第389話 英雄と共に 敵同士が親友になる
ネアルの配下に入ったアスターネは、以前よりも遥かに強くなっていて、それはまるで進化と言っても良い成長をしていた。
彼女は元々バランサーとしての能力を持っていた。
戦場に置いても、引く時は引く。出る時は出る。
タイミングの良い指揮に、彼女の戦闘スタイルも合っていた。
パールマンという攻撃特化の将。ヒスバーンという防御が上手かった参謀。
それに合わせて、攻防自在の自分が間に挟まって動くという形が多かった。
しかし、今の彼女は単独で明らかに強い。
それはまるであのパールマンのような突進力を持っていた。
「これ。ここ。ここ。とにかく押して、相手を封殺するよ」
この成長の裏には、ミシェルの存在が大きい。
かつて、敵として戦ってきた二人は、片方は師を失い。片方は盟友を失う。
互いの大切な人を失って、しかも、ミシェルで言えば大切な目も失った。
それもアスターネが直々に奪ったのだ。
彼女の攻撃で、ミシェルの目は見えなくなった。
あの後、二つの国が統合することになり、新たな国の元で彼女と仕事をするとなった時の事。
それを今でも忘れないのがアスターネだ。
◇
「ミシェル・・・」
学校の教職員としての顔合わせに参加したアスターネは、そのミーティング終わりに、彼女の前に立った。
申し訳なさそうな暗い顔で、謝りたい気持ちのまま、その先を言えなかった。
「アスターネですね。久しぶりです」
「え・・・」
「はい。お久しぶりです」
淡々と無表情のままのミシェルは、余計な事は言わないで挨拶だけをした。
「・・・え・・・ん・・・はい。お久しぶりです」
上手く言葉を言えず、頑張って挨拶だけが出来た。
この先も会話をしたいのに、彼女が遠くにいるように感じていた。
そこに、能天気そうな男が来る。
「あれ。おお。アスターネとミシェル。珍しい組み合わせで」
「はい。フュン様」
ミシェルはいつものように返事をしてくれて。
「あ、アーリア王・・・失礼を・・・」
アスターネはどぎまぎしていた。
王に対してしっかりとした挨拶をしないといけないのに、不安定な気持ちでいたので反応に遅れたのだ。
「ん?・・・失礼???」
今のどこが失礼だったんだ。
フュンは本気で悩んだ。
多少の無礼でも、それを無礼と思わない性格の男だから、今のアスターネの反応でも無礼じゃないのだ。
普通の事だと思っている。
「フュン様。どうしてこちらに? 会議は終わりでは?」
「ええ。あなたたちが二人でいるのが珍しいと思ったのでね。だったら、僕はそろそろはっきりさせた方が良いと思いましてね。アスターネ」
「・・・は。はい」
気を取り戻そうとしたが、まだ反応が悪い。
アスターネは、申し訳ない気分に陥った。
「アスターネ。そんなに緊張しないで。僕は普通の人ですから。無理しないで会話してください」
「え・・・普通??」
ネアル王に勝った男が普通?
ありえないと思ったアスターネは、表情に想いが出ていた。
眉間にしわが寄る。
「あ。僕を疑っていますね。アスターネ」
「え。い、いえ。そんなことは・・・」
「まあ、いいですよ。あなたもまだ僕らの事を知らないんだ。少しずつ慣れていきましょう。それでですね。あなたは後悔をしていると思いますので、ここではっきりさせます」
「後悔・・・」
ズキンと胸が痛んだ。
後悔以上の言葉を出したかったが、すんなり出て来なかった。
「ミシェル」
フュンはアスターネに話しかけずに、ミシェルに話をしだした。
「あなたはその目。諦めていないでしょ」
「ん!? フュン様。それをなぜ」
「ほらね。僕はね。君たちの事なら何でも知っていますからね。手に取るようにわかります」
ミシェルたちの事なんて、何も考えずともすぐに分かる。
フュンの以心伝心の力は凄かった。
「距離感の修行をしていると思うんですよ。片目での戦いをするためにね」
「はい。やっています。ですがこれが難しい」
「ええ。ですから、アスターネがいいですよ。彼女は、曲剣の使い手。これは距離感を掴みにくいです。なので、彼女と戦えるようになったら、あなたも合格でしょう。戦場に出てもいいですよ」
「え。本当ですか! フュン様。今のお言葉、嘘じゃないですよね。ここは下がれとか、ここで待てとかを。言わないんですね! 戦場に出ていいんですね」
「ええ。いいですよ。彼女と戦えるならば、許可します」
フュンがそう言うと、ミシェルはすぐにアスターネに頭を下げる。
「アスターネ。協力をしてほしいです。私が戦えるように、どこかで時間をもらえませんか」
「え?・・・え・・いや。だって・・・」
自分はあなたを傷つけた。
あなたにどんなに償っても許されない所業だった。
目を失うなんて武人にとっては致命傷だからだ。
明確な返事をしないので、ミシェルは頭を下げたままだ。
そこに彼女ではなく、フュンがアスターネを通り過ぎるようにして近づいてくる。
そして彼女には聞こえないように、アスターネに耳打ちをする。
「アスターネ。あなたの後悔は過去にあるのでしょう。でもそれは要りませんよ。ミシェルは未来を見ています。彼女は僕の大切な仲間です。だから前しか見ていません。僕の仲間は前しか見ませんからね。なので、あなたも彼女と一緒に未来を見てください」
「アーリア王!?」
フュンは全てわかっていた。
アスターネの苦悩も。ミシェルの前を向いている性格も。
全部わかって、この場に来て話しかけてきたのだ。
二人のわだかまり・・・いや、アスターネの勘違いを正そうとしていた。
「ええ。あなたたちは前へ進める! それにミシェルは、あなたを恨んでいませんよ。あの戦いで自分の力が足りなかったと考える。それが彼女です。あなたに負けた事の方が後悔しています。勝てない事が悔しかったのです。怪我をしたことに後悔がありません」
「・・・そうなんですか」
「はい。なめないでください。ウォーカー隊の武人は、自分を傷つけた人間を、いつまでも恨むような小さな人間ではない。僕らの根は、荒くれ者ですからね。戦った後は綺麗さっぱり忘れるんですよ。ハハハ」
「え?」
最後のフュンの言葉の時だけ、彼の顔が鋭かった。
そこまでは笑顔だったのに。
「そう。僕らは何一つあなたたちイーナミア王国の人を恨みません。これから共に生きていくのですからね。だからアスターネ。君も僕の大切な仲間となるのです」
フュンはここで再び優しい笑顔になり、アスターネの右肩を軽く叩いた。
「だからミシェルと仲良くやってくださいね~。元気でいきましょう!」
「あ・・・は、はい」
体がふと、楽になったような気がした。
今までの重苦しいものが取れて、動きやすくなった。
言葉もここで出て来るようになる。
フュンのおかげで、自分から話しかける勇気が出てきた。
「み。ミシェル」
「なんでしょう。駄目でしょうか?」
「わ、私でいいのですか。そ、その訓練相手が・・・」
「はい。お願いしたい。あなたと訓練すれば、私は再び戦場に出られる! 稽古をお願いします」
「・・・はい。こちらこそ、お願いします。ごめんなさい」
「?????」
ミシェルは顔を上げて、首を傾げた。
いいの。悪いの。
どっち???
と思ったのだ。
「私、あなたの目を・・・」
「ああ。これですか。こんなのは大したことないですよ。あなたのせいじゃない。あれは私が未熟であっただけ。それに戦場で手を抜かずに戦ってくれたから、ああなったんです。つまり、真剣勝負の結果ですので、お気になさらずに」
「でも」
ミシェルの言葉に対して、反論しようとしてきたので、それを更に反論する。
「じゃあ、あなたはあの時、殺す気で戦ってくれなかったのですか?」
「・・・え。いや、うん。そう。私もあの時は殺す気だったよ。あなたのような強い将を倒せば、こっちが有利になるからね」
「ええ。ええ。当然だ。それでこそ、アスターネ。ネアル王の側近であった人です。弱き将に斬られたのなら、納得できませんが。私はそういう強き将に斬られたのです。名誉であります」
ミシェルの武人たる返事に、アスターネの目からは不思議と涙が出ていた。
悲しいとも嬉しいとも思っていないのに・・・。
「・・・うん・・・うん・・・」
「え?・・・ど、どういうことでしょう??」
なんで、大粒の涙を流しているのだろうとミシェルは狼狽えながら思った。
アスターネから流れる涙は、自然と地面にたまる程に。
大粒の涙が幾つも落ちていった。
「ごめんね。うち・・・私があなたを」
感情的になって、一瞬自分が出た。
押し殺してアスターネは言葉を重ねようとしたが、ミシェルが彼女を抱きしめた。
「いいんですよ。そんな事を重荷に思っていたんですか。たいしたことない。私が大丈夫なんです。あなたは気にしないで、私と一緒に修行してください。というかですね。してほしいんですよ。私、絶対戦場に出たいので、修行をお願いしますよ」
「・・・うん・・・必ず協力をするよ・・・うち、絶対ミシェルを戦場に連れていく」
「本当ですか。助かりますね。これで・・・うんうん」
ミシェルの頭の中では、ゼファーを出し抜いてやると考えているのだ。
目を失ってから、ゼファーが心配性になったので、これで片目でも戦えることを証明できれば、ぎゃふんと言ってくれるんじゃないかと、よからぬ邪な考えもしていた。
それに合わせて、フュンの役にまた立てるのではないかとの希望があったのだ。
意外にも、良い考えと悪い考えがこの裏に隠されていた。
でもこれのおかげで、アスターネは前を向けた。
「うち。手伝うよ。どうすればいい?」
「では、今から家で特訓を」
「え!? 今から」
「はい。ではいきましょう」
「え。もう!? えええぇぇぇ」
アスターネの手を引いて、自宅へ案内したミシェルは、こうして戦いの表舞台に登場出来たのである。
かつては、敵。
今は、友。
それが、アーリア王国の在り方だ。
バラバラな国が一つとなった事。
統一国家の難しい面を乗り越えたのは、フュンとネアルだけじゃなかった。
このような思いを持ってくれる人間たちが多くいたから、フュンの作ったアーリア王国は上手くいったのかもしれない。
◇
「あっちは。どうなってる」
自分の戦況を安定させながら、アスターネは左を見た。
左翼部隊を統率しているのは、タイムとミシェルだ。
親友の活躍が気になるアスターネだった。
「大丈夫そう・・やった。うちら、頑張れたんだ。戦えたんだよ。凄いよミシェル。あなた片目で相手を圧倒してるよ」
アスターネは小さくガッツポーズした。
ネアル王を支えながら、今は友も支える。
フュンが描いた理想の世界は、ここで花開いたのであった。




