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file07 相続人探し

「秘書を雇おうと思うんですが」

夏に入っての頃のこと、諒介が書類をパタパタと胸前で振りながら切り出す。

「履歴書?どんな人?」

「あれ。これ前の学生さんでは?」

履歴書を受け取った秋人に諒介はうなずく。

「秘書検定2級あるんだ。いいんじゃない」

鳥頭の珠莉ものぞきながら言う。

「ジェンダーLってはっきりくっきり書いてありますね」

「うちの事務所だと対象者は珠莉だけだな」

「前回見てたらわかりますよ」

3人は回顧した。

「志望動機……珠莉姫をドロドロにしたい……」

「欲望に素直なタイプですね」

「でしょ。うちにピッタリかと」

2人は顔を見合わせ

「採用決定!」

「いーやーだー!!」


     *


「というわけで今回新たに加わることになった秘書の清香くんだ」

現れた清香は今日は白ロリさんだった。ワンピースドレスに合わせてプラチナのウィッグを付けている。カラコンも緑なのでドール感が半端ない。

「本日からよろしくお願いします」

「わー、可愛いね今日も」

と珠莉が身の危険も忘れて無邪気に褒めると清香は顔を赤らめて言う。

「そんな、可愛いのは珠莉姫こそですわ」

珠莉はピタと動きを止めぐるりと秋人を見やると

「同類がいるぞ」

「やめてください。僕はちゃんと世間的には先輩と呼んでるじゃあないですか。一緒にしないで欲しいですね」

「えー、プライベートではなんて呼んでるんですの?」

「珠莉様です」

「まぁそれも素敵ですね。わかりました。姫はプライベートで世間の皆さまの前では先輩て呼びますね。私のことはさーやとお呼びくださいな」

清香と秋人が顔を見合わせてにこやかに笑い合ったところで

「はいはい、解決したところでお仕事の話いいかな?」

と諒介が割って入る。


「それで今回は相続人探し?それもかなりの急ぎで」

珠莉が資料を見ながら言う。

「なんでも個人のお亡くなりをカウントダウンしながら待ってたくらい急ぎだったみたい。お通夜の場で遺書の公開があったとか」

「それはなんというか早いですね」

呆れながら秋人が言うのに

「そして故人の妻が愛人の隠し子いたとの爆弾発言。新たな相続人出現でてんやわんやってわけ」

更に諒介が混乱の現場模様を付け加える。

「奥さんから聞くわけにはいかなかったの?」

「それが認知症患ってるらしいんだよね。だから妄想かもしれない可能性も存在」

「ややこしいですね。後で問題を整理しましょう」

「それが今日これからがお葬式なんだよね。まぁ人が集まってくれるから聞き込みにはありがたいかもしれんが」

「ただ葬式に行くのは初めてだから私喪服持ってないんだ」

と困った様子の珠莉に

「大丈夫です。私の服をお持ちしました」

「え?ロリィタ以外のも持ってるの?」

「持ちあわせていませんが」

「え?」

「大丈夫です。フリルはありますがリボンなどは付いていませんから」

「何かはわからないが凄い自信だ……」

不安そうに珠莉が呟く。


     *


「……思っていたのとは違って大丈夫そうだけど、これ未亡人感漂ってない、私?」

黒のワンピースドレスはおそらくゴシックに分類されるようなタイプで装飾性は控えめだった。ただヘッドドレスのベールが

珠莉の言う通りの雰囲気を醸し出している。

「確かに。服装がどうこう言うタイプじゃないつもりでしたがそそられますね」

「お前の性癖はどうでもよし!」

冷たく答える姿は見た目だけはいつもに増してクールビューティー感漂う。

「秋人、俺のスーツ着る?」

「有り難くもお断りいたします。裾踏んじゃいますよ。殿中でござるですよ。身長マウント取らないでください。いつものリクルートっぽいの着ます。あ、ネクタイは貸してください」

「この仕事片付いたらスーツ仕立てに行くか。俺のポケマネで」


     *


作家稼業で築き上げた邸宅は大豪邸の日本家屋で葬式もそこで行われた。

以下西園寺家の葬式での聞き込み。


【諒介の報告】

家族構成は妻のナミ(88)。3年ほど前から認知症を患う。

子どもは3人。長女の一華(66)専業主婦で子どもは3人。長男の初(60)会社経営、子どもは2人。次男の類(52)公務員子どもはいない。


長男は喪主で忙しいので長女と次男で改めて依頼を説明。とにかく早くお金が必要なので遺産分与を早く進めたい。新たな相続人が現れて1/6が1/8になっても遺産自体が莫大なので構わない。早く愛人の子には出てきて欲しい。


3人の仲も悪くないようで遺書による財産分与で家などの不動産は長男でも他の2人は納得しているし、手近のお金が必要な長女も香典の管理には頓着せず次男の嫁に任せている。


【珠莉の報告】

親戚の話によると長女は買物依存があるらしく少なからず借金がある。長男も事業に失敗して資金繰りに困っている。次男は不妊治療中とそれぞれお金が必要な理由がある。

メイド長(70)からは愛人はいた気配はあったが妻は正確なことは知らないと思うとの証言あり。


【秋人の報告】

執事、加藤(80)からは奥さんの疑念の元は約40年前に月に数回出かけていたことではないかとの推測あり。愛人の存在については聞いていないと。

庭師兼運転手(68)曰く、約40年前送迎していたのは〇〇区。行き先を知られたくないのか少し前に車を降りていたようで、他にはそのようなことはなかった。


葬式は家族葬と聞いていたがごく親しい友人達とやらが集まり結局百数余名集まった。また別にファンなども参加できるお別れの会も開かれるらしい。芳名帳にある40歳前後の人がまず少なく、どれも身元は確かな人で相続人には当てはまらなかった。


     *


事務所に戻ると清香が諒介に

「頼まれていた戸籍謄本です」

「戸籍謄本?」

と相続人探しは初の秋人が尋ねる。

「愛人の子、非嫡出子でもな、認知の手続をするとこれに載るんだ。これ見る限り認知した子はなかったようだね」

「ということはここで調査終了ですか?」

「とは言っても死後認知とかあるからなぁ。調査は継続だろうな」

「じゃあ明日の初七日も頑張らないと」

珠莉が元気よく言った。


     *


「初七日って別に七日目でなくていいんだよね」

「最近は葬式と同じ日にする場合も多いからな」

出かける準備をしながら2人が話していたところスマホを見ていた秋人が

「すみません。父親の呼び出しがかかったので今日の調査は……」

「わかった。昨日あらかた聞けたから今日は2人で回るよ」

と秋人を見送った後

「呼び出しって何の用なんだろね」

「何か気になる?」

「んーん。言い回し?雰囲気?私が父親知らないからかもだけど」

「そうか。また聞いてみたら」

「そだね」

話を打ち切り

「さて今日は2人で調査だから気合い入れて行きましょうか」

と珠莉に声をかけた。


     *


屋敷に着き母屋を巡っていると

「すみません、すみません」

と認知症と言われている故人の妻に声をかけられる。

「メイドさんを呼んでもらえますか?」

これを好機と

「メイドさんですね?わかりました。その前に少しお話しいいですか?」

と愛人の件について聞く。

まとめると愛人は確かにいてごく短い期間の付き合いだったらしいが子どもが1人いたらしい。長年貯めてきた恨みつらみがあるのかその話の時だけはしゃっきりしていている。

「ありがとうございます。メイドさん呼んできますね」

「早くね」

念押しされ急いでメイドを探すことになった。

「まぁメイドさん達からは話聞くつもりだったからちょうど良かった」


     *


母屋の台所でお茶の用意をしているメイドがいた。

「奥様ですか?すみません、私は担当ではないので枝川を呼びますね」

携帯電話で同僚を呼び出す。

「ありがとうございます。参ります」

と故人の妻の元に向かったメイド枝川を見送りながら

「失礼、あの方が枝川さん。あなたが新田さんでしたか?メイドさん2人で担当があるんですか?」

と珠莉は尋ねた。

「私は奥様に嫌われているもので……」

「それはなぜ?」

「わかりません。昔はよくしてくれていたと思っていたのですが数年前……ちょうど認知症が始まった頃ですか、その頃から」

「その頃から?」

と珠莉が先を促す。

「泥棒猫だとか、誰々に似ているから嫌いだとか言われたり叩かれたりするようになって」

「え?ひどいですね!」

「幸い周りの方々や旦那さまが守ってくださり奥さまのお世話からは外していただけました」

「ここを辞めようとは思わなかったんですか?」

「思いましたとも。ただ旦那さまから引き止められて……紹介状を書いてくださった方に申し開きができないから残って欲しいと」

「そうだったんですね。お話ありがとうございました。」


     *


「新田のことですか?」

話を聞きたいと枝川に言うと仕事をしながらでもいいならと話してくれる。ビールケースを3ケース持とうとするので3人で分けて持ちながら廊下を歩く。

「私たちはみんな長い勤めなんですけどその中では1番新しい人ですね。10年かしら。母親が亡くなったからここに勤めることになったって紹介状持ってやってきて」

「1番若い人なんですよね?」

と珠莉が尋ねる。

「えぇ40かそこらじゃなかったかしら。ここの勤めがなくなったらどうするのやら。天涯孤独なんですよ。父親の顔も知らないって」

ビールケースを広間まで運ぶと枝川は忙しそうにまたどこかに消えた。


「どう思う?」

「って今のところ新田さんが怪しくて仕方ないんだけど」

「だよな。俺の経験上でも相続人て案外身近にいましたーなパターンあるんだけど、これはレコード物になるかも」

「じゃあ?」

「この線で証拠集めしますか」


     *


執事の執務室に向かう。

「加藤さん、採用業務は執事である加藤さんのお仕事ですよね」

「はい。何かわかったのでございますか?」

「まだ調査中ですのではっきりしたことは言えないのですが……」

「承知しました。必要な物はなんでございましょうか?」

「履歴書と紹介状を見たいです」

「少々お待ちを……こちらになります」

「ありがとうございます」

履歴書が綴じられたホルダーを持ち新田のを探す。

「この小学校ですが、〇〇区ですかね?検索してみますね……やっぱりそうだ。まずは1ポイント」

「すみません、紹介状てこれで全部ですか?新田さんのが見当たらないんですが」

「あぁ、その紹介状は旦那さまがお持ちでらっしゃるはずです」


その流れで書斎の探索を執事とすることになった。

「木は森に、手紙は手紙の中に隠すのが定石なんだっけ?」

「紹介状は紹介状?」

「いえ、そういったものは全て私めが管理させていただいております。この書斎には執筆に必要な物しか置かれていないはず」

「と言うことはあの紹介状は例外なんだ!」

「えぇ、旦那さまにとっては特別な物だったと愚考いたします」

「特別な紹介状ね。さてどこに隠す?」

言いながら諒介が書斎をぐるりと見渡す。

「大事だから隠す」

「珠莉なら大事な物どこに隠す?」

「……違う!大事だから隠さない、だよ。大事な物はいつも目に入るところに、いつも手にできるところにじゃない?」

「そうか!加藤さん!旦那さんはいつも執筆じゃないリラックスしたい時にも書斎を使われる時はありましたか?」

「ええ、構想を練るとか頭は使われていらしたかもしれませんが、私が淹れた紅茶を飲まれたり、葉巻を嗜まれたりしていました。ちょうどそのガウンを羽織りになられて」

「それだ!」

と珠莉がポールハンガーに掛けられたガウンのポケットを探る。くしゃっと皺だらけになり手垢のついた白の長封筒が出てくる。表書きには“紹介状”、裏には何も書かれていない。

「開けてもいいと思いますか?」

諒介が問うのに不思議そうに加藤が

「躊躇われる理由をお聞きしても?」

「これは紹介状の体をとっていますが中身はラブレターが何かそういった物ではないかと私は考えています」

加藤はハッとなり

「そういうことなんですね。それではここで開けてはなりませんでしょう。どうぞ家族の方々にお渡しください」

「そうですね」


     *


後から諒介が聞いた話、紹介状はやはり新田の母親の手紙だったらしい。新田との親子関係も具に書かれており、新田が西園寺の娘であることは確定となった。後のこと、どうするかは家族のことだ。

(あの家のことだ。アフターフォローは要らなさそうだな)

と諒介はふんわりと思った。


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