第391話 英雄と共に 太陽の影は、太陽をずっと愛している
ネアルの攻撃が極限の高みへと登っていた時。
シャーロットとゼファーの二人の突撃は、止まりかけていた。
ロビン中央軍の中央部隊は、左右に比べても強い。
そこはもう魔境となっていた。
ウォルフとゲインの二人がいる場所だったから。
兵士たちの強さも他とは違うものらしく。
進めば進むほどに、敵の強靭さが増していく。
それにその兵士たちが、以前よりも強く感じるのは、恐らく彼の攻撃リズムを知られたからだ。
特にゼファー。
彼の前回の突撃のリズムを知られてしまった事。
これが、前進の勢いを失う要因だ。
彼の方が、前へ進む動きが悪い。
「ゼファー!?・・・ムムムだよ」
シャーロットもその事態に気付く。
顔を上げて、横を確認すると、ゼファーの足が止まっている。
「まずいだよ。どうするだよ。一緒に進まないとだよ」
片方だけが進めば、後で取り囲まれるだけ。
自分とゼファーが一緒になって進むから、この中央部隊の動きは良くなるはず。
戦術理解度が上がっているシャーロットは、直感と経験でこの事態を見抜いた。
「ああ。どうしようだよ」
彼女が悩む前・・・。
◇
「あれは止まりますね」
フュンは、二人の動きが悪くなる前に予言した。
「え? あれが止まるのですか? あの勢いで?」
「ええ。そうです。あの勢いを持っても、奥の兵士たちによって止められるはず。あそこで止まると、ゼファーたちはまずいです。だから・・・」
シルヴィアの質問に端的に答えた後、肩越しに指示を出す。
後ろに付き従っているレヴィに話す。
「レヴィさん。お願いします。シャニとゼファーの援護をしてください」
「え? 私は護衛でありまして。フュン様のそばに・・・」
「はい。そうだったんですが。本当はね。あなたを表に出したくなかったのですけど。あの形はまずい。二人が飲み込まれるかもしれないので、左右にいる二人を。今、僕の前。中央部隊の中央に寄せてください。それで一点突破でいきます」
別な場所で、二人が攻撃の突破を仕掛けているのが現在。
その二点突破の形で前への推進力を得ていた状態を変えて、一点突破にすることで、この戦場の流れ自体を変えようというもの指示だ。
フュンの的確な判断である。
「しかし、私は守護を・・・」
フュンを守りたい。
その思いが強いレヴィは、素直に命令を聞けなかった。
「レヴィ」
彼女の隣に並走しに来たシルヴィアは優しく声を掛ける。
「シルヴィア王妃?」
「レヴィ。あなたが頼りだと、フュンが言っていますよ。これも重要な事では?」
「え・・・んんん」
「守る事も重要。でもお願いは? 同じく重要じゃありませんか。この人が、無茶なお願いをするのは珍しいですからね」
二人を中央に寄せる動きは、なかなかに難しい事だ。
それも、足が止まりかけている彼らを助けながらだから、なおさらだ。
「もちろん重要です。ですが、フュン様の命の方が・・・」
「当然それが最重要です。でも、フュンには私がついています。あなたの役割の少しは担えるはずですよ。ですから、あの人のお願いを聞いてもらえませんか」
「・・・はい。わかりました。フュン様、私がやりましょう」
レヴィは顔を上げて答える。
「ええ。無茶を言っていますが、彼女の斜めの推進力を上手く使って、中央に移動。そこから、ゼファーをシャニの元に誘導してください」
「はい。やってみます」
「太陽の影で行ってください。そっちの方が上手くやれるはず」
「了解です。いってきます」
「はい。やり遂げたら、僕の元にですよ。必ず生きて戻ってきてください」
「もちろんです。そうじゃないと、お守りできませんから!」
大切な主君の命令を守るために、レヴィは光と共に消えた。
◇
明るい笑顔が弾ける女性が、小さな赤子を抱いて、レヴィに向かって元気よくその姿を見せる。
「レヴィ。みてみて。私の手を握った!」
「はいはい。私にも見えていますから、そんなに大きな声で言わなくてもいいです」
フュンが生まれたばかりの頃。
レヴィは、お転婆娘である人が子供を産んだのだから、自分がしっかりしなければと思っていた。
子供っぽい人が子供を育てるなんて難しいだろうという考えだ。
「ソフィア様、この子の名前を何にするんですか」
「それね。私も悩んでるの」
「あの屑が考えてないんですか?」
里だと、大方の家庭で、男の人が主導で名前を考えていた。
名付け親は父が多い一族だった。
「その言い方、ひどいよ。いつも酷いよね。レヴィはさ。アハトにだけ辛辣」
「ええ。嫌いですからね。あの男」
ハッキリ言いきるので、ソフィアは、それ以上追及できなかった。
「いいや。もう・・・私が名付けていいなら・・・どうしようかな」
自分に権利があるなら、いい感じの名前が良い!
ソフィアは、自分なりの良い名前を考えていた。
「ロン! マリュー! ノルド! タリアス! 全部なんか違うね!!」
たくさん名前を挙げても、どうもしっくりこない。
「レヴィは! 何がいい!!」
「え。私ですか」
「うん。何がいい?」
「いや、ソフィア様の子ですよ。私などが名付けてはいけません」
「なんで?」
「だって、あなたの子ですよ」
「だから、なんで?」
「え?」
ソフィアが珍しく真顔だった。
「いや。あなたの子の名前です。親はあなた。そこが重要でしょう」
「そうよ。だから、レヴィに聞いてるんじゃない」
「だから」
「だって、レヴィは私の家族だよ。お姉さんなの。だから聞いたっていいじゃない。あなたは私の家族なんだから、当然この子もあなたの家族!」
「いいや。ですが、私はあなたとは血が・・・」
「繋がらなくたって、家族よ。それに私たち、たった二人の一族よ。もうそんなの家族でいいじゃん! ニシシシ」
満面の笑みで返されると、反論なんて出来ない。
眩しい太陽の微笑みには、負けざるを得ない。
「はぁ・・・じゃあ、ドノバンで名付けるんですか?」
「ううん。メイダルフィアで」
「えええ」
心底嫌そうな顔をした。
「そんなに嫌なの」
「当り前です。あの男の姓など・・・うううう」
これ以上思い返すと怒りが湧いて来るので、レヴィは途中で名前を考え始めた。
「そうですね。両方で語感がいいようにしましょう・・・」
両方とは、トゥーリーズにも合うようにと。
レヴィの方が、ソフィアよりも深くフュンの事を考えていた。
「フュンはどうです。フュン・メイダルフィア。それに、フュン・ロベルト・トゥーリーズ。これならば、どちらになってもいいはずです。いつか、太陽の人になってくれるかもしれないので、こちらにも合うように・・・」
太陽の人の子から、太陽の人が生まれる事は確定ではない。
でももしかしたら、この子もまた太陽の人かもしれない。
ソフィア様に似てくれれば、彼女の為に生きる私の力が増しているように、この子の為に生きる誰かの力が、増していくのかもしれない。
『この子も太陽の人であって欲しい』
そんな願いを込めて、レヴィがフュンと名付けたのだ。
だからレヴィも、フュンの親も同然だった。
「いいじゃん。それでいこう。フュン・メイダルフィアだってよ。あなたは、フュンだって。私のお姉さんが名前を付けてくれましたよぉ」
ソフィアは、フュンを抱っこした。
「そ、そんな。即決ですか」
「うん。いいよ~。私は気に入った」
「私は、これが一つの案だと思って言ったのですよ。ソフィア様、また考えもなしに物事を決めてはいけませんよ」
「良いの。これは私の直感よ。そうだ、直感って考えに入るのかな?」
「勘でしょ。直感は!」
「そうなの。勘って考えがないのか・・・」
なぜかそこで悩んだソフィアの腕の中で、フュンが笑う。
「ほら、フュンで喜んでるんだからさ。本人がいいよって言ってるんだよ」
「もうフュンになってる!? なぜそうなるの!? この子も考えなんてないでしょ」
「うん。この子も勘でしょ! 笑ってるもん!!」
「は、はぁ」
笑顔のソフィアには敵わない。
レヴィは、自分の唯一の弱点だと思っていた。
◇
しかし。
「違いますね。唯一じゃありません。私はどうやらフュン様にも弱いらしい」
フュンの存在が、弱点であった。
彼がやりたい事をなんでもやらせてあげたいと思ってしまうから。
甘やかしてしまう部分が、自分の弱点として浮上した。
「ふっ。この私が、なんだかお母さんみたいな事をね・・・でもフュン様が太陽の人なのですから、仕方ありませんよね。うんうん」
と自分に言い訳をして、レヴィは次なる戦場に立つ。
彼女が引退したから弱くなった。
そんな事はあり得ない。
彼女は太陽の戦士。
つまり、太陽が居続ける限り、生涯成長し続ける戦士なのだ。
「青波竜撃」
レヴィの引退期間は、休養じゃなかった。
彼女は、太陽の戦士たちの必殺技たちを覚えていたのだ。
レヴィ・ヴィンセント。
最後の太陽の戦士長。
ドノバンの民の一人で、最後の生き残りの人物。
心血を注いで、身を全て捧げて、フュン・メイダルフィアに仕えた女性は、歴代最強の太陽の戦士だ。
彼女が、かつての太陽の技を覚えてしまえば、そもそもの基礎能力が高い人ので、最強の戦士になるに決まっているのである。
それに彼女は、歴史史上初。
二人の太陽の人に仕えた伝説の戦士である。
「見えた。シャニですね」
必殺の一撃を繰り返すことで、合流地点まであとわずかとなる。
彼女を見つけたレヴィは一時影となり前へと進む。




