第401話 オレンジの道
「ん? ここどこだ?」
フュンは、暗い道を歩いていた。
辺りに何もない。真っ暗な道を歩く。
「あれぇ? 何もない」
黒が濃くなっていく。
それでもフュンは、あてもなく歩く。
「ん? あれは」
温かな光が遠くに見えた。
火のように見える。
オレンジ色の暖色の光で、焚火のようだ。
「誰かいる? あ、人影が見える」
近づいていくと、段々と見えてくる。
焚火を囲うように誰かがいた。
◇
「え。ミラ先生」
「よ!」
片手をあげてミランダが挨拶をした。
「・・・なんで先生が・・・まさか、僕・・・死んじゃったのか」
「死んだ? いや、死んでねえと思うぞ」
「じゃあ、なんで先生に会えるんだ」
死んだから会いたい人に会えた。
フュンはそう思った。
「いや、疲れたからここで休んでるんだろ」
「疲れた?」
「ああ。お前、働き過ぎよ。今まで休みなんかなかっただろ」
「・・・たしかに」
「人質時代からさ。色々あって。しかも王様にもなったんだろ。忙しすぎだろ。お前さ」
「・・・たしかに」
思い返せば、休みなく動いていた。
フュンは、今頃になって、疲れの自覚が出てくる。
「まあ。ちょっと休め。あたしが話を聞いてやんよ。聞かせろ」
「え。あ、はい。そうですね。先生とのお話なんて、何年ぶりだろ。こうして話すのも懐かしい」
師とは、こうして何気ない会話もしてきた。
フュンの心の安定にも繋がるのがミランダとの会話だ。
不安な時、自信のない時。
相談すれば、何でも言い返してくれる師だった。
でも答えを教える事はしない。
自分で考えて結果を出せと言う人だった。
「そうか。苦労しちまったな。あたしが死ななければ、負担は軽く出来たかもな」
「そうですよ。先生なんで死んだんですか」
「悪りい。お嬢を守るためにはちょいと無理をする必要があったのよ」
「確かに、先生のおかげでシルヴィアは・・・」
「生きてんだろ」
「はい。元気です。片腕になっても、戦っています」
「あいつ、馬鹿だな」
「ええ。馬鹿ですよね」
もう一人の愛弟子は、腕が無くとも、戦いに出る。
戦闘狂だなっと、ミランダは笑っていた。
「んじゃ。ここで一つ整理していけ」
「整理ですか?」
「ああ。お前にちょっとな。あたしからの贈り物よ」
「贈り物??」
フュンが首を傾げていると、ミランダが指を鳴らした。
すると景色が変わる。ミランダが消えて、目の前には懐かしい人たちが来た。
「な!? シゲマサさん? ザイオンにヒザルスさん!? あ、ザンカさんも」
フュンの前には、かつてのウォーカー隊が現れた。
「よお。フュン。でっっっかい人間になったな! ガハハハ」
「ザイオン・・・」
変わらぬ豪快な笑い。懐かしいとフュンの目に涙が溜まる。
「いやぁ。さすがだ。フュン様。俺たちが死んだかいがあったってんもんだ。なぁ」
「ああ。小僧。約束守ったんだな」
「お二人とも・・・ええ、当然ですよ。シルヴィアは守りましたよ」
「よくやった。小僧。お嬢を託したんだ。その甲斐があったな・・・なあ。シゲ」
ザンカの声に、シゲマサが頷く。
「ああ」
「シゲマサさんだ・・・会ってもいいんですか。僕なんかに・・・」
フュンの涙腺はもう緩んでいた。
涙がぼたぼたと流れる。
「当り前だ。なあお前ら。俺はお前らが死んだ時に言ってただろ。こいつは、もっとすげえ奴になるってよ」
一番最初に死んだシゲマサは、皆が来るたびにフュンが大物だと言っていた。
「そうだな」「まあな」
ザンカとヒザルスが頷き、ザイオンは。
「シゲマサに言われんでも、俺は信じてたぞ!」
まだまだ豪快に笑っていた。
「フュン。俺たちの死を大きなものにしてくれて、ありがとな。ほら、英霊としてさ。祀ってくれるんだろ?」
「英霊?」
「ああ。英霊だろ。俺たちはさ。フュン・メイダルフィアという一人の英雄を守ったんだ。あんなゴロツキ共がよ。英霊になれるんだぜ。俺たち、偉大な王を守ったぜ」
「僕が・・・英雄??」
さっぱりわからないフュンは首を傾げた。
自分はそんな大層な人間じゃない。
本気でこう思うのがフュンだった。
「何アホみたいな顔してんだ。フュン!」
ザイオンが大きな手でフュンの背中を叩いた。
ちょっとむせ返る。
「ごはっ・・・いたたた。ザイオン。力の入れ過ぎです」
「なに。これくらいは許せ! ガハハハ」
「みなさん・・・僕のせいで死んだのに。許してくれるんですね」
罪は自分にあり、フュンの後悔の部分が出ていた。
「小僧のせい? どういう事だ。ヒザルス」
「知らん。俺は、ダーレーの為。シルク様の為に死んだ。そして、フュン様には、お嬢を託しただけだ」
「俺もだぞ。あの時こいつと一緒に死んだ時に、俺も同じことを思ったわ」
「だろ。だからフュン様が言っている意味がよく分からんのよ。は~はははは」
ヒザルスもザンカもよく分からないと一蹴。
ザイオンも当然。未来の為と最愛の弟子ミシェルの為に死んだと言い。
そしてシゲマサも。
「俺もだ。俺はあの時、未来の里の平和を願っていた・・・でもそんな小さな事じゃなかったな。俺は勘違いしてたんだ。俺は、とんでもなく凄い奴を生かしたんだって、自慢してるぞ。娘にも、孫にもな。いずれこっちに来たら、もっと自慢してやるわ」
「シゲマサさん・・・皆さん・・・ええ。そうですよね。僕はそういう人たちに支えられて、生きてきたんだ。僕は皆さんのおかげで・・・」
全員がフュンの肩を叩いた。
「そうだ。だから誇りを持て。フュン。俺たちは無駄死にじゃない。お前の為。自分の為。後をお前に託しただけだ」
シゲマサは、フュンの胸を最後に叩いた。
「はい」
「そんじゃ。俺たちはここらだな。次に行け」
「次?」
「ああ! いや。まて。そうだ。一つ覚えとけ。シゲノリによくやったと言っておいてくれ」
「はい。必ず伝えます」
「ああ。次なる世代を育てたこともだ。それもお前に感謝する。フュン。よくやった」
「いいえ。僕は・・・してもらえたことを・・・しただけで・・・あれ?」
淡い光と共に、シゲマサが消えていった。
目の前にいたはずの四人が消えた。
「どこ行ったんだ? シゲマサさん。ザイオン。ザンカさん。ヒザルスさん・・・あれ???」
フュンが動揺していると後ろから声が聞こえる。
透き通って響く声は、とても懐かしいものだ。
「フュン」
「え? な!」
「大きくなりましたね」
「母上!? それに父上も」
「よお」
振り返ると父と母がそばにいた。
フュンの背を見守っていた。
「なんで? あれ? やっぱり僕は・・・」
死んだのか。
ここまで亡くなった人と一緒にいるとなると、流石にこう思う。
「フュン。よく頑張りましたね。太陽の人にもなってくれて、ありがとう」
「え? いや、僕は太陽の人なんて、大きな人間じゃないですよ。母上」
「ううん。大丈夫。あなたは立派な太陽の人だよ」
「そうですか。そうなんでしょうかね」
フュンは本気で自分が太陽の人だと思ったことがない。
母から言われようが、ここは頑として縦に首を振る事はないのだ。
「俺も思うぞ。太陽の人だとな」
「父上が? 知っているんですか。太陽の人の事」
「あ。お前。俺を馬鹿にしてんのか」
「いや、馬鹿にするも何もですね。父上って、レヴィさんの話だと、何も知らない人だったんですけど・・・そこどういう風になってるんですか」
「・・・知らん。死ぬまではな」
「でしょう」
知らない人に太陽の人とか言われるのはちょっと・・・。
と思うフュンは父親の意見を否定した。
「そうだ。ズィーベはいないんですね」
「ああ。あいつはな。駄目だろうな。親殺しだ。天国にいけるとは思えん」
「ああ。そうか。父上を毒殺していますもんね」
当時を思い出すとそうだった。
すっかり忘れていたフュンだった。
「お前・・・随分軽いな」
「そう考えると、僕も地獄行きですね。弟殺しです。これは仕方ないですね。うん」
自分は弟を殺した。
行くべき場所は地獄だろう。フュンはなんとなく思った。
「お前は大丈夫だろう。あれは本来。俺がやる役割だ」
「ん? 父上が?」
「そうだ。俺があいつに教育をしてやるべきだった。それに王位はお前にするべきだった。すまない。俺が最低の王だったんだ」
「そうですか。でも仕方ないですよ。父上は、王といっても田舎の大将のような存在。王としての教育。知識を知りません。そんな人が背伸びして頑張って作ったのがあの小国のサナリア王国です。ですから気にしない気にしない。ハハハ。別に悪くない」
フュンの明るい笑顔に安心する両親は、笑顔になる。
「ほら。アハト。フュンはこういう子よ。あなたを恨むわけないでしょ」
「そうか・・・俺はてっきり恨まれているのかと」
「僕が父上を・・・それは、若い頃はありましたよ」
「え?」
『その話の流れじゃなかっただろ』と思うアハトの目が点になった。
「当然でしょ。父上のせいで僕、人質になったんですよ。田舎の子が、大都会に放り出される。それも、民の目という強烈な監視付きです。とんでもない環境でしょ。人質なんて!」
苦しい立場に加えて、帝国民の監視付き。
とんでもない状況に、田舎の子供を放り投げた。
それも自分の国を救うためだ。
「なのに、父上は、国を守らずに、ズィーベをああいう風に育てて、どうしようもない王です」
「め、面目ない・・・反論する余地はない」
「当然だ。ここは文句を言いたいところです・・・」
フュンは冗談交じりに言っていた。
本心は別にある。
「ですが、父上の苦悩は知っていますよ。僕も曲がりなりにも国王となりました。世界から比べれば、とても小さな大陸の国王です。でも、父上と同じ問題は起きましたよ。その時の苦悩を思えば・・・あの時の父上も相当苦労したのでしょう」
「・・・そうか・・・ありがとうフュン。俺を理解してくれるって言うのか。相も変わらず。お前は優しい子だな」
「同じ苦しみを味わった親子です。ずっと前から許していますよ。父上」
「そうか・・・そうか・・・・」
泣きそうになるアハトの肩を、ここで何故かソフィアが思いっきり叩く。
体の頑丈なアハトの立ち位置がズレるくらいに強い一撃だった。
「ほら。言ったでしょ。あなたって不遜な態度を取る癖に女々しいのよね。ウジウジ考えちゃってさ。フュンは、あなたの子でもあるけど、私の子なのよ。そんな小さい肝っ玉じゃないもんね」
「ひ、酷いな。お前。痛いぞ」
「だって、信じなさいよ。自分の子を!」
「・・・それはその通りだ」
夫婦の優位は、ソフィアにありだった。
「とりあえず。楽しくやりなさい。フュン。私の教えは守っていたでしょ」
「はい」
「じゃあ。これまで通りに生きなさい。それと、あとは肩の力を抜いて、ボケッとしていきなさいよ。あんまり根詰めると、大変だからね」
「わかりましたよ母上」
能天気な人らしいアドバイスだと、フュンは笑った。
「それとね。ゼクスはあなたが死んだ時に会うんだって」
「え? 死んだ時? それにゼクス様がこちらに?」
「いないよ。彼はね。頭がおかしいくらいに律儀なの。ここでちょっとフュンに会えばいいのにさ。死んでもいないフュン様には会えない。いずれ会えるのならば、その時が良い! なんだってさ。彼は馬鹿真面目なの」
「・・・ええぇぇ?」
それを律儀というのか?
会えるんだったら会いたいたかった。
会って謝りたかった。
死なせてしまい申し訳ないと。
でもその言葉すらもいらないのだと思った。
ゼクスの死んだ時に会おうという言葉は、未練なく今を生き抜いてほしいとの思いだと感じる。
「それに現世にはゼファーがいるから安心なんだって。あ、そうだ。ゼファーには我が言った事を引き続きやれ。だってさ。フュン。伝えておいて」
「わかりました。ゼファーには伝えます」
「うん。さあ。そろそろでしょう。ここにそんなに長くいるのも良くないから、帰りな。いるべき場所に」
「いるべき場所・・・」
「そう。彼女が帰してくれるから、それじゃあ、バイバイ。また会おうね。愛しい我が子フュン。ね。アハトも。ほら」
手を振るソフィアにそそのかされて、アハトは話す。
「ああ。頑張れフュン。そしてありがとう・・・また会おう」
「はい。お二人ともお元気で・・・って、死んでいる人にいうのも変か・・・」
と悩んだフュンの答えを聞いて、二人が微笑むと、光になって消えていった。
「あ。消えた・・・」
親が消えていった寂しさは募る。
黒一色の世界の中に一人でいると更に思う。
「お~い。終わったか」
「ん? ミラ先生の声?」
姿はないが声が聞こえる。
フュンは辺りを見るが、彼女の姿はなかった。
「あたしが、導いてやっから、その通りに動け」
「え? 導く?」
「おうよ。ほれ。そこを歩け。そんで、起きる意思を見せろ。そしたら何とかなると思うぞ」
「なんて曖昧な指示なんだ!?」
指示が意味不明で、成功確率が無さそうな言い方。
相変わらず、面白い師だと思って、懐かしさが爆発する。
フュンの足元には、光る道が出来ていた。
真っ直ぐに伸びたオレンジの光が、自分の未来を映し出すらしい。
「これですね」
「そうそう」
「じゃあ、歩きます」
「歩け」
「はい」
フュンはこの道を歩くことに疑問も覚えずに、ミランダの声の通りに道を歩いた。
彼女を信頼しているから不安もない。
信じた道を進んでいた。
「おい。フュン。疑わねえのか」
「え。僕が先生を?」
「ああ。あたしが、地獄の使者かも知んねえぞ」
「え? 先生が!?」
「ナハハハ。そうよ。お前を騙す悪魔かもしれんのさ」
「いやぁ。先生っぽいんで、大丈夫だと思うんですけどね」
「は?」
声だけでも分かる。この人は本物だ。
だって、ずっと自分を鍛えてくれた人のその声を分からないなんてありえない。
少しの感情の揺れ具合も分かる。
今のわざとらしい物言いも、照れ隠しだとすぐに分かる。
「ミラ先生だったら、悪魔って言うんですよね。だから、ここで天使ですよ。とか言ったら、完全に疑いますね。それだと先生っぽくない」
天使のフリをしたらミランダじゃない。
ここで悪魔と言えるから、ミランダだ。
珍しい見分け方だった。
「ちっ。あたしが間違えたか・・・失敗したな。お前を騙すのだけはムズイな」
「ええ。僕を騙すのなら、あとはジーク様だけかな」
詐欺師フュンに勝てるのは、あとはジークくらいとなった。
「フュン」
「はい」
「頑張ったな。偉いぞ」
「あれ。先生ぽくないですね」
「ああ。騙してやるわ。天使のミランダがな」
「ええ。オレンジの天使さんに騙されましょう」
素直に褒められないから、素直に褒めているのに、冗談を重ねる。
面倒な師であるなと、フュンは思っても、この人が大好きだから、しょうがない。
真正面からじゃなく、彼女の言葉を斜めにして受け止めた。
「ほんじゃ。死んだら会いに来い。二人で来い。今度はお嬢もだ」
「そうですね。僕が逝くとしたら、そうなるでしょう」
「ああ。待ってるぞ。でもしばらく来んなよ」
「はい。もちろん。十分楽しんでからこっちに来ますよ」
「ああ。そうしろ。いってこい」
「はい。先生また!」
「おう!!!」
光の道の最後。
眩いオレンジの光がフュンと辺りを包み込んだ。




