第375話 オスロ平原の戦いの終盤へ
「それとだ。ここの援軍は俺たちと、あと一人いる」
「あと一人・・・誰です?」
フュンはジークを見ていた。
天幕で言う正面の位置だけを見ていると、背後から声が聞こえた。
「私です」
「ば!? 馬鹿な」
フュンが、一言だけで気付いた。
それは彼女だったからだ。
「レヴィさん!? どうしてここに!」
「はい。フュン様をお守りするために、こちらに来ました」
「な、なぜ。あなたは、スクナロ様と同様に、戦いの任を解いたんですよ。どうして」
「ええ。私は戦争の任だけは解かれてしまいました。ですが、あなた様を守るという任は、まだ健在なはずです。いえ。降りているつもりがありません」
鋭い眼差しで、フュンに訴える。
「いや。それはもういいでしょう。ゆっくり休んでくださいと言ったはずですよ」
「駄目です。ここが窮地なのでしょう。救援要請などただ事じゃない。ならば、この私が! あなた様の事を身を挺してでも、お守りせねば。ソフィア様の為にも。私の為にも!」
我が身が引き裂かれようとも!
レヴィの意思は固い。
「いやいや。レヴィさん。それはさすがに」
母上よりも年上であるのだ。
もう戦地へ行く年齢じゃないのに。
フュンは諦めてくれと思いながら話していた。
「そのお断り。私が許可しません」
「あれ?」
主従関係は? とフュンが普段はそこにこだわりがないが、ここだけは思ってしまった。
どうやらすでにフュンの命令が、レヴィに通らないのが決まっているらしい。
頑として、首を縦に振るつもりがない。
「もう決めたので、フュン様は大人しく私を受け入れてください」
「それはもう脅迫じゃ・・・ありませんかぁ」
護衛を受け入れろ。
脅しにしては、面白い文句だった。
「はぁ。しょうがない。レヴィさん、許可します。ですが、僕のそばで影になっていてください。戦いは僕が危機に陥った時だけでいいですからね。基本は出ないでください!!」
「ありがとうございます」
「もう・・・なんでこう・・・無茶をしたがるのか」
大切な人には生きて欲しい。
だから引退させたのに、ここに来て現場復帰とは・・・。
フュンは頭を悩ませた。でも、嬉しい気持ちだって当然ある。
ずっとそばで守ってくれていた人が、ここに来て自分の為に来てくれるなんて、これ以上嬉しい出来事はないと、頭の中とは違って、フュンは笑顔でいた。
「しかし、ジーク様。ありがたいですね。この援軍で勝ちに近づいた・・ん、そうだ。ウォーカー隊の皆さんはどこに?」
「いるよ。東の森林地帯に隠してる。こっちとは反対側だ」
「二万も?」
「ああ。あいつらの得意な事だろ」
「そうですね。神出鬼没。いついかなる時でも、召集連絡があれば、自由気ままに集まる。それがウォーカー隊ですもんね」
「そういうことさ」
「ジーク様。それじゃあ、混沌ですね」
「ああ。俺たちの師ミランダ・ウォーカーの必殺の戦術で、決着を着けようか」
「ええ。ついにジーク様もミラ先生を師だと思ってくれたんですね」
フュンは冗談交じりに言葉を返した。
「う~ん。言ってはいるけどね。実感はないね。あいつと俺は、悪友みたいなもんだしな」
「いえいえ。師弟でもあるでしょ」
二人を見て育った自分としては、二人の絆に気付いている。
フュンは久しぶりに楽しそうに笑った。
「ミラ先生とジーク様。お二人は僕の人生において重要な人ですからね。僕ってお二人に会わなければ、今もガルナズン帝国の人質でしょうね」
「そうかな。君は最初から優秀だったよ。俺たちの力なしでも、きっと何かを成したはずさ」
「いいえ。それはないですよ。お二人に育ててもらえた事。本当に感謝しています。ジーク様。ここは勝ちましょう。スクナロ様も。アスターネ。ドリュースも」
フュンは来てくれた人たちにも、目を合わせて話す。
「おう」
「「はい」」
スクナロらも、そんな丁寧なフュンに笑顔で答えた。
「よし。最大火力で相手を乱します」
「クリス」
「はい」
「あなたは混沌を理解しています。なので、あなたにはサポートを入れません」
「わかりました」
フュンの指示が生き生きとしてきた。
「ギル」
「はい」
「あなたも出来るでしょうが、ここはちょっと難しい形となるので、ここにジーク様を投入します。大将をジーク様に」
「わかりました。ジーク殿。よろしくお願いします」
「ああ。ギルバーン。まかせとおけ。ここは大商人ジークがいれば安心よ」
「は。はぁ」
ここで、大商人の肩書きはいるのだろうか。
ギルバーンは苦笑いで答えた。
「おい。義弟よ。俺は!?」
「え?・・・あ、うん。そうですね。スクナロ様は・・・」
フュンはどうしようかと悩んだ。
戦術的には、もう十分な戦力がいる。
指揮官も揃いに揃っているから、配置する場所がない。
悩む時間は実際には数秒、でも体感は一時間くらい悩んだ。
「そうですね。リティがいいか・・・リティの場所に入って下さい。右翼軍左翼部隊ランディを副官にして、スクナロ様が部隊長になりましょう」
「おう! まかせろ。俺が右翼で一番に勝ってやるからな・・・誰が相手が知らんがな! ガハハハ」
敵の情報なし。
でも自分が勝つ。
この単純明快さが、スクナロの持ち味だ。
「王様。私たちは」
「どのように?」
アスターネとドリュースが聞いてきた。
「ええ。当然ね。ネアル王の元に行きましょう。お二人が来てくれれば、ネアル王。どうです。軍はかなり強化されるでしょ」
「はい。もちろんであります・・・が、アーリア王」
「なんです?」
「ネアル王になっていますよ」
「あ・・・僕にとってあなたは王だから、ついつい言ってしまいますね」
二人の会話で会議場が笑いに包まれた。
どこまでいっても、フュンは自分が王であることを自覚しないのだ。
「そうだ。シャーロット。アイスとデュランダルはどうしますか。私の所が余剰戦力だらけに」
部隊を受け持つ将が多くなる。
ネアルはフュンに疑問を聞いた。
「ええ。二人とシャーロットは僕の所に下さい。僕の所は更に敵が強い。なのでその三人の力を借りたい。彼らと僕で、強引に敵陣をこじ開けます。中央の中央からも旋風を巻き起こすつもりでいきますよ」
「わかりました。連絡をしておきます」
「はい。お願いします」
ネアルから、三人を譲り受ける事になる。
これで、フュンが持つ戦力は。
戦姫。英雄の快刀。英雄の半身。太陽の双璧。太陽の影。
六戦力がフュンの元に集まった。
中央軍の中央部隊に厚みが増した。
「作戦は、今決めます。この図形を見てください」
フュンが敵の配置を書き記した地図に、指を合わせていく。
「右翼のクリス」
「はい」
「敵左翼のニ将。これを狙い撃ちしますよ。なので、将のいなくなった敵の左を崩します。右部隊マルクス。シュガの二人で崩すのは難しいです。そこで、エリナ。お願いします。あなたのサポート能力で混沌を強化します。ウォーカー隊五千で乱します」
「そうか。わかった。あたいにまかせろ」
エリナが右翼軍の混沌の始まりを担当する。
ウォーカー隊のバランサーである彼女なら独自で混沌を支える事が出来るからだ。
「次に左翼のジーク様は。ここを狙います」
「ほう。敵右翼本陣か」
「はい。敵将イハラムです。戦うのは・・メイファかギルがいいかな」
フュンは二人を見た。
二人なら倒せそうだとしたのだが、それをジークが却下する。
「いいや。ここは俺が出よう」
「え。ジーク様が? 直々にですか」
「ああ。任せてくれ。俺も戦えるからね」
「本当に。いいんですか。ジーク様?」
「いいよ!」
彼が戦争で直接戦うのは初の事。
アーリア人ですら、彼が戦う所をあまり見た事がないから、真の実力を知らない。
武闘大会にも出ない。
戦場で先頭に立つこともほぼない。
戦姫の兄。風来の大商人。
この二つの肩書きはあるが、皆の認識では放蕩皇子である。
しかし、そんなジークは皆の予想に反してかなり強い。
子供の頃のゼファーを簡単に制御出来る実力は、この世界でも指折りの実力者だ。
「わかりました。ジーク様。お願いします。そこに、マールさんを入れます」
「そうか。マール頼むぞ」
「あっしがジークと!? こいつは初めてですぜ。お前、戦えるのか? 足引っ張るなよ」
「ふん。大丈夫だ。マール、心配するな」
援軍のおかげで、大規模な混沌が出来る。
フュンは本当の戦術を敵に見せつけるために、完璧な布陣を作り上げた。
「やりましょう。ここで。皆さんのお力をお借りして、僕は明日。勝負に出ます」
皆が頷いた。
「勝ちます。明日。ミラ先生の最高戦術『混沌』 これを僕なりに進化させて、敵との決着を着けます! みなさん、よろしいですか」
「「「おおおおおおお」」」
最高の援軍と、最高の士気をもってして、最高の戦術を完成させる。
ミランダ・ウォーカーの弟子たちと彼女の仲間が、彼女最高の戦術を強化するのだ。
フュン・メイダルフィアの最後の戦いは、アーリア歴8年1月1日。
歴史に名を残す戦いが数多く生まれることになる。
ルヴァン大陸とは関係のないアーリア人たちが、なぜオスロ帝国の為に動くのか。
歴史の検証をした人間たちは様々な意見を言っていたが。
ここは至ってシンプルな理由だった。
それが、世界に平和をもたらす為だと言われている。
これが、フュンの意思であるのならば、彼らは最大限にそれを尊重して、オスロの為に動くわけだ。
大陸の英雄と共に生きてきた仲間たちは、世界を照らしていくための一歩を歩む。
伝説の戦いの幕が開く。




