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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 最終決戦 オスロ平原の戦い 帝都決戦

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第383話 将対決 スクナロ・タークの戦い

 アーリア歴8年1月1日午前9時11分。

 この日の戦争開始から約十分。

 前日の死闘からは一旦落ち着くはず。

 両国が慎重に行くはずだと、思われたわけだが、ここに来てレオナ軍が朝一番に突撃を仕掛けた。

 最初から全速力で、全体が一気に駆け上がる形。

 これに面を食らうのがゲイン。

 というスタートだったのが、本日の始まり。


 思わぬ形が、初手で起こり、ゲインでも動揺していた。


 「何、いきなり攻撃だと。どういうことだ」

 「そんな事。どうでもいいだろ。俺様も出る」

 「待て、何かあるはずだ。そんな単純な男なわけが・・・」


 ゲインはかなり警戒していた。

 前日フュンとの騙し合いに負けた事が、身に応えたようだった。

 何か策を講じているから、こんな無謀な攻撃で始まっている。

 彼は、深く考えすぎていた。


 ゲインはあらゆる事態を想定して、あらゆる策を講じておいて、その中で最も合理的なものを選択する。

 それが彼のやり方で、それがまさしくフュンと似ている部分だった。


 だがしかし、ここで唯一似ていない点によって違いが生まれる。

 それは、フュンには熱き魂が体の中に眠っているのだ。

 彼はサナリアで生まれ、サナリアで育った。

 根底にあるものは、武の心。

 武人の魂も持っているのである!

 だから、ここは気持ちだったのだ。

 打算。計略。作戦・・・ここにそんな感情はない。

 彼はただ目の前の邪魔な敵を倒しに来ていた。


 ◇


 「いきます。全力前進。全開で、あたれ! 帝国軍!!!」


 フュンの渾身の命令指示が全体に届く。

 勢いを以てして、敵の陣と衝突した。

 ぶつかり合う最初の一撃の勝者。

 それは勢いのあるレオナ軍だ。

 走りでも攻撃が加速しているレオナ軍の攻撃は、一気に波状攻撃になる。


 「食い込め。相手の急所を抉るんだ」


 押しに押す。

 無策で無謀な力押しだった!!!


 ◇


 「まさか。ただの力押しだと!?」

 

 ゲインは敵のまさかの行動に、あれこれ考えずに、前へ出ればよかったと後悔した。

 最初から攻撃をしておけば、先手を取れたかもしれない。



 突撃からの最初の十五分で、レオナ軍はロビン軍を押しに押した。

 これだけで、実際にロビン軍を後ろに下げたのである。


 ここまでのフュンたちの怒涛の攻撃は素晴らしかったのだが、ここからゲインが反転する。

 勢いに負けていようが、安定させることが出来るのがゲインの強み。

 彼の巧みな指揮で、互角に持ち込んだ。


 「どうだ。これでなんとか・・・」

 「ゲイン様」

 「なんだ。こんな時に」


 前に集中したいゲインは、伝令兵に怒りを露わにした。


 「それが」

 「ああ、早く言え。時間が惜しい」

 「それが、敵が後ろから来ました」

 「なに? 後ろ!?」

 「はい。帝都城の北。南。双方から一万ずつの兵が来ました。見た事のない。荒々しい連中だったと」

 「なんだと。どこに伏兵を。まさか帝都にか・・・いやありえん。隠れるとしたら、東の森林地帯か・・・しかし、だったら帝都から連絡があってもおかしくない。帝都を横切ったんだ。ロビンが教えてくれても良かろうに」


 ゲインは、そんな事があれば、孫から連絡があるはずだと思った。

 しかしこれはもうできない。

 帝都はすでにレオナが掌握している。

 それにこの援軍が通り過ぎる頃は、帝都城は慌ただしい事態を解決しようと動き出している時で、見張りの兵も外を気にする余裕がなく、内側の対処で精一杯だった。


 「それで、後ろと前が混乱に・・・」


 前後の挟撃。でもまだ、包囲には至らないので、これならば後ろの少ない援軍の方に向かって逃げれば勝ちだ。

 ゲインが指示を通そうとした瞬間。フュンの声が聞こえた。



 ◇


 「みなさん。信じてますよ。僕らの混沌を始めます」


 全体に声を届ける。

 

 「混沌の奇術師(カオスマジシャン)ミランダ・ウォーカーの弟子フュン・メイダルフィアが宣言する・・・最高の師である彼女に、この混沌を捧げる・・・のではなく、僕なりの混沌を作り出します」


 フュンが敵味方に宣言した。


 「混沌の魔法(カオスマジック)を始める! 帝国軍よ。そしてウォーカー隊の皆! 最後の勝負だ。いくぞ!!!」

 「「「「おおおおおおおおおおおお」」」」


 フュン渾身の混沌。

 『混沌の魔法(カオスマジック)

 一軍じゃなく、三軍全て、しかも全体を混沌に誘って、大混乱へと導く魔法。

 敵に混乱という魔法をかけてみせると、意気込んで発動させた。

 

 彼の狙いは大混乱からの大乱戦。 

 そしてそこからの本命は、それぞれの敵将を狙う事だった。


 ここからは、各地が最終決戦となった。


 ◇


 9時38分。


 この短時間で、敵将にだけ向かって、一気に辿り着いた男がいた。

 この男は、三軍の中で最速を記録したのだ。

 ミオリコの前に立つ男は豪快に笑う。


 「ガハハハ。貴様がミオか」

 「お前。誰だ。見た事ない」

 「俺の名は、スクナロだ。勝負だ勝負。面白そうな奴を発見したぞ」


 右翼軍の左翼部隊将スクナロ・タークは、敵の大将との一騎打ちを所望した。


 「父上。彼女は私の相手です」


 隣に立つ娘が、文句を言いたそうにした。


 「却下だ。お前じゃあ、あれは倒せん。相性が悪い」


 敵の本質を見抜いた。

 豪快なパワー型のミオリコと、速度型の娘では相性が悪い。

 スクナロは、だから自分が戦うべきだろうと思っている。


 「いいえ。駄目です。私です」

 「駄目だ。お前は別な奴を探せ!」

 「いいえ。私です」

 「駄目だ。俺がやる」


 変な親子喧嘩が始まったので、リエスタの影からジーヴァが現れた。


 「スクナロ様。リティ。おやめになってください。ここは戦いの場ですよ。家じゃありません」


 家庭での仲裁役のジーヴァ。

 いつものように懸命に言い合いを止めようとした。


 「おい。ジーヴァ! 嫁に言ってやれ。お前じゃ無理だって」

 「ジーヴァ。父上を説得してくれ。この頑固おやじ。お前の言う事しか聞かないから」


 二人がいつも頼るのはジーヴァ。

 親子で解決して欲しいのに、といつも思う彼は苦労をしているのだ。


 「なんだと。この馬鹿娘。いつもいつも、ロイをほったらかしにして」

 「父上が面倒見るというから、私はお任せしただけです」

 「んんん」「んんん」


 似た者親子の喧嘩だと、ジーヴァはため息をついた。


 「はあ。いいですか。スクナロ様。リティ。あちらのミオリコ殿も困っていますよ。なので、ここは公平にじゃんけんにしてください。もうこんな事で僕が仲裁するのも大変です。勘弁してくださいよ」

 「うううう」「ええええ」


 親子揃って不満顔だ。


 「いいですか。お二人とも。このままなら僕はここから立ち去ってフュン様の方の護衛になります! 正直言って面倒なので、そうしたいです。フュン様ならこんな意味不明な事言いませんもん。仕事をするなら、フュン様とがいい!!!」


 あんたらいい加減にしなさいよ。

 とは嫁とその父には言えないが、それくらいの事を言っているつもりである。


 「そ。そうだな」「わかった」

 

 二人が渋々承諾して、じゃんけんをし始めた。

 戦場で、しかも相手の前で堂々と、じゃんけんをする馬鹿親子。

 とんでもない二人だが、これもまた家族の形である。

 仲良しだから許して欲しいと、ジーヴァは彼らの隣で思っていた。


 「おおお。俺が勝ったな! よし、リティ。お前は下がってろ」

 「ふん! 父上、負けたら私ですからね」

 「ああ、負けたらな」

 

 意地でも勝てとは言わない娘を無視して、スクナロがミオリコの前に立つ。


 「俺とだ。いいな」

 「うん。いいぞ」

 「よし。よーいどんでやる。いいか」

 「うん」


 スクナロが声を一つ大きく出した。


 「よーい・・・どんだ!!!」


 巨体を駆使した豪快な戦闘が始まった。

 二人の攻防は大地を揺るがす。


 ◇


 スクナロ・ターク。

 この時67歳。

 軍務なんて引退してもおかしくない年齢に加えて、戦いをするに肉体が衰えていてもおかしくない年齢だ。

 しかし、現在のスクナロは、若い頃のスクナロと変わりがなく。

 肉体的な衰えが来ておらず、大柄な体躯を維持したまま、いつもの豪快な戦闘が出来ていた。


 娘であるリエスタと訓練が一緒に出来るほどに、彼は現役世代と互角に戦える。

 猛将は、いくつになっても猛将なのだ。


 「おおお! お前。いいな。ミオリコだったな」

 「そうだ」


 スクナロは久しぶりの戦場に来て高揚していた。絶好調の状態が続く。

 それに対して、ミオリコの方も彼みたいに笑っていた。

 同タイプの戦い。攻撃が当たる楽しさがあった。

 リエスタとの戦いだと、相手が速すぎて空振りばかりで楽しくなかったのだ。


 「うん! いいな。お前。そうだ。決着の前に話を聞いておこう」


 スクナロは、次の一撃で勝負を決めようと考えていたので、その前に話を聞いてみようと思った。


 「なんだ?」

 「お前、なぜそちらにいる? お前みたいなのは、もっと良い戦場にいた方が良いと思うが?」

 「良い戦場?」

 「ああ、お前からは武の匂いだけがする。将の匂いがしない。この戦場見た感じ、ルヴァンは将の匂いが多い」

 

 スクナロは戦場の雰囲気を感じ取った事で、ミオリコを理解した。

 お前の匂いは武人の匂い。

 それはアーリアの特徴でもあると、自分たちに似ていると感じたのだ。

  

 「知らない。敵、倒すだけ」

 「うむ。それが良い。よし。お前はいい感じだからな。こっちが引き取ろう」

 「引き取る?」

 「お前。俺が勝ったら、その泥船、降りろ! こっちのいい船に乗れ!」


 ボロボロのオンボロ船に乗るよりも、フュンが作ってくれた良い船に乗れ。

 仲間になれとの言い回しが独特だった。


 「え?」

 「大人しく捕虜となり、こっちに来い」

 「なんだと」

 「俺たちの中に来い。武闘大会で、腕を競い合おう。俺たちと一緒に武の高みを目指せるぞ」

 「・・・武の高み!」


 ミオリコは心が揺れた。

 強さを求めてカスターニャの配下になった彼女。

 でも、戦いがほぼなく、自分の実力を披露する機会がない事にやや不満があった。

 それに、ウォルフ・ゲインの軍に、武人が少ない。

 武を競い合う人間が少ないので、ここにも不満があったのだ。

 でも目の前の男から感じる匂いは、圧倒的な武。

 力と力。技と技。

 自分の力を余すことなく出せる。

 そんな場所が、この世界にあるんだと、心が踊っている。


 「そうだ。来い! 俺が連れていってやろう。俺の義弟が作った。アーリア王国。そこは、どんな人間も受け入れる。最高の国だぞ! お前が元敵でも関係ない。なにせ、義弟から考えれば、国の仲間たちは敵だらけとなるからな! ガハハハ」


 ガルナズン帝国には、貴族社会があった。

 イーナミア王国には、奴隷社会があった。


 しかし、アーリア王国には、人の身分に対する制約がない。

 どんな人間にも等しく機会が訪れる。

 そんな国だ。

 これは、おそらく、アーリア大陸で初の国だろう。

 それがしかも統一国家として誕生したのだ。

 だから、この先のアーリア大陸には、他の考えが入って来ない。

 ガルナズンとイーナミアがどこかに存在していれば、彼の考えとは反対側の考えが、再び湧き上がってくるかもしれないが、今の一つの国家しかないアーリア大陸では、あれらの考えに固執する者は出て来なくなるだろう。


 貴族の傲慢さも奴隷の理不尽さも、これらは国と人の成長に邪魔である。

 

 フュンのこの考えに、スクナロは感銘を受けていた。

 それに自分も一応は貴族の形となっているが、今は武の家として自由に振舞えている。

 これがまたガルナズンの頃よりも、暮らしやすいと思う要因だった。

 余計な事を考えずに、自分の好きな事をして暮らせるスクナロは、今が一番幸せであると思っているのだ。

 だから、不自由そうに見えるミオリコが気になった。


 「いいか。俺が勝ったら言う事を聞け! アーリアにいくぞ。そこでまたお前からの武の挑戦を受け入れよう」

 「・・・・わかった。面白そうだ・・・でも、こっちが勝つ!」

 「おお! いいぞ。その心意気。やはりお前の血に流れるのは、武人の血だ。素晴らしいぞ」

 

 提案を受け入れる。でも勝つのは自分。

 武人らしいその心意気が大好きだ。

 スクナロと、ミオリコは、自分の全ての力を出して、勝負をした。



 ◇


 「おおおおおおおおお」

 「はああああああああ」


 一撃。二撃と互いの武器がぶつかり合うと、『ミシっ』と武器から音が鳴る。

 二人のとてつもない攻撃力に武器が耐えられない。 

 それくらいのぶつかり合いだった。


 「これでどうだ」

 「まだ・・・まだだ」


 スクナロの渾身の一振りに、すぐに反応したミオリコ。

 彼女の武器がスクナロの武器とぶつかり合った瞬間。


 「「な!?」」


 互いの武器が崩れた。

 刃から柄まで、がけ崩れかのように、全部が根元から壊れていく。


 でもここで経験の差が出た。

 スクナロは次の行動に移っていた。


 「ミオリコ! お前は十分よくやった。しかしまだ経験値が足りないようだ。俺が鍛えてやろう。ふん!!!」


 右拳をミオリコの顔面に!

 スクナロは相手に遠慮せずに、殴りかかった。

 

 「しまっ!? ぐおおおおお」


 ミオリコをぶっ飛ばして、スクナロは豪快に宣言する。


 「連れて帰る! いいな。リティ。ジーヴァ!」

 「もちろん。次は私が戦う」


 ミオリコとまた戦いだけのリエスタと。


 「ええ。はいはい。またですね。僕の仕事が増えますね」


 家にはミオリコと似たような子がいるので、ジーヴァはまた武人を育てる気なんだと、呆れていた。




 

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