第381話 帝都決戦 運命の交錯地点
8時53分
三階にある玉座の間まで走るレオナたち。
途中で向かってくる兵士たちの数は、一人か二人くらいなので、三階にいたほとんどが大階段の方に向かったと思われる。
敵を斬ったセンシーノが先頭を走る。
「もうすぐです。急ぎますよ。姉上」
「はい。センシーノ。気をつけて、入る時にも罠があるかも」
「わかっています」
扉を開ける際が一番危険。
警戒しながら、センシーノが先頭になって扉を開ける。
その次に、黙々と自分の仕事をこなすギャロルが、レオナの前に立ち、守る体勢に入っていた。
レオナの背後は、クラリスがいた。
「開けます」
センシーノが扉を開く。
部屋の奥で、皇帝の座にいたのが、ロビンだ。
まだ皇帝じゃないのにそこに座り堂々としていた。
「来たか」
「ロビン!」
「センシーノ。貴様がそんな風に誰かの為に戦うとは・・・珍しいな」
「珍しくもない。俺は全ての女性の為に戦うと決めている」
「ふん。相変わらずか。ギャロルもか。私を裏切って、そちらについた理由は、レオナが女だからか」
ロビンはギャロルにも聞いた。
「おれっちは・・・こっちの味方をしない場合。普通に怖い」
ギャロルは自分の話の間に、クラリスを見た。
「姉が怖いのか。情けない奴だな」
「ロビン兄。あんたは知らんのよ。この人をさ。知らないのに、俺を馬鹿にしないでくれるか」
見た目よりも、性格よりも、思った以上に彼女自体が怖いのだ。
それを知らん奴に、とやかく言われたくない。
珍しくギャロルが、兄弟に反論をした。
「はぁ。情けない奴らが弟だと困ったものだ。クロ以外は良くないな」
やはりクロだけが特別。
いう事を聞かない弟など、弟じゃない。
「ロビン兄様。どうして、私をそこまで敵と。私たちは協力出来たはずです」
「黙れ。一般人が」
「私は、一応貴族です」
「弱小だ。血も薄い」
「どうでもいいでしょう。そんな些細な事! このオスロ帝国に、血など意味がない。重要なのは国を思う気持ちでしょ」
「違う。この国は正統な血統が治めねばならんのだ」
「ブライルドルじゃなければならないと?」
「違う。ビルドスタン家がこの大陸の覇者だ」
ビルドスタン家が本当の覇者。
ロビンの実家の事だった。
「ビルドスタンに、何の意味がありますか。滅んだ家の復讐ですか」
「違う。これは、正式な王が復活せねば、オスロ。ルヴァンを・・・正していけない」
「・・・意味がない。あなたのその意見に意味がありません。私は通告しています。血など関係ないと」
「私が皇帝にふさわしい。ブライルドルとビルドスタンの血を持つ。私がふさわしいのだ」
気が狂っている。
兄弟たちは兄の様子がおかしい事に気付いた。
「だから、私とクロ以外。他の兄弟は皆死ね。それに奴らも殺す。ミューズスターも余計だ」
御三家のような存在のミューズスター家。
あれらも血統と言う意味では邪魔な存在だ。
ロビンは全てを滅する気だった。
「私は・・・私はここで、王となる!!! やれ。皆」
ロビンの合図と同時に左右の隠し扉から、兵が出てきた。
数は十。
難しい戦闘になる事が予想されたが、センシーノが叫ぶ。
「姉上。このまま前進です。そこから、俺がこの左右の敵と戦います」
センシーノが前進してロビンの方向に走ると、後の三人も走る。
すると敵が追いかけてきた。
「来てますよ。センシーノ。あ、銃」
「大丈夫です。三人はそのままロビンの元へいってください。ここで足止めします」
左右から来た敵も、センシーノたちの前進には驚いていた。
だから少し反応が遅れて、後ろを追いかける事になっていた。
本当は挟み撃ちにして全滅させる予定だった。
「阿修羅!」
センシーノが近衛兵の十名と戦闘を開始。
阿修羅の力を借りて、銃弾を斬っていく。
今度は完璧に銃弾を斬る。
この強さは、今までの逃亡生活の間の訓練で、成長した証だった。
ジュード。レベッカ。
この二人と同じ訓練をし続けてきたセンシーノは、より強い戦士になっていた。
「姉上。決着を!」
「はい!」
レオナたちが走って来ると、余裕の笑みをしているロビンが、こっちに来いと手招きしていた。
女二人に、情けない男一人。
片腕であっても余裕だとしていたのだ。
しかし。ここで想定外の動きをする人物が前に出てきた。
「ん!?」
「ロビン。覚悟!」
皆よりも加速して先頭になったクラリスが、仕込み杖から剣を取り出した。
そこから一閃。姫とは思えぬ攻撃の鋭さに、ロビンが驚く。
「ぐっ。重い。貴様、戦えたのか」
「これで終わりだと思ったか」
「なに!?」
飛び掛かって斬る姿勢で、鍔迫り合いをしたのにクラリスは体の勢いを逆にする。
後方宙返りをして、ロビンの顎を蹴り抜いた。
クラリスの靴の先がロビンの顎に入ると、口から血を吐く。
思わぬ攻撃に舌を噛んだようだ。
「がはっ・・・な・・なんだ。この技」
ロビンが狼狽えるほどの華麗な体術を披露したクラリスは、強者だった。
「ロビン。早くそこの席を開けろ。レオナ姉様にこそ、その席がふさわしい」
「ふ、ふざけるな。女の分際で・・・貴様」
「片腕になったから、うちに負けた! とか言うなよロビン。私はそもそも。両腕があった頃のお前よりも、遥かに強い」
マリア以外の姫の中で、戦えるのはクラリスのみ。
それもフュンが来る前まではマリアも戦えなかったので、彼女が唯一戦えていた事になる。
クラリス・マルベーニ。
人は彼女の事を『狂乱のお姫様』と呼ぶ。
戦闘の際の荒々しい体術を評して、皆の畏敬の念が込められた二つ名だ。
「なにを。私が貴様なぞに負けるとでも」
「いや、お前がうちに勝てるとでも?」
そもそもの考えがおかしい。
お前程度が勝てる前提で会話をしてくるのがおかしい。
クラリスの絶対の自信が見える回答だった。
「ふざけるな。死ね」
ロビンの攻撃は、片腕になり、より遅くなった。
振り始めが見えてしまう横一閃の剣。
それに対して、クラリスの対応は的確だった。
下からかちあげて、軌道を逸らして、ロビンの攻撃を空振りに終わらせる。
空振りに終わるロビンはバランスを崩す。
「この程度で揺らぐ。その足腰。鍛え方が足りん。ロビン」
ギャロルがまあまあ強い理由が、ここにある。
クラリスが鍛えていたのだ。
彼女のスパルタ指導は幼い頃からあって、ギャロルは否が応でも強くならねば、生きていけなかった。
だから、怖いと言っていたのは、この事。
今まさに体感しているロビンは、妹に力押しされる現状を理解できなかった。
「なぜ。貴様が・・・」
「それほどの強さをと言いたいのか? 当然だろう。私はマルベーニ家の跡取り。弱き皇家に存在価値などないから、私は私を鍛えてある。この格闘術は、スーザン様の力だ」
スーザン・ベルク・ギーロンも大将軍でありながら戦う事の出来た女性。
華麗な身のこなしが彼女にも受け継がれていた。
「スーザン・・・あの女、余計な事ばかり。属国の分際で」
「その考えをやめろ。属国とか、本国とか。そんな事を考えているから、お前は弱い。自分を見ろ。感じろ。そしてよく考えろ。人の事ばかりでは、自分を成長させられん!」
「き、貴様」
私に説教を・・・。
歯ぎしりの音がここまで聞こえてくる。
そんな気がするくらいに歯を食いしばっていた。
「ロビン兄上。もう終わりにしましょう。あなたの負けですよ」
レオナが戦いを止めようと話しかけても無意味。
ロビンは、彼女の話だけは絶対に聞く気がない。
「まだ負けじゃない。俺はまだ負けていない。そうだ。クロ。お爺様。私はまだ負けていないはず。どうですか。私はまだ負けられないぃいいいいいい」
狂ったロビンは、そばに誰もいないのに大声で指示を出した。
哀れにも見えるその姿。
誰がこんな人に育てたんだ。
皇帝の子らは不思議そうに彼を見た。
「そうです。まだです。ここであなたを殺せば!」
クロの声が突然聞こえた。出現位置を予測できたのは二人。
レオナとその近くにいたギャロルだった。
「あなたが死ねば、兄さんが皇帝だ!」
レオナの前に出現したクロは、両手でナイフを持っていた。
その刃で、レオナを刺す。
ここが運命の分かれ道だった。




