第407話 次世代へ 贈る言葉
アーリア歴9年11月27日
フュンはアインとユーナリアの二人を自室に招いた。
三人での会話は珍しいことだった。
フュンが紅茶を入れて、二人をおもてなしするのは、フュンにとっては普通の事だが、それは普通ではない。
彼は王なのだ。
そして、相手は息子と、弟子である。
だから普通じゃない。普通ならば彼らの方が用意するし、何よりメイドがやるはずだ。
でもフュンだから万事良いのである。
◇
「父さん。なぜ僕とユーナを?」
「ええ。ちょっと聞きたい事がありましてね」
フュンは杖なしでも生活が出来るようになっていた。
彼は元々体を鍛えるのが苦ではない人間で、普段のトレーニングが、歩行のリハビリになっただけなので、リハビリも順調だったのかもしれない。
「王様がですか。アイン様だけじゃなくて、私にも?」
「はい。そうですよ。大切な事なので、君たちから直接聞きたい」
フュンの珍しい真剣な姿。
その姿だけで、この部屋には緊張感が漂っていくのだ。
だからアインはその緊張感に耐えられず、フュンの紅茶を飲んで心を落ち着かせようとした。
でもそれは罠だった。
この瞬間を見逃さないフュンが、話し出す。
「ええ。アイン。君はユーナが好きじゃありませんか?」
「ぶはっ!?」
血を吐いたように、アインの口から紅茶が飛び出た。
動揺するかどうかのバロメータが欲しかったフュンの意地悪である。
「ごは。ごほ・・・ごほ」
「ああ。やっぱりね」
咳き込む息子を見てフュンは呟いた。
「お、王子。大丈夫ですか」
ハンカチを手に持ち口元を吹いてくれるユーナリア。
まるで若い夫婦のような関係にフュンが微笑む。
「な、何を言って・・父さん」
息子の言葉はここでは聞かない。
フュンは外堀から埋める。
「うん。ユーナ」
「はい」
フュンは、ユーナリアの方に聞く。
「君。保留してますね」
「・・・・・・」
返事をしないのが返事だった。
フュンは人の心を良く知る天使であり悪魔である。
「それはもしやあなた・・・」
「はい。そうです」
何も言っていないが、フュンならば気付いていると、ユーナリアは自白した。
彼女も頭が回るのだ。
会話が空中で繰り広げられた瞬間だった。
「そうですか。では、アイン。君はどのようにして彼女に言いましたか」
「・・・いや、僕はその・・・ですね・・・まあ」
「はぁ」
はっきりしないな。
息子に、珍しくイライラしていた。
自分のおでこに当てた手が軽く動いている。
「ユーナ」
「はい」
「アインは好きですか」
「・・・」
「即答できないのは、保留理由と同じ?」
「はい」
「ちっ」
珍しく舌打ちをしたフュン。
これは非常に珍しい。
人に対してこのような態度を見せた事がないフュンの初めての態度である。
アーリア戦記にも描かれない姿だ。
「いいですか。ユーナ。この国の理念を知っていますか」
「もちろんです。皆が平等。それは機会が平等です」
「そうです。身分に違いがあれども、機会は平等。それがアーリア王国の理念です。そして、この身分は、次第に皆の意識から剥がすことにしています。今はまだ心に残っている身分制度。これは皆の意識の中にこびりついているのです。ですがこれはいずれ、なくならねば駄目です。これがある限り、アーリアの未来は暗いんですよ」
人の意識に差別が生じるのは無駄な事。
成長の妨げになる。
フュンの考えでは、人々にとって要らぬ意識は捨てたいのだ。
「君が本当にアインを好きなら・・・いや、これは違うな。アイン! ハッキリしなさい」
フュンはユーナリアよりも、ここはアインが重要だと思って、標的を変えた。
「え? ハッキリとは?」
「あなた。彼女が無駄に持っている意識を断ち切るほどの言葉を言っていませんね。いいですか。あなたの意思が弱すぎて、ユーナの気持ちを折っていません」
「ユーナの気持ちを折る?」
何の事だと、アインが首を傾げた。
「全く君は・・・・ユーナが本当に好きなんですよね? どうなんですか?」
「そ。それは」
「そのしどろもどろをやめなさい。ここで言いきれないのなら、君はユーナを諦めなさい!」
ユーナリアの意識を断ち切る程の求愛をしていない。
フュンは、自分の息子がしただろう行動を見てもいないのに理解していた。
曖昧な文言で好きだと言ってはいけない。熱烈に情熱的に。そして紳士に、彼女の心を打たねば、彼女が無駄に持っている意識を断ち切れない。
ユーナリアのいらぬ意識を断ち切る。
この作業をせずにして、彼女を手に入れるのは難しい。
しかも、アインは王族なのだ。
だから、断固たる思いを持って、彼女を説得せねばならない。
「どうですか! アイン!」
力強いフュンの言葉と顔。
今まで見た事のない父の真剣な表情にアインは圧倒されていた。
だが、諦めろと言われたら、諦められない。
だってアインは好きになってしまったのだ。
一生懸命に父を看病する彼女を。
反乱を止めて、国を守ってくれた彼女を。
時折見せてくれる笑顔を。
全部が好きになってしまったのだ。
「はい。好きです。隣にいて欲しいです」
「よし!」
フュンの返事にも力が入っていた。
「ではユーナ。どうですか。この想いに応えてくれますか」
「・・・お、王様・・・でも、わた」
ユーナリアが言おうとしたことをこの瞬間に遮断。
フュンは彼女の話の展開を先に読んでいた。
「駄目です! その返事の仕方は逃げだ」
「で、ですが・・・」
「いいですか。ユーナ! 君は一人の人間だ。奴隷じゃない。自由なんだ」
「・・・でも王様・・・私・・・」
両親が奴隷。
今は元奴隷でも、それはついて回る問題。
そんな両親を持ってして、自分の血は元奴隷の子。
こんな子が、アーリアの英雄の子と付き合う。
こんな事は許されざる所業だろう。
これがユーナリアの返事が曖昧だった理由だ。
「僕は、胸を張って君が弟子だと言える! たとえ君が今に奴隷になったとしても僕は堂々と弟子だと言えます。今から、王都中に言ってもいいです。僕が直接大声で言ってもいい!」
「・・・王様」
「だから、胸を張ってください。君が元奴隷の子だから? それが何だと言うんだ。そんなものどうでもいい事柄だ。身分は関係ない。大切なのは機会の平等。そして今回は、人が生きて、等しく現れた機会だ。これは平等でなければならない」
「「・・・等しく現れた機会?」」
二人がフュンの言葉を真剣に聞いていた。
「これは、恋の機会だ! これを平等にせずになんとする。身分が違うから駄目というのか。そんなものどうでもいい。君たちがお互いを好きだと思うのならば、僕は必ず成就させたい。王様の子? 奴隷の子? そんなものどうでもいい。僕はそう思っている。だから、君たちの意思が重要だ。それで、アインは良し。ではユーナはどうなんだ。君の本心を聞かせて欲しい」
これは実体験からも来る考え。
なぜなら、小さな国の人質が、大国のお姫様と結婚したのだ。
フュンとシルヴィアの身分違いだって、国民の誰もが分かる。
身分違いの恋の上での婚姻なのだ。
「私は・・・許されるなら、はい。一度二人で一緒にご飯とか食べたいです」
「あら・・・そういう」
最初に食事の誘いをしたのかと、改めて考えると正しい付き合いの形だなと、アインの考えが立派だなと心の中で称賛した。
「いいでしょう。そうです。素直な気持ちを表に出してください。ユーナ。いいですか」
「はい」
「君は、アーリア人です。これからはアーリア人なんです。間違ってもイーナミアの元奴隷ではありません。今はアーリア人。これを胸に刻みなさい。そして、アインの元で自由に生きるのです。よろしいですか。これが僕との・・・師との約束ですよ。ユーナ」
「はい。王様に誓います。ユーナは意思を大切にして生きます」
「はい。そうしましょうね」
いつもの笑顔のフュンに戻った。
穏やかな彼らしい返事だった。
「ではアイン。君は彼女を大切にしなさいよ」
「は、はい」
「それと、思いは必ず伝えるのです。そこを曖昧にしてはいけません。あなたが好きです。この言葉を大切にしなさい。それはユーナだけではない。あなたの周りにいる人にも同じでありますよ」
「はい」
フュン・メイダルフィアという人物は、色んな人に好きだと言っているのが記録としても残っている。
それは彼が本当に人が好きだから言っているのだ。
遠慮もせずに素直に感謝が言えるのが、本当の彼自身である。
王様になったので、もしかしたら相手にとっては迷惑になるかもしれない。
そんな時もあるのかもしれないが、それでも罵倒をされるよりかは、相手だって気分が良いだろう。
嫌いだって言われるよりも、好きだって言われた方がいいはず。
フュンの持論は、善の持論だ。
「それでね。二人にはこれを言いたかったわけじゃないんですよ」
本当の用件は別にあった。
フュンの口調は優しいものだった。
「父さん。何を言おうとしていたんですか?」
「ええ。僕ね。あと少しで引退しようと思います」
「・・・・ん?」
「はい。ですからね。あと少しでね。王様を辞めようと思います」
「は? え。だって、父さんはまだ若く」
「そうですよ。でもですね。十分やったでしょう。僕の役目は果たしました」
アーリア存続の礎になる。
それがフュンの役目。
それがフュン自身が考えるアーリアの王としての仕事だ。
国を建てた。
そして、その国を他国の脅威から守った。
さらに、ここから他国から技術をもらって、他国に追いつこうと動きだす出発点を作った。
この三点で、もはや十分な仕事を果たしたと言えるだろう。
後それと、フュンの功績で一番の結果。
それが・・・。
「僕は、あなたを育てました。アイン。君を育てたんです。僕の全てを託してもいい。自慢の息子です」
二代目を立派に育てた。
それがフュンの自慢だった。
唯一誇れる自慢は我が子。
フュンらしい言葉だった。
「僕が? 父さんの自慢!?」
「そうですよ。僕はね。子供たちに自信があります。レベッカアイン。。ツェン。フィア。我が子が自慢です。それに」
フュンはアインからユーナリアに視線を移す。
「ユーナ。ジル。キリさん。ルライアさん。ヘンリー。ガイア君。デル。ファルコ君。ダンテ君。アナベルにロイ。クロム君。アルマさん。彼ら全員を育てたと思っています。僕らの立派な後継者たちです。だから、僕は早めに次代に渡します」
生きている内に彼らの活躍を見たい。
自分が頂点に立ち続けて、その座でのさばるのではなくて、彼らが彼らの考えで前を向く姿を見たい。
これが、フュンの思いだった。
「しかし、父さんはお元気で・・・」
「はい。なので、いきなり渡されても困ると思うので、三年は後見人になります。あなたは来年に王となりますが、そこに僕が後ろに入ります。いいですか。王はあなたになって、国の決定権はあなたに移りますが、あなたのサポートは僕がしてあげますからね」
「父さんが僕の?」
「そうですよ。相談役のような形です。君を見守る。それが僕の次の役目となります」
「父さんは・・・それでいいんですか!」
「はい。それが良いんです。君の立派な姿を見て、僕は安心したい」
安心とは?
アインはフュンの言葉をしっかり聞いていた。
「君が、王となり働いてる。その姿を見たいんですね。どうです。僕を安心させてくれませんか?」
「・・・はい。父さんの期待に応えてみせます。アイン・ロベルト・アーリア。必ず、父さんが築いた。この国を守ってみせます」
「ええ。ええ。良い答えだ!」
息子の答えに満足して、フュンはもう一度伝える。
「では、アイン。ユーナ」
「「はい」」
二人が背筋を伸ばして返事をした。
「次の時代は君たちが筆頭だ。王としてアインが。民の代表としてユーナが。この時代を牽引するのです。よろしいかな。僕の可愛い我が子と、可愛い愛弟子さん!」
「「はい。おまかせを」」
フュン・メイダルフィアは、次代に想いを託した。
素晴らしき王とその家臣団。
その次を担う世代もまた素晴らしい世代となる。
彼の教育は、人の心に着目した教育だったから、この二人を立派に育てることが出来た。
想いの繋がりこそが人にも国にも大切。
これを胸に、二代目もまた初代同様に、アーリア王国を前へと進ませるのである。




