『幸運』のフォルトゥーナ
「幸運のフォルトゥーナか……いい名前だね。」
「でしょでしょ〜!パパが名付けたんだから、いい名前じゃないわけがない!」
「あはは…改めて、僕はフィデス。後ろで寝ているのが女医のサナ。隣で精霊と話しているのがグローリアで、後ろで何か魔法陣を描いているのがニヒル。そして馬車を引いてくれてるのがクラルスだよ。」
そう言いながら一人一人視線を向けて、そんな僕を見て優しげな笑みを浮かべるフォルトゥーナに、そういえばこの子は僕たちの名前を知っていたんだっけかと首を傾げる。
どこで知ったのかはてんで予想もつかないが、もし知り得るならきっと城でのあの出来事だろう、と思う。
ただ、あの場所にこんな幼い子供がいたのかは少し疑問だ。
『___大騎士クラルス。魔法使いニヒル。医師サナ。聖女グローリア。……そして、勇者フィデス。改めて、最後の勇者一行。私は君たちの輝かしい活躍を期待している。』
『……国王陛下。我ら勇者一行、必ず魔王の首を討ち取って見せましょう。』
『私は、そう言った幾度もの勇者パーティーを見送った。……期待しているぞ。』
あの場には確か国王陛下と数名の騎士、そして貴族やメイド、宮廷魔法使いなどがいたが、子供がいるようには見えなかった。
そう、それこそこんなに目立つドレスを着た幼女なんて、一度見れば忘れることはないだろう。
決して幼女趣味ではないが。
断じて違うが。
だからといってあの場にはいなかった貴族の場合もあるし、名前だけなら確かに知り合いの街の人なら知っているけども。
「___パパ!!」
「!」
そんな声と共に深い思考の海から起き上がれば、顔面ドアップのフォルトゥーナが目の前にいて少しびっくりする。
同時にぼーっとしていた僕を見て、目の前の子は困惑していた。
「もー!突然黙っちゃって、何考えてたの?」
「あ、いや、別に……というか僕はパパじゃないからね。」
「あはは!パパってば毎回否定するの律儀だね。でもわたしの家族はパパしかいないから、あんまり気にしなくていいよ!」
「いや、気にしなくていいよって……僕、当事者なのに…?」
「うん!深く考えないで、感じてっ!!」
「そんな無茶な……」
どこか無邪気にそう言うフォルトゥーナに、僕はなんとも言えない顔をする。
なんだかとても大切なことを隠されたような気がして、同時にとんでもない爆弾を落とされたような気もした。
というか、感じるって結構……いやかなり大変な気がするが。
クラルスが自己満足で運ぶ馬車の中で沈む夕日を眺めていれば、隣から背中をトントンと叩かれた。
「フィデス様、精霊によるとあと七キロほど進むと小さな村があるみたいです。」
「おや、それなら陽も沈み出したし時間的にもちょうどいい。今日はそこで宿を探してみるのはどうだい?」
グローリアのその言葉に、馬車の後ろから顔を出したニヒルはそう提案してくる。
二人を見た僕は頷いてクラルスに声をかけた。
「クラルス、あと七キロほどで村があるみたいなんだ。今日はそこで宿を探そう。」
「分かった。少し走る速度を上げるぞ。」
「おっと!」
クラルスが速度を上げたからか、風の抵抗が強くなってフォルトゥーナの雪のように白く長い髪が後ろにいたニヒルに絡まる。
慌てて髪を抑えたフォルトゥーナだったが、その髪をしゅるしゅると魔法で操ったニヒルは見事な三つ編みのお団子を二つ作った。
前から思っていたけど、ニヒルは手先が器用だ。いや魔法だから魔先?
「ふふ、これの方がいくらか動きやすくはないかい?」
「!!……すごい、ありがとう!」
「どういたしまして。フォルトゥーナ、だったかい?拙は魔法使いのニヒル、よろしく頼むよ。」
「フォルトゥーナさん、グローリアと申します。短い時間ではありますがよろしくお願い致します。」
さっきまで精霊と話していたグローリアが、フォルトゥーナと面と向かって挨拶をする。
しかし礼儀正しいグローリアの挨拶に、目の前にいる少女はむぅ、と口を尖らせた。
「むー!短い時間じゃないもん!わたし、絶対パパの役に立てるって証明してみせるから!」
「いやでも、クラルスの試練って結構過酷だろう?一体どんな試練を用意してくるのやら。拙はあんな骨まで筋肉で出来てる男とは戦いたくないね。」
「まぁ、相手は子供ですから、少しは手加減してくれるでしょう……多分。」
その多分、という言葉には多少の希望も入っているのだろうなと思った。
グローリアにしては確証もないその言葉に、苦笑いをすることしか出来ない。
さすが、異名が苛烈過酷を通り過ぎた激甚のクラルスだ。
僕の知る限り、クラルスの試練は半端者ではものの一秒足らずで全知一年程度の怪我を負わせられる。
彼の試練はやっぱり子供には厳しいだろうし、彼自身がちゃんと手加減を見極め切れるかというのもネックだ。
そうして隣にいるフォルトゥーナをよく見てみれば、かなりの痩せ型であるのを認識した。
僕がこのくらいの歳でももう少し肉がついていた気がしなくはないけど……と思って、貴族らしからない違和感を抱く。
「それにしても……君たち、こうしてみると本当に親子のようだね。やっぱり知らない間に子供を作っていたんじゃないのかい?隠さなくてもいいのに。」
「いや、僕に子供なんかいないよ。大体まだ成人してもないんだ。」
「でも確かに、こうして見ると親子に見えなくもありませんね。」
「ふふんっ!そうでしょそうでしょ〜!わたしはママよりもパパ似って言われてたからね!」
胸を張ってそう言うフォルトゥーナは、僕と似ている容姿に誇らしげに見せびらかし満足そうな笑みを浮かべていた。
一方で、僕はそんなに似ているだろうかと首を捻り、実際あまり似ているようには見えない。
しかし楽しげに自慢するフォルトゥーナに少し情が芽生えつつあり、ふいにそんなフォルトゥーナの羽織るコートに目をやった。
なんとなく、この少女とサイズが不釣り合いなコートが少し気になったからだ。
「……そのコート、少しサイズが合ってないんじゃないかな。」
「うーん、それなら拙が新しいコートを新調してあげようか?」
「えっ!?ううん!だめ。いいの、これがいいの!」
「これがいい……あまり君のようなレディには似合わないような気がするけれど。」
「ううん。このコートは……わたしの大切なものだから。」
そう言って大切そうにコートをぎゅっと抱きしめるフォルトゥーナは、まるで自分の一番大切な宝物を抱えるように優しげな目をしていた。
そんな少女を見て、僕たちは三人キョトンと顔を見合わせる。
「なんだか、遠くにいる好きな人を想うような表情ですね。ラブの精霊を感じました。」
「エ、えええええなんで!?わたし、そんなませてないよっ!!」
「いやそんな言葉知ってる時点で十分ませてるでしょーが。ふぁああ……アンタたちがうるさいからろくに寝れやしなかったですよこのヤロウ。」
「あはは……それはごめんね。でも、まだ夕方だよ。」
「ぐっ、私は万年寝太郎の眠り姫生活をしていたいんですこのヤロー!夜の番はするから、必要な時以外起こさないでくださいよっ!」
全く…と悪態を吐いて、後ろで寝ていたサナがまた寝る体制に入ろうとし、よくそんなにたくさん寝れるな……とも思う。
一日の五分の四ほど睡眠に時間を費やしている彼女は、きっと寝る天才だ。
何故なら、の○太くんもびっくり横について一秒かからず寝ることができるのだから。
ニヒルの測定によると、およそ零.二秒らしい。
いや早い。
「そ・れ・で!!フォーちゃんの好きな人はどんな人なんだい?早く吐いちゃえば楽になるよ〜?こちょこちょこちょ〜!」
「ひゃっ、あははははっ!くすぐったい、やめっ、やめてっ、あははは!!」
「おや、お腹が弱いのかい?それならここはどうかな〜?」
「はぁ……ニヒル、やめなさい。子供相手に気持ち悪いよ。」
「悪かったよ、フィデス。ちょっと弄り甲斐のある子だったからつい、ね?」
「はぁっ、はあっ……笑いすぎて、ちょっと休憩……」
僕の肩にぐったり倒れたフォルトゥーナは、ニヒルに杖を使った魔法でくすぐられて暴れていたが、多分ニヒルは下手すると捕まる。
笑いすぎで火照った顔は赤く染まっており、涙も滲んでいた彼女の顔を直視できないのは仕方ないだろう。
決して僕は幼女趣味ではないが。
「さて……それで、お相手は?」
「好きな人なんていないもん!大体、わたしみたいな階級の子供が普通の恋愛とか出来るわけないでしょ?」
「まあ、それはそうですね……聖女である私も恋愛なんて言語道断ですし。」
「にしても、フォーちゃんってフォルトゥーナのこと?ニヒルがあだ名なんて、珍しいね?」
「まあ、フォルトゥーナって呼ぶには名前が長いだろう?だからフォーちゃん。こっちの方が響きがかわいくはないかい?」
まあ確かに、と頷いていれば、馬車を引いて走っていたクラルスから声がかかる。
というか馬が引いていない時点で、これを馬車と呼んでいいのかは怪しいけど。
汗一つ掻いていないクラルスを見て、彼は本当に体力が底なしなのではないかと勘繰ってしまう。
これほどの人数を乗せた大きな馬車を引いて走って、汗を掻かない方が不思議だ。
「おい、村の門が見えてきたぞ。」
「ほんとだ!って、もしかして何かお祭りやってる?」
「おや、それはいいね。」
「着いたら先に勇者か聖女が話をつけてこい。俺はこの辺りの森でいい肉がないか探してくる。」
「あ、私も!私もお肉狩る!」
「……あ?」
フォルトゥーナの方を向いたクラルスは、眉間に皺を寄せ、普段より一トーン低い声で唸った。
これにはフォルトゥーナもビクッと肩を揺らすも、どうやら本当について行きたいらしい。
僕は、どうして箱入りのご令嬢っぽい彼女がわざわざ狩りに行くなんて言い出したのか疑問に思いつつも、彼女に尋ねる。
大体、あんな少女がイノシシならともかく魔獣相手に普通の少女が太刀打ち出来るわけがない。
「フォルトゥーナ、狩りは遊びじゃないんだ。だから僕とここで一緒に……」
「そんなこと分かってる!だから、これはわたしが勇者一行に入るための試練なの!どうせわたしは、クラルスおじさんに正面から挑んだら100年経っても勝てっこない。でも、もしわたしが……魔獣一体倒せたら、クラルスおじさんは合格と見做してくれる?」
それを聞いた彼は、また眉間の皺の溝をこれほどかと深めた。
視線はクラルスを一直線で見据えている。
しかしそんな話の間に割って入ったのは他でもないサナで、少女の頭をぺちんと叩いた。
「はあ、生き急ぐところは本当の親子みたいですねぇ。いいですか、よく耳をかっぽじって聞きやがれください。フォルトゥーナ、アンタは三日間安静です。医者命令。」
「……どこも痛くないよ?」
「どこも痛くなくても、です。大体あんな高所から落ちて無傷の方がおかしい。とにかくクラルスはちゃちゃっと肉狩ってきて___」
「ほんとにどこも痛くない!もう大丈夫!だからお願いっ!!サナお姉さん!!」
「アンタねぇ……ダメなもんはダメなんですよ。ったく、聞き分けの悪いとこまで似ちゃって。お姉さんなんて言われたところで絆されません、さっさと村に行きますよ〜。」
そう言ってフォルトゥーナの腕を引っ張り、サナとグローリアは村の中へと向かって行った。
去り際に「何がそんなに生き急がせてるんだか…」と呟いていた彼女に、フォルトゥーナの先ほどの切迫した顔を思い出して考え込む。
「……心配か?あの小娘のことが。」
ふと、クラルスがそんな言葉を掛けてくるなんて想像もしてなくて、瞼を数回瞬きしたものの、少し魔が開いてから頷いた。
「危なっかしい部分はあるかな。最初が空から落ちてきたからね、尚更さ。」
「……危なっかしいということには同意する。だが勇者、アレを引き入れるならもう止まることは出来ない。そうでなければどうあってもお前は……この世界は破滅の運命だ。」
「それはどういう……」
「じきに分かるだろう。とはいえ安心しろ、あの小娘は『幸運』だからな。……じゃあな、狩りに行ってくる。」
そう言って森の中に消えていったクラルスに、一体どういう意味なのかと首を傾げる。
彼はあの子の何かを知っているのか。もしくは、この世界の知られざる秘密を知っているのか。
「……………考えても分からないな。とりあえず、僕もサナさんたちのところへ急ごう。」
特に、夜になると魔物は活発になるから。