第385話 将対決 世が世であれば皇帝
将が消された敵左翼軍。
その崩壊は免れないはずだ。
重要な勝負の分岐点に将がいないのは、致命的だ。
そして同時期。
こちらのロビン軍右翼も大混乱の渦の中にいた。
原因は普通の混沌と訳が違うから、彼らは自分たちを立て直せなかった。
マールの乱し方が上手いだけじゃなく、ライスも彼の援護をして良く戦えていて、さらに、エレンラージの左側の乱し方は完璧だった。
混沌の動きを一度見た事で、理解していたのだ。
流石の搦め手である。
この両翼部隊が上手くいっているのも、中央が良過ぎるからだ。
その指揮を取っているのが、何といってもこの男である。
その男は不敵な笑みを絶やさない。
「ハハハハ。あれだあれ。あそこに三小隊いけ。フィックス。ちょっと背中を押して、皆をあそこに促してやれ」
「はい旦那」
「あっちもだ。二個でいいな。ナシュア。頼む」
「はっ」
ふらふらと街の中を散歩するように、戦場を悠々と歩く男の名は、ジークハイド・ダーレー。
アーリアが誇る十三騎士の一家。
ダーレー家の元当主だ。
これでも、ガルナズン帝国時代では、皇子様でもあったらしい。
見た目も雰囲気も、ただの気のいいお兄さんにしか見えない。
「そんな適当でいいのですか?」
「ん。メイファ。適当に見えるか」
「はい」
「そうか。じゃあ、よく見とけ。ここから、アホみたいに崩れるからさ」
ジークの目には、未来が映る。
それくらいに彼は戦場を良く知る男。
彼の師が、英雄フュン・メイダルフィアと同じだから、先が見えてしまうわけだ。
「それじゃ、ギルバーン。お前は分かるだろ」
「それは当然。ずらしていくんですね」
「その通り」
ここまではいつもの明るいジーク。
でもここからがキリリと引き締まった表情となる。
冷静な言葉から始まる。
「ここからは、全てが一瞬でなければならん。だから、ついて来い。メイファ。ギルバーン」
「は、はい」「わかりました」
二人の強者を連れて、ジーク自らが出撃する。
◇
ジークの走りに無駄がない。
戦場を真っ直ぐ走っているのだ。
これが異常に難しいことだという事に、戦場をよく知る二人が気付いている。
「なぜ・・・彼は、この戦場を真っ直ぐ走れるの・・・えぇ?」
「メイファ。あの人はやばい人だ。強すぎるぞ」
正面にいる敵を斬る時に、急ブレーキと急発進を繰り返す。
すると、敵の目がおかしくなっていく。
ジークが一瞬現れて遠ざかり、また近づく。
これらの連続となり、距離感が狂っていくのだ。
今は遠くに? 今度は近くに?
敵兵士たちは、ジークの姿を完全には捉えられない。
彼の進軍を塞ぐようにして、前に出ても、彼の巧みさが相手を上回り続け、進軍を遮る事も出来ない。
明らかに異質な存在となっていた。
「ありえないわ。太陽の戦士でも出来ない」
ジークが、敵を斬りながらメイファの声に答える。
「いや。俺ね。ある時ふと強くなったんだよ」
「え?」
その余裕は何だ!?
何事にも動じないメイファの動きが一瞬止まった。
「妹一人。シルヴィアを守るだけに命を賭けていた時とは違ってさ。なんだか急激に強くなったんだ。それが顕著に出たのが、フュン君がアーリア王になってからだな。彼の為にも、何かしてあげなきゃとね。思った瞬間には力が上がってたのさ」
「それはまるで・・・・太陽の戦士ですね」
ギルバーンも並走して会話に参加となる。
「ああ。そうなんだ。でも俺は太陽の戦士とは違うだろうけどね・・・だけど。フュン君の力にはなりたいよ。彼は俺の大切な弟だからさ」
「・・・そうですか」
「ああ。そうだよ。俺は、あいつの分も、彼を見てあげないとさ!」
ミランダ・ウォーカーの老後の楽しみ。
それが、フュン・メイダルフィアの行き着く先なはずだ。
何かを成し遂げる男だと、自分同様に彼女も信じていたはずだから。
たぶんそれが、彼女が見たかった景色。
だから代わりに見てやるよ。
それがジークの生きがいとなっていた。
「ん。あれが将か。真ん中にしてはやや前にいるな」
中央軍の前方側。
敵の本陣にしては、前よりだと思った。
ギルバーンがその事態に気付く。
「なるほど。奴だ。特徴がそうです。ジーク殿。あれが、サイードです」
「ほう。左右に移動する将と聞いたが、今日は本陣手前にいたってわけか」
二人の会話の後にメイファが続く。
「迂回しますか? ここは、全体を混沌状態にするのが先でしょう」
「いんや。このままいく。時間が勿体ない。混沌が始まったばかり。この戦術は速攻が良い! 時間が経つと効果が薄れていく」
「しかし、足止めをもらえば、あなたが本陣を指揮しているんですよ。戦術自体の失敗がありえる!?」
「いいや、大丈夫だ。心配すんな。すぐに終わらせる」
「え?」
「二人とも一瞬指揮を頼むぞ。俺が出る」
本体から少し離れて、ジークが一人で突出。
敵陣に入った。
◇
「だ。誰だ。それに動きが他の将とは別物だ・・・」
見た事のない人物が、急に目の前に現れた。
左右に移動して戦っていたサイードは、レオナ軍左翼の将たちのほとんどと戦ってきた。
だから、知らない将が突然来たので、戸惑う。
「じゃあな。悪いな。あんたに口上する余裕がないからさ。命が軽くなってしまうのが、申し訳ない」
走りながら刀を取り出して、彼を通り過ぎようとする。
武器を取り出したのに、それが動いたようには見えない。
「お前! おれを無視するな・・・」
今までサイードに大苦戦してきたレオナ軍の将たち。
ジークもまた苦戦をするかと思われた。
しかし、彼の銀の剣筋。
これがサイードには見えていなかった。
「あれ・・・なんだ。通り過ぎた!?」
ジークの走りが止まることがなく、いつの間にかサイードの後ろへと回っていた。
彼はそのまま本陣を目指して走っていく。
「ま、待て。何逃げてるんだ。お・・れと・・・」
サイードが後ろを振り向いて手を伸ばした。
服の切れ端でも掴んで、ジークの動きを止めようとすると、自分の視界がぐらつく。
「目がおかしい?? あれ・・・なんだ」
そこに二人も通りがかった。
「あなた・・・まさか!」
メイファが顔を覗く。
「斬られたことに気付いてねえんだな・・・化け物だ・・・あんなの剣の達人にしか出来ねえだろ。ジークハイド・ダーレー・・・戦姫の兄か・・・」
サイードの様子がおかしい。
彼はすでに斬られているのに、全く気付いていない。
信じられない事に、普段通りにしているのだ。
ジークの剣技は、それくらいに鮮やかだった。
もしかして、自分たちよりも遥か上の実力者じゃないのか。
メイファとギルバーンは平静を装っているが、内心はジークの真の力にたじろいでいた。
あれほどの強者。
もしかしたらアーリアでも最強クラスなのではないかと。
「ああああああ。お前らも俺を無視するのか」
怒りを露わに大声を出しているが、サイードの言葉に力がない。
「無視じゃないわ。違うわよ。あなたはもう・・・」
「悪いな。サイード。この世にいる人間としか、俺たちは戦えねえからさ」
二人がそう宣言すると、ジークを追いかけるために走り出した。
「ま、待て。この世に?・・・あ・・・え」
サイードの視界が徐々に暗くなっていくと、彼の足には力が入らなくなり、自然と倒れていった。
「まさか・・・・俺は・・・もう・・・・まけ・・・ていた?」
自分が敗北したことも知らない。
そんな一撃を繰り出したジークが化け物であることが分かる一戦だった。
◇
ジークは敵を斬った後も走っていた。
暫し走って敵大将がいる陣を見る。
「あれだな。イハラム。あれがそうだろう」
二人が追い付いた。
「ジーク殿。どうするんですか」
ギルバーンが聞いた。
「ああ。あそこまで行けば大丈夫だ。俺が足を止めて奴と戦う。二人は、奴の周りを乱してくれ。そうすれば、マールが混沌でここを狙うはずだ。裏から絶対に来る」
「わかりました。メイファ。やるぞ」
「ええ」
ジークの計画は、混沌の中心地を生み出す事。
敵軍の端に混沌を生み出しただけでは、本来の威力を発揮できない。
だから、敵本陣を罠に嵌める為に、少々無理をして敵に突っ込んだのだ。
知勇を併せ持つのがジークである。
「それで、君がイハルムか。まだ若いな。正直もう少し歳を取っているのかと」
「私が若い? もう二十は超えています」
「そうか。でも十代に見えるな」
想像以上に若い。
でもこの軍を見事に指揮している事から、かなり優秀な軍人だ。
副官もサイード一人だったし、左右に将がいないのに、統率の取れた兵士たち。
これらだけでも十分に素晴らしい才がある。
それでいて、目の前の男は戦える。
武勇もある男のようだ。
「サイードは? 無視したのですか」
「ああ。君の配下のサイードは倒しておいたよ。悪いね」
ちょっと買い物がてらに倒した。
くらいの軽いノリのジークだった。
「な!? 彼が・・・」
あの彼がやられるとは信じられない。
イハルムはサイードの強さだけを信頼していた。
その他は知らない。
「それで、君も俺とは戦わない方がいい。敗北を宣言してくれないかな」
「なに? 私に負けろと。戦ってもいないのに?」
「ああ。君では俺には勝てない。俺に勝つには、ゼファー君くらいを呼んでこないとね。うんうん」
アーリア最強の男じゃないと、俺の相手は務まらない。
ジークの自信あふれる言葉だった。
「私は負けません。ウォルフ様の為にも、私は負けられない」
「ウォルフね。君にとって重要な人かな。大切みたいだね」
「当然です。私を拾ってくれた方に、恩義を返す機会がようやく訪れたんです。ここが、その場だ。なんとしてでもこの戦場で勝つ」
「ふむ・・・いい感じの子だな・・・そうか。こんな子がいるのに、こういう事態が訪れるのか」
アーリアも気を引き締めねば、いつかはこのような内乱が起きるかもしれない。
王以外の人への忠義が、家臣団の誰かにあれば、このように崩れる恐れがある。
そして、今のアーリアは、愛する妹が王妃なのだ。
だからアーリアには忠誠を誓っている。
それに、妹が最も大切にしている男性が国王である。
兄としては、何としてでもこの二人を守り、二人が作ったアーリア王国を盛り立てていかねばならないと、ジークは兄の立場からも、ダーレーの立場からも二人の事を思っている。
「どういう意味ですか」
「君は人を大切にしているようだなってさ。そんな子がいる軍なのに、上があれじゃな。やはり、国のトップ。組織のトップ。それが優しい人物じゃなきゃいけないんだな」
部下に良い子がいても、最後を決めるのは結局トップ。
アーリアはフュンが君臨してくれているから、優しい政策が通っていく。
次々と人に良い内政と外交になっていくのだ。
全ては、彼が努力して、偉くなってくれたおかげだ。
優しい人物が出世する世の中は、中々来ないだろう。
だからこそ、今がチャンス。
国を良き方向に導くのはフュンの時代でなければならない。
ジークは、この時代ごとフュンに賭けている。
「でもな。普通は、君みたいな人物も、世間の荒波に浸かると。変わるんだよな・・・だからフュン君が異常なのかもな。あの子、出会ったら頃からあれだよ。ハハハ。おかしいのかもね」
歳を取っても、立場が偉くなっても。
フュン・メイダルフィアは、いつまでも変わらぬフュン・メイダルフィアだ。
あの馬車で立ち往生していた時に会った彼と、今の王様の彼は全くの同一人物だ。
今の彼があの頃に戻っても同じことをするだろう。
性格も、考えも、何もかもが変わらない。
不変の王様だ。
「ふっ。だから変わらずにいる事もまた稀有な才能なのかもしれない。彼を見つけた俺の目。それに狂いはない。正しい。俺はあの頃から凄いよな。だからな、俺は天下の大商人で間違いないよな。ミラ。ヒザルス。ハハハハ」
見定めた価値が完璧だった。
商人として完璧な商品を手に入れた。
人質という彼の価値を下げる立場がついて回っても、彼はそれを乗り越える価値を付加価値として生み出した。
投資に成功したともいえる。
「さっきから何を言っているのでしょうか?」
「ああ、ごめんね。そうだな。君にもいずれ分かるだろう。そうだ。俺が勝ったら、あっさりと捕虜になってくれ」
「捕虜?」
「ああ。君をここで死なせるのは惜しいな」
「私に勝つ気ですか」
「ああ。俺は一応戦姫の兄なんでね。誰にも負けられない。シルヴィにだけは、カッコいい兄であると思ってもらいたいのさ」
戦姫シルヴィアの兄。
その強さを知る者が少ないのに、これを宣言するのは、彼女の兄である事に誇りを持っているからだ。
「よし。じゃあ行くよ」
会話から唐突な戦いであった。
後手に入るのが、イハルム。
ジークの剣が見えない。
彼の剣が速いのでなく、滑らかに移動しているので、予測が立てられないのだ。
「ん!? これは、速すぎる!? なんだ。この剣筋」
「ほう。俺の剣を防いだか。中々やる。アーリアでもトップクラスだな」
これはたまたまだ。
焦るイハルムは、顔の前に来た剣を受け止めた。
「君は我流?」
「そ。そうですが。何か?」
「うん。俺と似たような雰囲気の剣だな。面白い素材。逸材だな」
帰ったら鍛えてやろう。
ジークは次に本気を出すことにした。
「じゃあ、次が本番ね。ちょっと本気を出す」
「え?」
今のが本気じゃない。冗談だろ。
と思ったイハルムは、後ろに一歩下がった。
「ごめんよ。ちょいと痛いのさ。ほい!」
本気になったらしいジーク。
その姿が初動で消えて、次現れた瞬間には、超至近距離のゼロ距離にいた。
懐に入られていることにも気付かない移動。
静かで、無駄のない動きだった。
これが美しいと思ったイハルムは、少し見とれていた。
攻撃が入る前にイハルムが呟く。
「私の負けか」
ジークの攻撃を受け入れていたのが見えたジークは、イハルムの胴を斬る動きをしてから、剣を納める。
「ってな感じでね。本気で打ち込めば、君の胴体が真っ二つ。だから負けを認めてくれるかな。捕虜。お願いだよ」
「・・・は?」
死を覚悟していたイハルムは呆気に取られた。
ジークの飄々とした態度に疑問を持つ。
「わ、私を殺さないんですか」
「え? 聞いてなかった? 俺は捕虜にするって言ったんだけどな」
人は彼を風来の大商人ジークと呼ぶ。
誰も彼の考えを理解できない。
彼は、世が世であれば、やる気があれば、本気であれば、大事な妹がいなければ。
ガルナズン帝国皇帝になってもおかしくない人物。
天下を取ってもおかしくなかった男は、いつも飄々としていて、本心を隠して生きていた。
それは大切な妹を裏から守るため、その大事な妹の大切な人を裏から支える為である。
そして今、ここで表に出てきて本気を出したジークを止める事が出来る者は、この世界にほとんどいないだろう。
それほどの異才を放っているのだ。
ジークハイド・ダーレー。
天下を取っても良かったはずの男は、アーリアを支えるダーレー家を作り上げるのである。
彼が作り上げる事になる。
新たなダーレー家は、後の世で非常に重要な役割を果たすことになるのだが、それが分かるのは、この先の世界。
そう今の私たちの時代のダーレーである。




