第399話 集結で終結
「うおおおおおおおおお」
攻撃が当たらない。
その極度のストレスで、ウォルフは叫び散らかした。
音量だけがうるさくて、彼の攻撃自体は変わらずに攻撃が当たらない。
「なぜだ。こんなに近くにいるのに」
目と鼻の先にフュンがいる。
超至近距離にいるのに、攻撃が掠りもしない。
「うんうん。君もその苦悩を知るといい」
幾度の攻防で、フュンの思考はクリアになり、口調も冷静となって普段通りになる。
人生、上手くいかない事はたくさんある。
攻撃が当たらない事だって、人生の苦悩に比べたら大したことない。
フュンは自分を振り返って言っていた。
人生のスタートから、自分が強くない。弱かった。
だから、人の苦悩や痛みがよく分かる。
出来ない事に苛立つこともよく分かる。
それを今、あなたは初めて経験しているのだろう。
ウォルフはきっと子供の頃から強者。
何でも出来たはずだ。万能感があったはずだ。
優劣の中で、常に優の方。
ならば今、何もかもが上手くいかない事への対処法が分からない。
苦戦を乗り越えた経験がない。
逆境を逆転させた経験もない。
その場面での気持ちの整理の仕方が分からない。
だからフュンは思う。
「君は、僕の弟のようだ・・・自分は何でも出来るんだと思い込んだ哀れな人だ・・・人を信じず、自分の力だけを信じている。常に優位だったから、いざ苦境に突入すると、足元から崩れていく。基礎がないからだ。気持ちの土台がないからだ」
まるでズィーベのよう。
フュンは、大切な弟を思い出していた。
「なんだと!? 苦境だと! まだこんなものは」
ここで全てを言わさない。
ここにフュンの優しさがあった。
「ええ。君はこれからどうあがいても、僕に攻撃を当てられません。触れられません。これのどこが、あなた優位になります? 明らかな苦戦状態と言えるでしょう」
たとえ敵でも、情けはかける。
ここに気付いてくれるなら、君はまだ完全な闇に落ちていない。
「違う! 俺様は最強だぁあああああああ」
ここで反省じゃなく怒り。
フュンは大きなため息をつく。
「忠告を聞かないか・・・やはり、ズィーベですね」
人を信じず、相手の実力を認めず。
今の状況を飲み込めず、己の心の中の沼に嵌る。
自身の心の動きを深く理解して、現状に納得して、未来の為に前を向く事。
それを、ウォルフが出来ないとフュンがここで判断した。
この男には、救いがない。
我が弟と全く同じである。
「斬ります。いきますよ」
しかし、今のフュンは、攻撃を躱すことが完璧であっても、攻撃を当てることは五分五分だった。
フュンが持つ攻撃速度では、当てる事が難しいのだ。
しかし、ここからフュンの才能のもう一つが垣間見える。
「貴様の剣筋は見切っている。こっちが当たらんでも、お前も当てられんわ!」
手負い状態でも、貴様程度の攻撃に防御を重ねるのは楽勝だ。
ウォルフは、フュンの剣の軌道に大剣を合わせた。
「ええ。その防御は完璧です。ですが、この先の僕の攻撃はね・・・それで防ぐのは無理なんですよ」
フュンは余裕だった。
大剣が置かれた場所に、攻撃が当たってしまうのに、フュンはそのまま攻撃を振り切るつもり。
これを防がれたら、反撃が確定するだろうに、彼は冷静に事態を把握している。
「終わりだ。ここで反撃・・・な!?」
刀と大剣がぶつかる。
その瞬間、フュンの刀身が消えた。
「ごめんなさいね。あなたはこの技を知らない」
「ぐあ。ああ・・・なに!?」
刀身が消えて脇腹が斬られた。
次に、自分に深いダメージが入る事に気付く。
その不可思議な現象に驚きしかない。
「あ、ありえ・・・ない」
「ええ。ありえないですよね。この陽炎。僕の大切な仲間の専用の技でしてね。太陽の力を持たない者には、非常に防御が難しい」
「か、陽炎?」
「僕はね。どうやら人が大好きみたいで・・・真似が上手いらしいです」
昔からフュンは、とある事だけが上手くて、それを覚えた時は一瞬だった。
それが、影の技の中にある偽装術。
特に変声術などが上手い。
人が大好きだから、観察することも好き。
だから真似をすることが上手いのだ。
その中で究極の真似を披露した。
それが、太陽の戦士の中で異質な存在。
レベッカの師。
今は山ごもりの修行をしている最中の変わり者の夜叉。
ジスター・ノーマッドの奥義の『陽炎』だ。
彼の消える刀身。
太陽の戦士の技を、武器に乗せるのは彼だけの特殊技だ。
これは普通の武人の目で見切る事はほぼ不可能で、初見破りは更に困難を極める。
同じく太陽の戦士の力がなければ、今のフュンの攻撃を見切る事は出来ない。
今のフュンは完璧に近い武人だ。
第七感に陽炎。
未来を予想しているのかと思うほどの攻防に、防御不可避の絶対の攻撃力。
フュンは、凶悪な武器を隠し持っていたのだ。
「ごめんなさいね。あなたの勝ち筋は消えている・・・何にもできませんよ」
相手の動きを封殺して、自分の動きが全て通る。
そんな状況では、どんなに体格差があって、技術の差もあってもだ。
どうやって勝てばいいのだろうかとなる。
それでこれに打ち勝つには、心が重要になるのだが・・・。
「でも君は、心が弱い。ここが最弱なんだ。だから誰にも勝てない。もし君に、僕と同じような心があれば・・・勝ちは君だったよ」
「貴様・・・ふざけるなぁあああああああ」
心の弱さを気合いと怒りで、奮い立たせる。
ゼロ距離圏内の戦いで、最速を見せる。
斬られた痛みを感じないくらいに怒り狂ったウォルフは、空振りに終わった大剣を縦一閃の軌道に変えた。
この渾身の一振りは、怪我を負う前よりも速く、この戦いで最速を誇った。
フュンも反応しきれぬくらいに速かった。
だから、フュンがそこから一歩も動けなかった。
絶対に当たってしまう。死の一閃。
だから皆が・・・。
「フュン!」「殿下!」
心配の声を上げた。
◇
迫り来る大剣が彼の頭を割る。
その寸前で、フュンが不敵に笑う。
「だからごめんなさいですって・・・ええ、あなたはこの技も知らない」
フュンが光となって消えた。
太陽の影が発動したのだ。
「き、消えた!?」
ウォルフの大剣が地面に落ちると、フュンがウォルフの右足付近に現れる。
「ゼファーが言ったのはこういう意味です」
フュンが思いっきりゼファーの槍を蹴る。
相手の右足の筋肉と神経をねじ切った。
「ぐあああ」
「僕の大切な人を侮辱した怒りはありますが、実の所あなたへの恨みがあまりありませんのでね。なので、僕の攻撃を変えます。罰にしますね。生涯で、心を改めるチャンスを与えます」
「な・・・なん・・・だと・・・」
さすがにこの痛みはまずい。
足が機能していないと、ウォルフは痛みながら思った。
「はい。では、こちらとこちらもです!」
フュンは自分の二対の刀を使って、ウォルフを攻撃。
長い刀の左文字をウォルフの機能する左足に刺す。
「ぐあっ。あ、足が」
「ええ。両足を奪います。それで、こちらもですね」
フュンが次に展開したのは右近。
脇差で右肩を刺した。
神経も筋肉もねじ切って、相手の四肢の内、三つを機能不全にする。
「これであなたは利き腕じゃない、左手だけが使える状態です。これで一人では生きられません。誰かに支えてもらって、生きましょう。あなたは知るべきだ。生きるとは、誰かと共に生きているのだとね」
「ふ、ふざけ・・る・・・な」
今までの深いダメージと、フュンに与えられたダメージで、ウォルフは気絶した。
最後にフュン・メイダルフィアは、慈悲を与えた。
人はやり直せる。
この人の感情も心の在り方も、弟の時と全く同じだけど。
でもまだやり直せるチャンスを与えることが出来る。
だって今の自分は決定権のある王様だから、人質じゃないから、人の生死を決定できた。
「さて・・・出てきてもいいですよ。ゲイン!」
フュンは円陣形の奥を見た。
「ほう。気付いていたのか」
奥の兵士から、するりとゲインが現れる。
「当然。あなたが奥に隠れてこの戦いを見ていることにはね」
「なぜ、ウォルフの時に言わない? いまさら・・・」
「それはあなたの次の手を知っているからです」
「ほう・・・どんなのだ」
「この内側の円陣形で、僕らをすり潰すですね」
「その通りだ。よく分かったな」
「当然。あなたと僕は似ている。考える事がほとんど同じだ」
「そのようだな」
ゲインも同じ考えに至っていた。
自分と同じ戦術を選択する機会が多かったのだ。
「ですが、あなたと僕は違います。ある部分が決定的に違うから、僕は負けません。それに、あなたにだけは負けたくありません」
「決定的な違い?」
「そうです。あなたと僕の違いは想いだ」
「想い?」
フュンとゲインの違いは想いだった。
人に対する思いやり、感情。これらの欠如を感じる。
豊かな感情表現をするフュンに、無反応のゲイン。
自分の子に対する愛情が深いフュンに、孫にすら冷たいゲイン。
これらが大きな違いであった。
「ええ、あなたはロビンそっくりだ。他人まかせにしておいて、自分で責任を取らない。今の戦いも、本来ならばウォルフの隣。それが無理でも後ろにいてあげるのが、本当の主君だろう」
ウォルフの隣に誰かがいれば、ウォルフが勝ったかもしれない。
人は人の想いで強くなるからだ。
その点、フュンには多くの仲間が共にいてくれる。
フュンとウォルフの決戦前でも、彼らはウォルフを弱体化させた。
それに加えて、彼らとフュンは想いが繋がっているから、完璧な勝利を手に入れられたのだ。
「だからですね。あなたの計略は無理ですよ。僕の仲間をここで殺し、僕も殺し、そうすれば、あとはここにいる兵士と他の戦場で生き残った兵士を集めて、オスロ平原で勝利をしよう。その計画でしょうね」
「・・・・」
その通りだと思って、ゲインは話せなかった。
想いの部分は違えど、ほぼ同じ考えを持っていた。
「ですがそれは無理です。あなたの計算は机上の空論じゃない。正しい。普通ならそれで勝てます。逆転の一手としては正しい。でも間違ってます。僕の力を見誤っている。いや、僕らの力を見ていないですね。ええ・・・あなた、ここからの展開は、こうなるんですよ」
フュンが宣言すると、各方向から音が聞こえてくる。
◇
「おっしゃあああああああああああ」
爆音が、右から聞こえてきた。
「うるせえスクナロ。馬鹿だろお前。あたいらの耳が壊れるわ」
「父上がうるさいのは仕方ないんだ。諦めろ。エリナ」
「そうです。無理ですよ。スクナロ様は、普段も声が大きい」
スクナロの声とほぼ同時にエリナとリエスタとジーヴァの声が聞こえた。
そして、そことはやや違う方向の右から。
「タイローさん。斜め先の兵を。シュガ。あなたはその横です。それで穴を開けます」
「「了解」」
クリスとタイローとシュガの声だ。
◇
「おっと。ごめんよ。ここを通らせてもらうよ!」
軽快なジークの声に。
「なんであの人余裕なのよ。ギル! ここの人たちの強さはかなりのものよ」
「俺に言われてもよ。いいか。ジーク殿を考えても仕方ない。メイファ。目の前に集中しろ」
二人は必死に追いかけていた。
「ルカ殿。ルイルイ殿。前を開けてもらえますかな。儂ではきつくて」
「了解です」「はいは~い。了解。エレンっちさん」
戦う歳じゃないので、若い人に任せたとするエランラージと、任された二人。
「イルミネス殿。マイマイ殿。私たちもここを」
「ええ。いきます。マイマイ。私に続いて」
「は~い。イルさんに続きますよ」
ライスと共に二人が突撃する。
◇
そして裏からは。
「おいらの後ろを頼むぞ。マサムネ。ショーン」
「了解」「はい」
「サブロウ丸。バーゲンセールぞ!」
ありとあらゆるサブロウ丸が、戦場の裏側で暴発する。
花火会場みたいな音が鳴り続ける北側の戦いだ。
◇
そして南側。
「デュラ。アイス。僕らは、潰しながら進みます」
二人がタイムの指示に疑問を持つ。
「潰す?」「どういう意味ですか」
「はい。このままだと皆がどうせね。この戦場を荒らしますよ。ここがいくら強い兵士たちがいても、皆の勢いは凄まじいのでね。だったら、僕らはそれを利用して、ここら一帯を掃除します」
危険を取り除く。
そういう意味で、タイムは敵を潰しながら進軍すると指示を出していた。
「そういう事ですか」
「なるほど。わかったぜ。やろう。アイス」
「ええ。了解」
タイムと双璧の巧みな戦術で、ゲインが仕掛けた円陣形は保てなくなる。
◇
「ほらね。あなたの目論見は、正しくない。僕の仲間の強さを知らなすぎる。まあ、人を信用しないあなたには一生分からないでしょう」
フュンはここに仲間たちが来てくれると思っていた。
「くっ。いや、ここで貴様を殺せば・・・」
「遅いですよ。それはもうね。だって」
ゲインを懲らしめるために、その男が猛烈な勢いで移動している事にフュンは気付いていた。
「うおおおおおおおおお。いちいち殿下に口答えするなぁあああ。貴様が余計な事をしなければ、こんなに苦労することもなかったわ!」
ゼファーの怒りの拳が、ゲインを捉える。
殴り飛ばしたことで、ゲインが空高く舞う男となった。
「ぐああああああ」
「ああ。どっちかと言うと逆でしたね」
飛んでいるゲインを見て、フュンが呟く。
ウォルフを倒すのが、ゼファーで。
ゲインを倒すべきなのは、自分じゃないか?
と思ったのだ。
「ほぉ・・・疲れましたね」
深い安堵の瞬間が訪れていた。
フュンの息には、今までの緊張感からの解放があった。
「いやぁ、これで終わりですかね・・・皆、集まってくれたようで」
フュンが周りを見ると、包囲が解けていた。
将たちの部隊がここに圧力をかけて、完全崩壊が始まっていた。
これにて勝負がついた。
そう思った瞬間に異変が起きる。
「あれ?・・・」
そばにいたゼファーがいち早く気付く。
「殿下! 殿下」
「ん。ゼファーの声だけが聞こえますね」
「殿下。声だけじゃなく、我はおそばにいますぞ。殿下!!」
「どういう・・・あれ。声も聞こえな・・・・」
ゼファーはフュンの肩にも触れている。
でもフュンは何も感じていなかった。
「殿下!!」
ゼファーの声が戦場に響いて、フュンが倒れた。
この戦いの結末は、意外な展開となって終了となる。




