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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 最終決戦 オスロ平原の戦い 帝都決戦

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第397話 アーリアの英雄 対 世界最強

 フュンが見た光景とは・・・。


 第一に、ボロボロの三人が一緒になって倒れている。

 ネアルが、ドリュースとアスターネの二人を大切に抱いて守っていた。


 気絶しているようで、ネアルには意識がないのか。ぐったりしていた。

 アスターネとドリュースの二人の背中の傷が深く、かろうじて息をしているのに、彼らはネアルの心配をしていた。

 限界なのに、何とかして、ネアルの生死を確認しようとしていた。

 その三人のそばでは、リアリスが介抱をしている。


 そして第二に。

 彼らとは別方向で、二人が倒れている。

 槍も持っていないミシェルに、体中があざだらけになっているカゲロイだ。

 二人を介抱するのは、シャーロットで、どうやら彼女はそこから二人を運ぼうとしていた。

 おそらく、こちらのネアルの方面に移動させようとしている。

 一緒になって看病するためだろう。


 それがここまでの絶望的な光景。

 希望の光景はまさかの展開だった。


 それが、武器を持っていないゼファーが、死に物狂いで敵と戦っていたのだ。

 手に槍を持っていなくても、気迫のある顔。気力のある全身。

 あの漲る力は、彼の怒りの力。

 フュンにはそう見えた。 

 今の皆の状態に怒っているんだと、フュンはすぐに長年の従者の気持ちを理解した。

 

 「まだ、戦えるな・・・ゼファー。何とか食らいついて下さい」


 フュンはここで作戦を考えることにした。

 今できる事で最大の成果を生み出すための戦略の構築。

 ここからしっかり勝ち切るために考える。

 でもまずは、その考えるための土台の準備をしなければと、指示を出した。 

 考えるよりも皆の心配が先だったのだ。


 「シルヴィア。レヴィさん。二人は別れて。レヴィさんは、シャニの所にいって、こちらに運んできてください。急いで」

 「わかりました」 


 指示直後にレヴィが動く。


 「シルヴィア。君は、ビンジャー卿を! 三人の介抱と、この連れてきた兵士たちの統率をお願いします」


 これで態勢を整えるのに準備を完璧にしたフュンが、起死回生の作戦を考えるために、思考に入ろうとしたその時に、事件が起きた。



 ◇


 「この男・・・いい加減にしろ」

 「・・・・」


 無言のゼファーは、異様な強さを発揮していた。

 出来る限り敵の大剣を躱して、躱せぬものは躱さないで、ぶつかってもいい防具の位置に入れこんで、防御するという生死紙一重の攻防を無心で行なっていた。

 

 この粘りの間において、ゼファーは拳を何遍でも敵に叩きつけていた。

 ウォルフがひるむくらいの圧倒的な手数だった。

 

 彼の攻撃の全てが素晴らしいものであったが、そこまでの全力をいつまでも出し続けるのは、体を鍛え上げてあるゼファーでも難しい。

 限界を越えた先で、この戦いを続けているので、いつ崩壊してもおかしくない。

 それに、すでに彼の筋肉の震えは始まっていた。


 ガクンと地面に膝を突く寸前にまでなったのをウォルフが見逃さない。


 「膝が折れたぞ! これで終わりなようだ。貴様の最後だ」

 「ま。まだだ」


 バランスを崩したゼファーは、オランジュウォーカーの最後の装備部分で、右肩の鎧を使った。

 大剣の軌道に合わせて、右肩を前に押し出して、ぶつけた。


 「ぐっ・・・こ、ここから、反撃を!!!」


 吹き飛ばされなければ、ここから反転してウォルフを殴れる。

 ゼファーは無意識にその考えに至っていた。


 「弾けろぉおおおおおおおお。いい加減に俺様の目の前から消えろ」


 いつまでも俺様の前に立つな。

 意地の攻撃がゼファーを襲う。



 ◇


 『バリン』


 強烈な音が鳴り、鎧が壊れてゼファーが吹き飛んだ。

 でも吹き飛んだ先で、着地は出来ている。

 両足がしっかり地面を踏んだその位置が、フュンの手前の位置であった。

 その飛ばされた距離の異常性から、ゼファーがもらった攻撃の威力を知る。


 「ゼファー!」

 「がは・・・わ、我はまだ・・・いける」


 すぐ後ろにいるフュンの声が耳に届いてない。

 集中力の全てが、ウォルフに向けられていた。


 「諦めろ。雑魚が! 貴様も、いい加減にしろ。いつまでも俺様の邪魔をするな・・・そこの役立たずどもと同じようになりたいのか! とりあえず黙って死ね。痛みなく殺してやるわ」


 倒してきた人間は役立たずの屑。

 そしていい加減しつこいゼファーは雑魚。

 全体をそう評したウォルフは、一段高みにいた。

 世界最強。

 その名にふさわしい彼の自信が垣間見える言葉だった。

 しかし、これがいけない事だった。

 してはいけない事だった。

 この言葉は、眠れる男の力を余すことなく引き出すことになるのである。


 アーリアの英雄は、それだけは許せない。

 ここだけは絶対に譲れない。

 ドリュースには言えなかった。

 負けたくない部分。

 それが、仲間を誇りに思っている事。

 だから、侮辱は何よりも許せない事なのだ。

 自分が侮辱されることは許せるのに、それだけは無理なのである。


 「なんだと!」


 フュンの声が戦場に響く。

 優しい声色じゃない。普段とは違う恐ろしく低い声だった。


 「ん? 貴様は・・・その声、ゲインと会話をしていた・・・」


 雑魚の姿を覚える気のない男は、ここで怒りに満ちているフュンを見ると感じる。

 弱そうな声をしていたから、見た目も弱そうだと馬鹿にしていた。


 「ゼファー!」

 「我が・・・倒す・・・我が・・・」


 フュンの言葉が聞こえていないゼファーは、満身創痍でも前へと進もうとしていた。

 

 「ゼファー! 聞け!!!」


 この戦場全体が震えた。

 フュンから発せられた声とは思えないくらいの語気の強さに、ゼファーが鬼から我へとかえる。


 「は・・・で、殿下の声・・・後ろか。殿下!?」

 「下がりなさい」

 「なぜ、殿下が!?」


 ここまで侵入してきていたフュンの事を、ゼファーは全く気付いていなかった。

 それほどに集中していたのだ。


 「下がりなさい。あなたは、あそこで休みなさい。命令です」

 「なぜ・・・奴は我が倒さねば」

 「下がりなさい!」

 「ですが」

 「ですがじゃない。命令だ。下がれ!」


 今まで生きてきて、こんなフュンの表情と姿は見た事がない。

 ゼファーも周りの家臣たちが唖然とする。

 それに、捲し立てるような命令が珍しいとも思っていた。


 「・・殿下!?」

 「早くしろ。僕の感情にまだ・・・理性の部分が少しでも残っている内に早くだ」


 先程のゼファーと同じ。

 主のフュンも怒り狂っている。


 「し・・」


 しかしと言おうと思っても、フュンの顔が怒りに満ちていて、その先を言えなかった。

 初めて見るに近い激しい怒りは、どこから来ているのだと、ゼファーは思う。

 それにこれほどの怒りは、あの時以来だ。

 ミランダを失った時のノインを前にした時と同じだった。


 「下がれ」

 「は、はい」


 ゼファーがネアルたちの元にまで下がると、フュンが前に出ていく。

 ウォルフの正面に立っても、フュンには恐れがない。

 敵を震え上がらせることが出来るウォルフを前にしてもだ。


 「貴様がウォルフだな」


 フュンの言葉に強さがあった。

 今までに見せた事のない強き口調に、家臣団たちは恐ろしさを覚える。

 あそこまで怒った彼を見た事がない。


 「ああ。そうだ。ヒヨコみたいなヒョロヒョロの男が、俺様と戦う気か? 一撃も持ちそうにないぞ」

 「ごちゃごちゃ、うるさい。さっさと戦え」


 口で戦う男が、余計な言葉を発さない。

 真の意味で戦う。

 あれだけ頭脳戦を駆使していたフュンが、あのウォルフに対して真っ向勝負を仕掛ける気なのだ。

 理性が吹っ飛んで、武人となっている。



 ◇


 「ちっ。もういい加減にしろ。なぜ俺様がまたこんな雑魚と」

 「雑魚雑魚うるさいな。貴様は語彙がないのか」

 「なんだと。その程度の分際で、俺様に口答えする気か。優男が」

 「知らん。さっさと攻撃をして来い。言葉を知らぬ男よ」


 あれだけの怒りがあったフュンの態度がどんどん静かになっていく。

 怒りが内に籠り、冷静になっていったのだ。


 「貴様! 死ね。雑魚」

 「また言ったぞ。語彙がない」


 敵の一刀両断に対して、フュンの全部の速度が足りない。

 躱す速度も、それを上回って、反撃をする速度もだ。


 フュンはタイローたちのような肉体を持っていない。

 だから、攻撃回避は不可能。

 だったら、防御をと、家臣たちは思ったが、すぐに思い直す。

 彼の体格では、防御をしても無駄。

 肉体が強くないので、もし防御してしまえば、そのままはじけ飛ぶ可能性が高い。

 初撃にして絶体絶命のピンチだった。


 主の危機にレヴィが叫ぶ。


 「フュン様!」


 しかし、レヴィの声にフュンが冷たく言い放つ。


 「来るな! もし来たら斬るぞ」

 「え!?」

 「許さないと決めたからこいつは僕がやる。手出し無用だ」

 「・・・」


 一瞬見えたフュンの顔が、漢の顔だった。

 あれは正しく・・・アハト!?

 レヴィが昔を思い出すくらいに、フュンが完全な武人となっているのだ。


 「ハハハ。これで終わるぞ。雑魚が」

 「また言ったな。さては貴様、頭が・・・・馬鹿だったか」


 冷静なフュンは、攻撃にも出ておらず、防御で構えもしていない。

 彼は、二刀の刀をゆっくり引き抜いて、攻撃の準備をしていた。

 その遅さのせいで、敵も味方も完全にフュンの敗北を悟る。


 

 ◇


 絶体絶命の一撃を前にして、フュンは軽く後ろに飛んだ。

 距離にして、二歩分。

 本当にちょっとだけ後ろに飛んだのだ。

 

 すると、ここから大剣はフュンの鼻の少し先を通って地面に落ちる。

 

 『ゴン』

 

 地面に落ちた衝撃も凄まじい。

 もらえば即死の攻撃は、フュンを捉えなかった。


 「なに!? 躱した?!」


 動きが遅いのに躱した。

 その衝撃に、ウォルフの思考が一瞬停止した。


 「ここからは本気を出せ。ウォルフ・バーベン」

 「!?!?」


 フュンの最大の挑発が始まる。


 「僕を倒すには、全力を出さないと勝てないぞ。ウォルフ!」

 「・・・貴様、俺様を馬鹿にする気か。そんなひょろい体で、俺様に」

 「肉体は関係ない。人にとって、肉体はほんの些細な違いだ」

 「なんだと。馬鹿か。お前は」


 肉体は才能だ。大きければ大きいほどに強い。

 それは誰もが分かる事。しかしフュンは否定する。

 

 「技術だって関係ない」

 「は?」


 技術は最終的に双方の力が必要。

 才能と努力。片方でも極める事が出来ると言えば出来るが、両方揃っていれば、完璧に極める事が出来る。 

 

 「一番重要なのは、心! 魂だ。肉体と技術。双方を余す事なく発揮する力。それが心。それが熱い魂。それを貴様が持っていない。空虚な怪物。それがウォルフ。何もないから貴様は弱い。だから、僕が勝つ。これは絶対だ」

 「あ? 何を言って??」


 心が一番。

 肉体も技術も、全ては心から始まる事。

 フュンの人生の答えが、この戦いで決まる。

 

 フュン・メイダルフィア。

 最後の死闘。

 世界最強のウォルフ・バーベンとの戦いが、アーリア戦記のクライマックスである。


 「貴様程度の心では、この僕の心を超える事は不可能」


 怒りの割には冷静に話すフュン。

 ウォルフに叩きつける事実は、凶器にも近い。


 「心に大切なものがある。魂に大切な者が連なっている。この想いがない貴様が、大切な事がたくさんある僕に勝てるわけがない。今からでも貴様は、僕の位置にまで登って来れるのか? いや、無理だ! 人に対して、想いもない男に、僕は負けられない・・・いや、負けない。絶対に勝つ」


 フュンの挑発に怒りが湧いたウォルフは怒鳴った。


 「なんだと。俺様が勝てないだと」


 威嚇されてもフュンは物怖じしない。


 「そうだ。何遍でも言ってやろう。ウォルフ。貴様は、ここに全力で戦うと決めた、この僕。フュン・メイダルフィアには、絶対に勝てない」


 気迫の宣言から、怒涛の挑発。 


 「もし、このまま戦えば、地べたを這いつくばるのは貴様となるぞ。いいのか。貴様のプライドの全てが地に落ちることになるぞ」

 「こ。この野郎! ふざけるなぁああああああああ」


 最強の力を持つ男と、最凶の口を持つ男の戦いが始まった。


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