第411話 生き延びた主従
アーリア歴9年12月31日。
王様として最後の日が、この日となる。
フュン・ロベルト・アーリアの最後は、静かだった。
引退する事。これは重臣だけが知っているので、通常業務をしているお城の人間たちは彼が辞める事を知らない。
メイドや執事。城を護る兵士たちも知らないのだ。だから彼らは何も知らないで、普段通りのフュンとお話をしていた。
仕事を終えて、全ての作業を終わらせたフュンは、ゼファーだけを呼んで、王の執務室に連れていった。
対面で座り、酒を交わす。
「ゼファー」
「はい。殿下」
「ご苦労様でした。お仕事。今日で終わりですね」
「はい。ゼファー軍も明日で解散です」
「ごめんなさいね。僕の為ですね」
「いいえ。我の為です。我が殿下と共にいたいから。軍は重荷になるということです」
「まあ。それでも君はね」
大将軍だから。
本当は軍関係者としていてほしい。
それが本音だ。
でもゼファーの意思は常に、自分の隣。
それを理解しているフュンは、あえてゼファーをそばに置いた。
「ゼファー。次の仕事は、なしです。僕のそばにいる。それが仕事みたいになりますよ」
「それは嬉しいですな。子供の時と同じ立場になれるのですな」
「ええ、友人ですね」
「それはない。殿下は我の永遠の主君。友人など恐れ多い」
「いいえ。友人です」
「違います。主君です」
「駄目です」
「譲れません!」
昔に比べて、口で負けない。
中々やるようになったな。
フュンはゼファーの意思の固さを認識した。
「はぁ。まずいいや。とりあえず一緒に楽しい事をしましょう。イハルムさんは、もういませんが。アイネさんとも旅行に行ったり。あの頃。お世話になった人と何か思い出を・・・」
イハルムは二年前に亡くなった。
フュンが外に行っていた時に亡くなったので、死に目に会えずに悲しい思いをした。
それにロイマンも同じころに亡くしている。
だからフュンは、会える人には会っておきたいと、引退を早めた経緯がある。
「ピカナさんも調子が悪いんですよね」
「そうみたいです。あれほど良き人が・・・寂しくて悲しいですな」
「ええ。そうですね。ダーレーのお父さんですもん。僕も悲しいです。あ、でもルイス様がまだまだお元気だとか」
「はい。病気もなく、まだまだ元気にいるとの事です。タイロー殿が言っていました」
「そうですか。早めに会っておきたいな」
生きている間に、皆と会話をしたい。
出来るだけ楽しい思い出が欲しい。
フュンはその事に全力を注ぐ気だった。
「ゼファー。意外と引退後は忙しくなるかもしれません」
「殿下。それを謝る気ですか」
「まあ。そうですね」
ゼファーが先回りで、その意見を潰す。
フュンの気持ちの事ならば、すぐに分かってしまうのが、従者ゼファーだ。
「殿下。我と殿下は忙しくない時代がありませんでしたぞ」
「たしかに」
「はい。どの時代も慌ただしい時代でありました」
「まあ。そうですね。若い頃は修行。次の時代はナボル。その次は王国との決戦。そして最後は世界との戦いですか・・・どんどん大きくなりましたね。戦場がね」
「はい。どれも難敵でありましたな」
「ええ。そうです」
どこの時代を切り取っても忙しい。
フュンとゼファーは自分たちが歩んだ人生を笑った。
「でも僕にはゼファーがいましたから。何とか生き残れましたね」
「我は、殿下の役に立ったのでしょうか?」
「当り前ですよ。役に立ったどころか。あなたがいなければ、僕は死んでいます。ありがとう」
「そんな馬鹿な我くらいの力では・・・」
「いえいえ。本当ですよ。どんな時もあなたがいたから、僕は生きていますよ。全部、君がいてくれたおかげだ。ありがとうございますね」
「我は・・・そうですね。殿下にそう言われたら、もはや今生に悔いはないですな」
共に生きたから、死ななかった。
フュンはそれだけは自信を持って言えた。
「ゼファー。意地の勝負をしましょう」
「意地の勝負?」
「ええ。僕ね。最後の勅書を作っています」
「最後の?」
ゼファーはフュンの真剣な表情に気付いて、前のめりになって話を聞いていた。
「これを見てください! あなたにも送る予定だったけど。いまあげますね。それと皆にも届けます。これ自宅にね」
直接渡すと拒否されそうなので、フュンはそれぞれの家臣の家に送りつける気だった。
◇
フュン・ロベルト・アーリアの最後の命令。
第一。
病気は仕方なし。
第二。
事故もやむなし。
第三。
それ以外で死ぬことを固く禁じる。
第四。
間違って死んだ場合。フュンが直々に呪うのだそう。
第五。
これを送られた人間たちは、勝負をします。
第六。
フュン・メイダルフィアと、長生き勝負です。
第七。
勝ったものには、ご褒美をあげます。
第八。
僕と一緒にお墓に入ります。
第九。
これ褒美になるのかな。ここは要検討にします。
第十。
とにかく、生きてください。良いですね。皆さん
◇
これが、太陽王の十か条と呼ばれる。
迷惑勅書である。
誰がこの約束を守れるのか分からない。
不確定要素満載のはた迷惑な命令だ。
でもこれをもらった皆は、苦い顔をしてもその直後には笑ってしまうのである。
あまりにも彼らしい。
とんでもない無茶な命令。
でもどこかに温かみのある不思議な命令。
守りたいと思う命令書じゃなくて、これを守ってあげたいと思う難題だった。
◇
ゼファーは一通り読むとフュンに顔を向ける。
「殿下」
「何でしょう」
「無理では?」
「え?」
「これは、流石に命令するわけには・・・人の生死は分からぬもので」
「そうですよ。だから、出来るだけ僕に勝って下さい。みたいな書き方にしてますよ」
「いや・・・これはまた・・・」
何とも言い難い命令だ。
ゼファーが珍しく皆の心情の方を慮っていた。
「いいんです。勝てなくても、僕よりも長く生きようと頑張ってくれれば、それだけでいいんです。大切な人たちとは、大切な時間を共有したいだけだ。その思いに気付いてもらえれば、それで良しです」
「・・・わかりました。殿下がそういうのならば、我としてもこれを守りましょう」
この文書を直接渡されたのはゼファーだけ。
フュンは何事においても最大の信頼を置いていたのは、従者ゼファーだった。
「ええ。ですから勝負ですよ。ゼファー。僕と君の勝負だ」
「わかりました。殿下の為に、我が勝ちましょう!」
「ええ、僕の為に勝って下さい。でも僕も負けるつもりがありませんよ」
「当然です。わざと負けるなんて、我はしない。それに殿下もしない。殿下も負けず嫌いですからね」
「そうですそうです。そこを理解してくれるのはやはりゼファーですね」
「当然ですぞ。殿下の家臣団。その中で一番長く仕えたのは、この我ですからね。自信があります」
「ええ。本当に・・・あなたがいてくれてよかった・・・」
フュンの為に、英雄の半身となり、鬼神にまでなった男。
従者ゼファー・ヒューゼンこそが、英雄フュン・メイダルフィアの最大の理解者だ。
彼がいて、フュンが英雄となった。
彼がいて、フュンが生き延びた。
だから、彼が半身である。
そばにいなければならない。
そんな存在である。
ゼファー・ヒューゼンを子供の時から手に入れたフュンが、英雄となるのは必然だった。
それほど、彼の存在は大きなものだ。
アーリア戦記にも残る数々の伝説を打ちたてたフュンとゼファー。
二人揃っている事で、このアーリア戦記の最後の章は、他よりも一際輝くのだ。
最後の太陽の物語は、次で終わりとなる。
太陽の表舞台の最後は、王都アーリアでの演説だった。




