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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 最終決戦 オスロ平原の戦い 帝都決戦

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第398話 第七感(フルカウントセンス)

 「おおおおおおおおおおお」


 先に動いたのがウォルフ。

 彼の一閃は、横一閃の攻撃。

 ゼファーの槍が刺さっているので、足の動きは今までよりも若干遅い。

 フュンとの距離を詰めるのにも、彼にしては時間が掛かった。

 でもそれでもフュンよりかは速い。

 それに、指が駄目でも、腕が衰えていないので、攻撃速度はかなりのものだった。ここもフュンよりも速いのだ。


 風切り音が聞こえたあたりで、フュンが移動をする。

 左足に体重をかけて、左から来る大剣に向かうような動きをした。

 誰もが攻撃が当たると確信したその時。

 フュンの膝が折れて、全身が下に下がった。

 しゃがみこむような形になる。


 「なに?」


 気合いの横一閃。

 それが、空振った。

 ウォルフは攻撃に引っ張られて、体が流れる。


 「弱いな。そこまで弱いのに、よくもあんなに吠えていられるな」

 「なに!? 俺様を馬鹿にするな・・・貴様程度がぁ!」


 流れた体を強引に入れ替えて、攻撃を反転させる。

 横一閃を切り返して、また横一閃をする。

 フュンの低い姿勢に合わせようと、位置を低めに設定して、振り切ると。

 武器の初動の段階で、フュンが飛んだ。

 攻撃も来ていないのに、先に飛んだのだ。


 「は!? なに。先に動いた!?」


 ウォルフは自分が攻撃をするはずの場所からフュンが移動している事に、驚く。

 まるで未来予知をしたのかと思うような行動の数々。

 始めから攻撃する位置を知っているような動きで、先程の攻撃も、前の一刀両断の時の攻撃も、全部が事前に動かれて、攻撃を無効化している。


 「僕が躱すだけでは勝てないぞと思っているな。その考えは貴様だけだぞ。油断するな。ウォルフ」


 相手の思考も読んでいるフュンは、未来予知のような防御をして、その上で攻撃も出していた。

 先手先手の、先回りの行動。

 フュン・メイダルフィアの怒涛の行動は敵を圧倒する。

 右の刀で、ウォルフの右足を斬る。

 ゼファーの槍が刺さっている部分の傷を広げるような厭らしい攻撃だった。


 「ぐあああ。貴様」

 「雑魚と貴様以外の言葉が欲しいものだな。ウォルフ!」

 「・・・この野郎・・・」


 馬鹿にしやがってと、ウォルフが睨むだけに留まる。


 攻撃をすれば、全て返される。

 だから少しだけ大人しくなって、手が止まった。

 足のせいで、距離をすぐには取れないので、ウォルフは自分の行動も心も落ち着かせることにした。



 ◇


 「な!? 何が起こって・・・フュン様のあれは何でしょうか。王妃様」


 レヴィとシャーロットが二人を連れて、シルヴィアたちと合流した。

 レヴィの疑問の声に答えたのがシルヴィアだ。


 「ええ。まるで別人。あれだと、私たちとは違う武人ですね」

 

 戦うという点において、身体を基本とした戦術じゃなくて、全ての感覚を駆使して戦っているようなフュンの戦い方にシルヴィアは気付いた。

 肉体じゃない。技術じゃない。

 そうウォルフに宣言したフュンの別の戦い方。

 それが感覚の戦い方だ。


 「未来予知・・・って出来るものなの。お嬢」

 

 リアリスが聞いた。

 

 「そんなの出来ませんよ。私たちは人ですよ。神じゃありません」

 「ええ、だって、そんな風に見えるよ」

 

 二人の会話の間にネアルが入る。

 フュンの声が聞こえた事で、今より少し前に目覚めた。


 「ぐっ・・・いや、し、シルヴィア王妃。それに近いのかもしれませんぞ」

 「ビンジャー卿!?」

 

 シルヴィアが、彼の体を支えた。


 「ありがとうございます。今のフュン殿は、それに近いのかもしれません」

 「近いとは?」

 「はい。おそらく彼は、ウォルフの性格。感情の揺さぶり。それと怪我の状態。これを見抜いていて、それに合わせた行動原理から、相手の予測をしているのでしょう」

 「・・・なるほど。未来予知のように見える。フュンならではの分析の力ですか」

 「はい。それを高度な読み合いに昇華しているのです。だから武人としての彼と、彼本来の高度な戦略が、複雑に絡み合ってあの状態になっていると思います。さすが、我が最高の宿敵・・・あれがあなたの完成した姿なのですな・・・圧巻だ・・・素晴らしい。あれには私も、ゼファー殿も勝てないかもしれない」


 戦場のフュンを深く理解しているネアルだからこそ辿り着いた答えだった。

 フュンが持つ人読みの深さと、ウォルフ自身の怪我が影響した結果。

 あの圧倒的な戦いが繰り広げられている。

 しかし、これにはもう一つ理由があって、フュンには最大の才能が眠っている。



 ◇


 「ウォルフ。そのままでは僕に勝てないぞ。何回その大剣を振おうとも、僕には当たらない。触れる事の出来ない大剣では意味がないぞ。無駄に大きいだけになっている。今すぐにでも小さい武器を持った方がいい。貸してやろうか」

 

 大剣が当たらないんだ。

 ダガーくらいにしたらどうだ!?

 軽い挑発だった。


 「はっ。俺様はもうそんな挑発には乗らん。俺様を冷静にさせないために、口で攻撃してるのだな」

 「そうか? 僕の指摘を、そう考えてしまうのは否定しない。ただ、それだけだと思うのなら・・・やはり貴様はその程度の人間だ。心を知らないな。人の心を知ろうとしないのは、人として恥ずべき行為だ。相手の立場に立って、気持ちを慮るのが大人だぞ。ウォルフ」


 心技体のその心を知らない。

 ここが重要であるのに、それを知らぬのなら、あなたに負けるはずがない。

 フュンは一番最初にこれを学んだのだ。

 ゼクス・ユースドの大切な教えは、心にある。

 人生最後の時まで、フュンは彼を大切にしていた。


 そして、その彼が、フュンに最大の力を仕込んでいる。


 「挑発に乗るか。崩れろ。フュン!」

 「十分乗ってるじゃないか。でも名前は呼べたようだな。一歩前進だ。人として少し成長したな」


 一刀両断の動きが来た。

 縦一閃のその動き。

 初動の。

 上に振り上げてから、下に下げる一瞬の動きをフュンの目がスローモーションで捉えた。

 相手の動きがゆっくり見えるのは、フュンの目が圧倒的に良いから。

 敵の動き出す位置は、自分の右肩を狙っている。

 

 そうフュン・メイダルフィアが最も得意としている事は、五感である。

 何が出来なくても、フュンはこれだけは、ゼクスから教えてもらっていたのだ。

 全身が感じる感覚が、冷静な思考に乗っかって、敵の行動を予知する。

 攻防一体ならぬ、理性と野生が融合した姿が、フュンの戦闘時の真の姿だった。

 今までの地道な努力と、本当の才が、ここで重なって。

 真の才能が爆発した。

 大事なのは肉体じゃない。技術じゃない。

 心である。

 彼には、強き心があるから、ここに来て、その力の覚醒が始まったのだ。


 何も出来ない王子から、少しずつ何かが出来る人質へ。

 誰かを守るために強くなった辺境伯から、大事なものを守るための大元帥へ。

 そして、皆を守るために動いた王様になって。

 フュンは最後に、自分の想いを大切にする武人となったのだ。

 

 大切な仲間を馬鹿にされたら、黙っちゃいない。

 自分の家臣団に雑魚など一人もいないからだ。

 誰もが大切で大事な仲間である。

 一人も欠ける事もなく、フュンには全員が必要なのだ。


 だから、フュンと相対した時に、最もやってはいけない事がこれだ。

 仲間を侮辱する事。これだけは禁忌とした方が良い。

 彼の怒りは、神の怒りに近く、ウォルフが受けている攻撃は、神罰にも似ている。


 

 動きを最小限にして、左にズレる。

 しかもほんの少しだけだ。

 フュンの未来予知のような防御が炸裂した。

 彼の肩を掠めるようにして、大剣が落ちる。


 「なに!? これもか」


 これも躱す!?

 ウォルフの驚きが剣にも伝わって、地面に落ちる時の音が弱かった。


 「その目。やられたんだな。その足も。それなのに、僕の仲間を雑魚と呼んだのか。貴様は」


 ウォルフが出す音から推察して、フュンは剣の返りが来ると思って、先回りして距離を取る。


 「そうだ。奴らは雑魚だ。俺様の攻撃でボロボロじゃないか」

 

 だが、ウォルフにはその余裕がなく、攻撃は返らずに空振りのままになっていた。

 これは行動読みの失敗。

 フュンが何もかもを予知しているわけじゃない証拠だった。


 しかし、会話をするためには結果オーライである。

 

 「そうか。でも貴様もボロボロだぞ。その怪我。思った以上に深い事を知れ。そして、僕の大切な仲間たちが強い事も思い知れ! その怪我、決して軽くない!」


 戦いをするに、致命傷になるほどの怪我を負っておいて、皆を雑魚とは言えないはずだろう。

 フュンの感情が唯一爆発した瞬間だった。


 「これくらいのハンデ。貴様とならばちょうどいい。敵総大将・・・ここで討ち取れば、この戦いが終わりだ」

 「出来たらな。大口を叩きたいなら、僕を倒してから言え」

 「・・・・」


 これ以上話せば、相手に乗ってしまう。

 ウォルフは集中することに決めた。 

 次が重要。

 一撃、当てた方が勝ち。

 それを二人が瞬間的に理解した。

 だから、ここからは静かな戦いとなる。

 無言の二人が睨み合って、距離を詰める。


 ◇


 フュンの動きの質で、ウォルフに食らいつけている理由は、二つ。

 フュンが覚醒した事とウォルフの怪我である。


 ミシェルの渾身の槍で負った目の怪我が、ウォルフの攻撃位置の不正確さに繋がっていて。

 リアリスが撃った右の親指が大剣の攻撃力を奪って。

 ウォルフの右足に刺さっているゼファーの槍が、彼の機動力を失わせていた。


 ウォルフの利き足は右だった。

 だから、彼の方向転換をする際の動きの悪さになり、前へと進むための推進力を失い、それにそこの怪我が、大剣を振り出す際の土台なので、攻撃威力の低下にも結びついていた。

 結果として、英雄の家臣団の奮闘が、二人の戦いの互角さに繋がっているのだ。

 だから、フュンの家臣団に雑魚なんていない。

 彼らは強い絆の家臣団なのだ。


 そして、その上にフュンの動きの良さと思考の鋭さから来ている真の力の発現が最大の要因。

 彼の本当の力。

 これを後に皆が命名した。


 それが、第七感(フルカウントセンス)である。

 

 第六感と呼ばれる感覚的な部分と、その他五感の融合。

 そしてさらに、フュンの思考能力が追加された真の力。

 『第七感(フルカウントセンス)

 後にも先にも、太陽の力を得ていた戦士たちの末裔でもその力を持つ者は現れなかった。

 彼のみの最強の能力である。


 他に類を見ない力は、世界最強すらも圧倒する。

 ウォルフは手負いとなっても世界最強だろう。

 それでも彼は、アーリアの英雄フュン・メイダルフィアに触れる事も出来なかった。



 ◇


 戦闘再開から三分。

 いくつもの駆け引きからの攻防が進んでしばらく。

 ウォルフは、自分の大剣に嘆いた。


 「なぜだ。なぜ攻撃が当たらん」

 「当り前でしょう。あなたの動きが、悪くなっているからです」


 戦う内に徐々にフュンがフュンに戻っていく。

 でも強さは増していく。

 冷静さが加味されて、動きにキレが出てきた。

 前よりも第七感(フルカウントセンス)状態での動きが良くなった。


 「馬鹿な。俺様は変わらん。これでも食らえ!」


 縦の一撃をフェイントにして、大剣を斜めにする。

 ここで袈裟切りに変えてくるのだと、フュンは相手の行動を読み切った。

 今のは、相手の目を見て理解したのだ。

 フュンは、ウォルフの全てを見透かすようにして、動きも思考も、全体を満遍なく見ているのだ。


 「駄目ですよ。あなたの剣・・・これからも僕を捉える事は不可能だ。諦めなさい」

 「うるさい・・・うるさい・・・ああ、うるさい。貴様のような雑魚に俺様が! 負けるはずがない」


 自分に雑魚と言ってきても、フュンは怒らない。 

 さっきまでの怒りに駆られることはない。 

 なにせフュンは、自分に対して言われることは、全く気にしない性格なのだ。


 「いや、どっちかと言うと、あなたがうるさいですが? 僕は静かですよ。いつも通りです」


 冷静だから煽れる。

 こういう時が一番フュン・メイダルフィアは輝いている。

 人をおちょくる時が一番楽しそうなのだ。


 「ああああああああ。うるさいわ。その減らず口。取ってやる」

 「ああ。どうぞどうぞ。取れるものなら、取ってみてください。僕に触れる事が出来たらね」

 「くっ。貴様・・・」


 これ以上話せば話すだけ、相手の手の平の上に乗る事になる。

 ウォルフは意外と冷静に自分の状態を把握していた。

 しかしここで把握できない事態に陥る。

 それが、フュンが目の前に現れたのだ。


 今までの中間距離か遠距離だった立ち位置が、ほぼゼロ距離となる。


 「なに!? ここに来るだと」

 「ええ。僕ってね。ここを得意距離にしないといけないらしいですよ」


 フュンの攻防は、一寸先は闇の超インファイトに変わった。



 ◇


 「あれは・・・私の・・・」


 シルヴィアがぼそっと呟いた。

 

 「私の?」


 顔を上げて、彼女を見たネアルが聞いた。


 「ええ。私が教えた。ゼロ距離戦闘です!」


 彼が人質の頃の話だ。

 シルヴィアは、大好きな人に生きてもらいたくて、あの戦闘スタイルを教えた。

 相手を振り切る速度がない。相手を押し込む力がない。

 だから、ゼロ距離で読みあいをしろと教えたのだ。

 『敵との攻防をその距離でして、駆け引きをするのです』

 それならばフュンにもできるはずだと、シルヴィアが教えた基本戦術だ。

 それを今になって・・・・。


 「完璧です・・・あれは私の教えを超えている。相手を手玉に取るどころか・・・もはや、こちらに良いように動いている戦い。敵は誘導されています」

 

 フュンが、ウォルフを操っていると言っても過言じゃない。

 相手の行動を制限して、こちらの行動を有利に持っていく。

 その手腕は、自分にはない。

 シルヴィアは我が自慢の夫を大賞賛していた。

 

 「ふっ・・・凄いですな。アーリア王は」

 「ええ。私の旦那様は・・・とても強かったのですね。これは失礼でしたね」

 「あれ。まさか今まで知らなかったのですか。私はもう最初から気付いておりましたぞ」

 「ええ。そうですね。ビンジャー卿なら、気付いて当然ですね・・・」


 永遠の宿敵なら、彼の強さを知って当然だ。

 戦うフュンを見て、シルヴィアは、ネアルの意見が正しいと思った。



 ◇



 「殿下!」

 「お!」


 戦いの途中で、声が聞こえる。

 フュンは集中していても、周りにも気を配れた。


 「勝ってください。我のを使ってください」

 「ん? そうか、なるほど」


 敵から視線を外さないフュンは、ゼファーを見ずに彼の考えを理解した。

 ここに、一心同体の主従の信頼関係があった。


 「勝ってくださいだと。あの男め。あれほど俺様に勝つと言っておいて、他人まかせだったか。情けない」

 「あ? 情けないだと」


 フュンの怒りが一瞬で沸点に到達。

 やはり仲間の侮辱だけは聞き逃さない。

 

 「ああ。そうだ。人任せにするとはな。やっぱり奴は弱い。雑魚だ。残念な奴だな」

 「雑魚はどっちだ。貴様の方が弱いぞ。ゼファーは強いんだ。人として、遥かに! 貴様なんかよりも遥かに強い・・・それこそ雑魚の貴様が、ゼファーを語るな!」


 相手の攻撃を難なく躱すフュンは、ゼロ距離でとんでもない事をしていた。

 攻防一体にして動きが華麗になってきた。


 「なんだと」

 「貴様は、人を信用しないから。人の真の強さが見えていない。自分の武力がとても強いから、誰よりも強いと勘違いしているんだ。貴様は弱い。人として弱い。だから武人としても弱い。なぜなら、武人もまた人だからだ。全ては人から始まるんだ。だから人として強ければ、全てが強いに繋がるんだ」

 「は? 何を言っているんだ。貴様は?」

 「これ以上は無駄だ。と言う事を、僕はよく分かっている。貴様は人の話を聞くタイプじゃない。だから今、僕が貴様に、人の強さというものを見せてやろう。体験すれば分かるはずだ。僕が、ゼファーの思いを受け取る事で、更に強くなったという点を見せてやる」


 大切な人から、応援してもらえた。

 だから強くなる。

 人として強くなる。だから武人としても強くなれるのだ。


 「覚悟しろ。ウォルフ・バーベン。次が貴様の最後だ」


 アーリアの英雄フュン・メイダルフィアの最後の攻防が始まる。 




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