イケメンで強ぉ〜い勇者様
村の中心までやって来たはいいものの、村人はそのほとんどが年の行ったお爺さんや健康な男性ばかりだった。
子供は見渡した限り一人も見つからず、それなりの規模の村だというのに、あまりに簡素な場所だと不思議に思う。
「あ、やっと来やがりましたねフィデス。そしてどうやらこの村、訳アリのようなんですが……」
「………訳アリ?」
「ええ。どうやら、この村の近くに到底一般市民じゃ敵わない魔物がいるみたいで、悪趣味なことに女子供が狙われやすいみたいなんですよねぇ〜。だから家の外には若い女子供は出さないようにしているらしく、同時に魔除けの札が村中にあるみたいなんですけども……」
ビリビリ、ビリビリ、と村を覆うようにして出来た結界にヒビが入っているのが目視で確認できた。
「ひ、ひぃっ!ついに魔除けの結界が破られる…!?」
「神様どうかお慈悲を……!!」
「ま、魔物が来るぞー!!逃げろー!!」
なんて村人が騒いでいるが、僕はこの一連の原因を知っているため、頭を抱えて深くため息を吐くほかない。
それにしても、確かにこの辺りには濃い魔物の気配が漂っているのを感じる。
油断はできないしするつもりもないけど……恐らく、この近くにいる魔物は魔王直属の配下だと、直感で感じた。
だから、この魔除けの結界のせいで村に入れない魔物の血が入っているニヒルがこじ開けていることに対して、村人の安全を考慮してほしいと考えるものの。
___ビリ、バリバリ、パリンッ!
そんな音で打ち破られた魔除けの結界と同時に、教会上から現れたニヒルは花弁を撒き散らす。
人外のように整った顔立ちはもちろんのこと、薄紫色のふわふわ柔らかい髪を風に靡かせて地上に降り立った彼はまるで天の使いのような雰囲気を出していて、外に出ていた村人は同性にも関わらず魅入っていた。
「あぁ、勝手に結界を破ってしまってごめんよ?でも安心してくれて構わないとも。なんと言っても、ここには国一番のイケメンで強ぉ〜い勇者様がいるからねっ!」
ニヒルの視線は僕に向けられて、そんな村人たちの視線もまた、次々とこちらへ注目してくる。
僕としてはまだ駆け出しの勇者パーティーなんだけど、何故か腕の立つメンバーが集まってしまって、少し肩身が狭いまである。
とはいえ、僕も勇者の一人なので、世界平和のためにも魔王討伐の目標を諦めるわけにはいかない。
「初めまして、ご紹介に預かった『王国アルボス』から来た『勇者』フィデスだ。この村の人たちは通常の魔物じゃない、より強い魔物と対峙してるみたいだけど……その討伐を僕たちに任せてはくれないかな?まだ駆け出しの勇者だけど、決して村人に危害を加えさせないと約束するよ。」
そう言ってニコリと優しく微笑んで見せれば、口々から「勇者様…!?」「ついにこの村にも救いが…!!」などと騒がしくなり、無事に結界を張り直したニヒルがこちらへやって来る。
「さて、これで拙たちは魔物と戦わなくてはいけなくなったのだけど、どうするかい?」
「どうするも何も、サポート特化の私はグローリアとフォルトゥーナと一緒に宿にいますよ。ちゃっちゃと片付けて来やがれください。」
「ふむ、それなら魔物の数が百を超えると言ったら?」
「ハ………マジで言ってるんです?」
種類や強さによるものの、確かにこの魔力の濃さだったら、それだけの魔物がいてもおかしくないくらいなのかもしれない。
それが人一倍魔力に敏感で、かつ魔物との混血児とされるニヒルの言葉通りとなると……
(もしかしたら、もう既にクラルスが魔物と戦っているかもしれない……僕も早く追いつかなきゃいけない。それに百体近くってなると、例えクラルスが底なしの脳筋だとしても___」
「うんうん!クラルスおじさんだけに任せてられないよね!!」
突如足元から聞こえてきた可愛らしい声に驚いて、ギョッと見つめる。
そこにはさっきよりも簡素で動きやすい服装になったフォルトゥーナがいて、頭の中で考えていたものが飛んでいった。
というか多分半分くらい口から出ていたのかもしれないけど。
「な〜に言っていやがるんですか、フォルトゥーナ?アンタは宿に戻って休め。」
「ヤダ!!」
「はぁ〜ん?なぁに、そんなにこちょこちょされたいんですか〜?いいですよ、私の渾身のくすぐりを感じてみたいなら全然……」
「こちょこちょはあとでね!!」
「あっ、おいコラ待ちやが………いや足早っ!」
颯爽と村の入り口まで走って向かうフォルトゥーナに、思っていたより身軽だな、なんて思う。
さっきまではお貴族様の着るような高価なドレスを身に纏っていたから分からなかったものの、冒険者用のワンピースにさっきと同じ白いフード付きのロング丈のコートを着たあの子は、きっと戦いに慣れている子だと理解した。
そんなあの子がどうして、僕のことをパパと呼ぶのかは到底理解ができないけど、それはそれとして。
「ごめんサラさん、留守番よろしく!」
「あっ、おい!……チッ、こんの似た者同士め。」
似たもの同士は勘弁してほしいけど、否定できるところは案外少ないかもしれない。
ニヒルが魔除けの結界を一度破ったことによって、村の門前までやって来た魔物たちを、あの子が『光魔法』を使って薙ぎ倒す。
割合的に使用者の少ないとされる『光魔法』は、魔法の中でも使用者本人の魔力量や性格、性質に左右されやすい。
そのため魔物相手に空を飛んで、純白の『光魔法』を空高くから撃ち落とす。
地面が抉れるような勢いだったが、魔物だけがその場から消滅して、降り立った少女は月に背を向けて優しい笑みを浮かべた後、僕を見つけては口角をぎゅんと上げて少しずつ歩みを早めて小走りでやってくる。
「____どう?すごいでしょ!今のわたし、パパの役に立てたよねっ!だからさだからさ、わたしも勇者パーティーに入れ…」
''てくれる?''と言おうとしただろうフォルトゥーナの横から、魔物が一体大きな牙を見せつけて口を開いて襲いかかってくる。
瞬時に鞘から剣を抜いた僕は魔物を真っ二つに切り裂いて、魔物が出てきたことで躓いたフォルトゥーナを抱き寄せた。
「びっっっくりした〜〜!あの草むらの中に隠れてずっと機を狙っていたの?ふぅ〜ん……」
「魔物の方が一歩上手だったね。怪我とかは大丈夫かい?」
「どこも怪我してないよ!ただでも、なんとなく……もうここにはいない気がする。めちゃくちゃ強い魔物。」
「怪我がないならよかったよ。僕はクラルスを探しに村の周りを見てくるから、フォルトゥーナはサナさんのところへ戻って。」
「えー!帰ったらこちょこちょされるのに?か弱い娘が他の女に身体を蹂躙されてるところを見逃すの?パパひっどーい!」
「いや言い方言い方。……まあでも、先に約束を破ったのはフォルトゥーナだからね。サナさんの罰は早めに受けてきた方がいいよ。」
「ちぇ〜。じゃあ!気をつけて早く帰ってきてね!」
そう言ってリズムを取りながらスキップで帰っていったフォルトゥーナを見て、僕も他に魔物がいないか見回ろうと思って足を踏み出そうとした時。
ガサゴソ、という草の茂みの音と一緒にクラルスが現れた。
「クラルス!酷い怪我だ……君がここまでやられるなんて。いや、無事だったなら何よりだけど……」
「ハァ……長く生きていると、当然力も衰える。」
さっきフォルトゥーナの使っていた『光魔法』のように輝く月を見上げて、血塗れの鎧を見に纏ったクラルスは思い耽るようにボロボロと昔話をする。
長く生きているとはよく聞いてきたことだけど、正直現時点でのクラルスの耐久力と純粋な底なしの体力でも負けるようなビジョンが僕には見えてこない。
もし敵だったら、今の僕だと苦戦することなく負けるだろう。
つまり。彼をここまで手負にさせた魔物は、少なくとも今の勇者パーティーのメンバーでは勝てない可能性が見えてきた。
「……何を考えているのかは知らんが、俺はまだ死ぬつもりはない。お前はまだ扱き甲斐のあるサンドバッグだ。俺はお前を究極のサンドバッグにするまで生きなければいけない。」
……それは、クラルスにとって僕は殴り甲斐のある勇者という認識でいいのだろうか。
とてつもなく真剣なんだろうけど、言葉の節々から滲み出る脳筋感に、頭の上にはてなマークを浮かべざるを得ない。
「あの小娘が相対しなくてよかったな。俺だからこの程度で収まっているが、これ以上『魔』が蔓延ると取り返しが付かなくなるぞ。」
「分かってるよ……とにかく、一旦サナさんのところへ行こう。怪我は放置していいものじゃないから。」
「俺は一人で立てる。お前は先に行け。フン、村人がこんな姿を見たところで怖がらせるだけだ。肉だけ持っていけ。」
「うわっ、ちゃんと狩りに行っていたんだ……って、かなり重い……」
「これぐらい軽々と持てるようになれ。」
いや、それでも巨大なイノシシ丸ごと僕の身体で支えるのは無理があるとは思わないか。
……彼なら無理だと思わないかもしれない。実際今の今まで軽々と背負ってきていたわけだから、事実として朝飯前だろう。
僕もあれくらい力を付けられたら、大勢の人を救えるだろうか。
なんて思考を霧散させて首を振り、イノシシ肉ではなくイノシシそのものを両手で持ち上げ、片手に乗せる。
「……知っていたけど重いね。」
「案ずるな。そのうち慣れる。さっさと行ってこい。」
「ぐう……分かったよ、サナさんを呼んでくるからクラルスはここで待機!」
「了解した。」
にしても、重い…………。
あとで今までのこととこれからのことを考えよう、とか思っていたのに何もかも忘れてしまった。
その原因がこのイノシシ肉で、多分これ一つだけでここの村人全員をお腹一杯にすることができると思う。
一千キロは余裕でありそうだ。
しかしそんなイノシシも、慣れると確かに両手で持ち上げることが出来るようになっていて、頭の上に持ち上げて運んでいたら、家のドアの前でこちらを伺っていた村人が僕の姿を見つけた途端にゾロゾロと集まってくる。
「すごいな、どでかいイノシシ肉だ!勇者様がイノシシ肉を持ってきてくださったぞー!!」
「アハハ、これを狩ったのはまた別のメンバーなんだけど……」
「勇者様!教会の神父様がもう魔物はいなくなったって!勇者様が倒してくれたの?」
「ああ、それならもうこの近くにはいないはずだよ。でも警戒は怠らないで、って神父様に伝言頼めるかな?」
「わかったよ!けいかいはおこたらないで、って伝えるね!あと神父様も勇者様に会いたいって言ってたから、あとで会いに行ってあげて!」
「ありがとう、あとで教会に行くことにするよ。」
それからも街の子供達や若い青年少女に話しかけられ、イノシシを調理しにきた主婦のお姉さま方、大きな調理器具を持ってきたおじさまたちにも挨拶されて、魔物がいなければこんなにも賑やかな村なんだと認識して、一層この魔王討伐の旅を早く終わらせなければ、と心に誓った。
それから数時間、夜もかなり更けてきた時間になるまでどんちゃん騒いで、呑んで、楽しんだ。
子供達に絡まれているところをフォルトゥーナに妬かれた時には、少しだけこの子の親になるのもいいかもしれない、なんて考えも過ったくらいで。
後から聞いた話だけど、あの時の彼女はどうやらサナさんに目一杯罰という名のくすぐりをさせられた後だったみたいで、サナさんのことを猫の威嚇のような勢いで睨んでは避けていた。
サナさんは普段はご飯以外寝ているような人だけど、ふらっと起きては人にイタズラをするのが好きな人だから、かなり好き勝手にさせられたのだろうと思う。
そうして、みんなが寝静まった頃。
僕はまだ起きているだろう明かりの付いている教会へ、神父様に会いに一人でやって来ていた。