第382話 帝都決戦 私の運命はあの人たちに委ねた
「死ね」
「間に合え」
レオナは二つの声を同時に聞いた。
その瞬間になぜか。
体が後ろに引っ張られて宙を舞う。
何が起きたのかを分からずに、そのまま落ちて尻餅をつく。
「イタ・・・え!?」
転んだ拍子で見えたのが、前に立つギャロル。
彼の背からは、貫かれたナイフが見えた。
「え・・・ギャ、ギャロル!!!」
◇
「ごふっ・・・ク、クロ。お前にしたらなんだか動きが遅いな? どこか怪我してたか?」
口から血を出しても、笑顔のギャロルはクロに話しかけ続ける。
「わ、悪いな。おれっちも死ぬけど、お前もだな。一緒に地獄に落ちるか」
「がはっ・・・ぎゃ・・ギャロル兄様?」
二人は相打ちだった。
クロがナイフを突き刺した瞬間には、ギャロルも彼の背を剣で突き刺していた。
「兄弟で逝けば、まあ。なんとなしに大丈夫だろう」
「ああ・・・兄さん・・・もうし・・わけ」
先に死んだのはクロ。
彼の方が、傷が深い。
ギャロルの一撃の方が致命傷となるものだった。
「ごほごほ。おお。こいつはやべえっしょ」
「ギャロル!」
クラリスが駆け寄って手を握りしめた。
「どうしてギャロル。ああ、うちが・・うちがもっと・・・強ければ、クロに気付いていれば・・・・」
「ああ。それは違うよ。姉さん。おれっちって結構姉さん好きだからさ・・・それに俺は姉さんから大切にしてもらったよ。十分ね。それだけ、伝えておくよ」
「ギャロル。ギャロル!!」
「おお、意外と姉さんもそんな顔するか・・・おれっち。弟だったみたいだな」
「当たり前でしょ。あなたはうちの大切な・・・大切な弟だよ」
「うん・・・おれっちも大切だ・・姉さん。ロビン姉さんを・・・マルベーニ家で支えて・・・あげて・・・くれ」
握った手から相手の力が伝わってこない。
この先を姉弟で共に歩めない。
クラリスは大粒の涙を流して、ギャロルの頬に顔を寄せた。
そして。
「おい。クロ。クロ。起きてくれ・・・クロ」
唯一の兄弟だと思っているクロの死。
家族を家族だと思っていない男が、周りを気にせず取り乱していた。
「クロ! 起きてくれ。私を一人にしないでくれ」
ロビンとクロは言葉を交わすことが出来なかった。
彼はほぼ即死だったからだ。
一撃で仕留めるギャロルにも、相当な武力があった。
「そんな、二人も!?・・・いいえ。駄目です。これでは駄目だ。私はやらねば・・・」
レオナはギャロルの想いに応えるために、自分の顔を叩いた。
「戦いをやめなさい。兵士たち。センシーノ」
レオナの声に反応がない。
だから彼女の声が迫力のあるものと化す。
「やめろと言っています。あなたたちは、言う事が聞けないというのか!」
「「・・・」」
玉座の間が静まり返った。
レオナの言葉が敵を威圧して、センシーノらの戦闘を終わりにした。
「これで、この戦いは終わりにします。この男。ロビン・ブライルドルを国家転覆罪で裁きますので、これに加担したあなたたちも裁きます。ですが、今大人しくしてくれれば、あなたたちの罪は軽くしますので、言う事を聞きなさい。聞かない場合。私は有無を言わさず処刑にします」
反乱の罪なのだ。
有無を言わさず処刑でも問題ない。
でもレオナは、そんな女性ではない。
有無は言わせる。その中で公平に裁くのが、彼女だ。
「そんな。ギャロル。おい」
センシーノもこちらに振り向いたことで、ギャロルの死に気付いた。
「起きないのか・・・ギャロル」
「センシーノ。うちが悪いんだ。うちがもっと強ければ・・・いやうちがもっとギャロルを見ていれば」
亡くなった弟を揺り動かしているクラリスは、まだ大粒の涙を流していた。
悲しみがどこまでいっても付き纏う。
「姉上。いや、それなら俺がロビンの近衛兵くらい簡単に倒せていれば、こっちの戦場に・・・」
センシーノは言葉の途中で、死んでいるクロを見た。
彼を貫いている攻撃の正確性に、ギャロルもまた強き男なのだと思う。
「ギャロル。クロをよく倒せたな。偉いぞ・・・」
影の力を持つクロを影の適性のないギャロルが倒す。
その行為の難しさにセンシーノは気付いた。
レオナの周りの事を常に警戒していないと、出来ない事だからだ。
ギャロルは護衛として、完璧な仕事をしていた。
それがよく分かると、更に無性に悲しくなる。
それでレオナも一つ思い出した。
この事に最初から気付いていた人物が、フュンだった。
彼は、ギャロルの事を出会った瞬間に褒めていた。
よく守れていますよと言ってくれていたのだ。
ここでもフュンの目が確かなものであった。
「そうです。私が全ての元凶。クラリス。センシーノ。申し訳ない。ギャロルを死なせたのは私の責任です」
二人の間に立って、二人と同じように涙したレオナは、敵を制圧してから涙を流した。
その気丈な心が、まさに皇帝に相応しい女性であるのだ。
「「姉上」」
「ええ。ですから、後で泣きましょう。ギャロルのおかげで、この男は停止しました。私たちが裁きます」
ロビンは止まっていた。
クロを失った悲しみに支配されて、何も考えられなくなった。
ここがレオナとの違いだった。
「クロ・・クロ」
泣いている男の後ろに立ったクラリス。
憤怒の感情に支配されていた。
握り締め過ぎている剣からは血が滴る。
「貴様のせいで、うちの大切な・・・殺す」
「待て、姉上。駄目だ。こいつにはしかるべき措置が無ければ、罪を償ってもらわないと」
「でも、ギャロルが」
「わかっています。俺も悔しいです」
センシーノは、ロビンを殺そうとするクラリスを止めてから、ロビンの近くまで動いた。
目の前にまで立つと、涙を流してクロを抱いているロビンの顔を強引に上げさせた。
こちらを見てもらおうとしたが、目が虚ろで、この世を映していない。
こんな奴の為にギャロルがやられたと思うと、殺してしまいたいくらいだった。
「これは、ジュー兄の分ですぞ。レックス将軍を脅した罪はこれでいいらしいです。兄上!」
右手に込めた力は、人生最大の力。
握りしめた拳から血が出るほどの力で、センシーノはロビンの顔を殴った。
強烈な拳で、彼の頬の骨を折り、歯も数本飛び出た。
「ぐあっ・・・・ああ・・・・ああ・・・クロ・・・・く・・・」
痛みと悲しみで、ロビンが気絶した。
「止めます。帝都の戦いを止めてみせます。連絡を出します」
玉座の間から、レオナからの言葉を用意する。
◇
アーリア歴8年1月1日。午前9時2分。
レオナの声が帝都中に届く。
「こちら、レオナ・ブライルドルです。今回の戦いをやめてください。帝都の兵よ。あなたたちが、この命令に従わず、今も戦いを続ける場合には、今度こそ正式に反乱軍とみなします。その場合は容赦なく処罰をしますので、武器を置いて戦いをやめてください」
停戦命令から始まるレオナの言葉だった。
「私、レオナ・ブライルドルは、皆さんからの温かい応援のおかげで、正式な後継者選挙に勝ちました。しかし、勝った翌日から始まる罠に、私は嵌められてしまいました。あらぬ罪を兄から着せられ、帝都を負われる立場となってしまいました」
帝都民にとって初の情報がもたらされる。
それは情報操作をしてきたロビンとクロの証言とは異なったものだ。
「ロビンは、皇帝とアーリア王を殺したのは自分だと言っていたと思います。レオナが皇帝に早く就きたいから殺した。そんな意味の分からない理由で殺したと言っていたでしょう。しかし、お二人は生きています。今、陛下はこちらに向かってくださり、そして今、私が皇帝になるために、アーリア王があちらで戦ってくれています」
レオナは西の平原を想像してくれと、お願いを込めて言った。
「敵はロビンの祖父ゲイン・フーラー。奴の狙いが何か。それが定かではありませんが、これは帝国への明らかな敵対行為。だから反逆者として私たちは奴らを裁きます。みなさんは、今までフーラーの家のせいで、戦いに巻き込まれてしまったのです。ですから皆さんは反逆者じゃありません」
私と敵対したからと言って、あなたたちは事情を知らない民。
だから裁くことはないので、安心してくださいと、宣言した。
「私は皇帝となります。ですが、私はとある思いがあるのです。私は皆さんに支えられて生きてきました。この一年。今までの人生では味わえない。とても濃い一年でした。反逆者にさせられても、兄弟が助けてくれて、それに不安定な立場の私でも、北の兵士たちは親身になって支えてくれました」
感謝。全てに感謝して、レオナは成長する。
「私は、皆に助けられたのです。そして今も皆のおかげで、帝都城を奪還出来ました。それで、最後の仕上げがあります。それが、反乱を起こした張本人。ロビン。そしてゲイン。この二人を確保出来たら、私は正式な後継者に戻りたいと思います。しかしそれ以外であれば、私は皇帝になる事を放棄します」
その宣言に周りの人間たちも驚く。
「でも私は信じてます。今のあの軍は、オスロの北方軍。それとアーリア王とアーリア人の方々が協力してくれています。だから、ゲインにも負けないはずです。彼らはとても強いんです。想いが繋がった軍は、ゲインにも負けないと思っています。だから私は、信じてここで待っています。私は、必ず皇帝になります。だって、あの軍は・・・アーリア王は勝ってくれますから。だから皆さんも信じて欲しい。私たちはアーリア人とも友好条約を結べるはずなんです。こうやって協力して生きていけるはずなんです。だから、今後のオスロは、共に頑張りましょう。新たな帝国像を築いて、皆で平和の為に頑張りましょう。これを機に、オスロ帝国は生まれ変わるんです」
悪しき者に占領されて、別な国のようになってしまったオスロ帝国。
だったら逆に、新しい皇帝となる私が、新たな帝国を作ってみせる。
それを皆さんと一緒に。
レオナ・ブライルドルの新帝国宣言。
新年早々。
めでたい日に相応しい。
新たな王の新たな門出のお言葉であった。




