第1筆 血の個展と、星の呼び声
元・画家の主人公が──
異世界で“描く力”を駆使して、世界を救う旅へ。
これは、色と魂で編まれる万象の物語。
異世界ファンタジーの、その先へ。
今にして思えば──
あの日、俺は〝絵〟を通して異世界を知り、宇宙を救い、両腕を失った。
それでも悔いはない。
〘画竜点睛〙が導いた先に、俺は「守りたいもの」を見つけたのだから。
◇ ◇ ◇
──現代・日本。個展最終日──
「⋯⋯誰も来ない、か。凛花も“塾がある”って言ってたけど⋯⋯来てくれると思ってたのにな」
窓の外は、赤く沈みゆく夕焼け。 今日は、俺──東郷雅臣の個展の最終日だ。
だというのに、会場は異様なほど静まり返っていた。 昨日までの満員御礼が嘘のようだ。
警備員もいない。受付のスタッフの姿も消えていた。なぜか、入り口のドアは開け放たれたままだ。
「⋯⋯凛花」
天木凛花。俺の教え子の一人であり、恩人でもある。 無名だった俺の絵を世に広めたのは、彼女の家──天木家だ。
『先生の絵は、人の心を温めてきた。だから、私が助ける番だと思ってる』
そう言って、俺の新作の“薔薇”を「必ず買う」とまで言ってくれていた。 だが、彼女は来なかった。
「⋯⋯何を期待してたんだ、俺は」
静かな会場に、重い沈黙がのしかかる。
展示された花の絵が、今は皮肉めいて見える。
スノードロップ──「あなたの死を望みます」
イトスギ──「哀悼」
イチイ──「死」
まるで、今日の出来事を予兆していたかのように。
「昨日、隣の県で爆破事件があったってニュースで言ってたな⋯⋯まさか」
ふと、悪い予感がよぎる。
「──帰るか」
俺はため息をつき、淡く光を放つ〘金木犀〙の絵に手を伸ばした。
──その瞬間だった。
「ドンッ!」
背後から炸裂音。咄嗟に振り返ると、“薔薇”の絵が真っ二つに裂け、 そこから漆黒の霧をまとった“何か”が現れた。
「なっ⋯⋯!?」
目の前の現象を理解する暇もなく、 空間がねじ曲がるように、会場の壁が崩れ落ちていく。
そして、闇の中から現れたのは──異形の影。
「東郷雅臣⋯⋯この世界に、貴様のような“異能を生む者”は不要だ」
声の主は人ではなかった。黒い鎧をまとい、頭部は仮面のような面構え。 その存在からは、現実を侵食する❛異界❜の気配があった。
──名をサルヴェイレス。
地球に現れ始めた、❛異界❜エリュトリオンからの侵略者たち。
「なぜ俺を⋯⋯!?」
「貴様は、境界を越えた。絵筆で世界の理に干渉した。ゆえに──抹殺する」
そう言ってサルヴェイレスは剣を抜き、俺を切り裂いた。
⋯⋯どうしてだ。
俺はただ、絵を描いただけのはずなのに──なぜ、あいつは俺を狙った?
あれは、ただの絵じゃなかったのか?
無意識に描いた“何か”が、現実に作用した?
まさか、俺の絵に──そんな力が……?
いや、分からない。けど──
確かに、奴はそれを知っていた。俺よりも、先に。
きっと、この襲撃は偶然じゃない。仕組まれていた。
「口惜しいな……ここで終わるのか」
そう思った瞬間、再び空間が割れた。
黄金の光が弾け、眼前に立ったのは──あの少女だった。
「凛花……!?」
彼女は、真っ白な軍服で宙に浮かび、 その手には、俺の描いた“金木犀の枝”と、サーベルを握っていた。
「先生は……ここでは死なない。だって、私は──」
そう言った直後、凛花の身体がまばゆい光に包まれ、 次の瞬間、俺の意識は暗転した。
──ここから俺の、宇宙をかけた旅が始まった。
◇ ◇ ◇
──音も光もない闇。
意識だけがぽつりと浮かび、身体の輪郭すら感じられない。
(⋯⋯まさか、俺は死んだのか?)
その瞬間、光とともに遠くで誰かが名を呼んだ。
「──雅臣」
目を開けると、そこは星々が渦を巻く白銀の草原だった。 風がラズベリーの匂いと青臭さを運び、重力の感覚すら薄い。
現実とも幻ともつかないその世界に、白髪と薄紫の瞳が特徴的な、肌の白い少年が立っていた。
「やあ、兄さん。思ったより⋯⋯ずっと早かったね。僕はビックリしてるよ」
どこか見覚えがあって、懐かしい響きのある声だった。けれど、思い出せない。心は揺らぐのに、意図的に記憶を消されたような感覚だ。
「ここは唯一世界。いわば、宇宙始まりの世界だよ」
俺はその名を知っていた。
時間はまだ、生まれたばかりの赤子のように、形を持たない。
過去も現在も未来も、溶け合っている。
だからこそ、“今”という感覚は曖昧で、一瞬が一日にも、千年にも感じられる。
宇宙科学雑誌で天文学者たちが論文に取り上げ続けた始祖の世界──実在したんだ。
「⋯⋯どうして、俺はここへ?」
「地球のサルヴェイレスを倒すには、元凶である異界エリュトリオンの問題を解決しないといけない⋯⋯君は長年、絵筆の力で訴え続けた」
「よく知ってるな」
彼の手元に浮かぶホログラムから、俺の一生涯の映像が流れた。
どうやら、常識が通用しないらしい。
「絵筆の力じゃ奴らは倒せないし、異界の門は向こうからの一方通行。誰も突入出来てない」
──子どもの頃から誰かを守れる人間に憧れていた。でも現実は、助けたい人ほど、何もできなかった。
だから固く決意したんだ。
俺は、絶対に“力”を手に入れて、いつか──
「大丈夫、後は俺に任せろって言える人間になる」
「そっか。兄さんの事だから、時には武術や思想すら使って、人を助けるんでしょう?」
「刀と剣は基本武具として、重点的にやる。俺を殺した奴の刃に、敵ながら感服した。他の武器種もいくつか極めるつもりだ。対話手段は多いほど良い」
「あはは、兄さんらしい。実は十年前から準備してるよ。遅かれ早かれ、来る予定だったしね」
少年は静かに空を指差す。遥か上空に、女神のような姿をした光の存在が浮かんでいた。
「“宇宙の創造主”──アステリュア=コスモ。宇宙全てが御神体だから、あれは化身だよ。かのお方を筆頭とする十一柱が君の師になる」
幼少の頃、戦争があって目の前で死んだ人々も、さっきの出来事も、俺に戦う力があったら──?
「俺は、徹底的に強くなってみせる」
「良い目だね。だったら三年の修行を兄さんへ与えよう。ちょっと解説を──」
三年は、外界時間にして三十日。通常の時間感覚では語れない。それは、圧縮された無限に近い修行の日々となる。
三十日と聞くと短いが、この世界では一瞬が永遠へ。一秒で呼吸法を百通り、一歩で技を千通り──それが“始まりの世界”だ。
今この瞬間も、地球とエリュトリオンでは誰かが邪神の手により、倒れている。コスモの力で時間を引き延ばしても、限界は近い。
──だから、三年が“限界の猶予”だ。
修行を終えたら、必ず向かう。
双方の世界を、絵筆で救うために。
「修行か⋯⋯」
脳裏によぎったのは、絶望で叫ぶ凛花の姿。
無残にも壊れていく人々と、守れなかった自分の弱さ。
更にアステリュア=コスモは、宇宙そのものである。
かのお方が直接干渉すれば、宇宙自体が崩壊してしまう。
それは本望ではないらしい。
邪神が今いる❛異界❜エリュトリオンは、すでに癌細胞のような“拒絶領域”となり、コスモの力を跳ね返す。
彼女が出来るのは、微細な転移門を開くことと、勇者を送り出すことだけ──。
「もう二度と、同じことは繰り返さない」
「──三年後に、君の立つ段階が決まる。それが極楽か、地獄かも含めてね」
俺は黙って頷く。
「だから、頑張って。兄さんなら、きっとやり遂げられる。今度こそ──僕のこと、思い出してもらえると良いな」
覚悟を決め、立ち上がった俺に微笑みかけ、彼は三原色の光を放つ星雲の中へと消えていった。
「あれ? 全色、新品に補充されてる⋯⋯?」
なぜ、俺の画材一式が準備できているのか。どうやってここへ持ち込まれたのか。
名乗らなかったはずの少年に、俺は懐かしさと切なさを感じていた。
──俺に弟はいないはず。
いや、本当にそうだろうか。
心のどこかで、何かがぽっかりと欠けている気がする。
「ん、紙?」
天からふわりと落ちた手紙に、こう書かれていた。
〈はじまりは一本の剣。剣を統べる神から〉
答えはきっと、この転生準備の旅──最初に出会う“剣の神”が教えてくれる。
握った左手の絵筆が、かすかに震えていた。
まるで、これから描く未来へ──触れているように。
2025/7/1(火)19:10 連載開始
【お知らせ】
本作を選び、第1筆をお読みいただき、ありがとうございます。
『彩筆の万象記』は三部作構成。
物語が進むにつれ、主人公・雅臣は世界を越え、
やがて宇宙規模で活躍する存在へと成長していくかもしれません。
──異世界ファンタジーの、その先へ。
その始まりが、ここに記されます。
雅臣は、十柱の武神から教えを受け、九種の武器と現象再現術を体得していきます──
あらすじでも触れましたが、なぜ魔法ではなく、現象再現なのか⋯⋯今後のポイントになります。
三年という短さで、すべてを修めるなど⋯⋯既存作品でも、“類例のない”道のりかもしれません。
次回より、雅臣が本気で挑む三年の修行編が幕を開けます。
どうか、末永くお付き合いいただければ幸いです。
【あとがき】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『彩筆の万象記』は、
「描く力」で異世界と魂を救う──画家の物語です。
一筆一筆、大切に綴っています。
もし少しでも面白いと感じていただけたら──
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書籍化という目標に一歩近づき、
さらなる物語を描く大きな力になります。
● 【次回予告 】
第2筆 左手に絵筆、右手に剣を加えよ
──宇宙始まりの世界での修行、ついに始動。
ぜひ、次の一筆もお楽しみください。




