『アルボス』の勇者
「おや……ようこそ、このような辺鄙な教会へ。そして初めてまして、勇者様。お会いできて光栄です。」
そう言って温和な顔立ちをした老神父様が教会に入ってきた僕を出迎えてくれる。
フォルトゥーナのことは、クラルスの治療が終わったサナさんに寝かしつけてもらったので、僕は安心して神父様に教会の中を案内してもらうことにした。
「あー……神父様はさっきのお祭りには参加しなかったんだね。」
「ええ、私には少し眩し過ぎますので。……そして貴方は、『アルボス』から来た聖なる勇者様ですね?」
「聖なる……かは分からないけど、『アルボス』から来た勇者は僕、フィデスだ。」
「ふふ、それなら結構。お飲み物は何がいかがですか?」
「それじゃあ……紅茶でお願いできるかい?」
「承知しました。」
外は真っ暗の中、教会だけは村を照らしていて、窓から見える景色にここは村の中でも中心に位置する場所なのだと理解する。
神父様は魔法のような何かの力で紅茶を淹れて、そのままこちらへと差し出してくる。
恐らく何かを話すために呼んだのだろうが、それが雑談目的なのか、それともこの地にまつわることなのか、まだ判断が出来ずにいた。
「さて、本題に入りますが………勇者様は『神代の終末期』からある予言書をご存知ですか?」
「予言書…?いや、聞いたことがない。」
「では、こちらを差し上げましょう。これはある護衛兵の綴ったこの世界の予言書です。予言書には『十の災厄』が書かれており、同時にそれらは世界の理ともされます。」
「………?」
神父様から渡されたノートのように薄い予言書を見て、その表紙に書かれてある『十聖人』という言葉に既視感を覚えながらページを捲る。
神父様から貰ったこの予言書もそうだが、神父様の口からも聞いたことのない単語がチラホラと出て来ていて首を捻った。
「………?何も書かれていないけど。」
捲ったページには真っ白のページしかなく、そこには文字通り何も書かれていなかった。
「……ふむ。ならば、それは今後の旅で自ずと理解することになるでしょう。私の口からとやかく言えるものではありません。」
「じゃあ、神父様は何か知っているのかい?」
「…………私の口から断言出来るのは、このままだと『魔』が世界を蝕むことぐらいです。なので勇者フィデス様、どうか世界に『魔』が蔓延る前に、魔王を討ち倒してくださいませ。」
「それは、もちろんだけど……」
「貴方様はこの世界の光です。どうか今度こそご自身の果たすべき宿命を、お間違えなきよう。」
なんとなくはぐらかされた気がしないでもないけど、「入り口まで見送りましょう」と言った神父様について行き、考える。
『魔』という言葉は、これまでに何度も聞いて来た言葉だ。
しかし普通の人はそれ単体で使うことはなく、『魔王』だとか、『魔法』だとか、『魔力』などと口にする。
思い返せば、これまでに『魔』と単体でその言葉を指していたのは___
「___さま、……勇者様?」
「あ、あぁ……ごめん、少し考えごとをしていて。神父様も夜遅いから気をつけるんだよ、ここまで見送りありがとう。」
「いえいえ、これぐらい貴方様が成すべきことに比べれば些細なことですので。この村には3日ほど滞在する予定でしょう。宿はあそこの空き家を貸し出しているので、お好きに使ってください。」
「ありがとう、助かるよ。じゃあおやすみなさい。」
「ええ、おやすみなさい。」
その日は久々に宿でぐっすり眠ることができた。
布団の質はさすがに王国とは天と地ほどの差だけど、あたたかいベットで寝れるというだけで気持ちがいいものだ。
翌る日の朝、目を覚ますと僕の身体の上に何かが乗っている感触があった。
「___て、お〜き〜て〜!!もーっ!パパったら、昨日はいつまで外をふらついてたの?あっ……も〜し〜か〜し〜て〜!爆乳の美女と深夜の二次会に行って、勇者様専用のハーレム作ってきたり〜?」
「ばっ、!?」
否定しようとガバッと布団から起き上がれば、周囲にはドン引くような視線を向けるサナさんとポッと顔を赤く染めるグローリアがいて、顳顬を右手で押さえて深いため息を吐いた。
「全く……どこでそんな言葉を覚えてくるのかな、この子。」
「はっ、アンタ父親なんでしょう?パパの躾がなってないんじゃないんですかぁ〜?」
「サナさんまでそう揶揄って……僕はこの子の父親じゃないよ。って、ニヒルとクラルスはもう起きてどこかに行ったの?」
「ニヒルは女の子を漁りに行ったよ!いい歳して下半身は現役みたいっ!」
「んげほっげほっ、コホン………クラルスは村人と食材狩りに、ニヒルは女遊びに行きました。曰く、情報収集もしたいとのことです。」
「はあ……お願いだからフォルトゥーナの口を少し塞いでおいて。あとニヒルは教育に悪すぎる。戻ったら説教だよ。」
「んっんんんんんっーー!!(訳:暴力はんたーいっ!)」
サナさんが医療用のテープでフォルトゥーナの口をぐるぐる巻きにする。
その光景を見て、どぢらかといえば彼女の方がフォルトゥーナの母親に近いんじゃないかと思ったりもした。
朝食は3人が作っていたらしいピザトースト。
パンの上にトマトのソースと伸びの良いチーズ、そこに塩胡椒も少しと輪切りのソーセージが乗っかっていて、美味しく頂いた。
「そういえばフィデス、この村を出る前に結局この子どうするんです?昨日は確か、養母を探すとかなんとか言ってましたけど……」
「あー。そういえばそんなことも言っていたような……」
「えっ、わたしイヤだよ!パパ、絶対のぜーったい!!置いてかないでねっ!?朝起きてわたしだけ置いてったら、クラルスおじさんの走る速度に追いつくまで地を這う勢いで追いかけるんだから!!」
「…って、言ってますけど?」
ジトリ、とサナさんの視線がこちらへグサグサと突き刺さる。
フォルトゥーナとはたった一日の間柄だけど、放置して行ったら何しでかすか分からないし、無駄に語感の強いフォルトゥーナがこの村の同年代の子供と仲良くできるか分からないし、そもそも貴族様なら家に返さないといけないんじゃ……と、考えて、宿に帰って来たクラルスに視線が向く。
「……なんだ、みんなして俺を見て。何か言いたいことがあるなら早く口にしろ。」
「クラルス。フォルトゥーナについてなんだけど、昨日の夜に魔物の群れを一掃するぐらいの力はあるみたいだから、このパーティーに加えてもいいかい?」
「元より俺はじゃじゃ馬な小娘を入れることについて否定的ではない。お前がいいと思ったのなら、俺は受け入れる。」
(((………昨日のあれは否定的じゃなかった…?)))
思わずそう口にしたクラルスを揃ってガン見するも、フォルトゥーナだけは「クラルスおじさん分かってるじゃーん!」などと宙に浮いてはクラルスの頬をツンツンと突いていた。
そしてそんな扱いを受けているクラルスは、「おじさんじゃなくておじいさんだ。」なんて訂正をしていたけど。
正直そこはあまり気にしていないと言うか、見た目だけならお兄さんにしか見えない。
というわけで、晴れてフォルトゥーナが勇者一行に加わったことで、女遊びから帰って来たニヒルが「パーティーを開こう!」なんてほざくものだから、サナさんが二、三発殴ってくれていた。
そうして時が過ぎるのは早いもので、この村に来て3日が過ぎた日の朝、あの後神父様から聞いた『魔王討伐の日』に遅れないように、僕たちは村の人たちに見送られながら旅を再開した。