第394話 英雄の家臣団 対 世界最強
「ぐああ・・・ま、まずい」「きゃあああ」
「ドリュース! アスターネ! やらせるか」
攻撃が上手く嵌らずに、反撃を受けて、二人が転んだ。
そこに追撃を仕掛けてきたウォルフ。
重たい大剣の一撃が二人に迫る。
それをもらえば、もれなく死が確実となる。
「はぁあああああああああああああ」
二人の前に立ったネアルが、自慢の盾で、相手の攻撃を受け流した。
完璧な防御だった。
だが。
『ビキッ』
微かに盾にヒビが入って。
「がはっ」
直接攻撃をもらってないのに、口から血が出てきた。
「「ネアル様」」
「し、信じられん。何だこの攻撃力は!?」
ウォルフがネアルを睨む。
まさかこんな雑魚に攻撃を止められるとは。
「ちっ。まずは雑魚からでも最も弱い奴からだと思ったんだがな。邪魔が入ったか」
「「・・・雑魚・・・」」
アスターネもドリュースも自分たちが、家臣団の中でも弱い事を知っている。
現にここでも足手まといになっているのだ。
今の言葉で、心の底の部分から自信が失われそうになった。
しかし。
「雑魚だと! 貴様、私の部下を侮辱するな。この世に、雑魚はいない! 弱き者など存在しないのだ」
力は使い方次第。
フュン・メイダルフィアの教えを胸に、ネアルは成長していた。
かつては、そちら側。
でも今では、こちら側の人間になった。
今のネアルは、昔と違いその答えに辿り着いているから、反対意見を言い切れたのだ。
「「ネアル様」」
かつての主君から嬉しい言葉が聞けて、二人の顔は前を向く。
「二人とも、こ奴の話なんか聞くな。無意味だ。思い出せ。我らの王は、このような考えの人間じゃない。誰かの言葉を聞くのなら、彼の言葉だけを信じて聞け! 彼は、私を含め、お前たちも必要とした人なんだぞ。私もお前たちも・・・皆敵であったのにだ!」
こんな男の言う事よりも、英雄を信じろ。
私の永遠の宿敵こそが、この世で一番に信頼できる人物だ。
「は、はい」「わかりました」
「だが、ここで下がれ。お前たちの機会がどこかで訪れるはず」
巻き込まれる形になってはいけない。
それに盾が半分壊れている。
このままでは、かばいながら次の一撃を受け止めるのが難しい。
ネアルは、冷静に状況だけは分析できていた。
◇
敵が一瞬だけ動きを止めた。
その隙を見逃さないのが武人のミシェル。
ウォルフの背後から飛び込んで攻撃を仕掛ける。
「おおおおおおおおお」
「うるさい。雑魚がよってたかって来るな」
反応が遅れても、ウォルフの大剣が回る。
体勢が悪くても、ウォルフの攻撃の方が先に辿り着くのだ。
「な!? ぐああああああ」
ミシェルが弾け飛んだ。
10メートルを超える吹き飛び具合に、相手が人間には感じない。
かなりの力の差を感じる。
「「ミシェル!」」
リアリスとカゲロイが、ミシェルを追いかける。
距離的にたまたま近いカゲロイが、キャッチ出来た。
「リアリス。怪我を見ろ。俺は警戒する」
「うん」
「がはっ・・・」
カゲロイが二人の前に立って、ウォルフを警戒。
リアリスが診断をした。
「ミシェル。ミシェル。呼吸は。出来る?」
「が・・・ばはっ・・・はぁはぁ。で、出来ます」
血が喉の奥で溜まっていたらしく、吐き出した途端に呼吸が可能となった。
「よ。よかった。体は? 動かせる?」
「ええ。大丈夫みたいです。なんとか槍を、私と大剣の間に入れましたから」
ミシェルはギリギリで防御が間に合っていた。
これもザイオンとの特訓のおかげである。彼も大剣使いで、その行動を見ていたから出来る事だった。
でも、あと半テンポ遅れていたら即死だったろう。
それほどの一撃であったのだ。その証拠に、槍の中心にヒビがあった。
「な!? 一撃で?」
強く握ると、槍が半分に割れた。
「な、なに!?・・・こ、これはアン様のお手製の槍なのに」
アンの力作である槍が壊れたのは、これが初めての事。
ウォルフの一撃の鋭さに驚くしか出来ない。
「ミシェル!!! 大丈夫!」
反対側にいるアスターネの声に、リアリスが答える。
「大丈夫です。アスターネ。心配しないで、こちらよりもそちらの方が危険。距離を離した方が良いです。こいつは危険です。離れて」
奴との距離が近いと危険。
これを周知させようと、リアリスが大声で返事をした。
「我が出る。皆下がれ。我しかいない」
ゼファーが先手を取った。
先に動けば、ウォルフが誰かを狙う事も出来ないはず。
ゼファーにしては理知的な行動である。
「ふん。温い」
槍と大剣が鍔迫り合いに入らない。
軽くで弾かれた。
ゼファーのバランスが崩れる。
「ぐ。化け物か・・・」
現時点で最強。おそらく、こいつの実力を超えるのは、未来のレベッカだけ。
ゼファーの勘がそう囁いていた。
自分よりも強い。これだけは確実。
でも負けるつもりはない。
すぐそばに主がいて、負けましたなんて、絶対に言いたくないからだ。
「貴様程度の実力で、アーリア大陸では強い部類なのか。雑魚どもしかいないな・・やはり。いや、世界の人間が雑魚だったか。俺様の実力に近いものなど、出会った事がないからな」
アーリアも弱いとなれば、この世界に強者はいない。
ルヴァン大陸に自分よりも強き者がいなかった。
そしてここまで戦争を続けてきたワルベントにもいない。
あそこは武器だけが強く、肉体が弱い。
だから眼中にない。
そしてイスカルにも当然いない。
属国になり下がるような国に強者なんて生まれない。
こうなると、彼の考えでは、アーリアが頼りとなるが、そこにはゼファー以上がいないとなる。
ならば、世界に自分よりも強い者が存在しないとの考えに至っていた。
「そうかもしれない・・・しかし、私たちは負けん。いい気になるなよ。ウォルフ」
ネアルが反論した。
「束になっても勝てんぞ。貴様ら程度がな。あと百いても、俺様には勝てんわ」
「誰が束になると! 我で勝つ」
ゼファーが再び前に出る。
連撃の中で、勝機を見つけようとした。
「ああ・・・この程度なのに、戦う事を諦めない。それが、一番厄介だな。面倒だ」
敵の動きが見えている。
一から百まで全てが見えていて、まるでスローのように動いている。
ウォルフの感覚では、ゼファーすらもその対象だった。
以前の戦いで動きの全てを見ていたから、完全にゼファーを見切っているのだ。
完全無欠の最強の戦士。
ウォルフ・バーベン。
これを越えねば、この戦争に勝つことが出来ない。
「殿下の邪魔は、誰であろうとも許さん。例え貴様が、我よりも強くても、我は必ず貴様を倒す」
「はぁ。面倒だ。貴様ら程度に・・・虫けら共が。俺様に寄って来ようが意味がない事を知れ」
「勝負だ」
渾身の一撃を連撃にする。
ゼファーは全体重を込めて攻撃を繰り出した。
一撃が重くなったことで、ウォルフの大剣と互角の打ち合いになる。
ただ、これには限界が来るに決まっていた。
全開の攻撃を、連続で。
無呼吸の攻撃は息切れを起こしてしまうだろう。
だから、ここを狙っていた人間がいた。
◇
一、二・・・七、八・・・。
十四撃目の時に、ゼファーの顔が上がった。
無酸素状態での攻撃に苦しさが生まれる。
この隙が、最大チャンス。
ウォルフが、受け止めた大剣を翻して、ゼファーの胴体に向けるために、左足を一歩引いた。
この時。
「ここだよ!」
魂の袈裟切り。
シャーロット渾身の一撃が、反撃体勢のウォルフに刺さった。
彼女の刀が、ウォルフの右肩にするりと入っていく。
「斬るだよ!」
「な。雑魚が邪魔をするな」
切先が入って鎖骨を通る間際で、ウォルフの攻撃目標が、シャーロットに変わった。
猛烈な勢いで彼女に大剣が向かう。
「関係ないだよ。拙者の半身が吹き飛ぼうが! ここで、全部斬るだよ」
攻撃が迫ろうが知ったこっちゃない。
シャーロットは全身全霊で攻撃して、死んでもこの攻撃を貫こうとした。
だが・・・
「いや駄目だ。シャーロット。はああああああ」
もう一度呼吸をしたゼファーが、動きを変えた。
体をシャーロットに寄せて、敵に槍を向ける。
「クソ。邪魔するな!」
「殺させん! 我が受け止める」
槍と大剣の衝突。
威力が相殺されるかと思いきや、ここでゼファーの槍が折れた。
真ん中で折れて、槍が真っ二つとなった。
だから大剣は止まらず、ここで二人に向かっていた。
「ゼファー。離すだよ。死ぬだよ」
「死なん。待て。我と共にいろ」
ゼファーは、ここでシャーロットを押しのけて、両腕に合ったオランジュウォーカーの籠手を前に出した。
大剣に籠手。
粉砕は間違いなしであるが、ここはオランジュウォーカー。
最高防御力で、受け止める。
「なに!? 俺様の大剣を」
「クソ。止まりきらないか!?」
二人が宙に浮いていく。
止まらない大剣。
二人がそのまま貫かれる勢いだった。
「ゼファー。拙者も」
シャーロットは攻撃を中断して、ゼファーの体を支えた。
『ビキ・・・ビキビキ』
二人で互角に持ち込んだのに、先にオランジュウォーカーが限界を迎える。
ヒビが広がってきた。
「ヒビが入った。まずい。シャーロット。後ろに飛べ!」
「遅い。砕け散れ。雑魚ども」
咄嗟にゼファーが、ウォルフの右手に足をかける。
反動を利用して、わざと吹き飛んだ。
「がはっ・・・わざと後ろに飛んだのに、それでも威力を減衰できなかったか。シャーロット。着地に注意し」
「ど・・ご・・」
吹き飛んだ先でシャーロットは、背中を強打して呼吸が止まる。
「ぶわっ・・あ。ゼファー」
叩きつけられた衝撃で一瞬動きを止めたが、視界に入るゼファーが気になって、呼吸が元に戻った。
彼女は受け身を取れないゼファーの為に身を挺して下に入っていた。
彼女の体の上にゼファーが降ってくる。
「馬鹿・・・シャーロット。我を受け止めずとも・・・」
ゼファーの鼻から血が出ていた。
直接のダメージじゃない。酷使した身体の反応であった。
「ゼファー・・・鼻血だよ」
「大丈夫だ。これくらいで」
右腕で鼻血を拭き取ると、ウォルフは、二人に話しかける。
「終わりじゃないよな。これで終わるとつまらんぞ」
頭の上から声が聞こえる。
吹き飛ばされた先は遠いのに、一瞬ここまで移動してきた!?
「馬鹿な。この距離を!?」
「一瞬でだよ!???」
大剣は再び、襲い掛かってくる。
頭上から絶望が降り注ぐ・・・。




