第379話 帝都決戦 スティブール大階段の戦い
「大体三時間が経ちました。今がその瞬間でしょうか?」
懐中時計を確認して、レオナは自分の戦場を見る。
城が静か。
今自分たちがいる場所でもあまり変化がない。
「おそらくな。レックスの見立てだと、それくらいの時間があれば、そっちに兵が集中するはずだとの話だ。ここから動きが見えないから、わからんけどな」
私が戦うべき時は今か。
レオナはジュードに意見を求めた。
「正面からいきますか」
レベッカが聞いた。
「それが良さそうだ。静かだしな・・・」
ジュードは静けさのある帝都城を見上げた。
「おれっち。不安だな」
「ギャロル! こんな時にまで不安がって。いい加減にしなさい」
「姉さんは不安じゃないのかよ」
「大丈夫。上手くやれる。レックス将軍たちが頑張ってるはず」
「・・・そうだよな。おれっちたちよりも、そっちの方が大変そうだもんな」
彼らの方が苦しい戦場にいるはず。
逆転の発想で、ギャロルは精神を保った。
「ギャロル。クラリス姉上」
「ん?」「センシーノ。なんですか」
センシーノが真面目な顔で話していたので、二人とも真剣に話を聞いた。
「もし、本格的な戦闘となれば、レオナ姉上を頼みます。兵士の足止めは、ジュー兄が筆頭になるはずですから。誰も守護する方向にいけません」
「・・・そうですね。わかりました」
「おれっちもやろう。ここは頑張るよ」
「ええ。お願いします」
いよいよ決戦が始まる。
皇帝兄弟の帝都城攻略戦
アーリア歴8年のオスロ帝国最大事件だ。
◇
8時39分。
帝都城にレオナ一行が現れた。
思わぬ訪問者に慌てるのは、帝都城の兵士たちだ。
彼らは、地下に現れたと思っていた。
レオナが二人いるのか。
一瞬そんな混乱状態に陥っていた。
帝都城入り口にいたのは、五十の兵士。
それらに対して。
レオナ。ジュード。クラリス。センシーノ。ギャロル。レベッカ。ダン。
こちらはたったの七名しかいない。
しかも、戦える者と言えばもっと少ない。
先頭を駆けるレベッカが先陣で進む。
彼らは剣姫の力を余すことなく使う。
「死にたくなければ下がれ。私は追い打ちまではしない」
彼女の進軍は止まる事がない。正面に来た兵士を切って捨てて、全員を進軍させた。
帝都城の玉座の間までは、大階段と呼ばれる玄関正面から見える巨大な階段を登っていかねば辿り着くことがない。
巨大な階段は、三階までで。
ちょうど階段終わりの三階に玉座の間がある。
そこへ行き、真の王はレオナであると宣言をする。
これで、帝国にあるべき姿の女傑を誕生させるのだ。
◇
8時40分。
下の騒ぎに気付いた兵士が、ロビンに情報を伝える。
「ロビン様。帝都城に敵襲です」
「なに!? クロがレックスに負けたのか」
地下の戦いに敗れた。
そう勘違いしたロビンは次の報告に驚く。
「違います。今来ているのは、レオナ姫です」
「なに。奴が来ただと」
思わぬ敵の登場。
しかしロビンは、ここで逆に安定した。
慌てるよりも事態の処理の方向に頭が動いた。
「帝都城の兵を集めろ。突破させるな。人数で囲んでしまえばいい。ここまで登って来ているのだろ?」
「はい。玉座の間を目指していると思います」
「そうだろうな。よし。お前たち全員で行き、圧死させろ。上と下から挟めばいいだけだ」
「わかりました。すでに向かわせた者たち以上に兵を送ります」
「ああ。やっていい。全部出してもいいぞ」
「わかりました。いきます」
「頼んだ」
帝都城にいる兵との戦いになった。
◇
8時42分。
帝都に来て3分経過。
彼らが突破できたのは二階の階段までだ。
そこからの厚みが凄まじく、足を止めてしまっていた。
三階から来たのは二百。一階から追いかけてきたのは、五百。
計七百の兵が囲んできた。
まだすべてじゃないが、それでもたったの三分で七百が配置についた。
「多い。下から来るのもだ。これは、想像以上に兵士たちが地下にいかなかったのか」
「そ。そうみたいですね。どうしますか」
疑問を口にしたジュードに、レオナが聞いた。
「どうするもな・・・」
戦いを続けて、ここを突破してもその先は?
ジュードは悩みに悩んでいたが、ここでレベッカが聞いた。
「すみません。お二人とも」
「なんでしょう」「なんだい?」
同時に答えた。
「ここから、本気を出してもいいですか」
「「え?」」
今までも本気じゃないのか。
二人は同時に驚く。
「姫、どういう意味だい?」
「そのままの意味です。本気で斬ります」
これはもう困った状況なので、自分が本気を出す。
実はここまで、レベッカは本気で兵を斬っていない。
他国の兵だから遠慮しているというのもあるが、元々は帝国人の上位層の争いなので、ここまで一般の兵士たちには何ら責任がないからだ。
責任は皇家にあるのに、その余波を受けるのが末端の兵士であるのが気にくわない部分。
彼女は一般人を一方的に斬る事にためらいがあった。
「本気? 君のかい」
「はい。剣を振り切ります。遠慮せずに斬るので、命が助かるかはその人次第となります」
剣の切れ味が今までは違うことになる。
迷いのない剣筋で相手を斬りつければ、生死が分からなくなるだろう。
そういう意味での本気だった。
「・・・そうか。わかった。お願いしよう。ここは何としてでも、レオナを上に連れていかないとな・・・多少ここに・・・」
ジュードは背後を見た。
下から次々と登ってくる兵士たちを見て、これを足止めしないといけないかもしれない。
だったらせめて上を消滅させないといけないだろう。
決断は前進以外にありえない。
「そうだな。進もう。姫、お願いしよう」
「では、皆さん。私の後ろに、二百を一瞬できるのは無理でも、この真っすぐの道の兵を斬る事は簡単だ」
目の前の二百の壁を斬る。
のではなく、その二百のど真ん中に穴をこじ開ける。
レベッカの全力全開の戦いが始まった。
「ダン。私が斬った奴の裏を斬れ。それで、穴を広げる。それと全速力で追いかけろ。ここからの私は本気だ」
「はい!」
「よし。ではいくぞ」
帝都決戦最終盤。
スティブール大階段の戦い。
レベッカ・ウインドの一大決戦である。
アーリアに戦いの女神がいる。
世界中に知られることになったきっかけは、この戦いを経たからだ。
彼女の武が、世界に轟く・・・。
◇
「聞け! 帝都城にいる兵士たちよ」
レベッカの通る声が、大階段に響く。
三階にも、一階にも彼女の声が聞こえた。
「私が・・・太陽王の長子レベッカ・ウインドだ! 気が立っているから、手短に宣言しておこう」
近くにいる者たちは彼女の覇気ある声に威圧されていた。
彼女を直接見る事が出来ないくらいに畏怖していたのだ。
「死にたくなければ私の前に来るな! いいな。お前たち。私の視界に入った瞬間に命がないと思え」
命が惜しかったら視界に入るな。
堂々たる宣言に対して、馬鹿にするなと反論する者がいない。
なぜなら、それがすでに始まったからだ。
レベッカ・ウインドの前にいる人間が消えていく。
「ば・・化け物だ」「ぐああああああああ」
叫び声と恐怖する声が入り混じり、大階段は阿鼻叫喚となる。
レベッカの進軍を誰も止められない。
その姿を後ろから見ている仲間たちも、正直驚いている。
今までの彼女の動きじゃない。
本当に手加減をしてくれていたのだと・・・。
「はああああああ。邪魔をするな。消えろと言っただろう」
視界から消えろ。
見えたら斬ると言っただろうが。
レベッカの容赦のない剣閃は、二百の壁では足りない。
「今だ。撃て。撃て。とにかく撃てばいいんだ」
銃を保持できていた兵士が、レベッカを銃撃。
十発の弾がレベッカを襲った。
しかし。
「温い。攻撃終わりに来るな!」
攻撃が終わった直後に、銃が飛んでくる。
それではこちらとしては対処がしやすい。
なぜなら、体勢が整っているからだ。
だから、攻撃している時に銃撃をしろ。
レベッカは当然の指摘をしていた。
だが、それが兵士たちには出来ない。
攻撃している時の彼女を、目で捉えていないからだ。
彼女が消えて、攻撃が終わって、姿が出て来る。
単純な攻撃なのに、その速度に対応が出来ていない。
見えてから撃つ。
その時が、たまたま攻撃の終わりだっただけだ。
そこに気付いていないのは、レベッカだけだった。
他の人間の視点を持っていれば、彼女も気付いたのだろう。
「ダン。広げているか。皆は?」
「大丈夫です。全員で登れています」
「わかった。このままいく」
レベッカが先頭。次にダン。
斬った敵のその隣の敵をダンが斬る。
だから道が広がり、レオナ一行が上に登れていた。
「団長。奥が見えます」
「三階だな。よし。ここを一気に」
人間を越えた速度まで加速していったレベッカが三階までの道を開いた。
「いけた!」
三階の地まで到達。
ここまでに八十の兵士を斬った。
階段上部分を守っていた兵士のおよそ半分。
その異常さを、この城中の者が覚える事になる。
「これで、どうぞ。レオナ姫。このまま玉座の間へ」
「え? レベッカ姫は?」
「私はここに残って、こいつらの足を止めます」
「それは無茶です。だって、下から兵が来ますよ」
上の兵士たちが下に降りてきたのと同様に、下の兵士たちが上に集まってくるはず。
だからレオナは心配して言った。
「大丈夫。ここに残ってあなたを支援します。その為に私はこちらに来ましたから。それにダンも残ります」
「はい。私も残るので、ぜひ決着を・・・そうなればこの兵士たちも止められるはず」
ロビンに指揮権が無くなれば、レオナの言う事を聞くはず。
二人はそういう意味で防波堤になろうとしていた。
「俺も残ろう。いざという時に、俺が出て行く」
「ジュード皇子!?」
「セン。クラリス。ギャロル!」
三人を呼んだ。
「頼んだ。レオナの事は、お前たちに任せる。俺は、今ここで戦わないと、俺たちに協力してくれた二人が死んでしまう。そんな事、俺は許せねえ。だからこっちで戦うわ」
大将軍のジュードが、ここにいるとなると、少なからず兵士の動きが悪くなるはずだと。
ジュードはそういう計算も頭の中でしていた。
「・・・わかりました。ジュー兄。頼みます」
「セン。ロビンを一発殴っておいてくれ」
「はい。そうします」
「よし。いってこい! 俺がお前たちの背中を守る」
ジュードはこうして、スティブール大階段の戦いに参戦した。
ここからが死闘の始まり。
次々と登ってくる兵士との大激戦の始まりである。
三対千以上の無謀な戦いであった。




