第395話 家臣団の底力!
ゼファーとシャーロットの頭上に、大剣が落ちて来る。
落下してきているとも表現してもいいのは、ウォルフの一撃が高い位置から始まっているからだ。
体の大きさを利用した素晴らしい一撃で、二人が即死となる。
・・・はずだった。
「ドリュース。アスターネ。支えてくれ」
「「はい」」
この事態にネアルが登場した。
シャーロットの攻撃の時からネアルはそこからの予測をしたのだ。
敵の攻撃に割り込み、しかしそれが上手くいかずに行くことに気付いたのである。
ネアルは、彼ら三人の絡み合う攻防を読み切って、ここに来る前に二人に協力を仰いでいた。
ドリュースとアスターネが足を支えて、ネアルは盾を構えた。
大剣とゼファーたちの間に盾を差し込む。
「また。貴様か! 邪魔をするな」
盾と大剣がぶつかり合う。
「うおおおおおおおおおおおお」
ネアルが根性を見せる。
そんな事、王様時代ではありえない話。
誰かの為に、命をかけて戦いに出る。
誰かと共に、力を合わせる。
この二点はつい最近までは考えられない話だ。
「ド、ドリュース。アスターネ。に、逃げろ。これは巻き込まれるかもしれん」
このままだと危険かもしれない。ネアルは撤退の指示を二人に出すが。
左の足を支えるドリュースが叫ぶ。
「駄目です。巻き込まれるなら一緒です」
右の足を支えているアスターネも叫んだ。
「その通り。うちも気持ちは同じ!」
「そうか・・・ならば私が力負けしてはならんと言う話だな・・・おおおおおおおおお」
ネアルの盾が、とてつもなく重たい大剣を押し返した。
下から上へ、突き上げる形の盾。
盾の力が入らない形なのに、大剣を押しのけていく。
「ネアル様勝ってますよ」
「いけます」
二人の想いは届いているけど、二人の声がネアルに届いていない。
無我夢中で攻撃を防いでいる。
力と力が拮抗している事に、不満を覚えるのがウォルフだ。
「なに!? 俺様の力を・・・・許さん。か細い腕に負けるかぁ」
「知るか! 腕の細さなど関係ないわぁああああ。これは・・・想いの力だけだあああああ」
ド根性。
ネアルのまさかの根性が、ここで相手の力を上回った。
フュンの最後の戦いにネアルが見せた姿は、かつてのスマートなものじゃない。
想いだけの。
ド根性スタイルで戦ったのだ。
泥臭い事も出来る。
それが英雄の宿敵。
フュンの永遠のライバルは、フュンと同じ事が出来る男だった。
しかし。
『ビギン!』
元々あった小さな割れ目。
そこが軋んでから、音が鳴った。
「まずい。盾の方が先に壊れる!?」
自分よりも盾の方が耐えられない。
ネアルはまさかの出来事に驚いていた。
「このまま消えろ。雑魚どもが」
「き、貴様の好き勝手にはさせん! 私はまだやれる!!!」
盾の限界を悟り、ネアルは壊れるならばと、盾を横にして大剣の攻撃軌道に沿う形に返した。
正面で受け止めるのではなく、あえて盾を横にして、攻撃をすらした。
「・・・アスターネ。そこから逃げろ」
「は、はい」
「剣をそこに落とす。ずれろぉおおおお!」
「わかりました」
アスターネが急いで後ろに下がると、ネアルが大剣をそこに落とす。
すると、戦場に爆音が鳴った。
『ドシン』
騒がしい音を立てている戦場の中で、この地響きの音が辺りに聞こえていく。
それくらいに重たい一撃であった。
落ちた衝撃で、地面が抉れる。
「ちっ。盾がもう無理か!?」
ネアルの盾が完全に壊れた。
崩れていく盾を見つめていると、その瞬間が良くない。
大剣が地面から動き出していた。
「ネアル様。まずい」
ドリュースが、ネアルの胸に飛び込んだ。
それと同時にアスターネも飛び込む。
二人がかりでネアルの体を後ろに飛ばした。
「なに!? しまっ!?」
「飛び散れ。雑魚が。ここまで。よくも俺様をコケにしやがって。死ね雑魚!!!」
襲い掛かる大剣を止める術がもうない。
自慢の盾もないし、今の態勢では完全に二人を盾にしてしまう形だ。
ネアルは、二人の意思を分かっていた。
自分を犠牲にしても、守ってくれようと動いている。
しかしここで、ネアルは自分だけが生きようとしない。
大切な二人を守るために、ここで会心の攻防をみせた。
自分の籠手を使って、大剣の軌道を変更。
ドリュース。アスターネの背中を守るオランジュウォーカーに軌道を合わせた。
そこ以外に攻撃が当たれば、皆で即死が確定だ。
だからそれを回避するために、ネアルは両手を差し出していき。
「がはっ」「ごふ」
ドリュースとアスターネの背中に攻撃が入る。
ミシミシとオランジュウォーカーが音を立てた後に、崩壊した。
防具が消えた二人が大剣に押し出されて、そのままネアルを運んで、三人が一緒になって吹き飛んだ。
「「おおおおおおおおおお」」
何が起こったか分からない二人は、背中に強い痛みを感じながら吹き飛ぶ。
それに対して事態を把握しているネアルは、限界を超えた腕を更に酷使して二人を抱きしめた。
吹き飛びからの落下の衝撃。
これだけでもいいから、そこから二人を守ろうとした。
「守る・・・絶対だ・・私の大切な部下。仲間だ」
これで、ネアルたちが戦場から離脱となる。
このたったの一撃で、満身創痍の致命傷となったのだ。
そして、このことに満足したのが、ウォルフだった。
雑魚を一気に三人も片づけることが出来たと、少しだけ安堵した瞬間だった。
これがこの時に、一瞬だけ訪れた油断のような時間。
その一秒にも満たない隙を、ここにいた。
たった一人の女性が見逃さない。
いや、そもそもこれ以前から、彼女は渾身の一撃を叩きこむための準備をしていた。
この戦い最大戦果が彼女である。
◇
ゼファーから、ネアルの攻防の流れの間。
ミシェルは走り出していた。
飛ばされた地点から、敵に向かう。
その前に、カゲロイとリアリスに合図をした。
無言で、ただ頷き合っただけだった。
でも二人には彼女の考えが分かっていた。
◇
「ネアル殿。ドリュース殿。アスターネ。さすがです! あなたたちが作ったこの絶好の機会。私がものにします!」
相手の気持ちがそちらに傾いた。
この瞬間を待っていたミシェルは、半分に折れた槍を持って、全身全霊で飛び掛かった。
これに半歩遅れて対応したのがウォルフ。
攻撃後の大剣は、体の中心には無く、右側に流れていたので隙があった。
再び攻撃動作に戻すための作業に入る。
「ふん。その程度の速度で? この俺様に攻撃を当てられると? おこがましい。馬鹿な奴は死ね! これで即死だ」
ミシェルの攻撃が届く前に、先にウォルフの攻撃が当たってしまう。
この現場を見ている誰もがそう思っていた。
だが、ここでミシェルと大剣の間に、影から人が現れる。
「馬鹿はどっちだ! ミシェルは最初からお前の攻撃なんか気にしちゃいねえんだよ」
始めから防御は捨てている。捨て身の攻撃を仕掛ける気だった。
それに、自分の身は、自分が守るんじゃなく。
自分の身を他人に委ねていたのだ。
防御は二人によって行われる。
「リアリス!!!! お前の番だ。やれ」
カゲロイの声に反応したのは、リアリス。
二丁の銃で、対抗する。
「予備の銃!!」
その銃を服の内側から取り出したリアリス。
元々持っていた銃と二つ持ちになる。
「と! これとの二つでやる!」
残りは一発ずつ。
ミシェルの絶好の機会を助けるために、リアリスは大剣の動きを鈍らせる事に狙いを定めていた。
「ここだ! こことここが、あんたの剣を邪魔するはず」
二つの銃声が鳴り、直後に大剣の動きが鈍る。
彼女が狙い撃ったのは剣の中心。
それで勢いを消して、剣を遅くさせた上に、彼女のもう一発は、大剣を持つ右手の親指。
そこだけピンポイントで狙撃したのだ。
他にはない驚異の命中率だった。
敵の握る力を弱くさせて、攻撃の命中率すらも下げる目的があったのだ。
早撃ちのリアリス。
伝説のガンマンとしての最初の戦果は、世界最強の男の攻撃力を削った事だ。
「ちっ。でもまだまだ。剣は衰えんぞ」
今のリアリスの邪魔で、大剣の攻撃に多少のズレが生じても、ミシェルとカゲロイの二人くらいは、なぎ倒す勢いがまだある。
ピンチは続いていた。
「ハハハ。馬鹿め。これが俺たちの狙いじゃないぜ。いくぞ。オランジュウォーカー改。並べ」
鎧にならない。出来損ないのオランジュウォーカーを、カゲロイは自分の前に放り投げた。
以前にルカが言っていた。
失敗作でも銃弾を防ぐ強度があるという事から、カゲロイはかなりの数を持ち歩いていた。
いざという時に使えるはずだとして、保管していたものをここで思い切って使用。
ばら撒かれた鎧の破片に、何の意味があるのかと、ウォルフは思う。
何をする気だと凝視して大剣を振り切っていた。
迫り来る大剣に対して、カゲロイは身構えた。
敵の大剣に、出来損ないのオランジュウォーカーがガチャガチャと巻き込まれていく。
その五月蠅い騒音のような中に、カゲロイが突っ込む。
「がはっ・・・つええ」
カゲロイは猛烈に襲いかかってくる大剣に対して、あえて向かっていき。
ばら撒いた破片に体を押し付けて、大剣にぶつかってその勢いを弱めた。
「マヌケなんだよ。それくらいで俺様が止まるとでも思ったか」
「ああ。止まらねえよ。これはただの即死回避なだけだ。ボケ・・・やれミシェル」
自分の力と、この体重を使っても、どうせ攻撃は止まらねえ。
だったら大剣からの即死を避けるだけに使用して、ミシェルの盾になるのがカゲロイのは役目。
そして、この攻撃の衝撃はミシェルにも伝わる。
カゲロイの体とぶつかって、そのまま弾き飛ばされる寸前となった。
「どうだ。貴様の攻撃なんて届かないんだよ。折れた槍で何をする気だった。貴様は! 笑わせ・・・」
「がはっ。リアリス。カゲロイ。感謝します。私は、これで役に立てました!」
ミシェルは、ウォルフの話を一切聞いていない。
彼女は一つの目的に集中していた。
それだけを狙っていたので、そこしか見えていなかった。
だから、彼ら二人に指示を出した時に、無言で合図を出すくらいに集中していた。
ミシェルが最初から狙っていたのウォルフの右の目。
この一点だ。
相手の視野を奪い。距離感を奪うのが目的だった。
始めから彼女は、ウォルフを倒すために攻撃を繰り出す気じゃなかった。
倒す為なら、折れた槍など必要ないからだ。
「はぁあああああああああああああああ」
二人一緒に吹き飛ばされる瞬間。
ミシェルは、『槍を投げる』
この事に全部の力を使った。
盾になってくれたカゲロイの体が横にあろうとも、彼女は全身の力で槍を投じた。
「ま・・まさか。貴様」
その体勢では、防御は不可避。
ミシェルが槍を投げつける際に、ウォルフ躱すことも出来ない。
とんでもない一撃がここに生まれた。
「ぐおおお。馬鹿な、こんな雑魚どもに。俺様が!?」
カゲロイとミシェルが吹き飛ばされると同時に、ウォルフの右目に槍が刺さる。
雑魚と称した奴らに目を奪われる。
その屈辱は計り知れないもの。
怒り狂うウォルフは、痛みよりも戦闘態勢を更に強めようとした。
この時に、ゼファーが動く。
「ミシェル! カゲロイ!」
吹き飛んだ二人を見ると、空中で笑顔だった。
満身創痍で声も出していない。
でもゼファーの耳には、全てを託したぞと、その言葉が勝手に聞こえた。
妻が託してくれた喜びと、そして彼女を守れなかった悔しさと、何よりも勝利を信じているのに、こちらがいまだに勝てない事に恥ずかしさを覚えて、怒りが湧いてきた。
だからゼファーは怒りを堪えて指示を出す。
「リアリス! シャーロット!」
二人がゼファーを見る。
「二人で、全員を守ってくれ。ここは我だ。我が戦う。急げ。皆、体が動かないはずだ」
「わかった」
「拙者も戦うだよ」
リアリスはすぐに救援に向かい。
シャーロットは嫌がった。
まだ戦えると、ゼファーの隣で動こうとした。
「駄目だ。シャーロット。直接戦えるのはお前だけだ。リアリスは遠距離型。この戦場では難しい」
「・・・そうかだよ・・・でも」
「頼む。我はもう理性を保てん! これからは、ただの獣となり、こいつを倒す」
「わかっただよ」
ここに来てタガが外れたゼファー。
怒りを我慢したのはここまで、ここからは解き放たれた怒りと共に戦いに入った。
最初の一撃はまさかの行動であった。
鬼が、目覚めた。
そんな攻撃だった。
◇
「き、貴様はまた立ち上がるのか。何度叩き落とせば、諦める・・・クソ、それにしてもこの俺様が目を失うとは」
右目を押さえるウォルフは、再びゼファーが目の前に立ったのを確認。
雑魚が群がるなと、怒りは満ちていた。
だが、彼の方が怒っていた。
「・・・・・」
何も話さないゼファーは、ミシェル同様折れた槍を持って、行動を開始。
一瞬で、ウォルフの懐に入ると、折れた槍を自分の左側に持っていき、振り切る構えを見せた。
折れても、槍の穂先で、ウォルフを斬るつもりだ。
と誰もがそう思った。
ウォルフでも思った事だ。
だが、ゼファーは違う。
彼は最早、何も考えていない。
その時に体が感じた事をしだす。
そんな感覚だった。
ウォルフが、槍の一閃を防ごうと、見えにくい片目でゼファーを凝視。
攻撃ポイントを予測して、大剣を動かした。
その時に、ゼファーは、槍を横一閃させずに、そのまま投射。
ウォルフの右太ももに叩きつけるようにして投げる。
武器を捨てるような行為に、ウォルフが痛みながら驚く
「ぐああああ。貴様。何をしている? 馬鹿な。武器を捨てるだと!!」
大腿四頭筋を貫いた半分に折れた槍。
これを引き抜けば、大出血で死ぬだろう。
だから痛みを我慢して、ウォルフは耐えるしかない。
満身創痍になるウォルフに、ゼファーの行動は続いていた。
右の拳が顔面を捉える。
「ぐああ・・・なに、殴られた!?」
殴られるなんて、何十年ぶりの出来事。
ありえない事に動揺していくウォルフは、ゼファーの底知れぬ気配に気づく。
ここに鬼がいる。
それも戦場の鬼だ。
鬼神の目覚めを見たのだ・・・。
怒りで理性を失って、余計に鬼になっていくゼファーは、無手となってもウォルフと戦うつもりだった。
満身創痍の世界最強 対 無手の鬼神。
どちらが勝ってもおかしくない戦場となり、戦いは続く。




