匠たち、神々に声をかけてみたものの──
「すまんな、今は霊峰の修復があるんだわ」
「私は今、弟子との千人斬りの模擬戦がある。話しかけないで」
「悪いが、雅臣。できたての世界の見回りがある」
全滅だった。
「⋯⋯だったら、俺が行くしかないか」
◇ ◇ ◇
神々の中枢神界、神悠淵界。
空に浮かぶ大陸、輝く文字の風、太陽と月が同時に照らす蒼銀の空。
⋯⋯全部が異常すぎて、迷った。
「どこだよここ⋯⋯地図なんて通じるわけねえ⋯⋯」
彷徨い歩くうち、俺は出会ってしまった。
「おやおや。こんなところに未熟な者が」
声と同時に、首筋に冷たいものが当たる。
振り返った先にいたのは、整った顔立ちの青年だった。銀の外套を身にまとい、微笑を浮かべているが、瞳の奥が、氷のように冷たい。
「慈悲で名乗ろう。勇者のグランツだ」
──次の瞬間、光が閃き、俺の身体が爆ぜた。
右腕が消し飛び、足が砕け、視界が赤く染まる。
「っぐ⋯⋯あああああッ!!?」
「うん、ダメだ。反応が遅いし、表情も凡庸。うーん、“底辺の中の中の、ちょっとマシな方”ってとこかな?」
気づけば、何度も殺されていた。
ここは神々の領域。“死”はただの試練に過ぎず、何度も生き返ると言う。
だが、心が削れていく。
「神界の常識だけど、君みたいな凡人がうろつくと、こうなるよ?」
グランツの言葉は、刃よりも鋭く心を斬った。
◇ ◇ ◇
限界が近づいたそのとき──
「はぁ⋯⋯何やってるのですか、雅臣さまは」
聞き慣れた声に、俺は顔を上げる。
そこにいたのは、黒髪ツインテールにメイド服を来た少女──ウィズムだった。
腕を組み、呆れたように俺を見ていた。
「まったく、アホなのですか? なんでボクを誘わなかったんですか?」
返す言葉もなかった。
俺は、情けなくて、惨めで、見捨てられて当然だと思っていたのに⋯⋯彼女は、来てくれた。
「⋯⋯ごめん」
「言い訳禁止です。行きますよ」
手を掴まれ、空間を超える光が俺たちを包む。
だがその瞬間──!
空間が軋み、唯一世界を繋ぐ門が、閉ざされた。
「⋯⋯と、閉じ込められた⋯⋯!!?」
それだけではなかった。
「刀が⋯⋯抜けない!? 陽熱鎚も大きくならない⋯⋯!」
武具全般が封印されており、召喚用画面と用紙──〘画竜点睛〙が、完全沈黙していた。
「なんでだよ⋯⋯描いてるのに、転移門が出てこない──!」
焦って転移門の筆を走らせる。けれど、何も生まれない。描線が震え、形は崩れ、まるで紙が俺を拒絶しているようだった。
「焦ってる。そんな線、絵じゃないのです」
ウィズムが、俺の召喚用紙をそっと閉じる。
「気持ちが乱れてると、紙に伝わる。心が荒めば、筆も迷う」
「でも⋯⋯俺には絵しかない。心の強さも、剣技も⋯⋯全部、中途半端で」
「だったらなおさら、自分を疑わないで下さい! 描くことは、雅臣さまの言葉なんでしょう? それを否定したら、貴方は誰になるの?」
胸の奥が、揺れた。
ウィズムは、小さなノートを差し出した。
「ボクが旅の中で気に入った“言乃葉”を書き留めてきたノート。詩、手紙、呪文、記録⋯⋯全部、自分の思考を紡いできた記録。これを貸します。雅臣さまが読みたいなら、だけどね」
ページをめくる。
“心の傷は、紙に移せば模様になる。模様は、いつか力になる”
嬉しくて、悔しくて⋯⋯涙が滲んだ。
「⋯⋯ありがとな、ウィズム」
「お礼は要りません。だって、ボク⋯⋯兄みたいな人、欲しかったもん」
少しだけ頬を赤らめて、そっぽを向くウィズムを見て、俺はようやく、息を整えた。
──その時、柔らかな白檀の香りが漂う。
「おぉっと、まだいたのか。若いの」
どこからともなく、白髪に長い髭をたくわえた老人が、あぐらをかいたまま宙に浮かんで現れた。
彼はふわふわと漂いながら、俺たちの前に舞い降りると、にっこりと笑った。
「ここから、唯一世界に戻れる門を開いてやろう。⋯⋯まあ、通行手形みたいなもんじゃな」
そう言って、手のひらをかざすと、空間が裂けて転移門が現れた。
その姿には、何とも言えない“ゆとり”があった。
強者の風格。それでいて、力を見せびらかすことなく、ただ、穏やかに。
「悟り、ってやつだな⋯⋯」と俺は思った。
「若いのう。道に迷うのは悪くないが、立ち止まるのは惜しいぞ」
そう言って肩を叩かれたとき、何だか涙が出そうになった。
「⋯⋯貴方は、いったい⋯⋯?」
問うと、老人はこう答えた。
「“エフじぃ”とでも呼んどくれ。だいたいのやつは、それで分かる。名は⋯⋯御守り代わりに、使っても善いぞ」
何者なのかは分からなかった。
けれど、なぜか懐かしい気がした。そんな俺に、老人はポツリと言った。
「⋯⋯懐かしい顔を見た、気がするのう」
その言葉の意味は、わからなかった。
だが、俺の中で、鎚神に出会ったときと同じような、不思議な感覚が芽生えていた。
変わった神様も、いるものだ。
◇ ◇ ◇
こうして、ウィズムと共に“二人一組”の準備を整えた俺は、次なる師──銃神・鉄砲夜叉との邂逅へと歩みを進める。
その先に待つのは、恐るべき“引き金”の試練だった。




