第388話 英雄と共に 名将の子の苦悩
中央右翼部隊の隊長ネアルは、戦況を覆すような状況は訪れないと、目の前の戦場を見て思った。
敵は押されに押されている。
それが、ウォーカー隊の出現により、揺るがない。
彼らの攻撃の想いっきりの良さ。現れてくれると助かる。そういう出現タイミング。
彼らの強さをよく知っているのは、彼らと何度も戦ってきたからだ。
だけど仲間として戦うのは初めて。
仲間として彼らの強さを体感すると分かる。
「じゃじゃ馬だな・・・」
動きが悪いとか、良いとかの類じゃない。
あれを制御して、連携している事が奇跡。
ミランダ・ウォーカー。フュン・メイダルフィア。
あれらウォーカー隊を見ると、二人の指揮能力が高い事が窺える。
あれをよく制御と言うか。
切り札として使えるものなのかと、ここは感心するしかなかった。
「でも、一緒に戦うのですよね」
隣に立ったブルーが言った。
「ああ、もちろんそうだ。それでブルー。ダンテはどうした?」
「こちらにはいませんよ。本営に縛っておきましたから。さすがにここの戦闘が激しくなると思いましてね」
現在のダンテは、天幕の支柱に縄で括りつけられている。
そばには、ジュナンがいるので、料理を食べるなどの身の回りの世話は安心だ。
彼はまだ子供なのに、この最終決戦の舞台にもあがろうとするので、カンカンに怒ったブルーが、紐でギュウギュウに縛り付けた事で、彼はほぼ監禁状態となっている。
でもこの判断は正しい。
なぜなら、今回の戦闘は戦術じゃない。
ここからの戦闘は・・・力と力の勝負だからだ。
「正しい。お前は正しいぞ。ここで私が出るからな」
自らが突撃を仕掛ける。
勇ましい男ネアル・ビンジャーはそもそも後ろからの指揮だけで終わる男じゃない。
前へ出て先陣にも立てる元王様だったのだ。
「わかりました。私もお供します」
「うむ。それではいこうか。アスターネ。ドリュースにも連絡をしろ」
◇
ネアル部隊の右を担当しているドリュースは、兵士たちと足並みをそろえて動き出す。
新たな国では、ひっそりと生きてきたドリュースは、ここで再び将になれるとは思わなかった。
イーナミア王国が終わった時。
自分の役割は終わりだと思っていた。
父を失い。家の意味を失い。
戦争は懲り懲りだとして、先生になった。
でも燻る思いは残り続けていた。
実は、合併時にフュンから誘いがあった。
ネアル王の配下となり戦いませんかと。
それは来るべきワルベント大陸との戦いに参加しないかと言う事だった。
でもそこに参加する事はしなかった。
だってまだネアル王に対しての忠義の精神があるからだ。
彼を越えた先に王がいる環境に、納得できない部分があったわけだ。
ネアルこそ、王に相応しいと心底思っているから。
これはフュンが悪いわけじゃない。むしろフュンだから、ネアル王が下についたと納得できる部分でもある。
でも、ドリュースのプライドは許さなかった。
だから彼らとは関係ない事をしようと、次の世代の育成に力を注いできたのだ。
新しい世代は身分を問わずに優秀で、子供たちを育てる事にやりがいを感じていた。
とてもいい職業に就けたと、彼らの笑顔を見れば思ったものだ。
でも、ネアル王とフュンが困っているのなら、最後に自分に残された力を彼らの為に使っても、父が許してくれるだろうと思い、この戦争に参加したのだ。
エクリプス・ブランカ。
ドリュースが思うに、この先を懸命に生きても絶対に越えられぬ壁となっている偉大な父だ。
名将の中の名将。
フュンとシルヴィアがそう言っていたくらいに、アーリア王国の中でも、エクリプスの評価は高い。
なぜなら、二人を最後まで苦しめたハスラ防衛戦争の主導者が彼だからだ。
シルヴィアを揺さぶった前哨戦の動き。
これは完璧な流れでシルヴィアを罠に嵌めた。
あの罠のせいで、ウォーカー隊が出陣するまでに至る。
そして次に、フュンの劣勢を生み出した巧みな戦術。
あれがあったから、シゲマサを失ったのだ。
その戦術の巧みさが、彼の持ち味だ。
しかも、イーナミアの英雄ネアルが、子飼いの将じゃない。
外様の将として、初めて外から人間を誘ったという実績まである人間。
だからエクリプスは、当時のアーリアの名君たちに認められた上級大将なのである。
その有名な父を持つ息子としては、彼は目立った戦果がない。
あるとしてもビスタを奪えただけの功績で、でもそれは帝国側があえて王国に奪わせたという考えから来るものだから、実績とは呼べないかもしれない。
それに彼には際立った才がないのも、彼の自信を奪った原因だ。
だから自分は生涯父を越えられぬだろう。
そういう風に悩んだ時期もあった。
だがこれは払しょくされる。
それは・・・。
◇
「いや、ドリュースさんはね。非常に優秀な方で、教えるのも上手いですね。僕助かっちゃってますよ。ハハハ」
「いえ。当然のことでありまして・・・」
ドリュースがマナー講師としてフュンの修練に付き合っていた頃の話。
「それで、なぜそんなに自信がないんです?」
唐突な話の展開についていけず、ドリュースは思わず聞き返した。
「え?」
「いや、僕ね。あなたの顔色で分かりますよ。あなたの顔、今、少し曇っています。あの頃の顔とは違いますよ」
「あの頃?・・・ですか?」
ドリュースは何のことか、さっぱりわからずに首を傾げた。
「ええ。初めて会った時。イルとあなたのお二人は僕に話しかけてくれたでしょ。僕が大元帥の頃です」
「・・・ああ、ありましたね。こうして思えば、私も、あいつも、あなたに失礼ばかりを働いていました」
「いえいえ。あれは楽しかったですよ。ああいう風に普通に会話したい。僕には王様がいらない、いらない。向かないですもん」
「それはないでしょう。あなた様にこそふさわしい」
「う~んそうですかね」
王になってもあの時と同じ態度に、話口調。
まったく、貴族のマナーとしてはどうなんだと思いたいが、人としては魅力に溢れている人。
それがフュンだった。
自分はこの人が王であることに不満がない。
でも自分に燻っている思いがある事を見抜かれていた。
「ドリュースさんはどっしり構えていていいんですよ。ええ、必ず活躍する時が来ます。それはもしかしたら、あなたが育てた生徒かもしれませんし、あなた自身かもしれない・・・でも、あなたに自信がなければ、その機会は訪れないんですよ」
「自信ですか」
「はい。過信じゃなく、自信。人に必要なものの一つです!」
「自信が必要? 生きる上でですか?」
「そうです。僕はこれが自慢だ! 誰にも負けたくない。こんな風に思える事が一つあれば、人は幸せですよ。ちなみに僕は・・・あれ・・・何で負けたくないんでしょう!?」
「それは、私にはわかりませんよ。フュン様。ハハハハ」
ドリュースはこの時にフュンの配下で良かったと心底思った。
彼の明るい励まし方は、素直に心に染み渡っていった。
少しひねくれている自分に、すっと染み入るのは不思議な事だった。
◇
「私が一つ負けたくないもの。それはこれでしょうね・・・」
ドリュースは一度目を瞑ってから指示を出した。
「展開を早めます。全体を押し上げ。二列目の位置を加速に使います。なので、一列目。ここが、肝です。タイミングを合わせてください。いきます」
ドリュースが音頭を取った。
「せ~の」
一列目の兵士たちが武器を持ち上げて、一斉攻撃。
そこで、敵の隊列が乱れた瞬間に二列目からが突撃を開始した。
「私は、規律性で負けたくありませんね。足並みをそろえる大切さ。それを学校で、教えている内に、学びましたから・・・子供たちと共に、私もね・・・」
子供に教える事で、自分が成長した。
そう思えたドリュースは、アーリア一の規律性を持たせる指揮官となった。
元々が堅実で、それに加えてこの能力を得た事で、彼は補佐の指揮官として能力を得ていた。
自分がメインだと思っていたのは若かりし頃だけ。
この点を、歳を取った今に修正できた。
この補佐官という役職が似合うようになったと思う。
父を超えるなら、主でなく、補助。
天下人の副将となれば、父を越えられるはず。
ドリュースの新たな目標は、フュンやネアルの補佐としての指揮官だ。
「いきます。次は四列目でいきますよ。皆さんはまだまだいけますからね。前へ前へです」




