第390話 英雄と共に 永遠のライバル
「ふっ・・・やはりな。私が悪かったのだ」
敵陣を壊滅させるべく攻撃を仕掛けているネアルは、二人の力によって乱れていく敵陣を見て笑った。
「どうしました。ネアル様?」
「ブルーよ。お前にも迷惑をかけた。すまなかったな」
「え?」
「私が弱かったのだ。私が至らなぬ王であったこと。これのせいで、お前にも。アスターネや、ドリュース。それにエクリプス、パールマンにも。迷惑をかけた。国まで失ったのは私のせいだ」
単純に自分が弱かった。
彼に勝つには、自分の実力が圧倒的に足りなかった。
それを自覚しているべきだった。
彼に勝とうと思うのなら、もっともっと自分を鍛えねばならなかった。
それは、単純な力や戦略じゃない。
人として、強くなくてはならなかった。
ただそれだけなのだ。
「そして今気づく。アスターネ。ドリュースの成長。これは著しいものだぞ。私の配下であった時とはまるで別人だ・・・これが、アーリア王の力なのだ。私が生涯及ばぬ点だ。ここは絶対に私では勝てん。素直に認める。やはりさすがだ。私が唯一認めた。永遠の宿敵は! 最高の人物であるのだ。ハハハハ」
フュンのおかげで、二人が成長している。
それにブルーもだ。
母として、補佐官として、前よりも強くなっていた。
「ネアル様・・・まさか、それは弱音ですか?」
「弱音? 私は弱音は言わない。これは反省で事実だ。これを受け止めて私は進む」
「今のが反省ですか・・・」
「ああ、そうだ。なぜなら私もまた彼のおかげで、成長をしているからな!」
「・・・ネアル様が?」
ネアルの顔が生き生きとしている。
これが本音なんだと、ブルーは安心していた。
◇
アーリア王国が出来た頃。
ネアルのお屋敷にフュンが遊びに来ていた。
応接室に案内をして、二人はテーブルを挟んで、お茶会をしていた。
「ネアル王! お元気でした?」
「アーリア王!・・・またですぞ。王ではないですぞ」
「・・あ!?」
「まったく。ご自身が王であるのですから、気をつけてください」
「ごめんなさい」
あなたと自分はもうすでに、王と家臣なのに!
と何遍言えば分かるのだろうか。
ネアルの怒りは、毎回小言のように言わないと伝わらない。
「それで、今回は何用で? こちらの元王都の視察ですかね」
「ええ。それは・・・ただ遊びにですけど?」
「え?」
「いや、もう遠慮せずに会ってもいいじゃないですか。僕らって敵同士だったでしょ。今はこうして仲間同士なので、会うのに誰にも遠慮しなくていいんですよ。周りの目を気にしなくていい。それが楽でいい。気軽に会いにいけます! あははは」
何を言ってるんだこの人。
目を丸くしているネアルは、今まで見た事のない顔をしている。
「は、はぁ」
「ああ。それとですね。ダンテ君の顔を見にですね。僕、彼にプレゼントを持って来てますからね。それがこちらの訪問の目的ですね。ほら、積み木とかの知育教育の奴に・・・後ですね。もうちょっとしたら本でしょ。ええっと、それとこれもです! こっちが先かな。絵本もありますよ。文字読めなくても大丈夫!」
フュンが持ってきた幾つものお土産を見ると、ネアルは自然に思う。
あんたは、親戚のおじさんか。
いつも冷静であるのに、ついついツッコミを入れたくなるほどに、フュンが底抜けに明るい。
ここからは、何でもない本当にくだらない雑談をして。
その後。
あっという間の時間が過ぎ去り、さっきまで明るかったフュンが真面目な表情になった。
「僕ね。あなたがいたから、強くなれたと思っています」
「ん? 私が?」
「ええ。僕って、最初。意外かと思うでしょうが、目的がありませんでした。生きる目的というものですかね。サナリアを守るという使命みたいなものはありましたが、これ以外は何もなかったんですよね。僕って、人質だったんで、自分の事で何かをしようとも思わなかったんです。でもそこにあなたが現れてくれた」
ネアルという目標がいてくれたことが大きい。
あの初めての対戦で、競い合うように戦えた思い出が。
自分を強くしてくれたのだとフュンは、ネアルに感謝していた。
「私がですか」
「はい。僕は、ミラ先生のおかげで、強くなったのか。これを知る指針が、あなただったんですよ。あなたは素晴らしい。アーリア大陸にいるかつての歴代の王たちと比べても、恐らくあなたは最強でしょう。誰も敵わない。あの知略に武力に覇気。内政外交。全部を持っていて、しかもあの若さでイーナミアという大国を支配出来ていた。その手腕はお見事だ。僕には出来ない。前王がいるのにですよ。あんなことは出来ませんね」
フュンから高い評価をもらい、嬉しい反面。
それは逆だと思っていた。
自分もあなたがいたから、強くなれたのだと。
「僕らの裏に、ナボルがいても、ワルベント大陸が潜んでいても、結局、僕らは戦いで決着を着けました。ワルベントとの戦いはまだですが、彼らの存在を知っても、僕はあなたとの決着だけは後回しにしませんでした。だって戦いたいですもんね。どうですビンジャー卿?」
「ええ。それは当然こちらもですよ。私にとってあなたこそ、潤いです」
「う、潤い?」
「はい。私の乾いた心を潤すのは、いつだってあなたとの真剣勝負だけだ。私にとっての生きがいは、あなたとの勝負でしたぞ」
「・・・なるほど。そういう表現もありか」
乾いた心を潤す。水分補給のような、フュンとの戦い。
ネアルにとってのフュンは空気や水と同じく。
無くてはならない存在だった。
「じゃあ。まだまだ僕らは競いませんか」
「え? 競う?」
「はい。そうだな。ワルベントとの戦いが終わったら、年に一回くらい。何かで勝負をしましょうよ。僕らってそういう仲の方が楽しいでしょ」
「決闘ですか」
「えええええ。それだと毎回ビンジャー卿が勝っちゃうから、何かで決めましょう。負けた方が翌年の勝負事を決めましょう。じゃんけんとかでもいいですよ。運なら負けません!」
「・・・は、はぁ」
「僕らは、王と家臣じゃない。良きライバルの方がいい。生涯ライバルでいましょうよ。それで、フュンとネアルの二人で、このアーリア王国を盛り上げていきましょう。定期的に戦う事で、ついでに、僕らの気持ちも盛り上げていきましょう」
「ふっ」
楽しい。面白い事を考えた結果が、二人で戦おうか。
彼が出した答えに、ネアルは喜びがあった。
生涯の宿敵となってくれることも嬉しい。
それにこの先も宿敵であり続けたいと。
こんな風に自分を思ってくれていると思うと、嬉しさで爆発しそうだった。
「最高の好敵手として、互いが存在し続ければ、僕らは強くなれます。あなたの為に、僕は強くなります。あなたに勝ちたいですからね」
「なるほど。それならば、私もです。あなたに勝つために、この先を生きましょう。あなたに仕えながらも、虎視眈々とあなたを狙いますぞ。ハハハ」
「ええ。そうしましょう・・・でも負けませんよ」
「はい、私もだ」
二人は一緒になって笑いあった。
永遠の宿敵は、常にライバルでいてくれるようだ。
互いに勝ちたい相手がいることが、成長のきっかけになる。
これが二人の関係。
敵であった時と何一つ変わらない。
味方になっても二人はライバルだった。
◇
「私が魅せよう。アーリア王よ。あなたの永遠の宿敵ネアル・ビンジャーが、この強烈な強さを持つ敵軍を殲滅する。あなたは出来ないと思っているかもしれないが、私なら出来る。どの戦場よりも先に全滅させてみせる」
ネアルは敵が強い事を認識しても、周りの環境よりも早く、敵を全滅に持っていく事に決めた。
「そして、あなたの中央にも援軍となり出現してみせようか・・・ふっ。そうなればあなたは驚くだろう。驚けば、私の勝ちだ! 今回の勝負はそれでいこう」
ネアルの声に覇気が出て来る。
それは王の時の彼と同じだ。
「聞け。私と共に戦う兵たちよ。我らは、どの戦場よりも戦果を稼ぐ。最強の軍となり、敵を殲滅する。私に続け。このネアル・ビンジャーが敵を切り裂く」
一瞬静まり返り。
「出るぞ。私が先頭となり、この軍は、ネアル軍として、出撃だ! 続け。兵士たちよ」
帝国軍に呼び掛けた時は、自分の軍だと言い切った。
普通なら何を言っているとなるだろう。
ここにいる兵士の大半が、ルヴァンの大陸の兵なのだから。
しかし、その兵士たちは、ネアルの威厳ある声に、態度に、平伏した。
「「「おおおおおおおおおおお」」」
王たる力を持っている男の鼓舞に、兵士たちが呼応した。
ネアル・ビンジャー。
フュンとの関係は、永遠の宿敵。
この関係は、他の者たちには理解できない。
歴史を遡っても、王たる資質を持つ者が同時期に二人いた場合。
この場合は、どちらかが消えるまで戦い続けるのが世の常。
なぜなら、新政権の邪魔になるからだ。
しかし、この二人は違う。
歴史上でも初だろうと思う。
王たる器を持つ者が二人同時に同じ国に存在しても、共に協力し合う。
異例中の異例の関係が、ネアルとフュンの関係だ。
気持ちの良いくらいに、互いを理解しているので、二人は衝突することがない。
この先の二人は、競い合いはすれども、国を巡っての争いはなかった。
英雄の宿敵ネアル・ビンジャーは、こうして完全にフュンに仕えるライバルとなる。




