第372話 オスロ平原の戦い 戦術が変化しても成功する
フュンがこのままでは上手くいかないと気付いた頃。
左翼軍の左翼部隊を担当していたエレンラージは、自慢の搦め手を披露した。
「全体。最後まで進もうとするな。途中までで良い。敵軍真ん中をぶった切る事にするぞ」
中央軍じゃないエレンラージだが、フュンの考えに沿った動きをした。
相手を完全消滅させる大規模挟撃を捨てて、目の前の軍を削る動きをしたのだ。
その結果。
ルカ。ルイルイの二人による波状攻撃で、敵の逃走を妨害。
敵軍の約三分の一の切り離しに成功。
「ここだ。これだけでいい。囲って滅する!」
小規模包囲攻撃の展開により、敵軍約一万をもらい受けた。
「ルカ殿に連絡を、敵を弾けで十分伝わる」
「了解です」
逃げる事に成功した部隊たちが、包囲陣に戻ろうとして来るだろう。
だから、それすらも吸収して、狩ろうとする。
搦め手のエレンラージは、ここに健在だった。
◇
エレンラージが敵を捕まえ始めている頃。
ギルバーンは奥にいる敵を見つめる。
敵は、逃げる判断を取ったのがとても早かった。
こちら側の端を狙い撃ちする斜線陣と、自分たちの今の鶴翼では相性が悪い。
だからすかさず撤退を決める。
深い戦術理解と予測であるとギルバーンは敵を褒めていた。
そして、相手の陣形と自身の立ち位置を見ると、一番距離的に離れている。
だから普通に追いかけても無意味だと悟った彼は、これまた良き判断をする。
フュンの部下もまた優秀なのだ。
「エレンラージ殿の方に半分。もう半分は俺に続け。相手の左翼を狩るぞ。あそこならまだ突出している。右翼部隊。ライス殿に指示を。俺たちが線引きするから、そのラインまで突撃をしてくれとの指示を出せ。これで小規模な包囲が可能だ」
ギルバーンの中央部隊の戦略は倒すじゃなく、ライン引きだった。
鶴翼の陣の左翼にいる兵士たちを囲い、遅れて突撃になる右翼の援護をする。
それで、前回押し込まれた借りを返して、兵を減らす目的に変えたのだ。
「いけるな。作戦変更だ」
ギルバーンはここから声を拡張して、直接言葉で指示を出した。
「メイファ。この後、どこ行きゃいいかは分かんだろ」
敵に指示を聞かれようが、ここは構いはしない。
相手も逃げているから聞いていないだろう。
でも聞いていたとしたら、通常これは強襲攻撃にならないだろう。
相手にバレている強襲など、対策されるに決まっているからだ。
しかし、その強襲をするのが、月の戦士最強の女性メイファだ。
相手に作戦がバレていようが、あの猛獣を止められる人間が、この世にいてたまるか!
という風に、半分文句を言いたいギルバーンは、かなり無茶な指示を出していた。
「わかってるわよ。あなたこそ、追いついて来なさいよ」
少々怒り気味で声が返って来た。
前にいる彼女の声が、後ろにいる自分にまで聞こえる。
ということは・・・
「おいおい・・・爆音で返事したな・・・あいつ、あとが怖え・・・俺、戦争終わった後の方が死ぬかもしれないわ・・・」
ギルバーンは指示を出さない方が良かったと、震えあがりながら、敵に向かって走ったのであった。
敵には恐怖していないのに・・・。
◇
斜線陣の最後方右翼部隊を操るライス。
彼は、この状態だと敵に逃げられると分かっているが走っていた。
作戦が不安定な状態だと気付いた時に、声が響いたのだ。
「わかってるわよ。あなたこそ、追いついて来なさいよ」
夫婦喧嘩か?
と思ったライスもすぐに気を取り直して、彼女の追いついて来なさいの言葉を考えた。
「追いついて来なさい?・・・つまりまだ追いかけるという事だな」
敵が逃げているため。
ここは追うか。追わないかの判断をする場面だと思っていた。
そしてライスとしては、このまま待機なのかと判断していた。
大まかな作戦を告げられて、それが失敗して、次へ。
通常ならば、足並みをそろえるのだって難しいのに、どうやらここは作戦を変更しても、相手を追いかけるらしいのだ。
それだと、メイファ殿はどこへ行くんだろう。
左翼部隊は敵とぶつかっている。
中央は敵を追いかけても、敵の中央は鶴翼の為に引っ込んでいるので、あそこまで狙うのが難しい。
すでに本陣くらいにまで敵の撤退が進んでいる。
では敵の左翼の突出した部分か?
あのほんの僅かに前に出てしまった部分を・・・
「まさか。あれに追いついて、彼女は・・・そうか。線を引いて、小規模な包囲で相手を倒すのか」
リューゲン夫婦の阿吽の呼吸のような作戦にライスも気付いた。
ギルバーンからの連絡を受けずとも気付けたので、やはりライスもイスカルの誇る名将だったのだ。
「イルミネス殿。マイマイ殿を更に突出させて、敵の背面を取ろう。逃げている敵の背に辿り着けば、こちらの包囲のきっかけになるはずだ。指示をお願いします」
「了解です」
光信号が出来ないライスは、影に頼んだ。
今回ライスとエレンラージには、影部隊の影が、護衛を担当している。
もしもだが、彼らに影の奇襲があると命令系統の問題で面倒となるためだ。
それと、彼らは光信号が出来ないので、秘匿性の高い情報のやり取りの為にも必須だった。
◇
「ん?」
イルミネスは後ろから来る光の点滅を見た。
「おお。なるほど。相手の背を・・・それで慌てさせるのですね。了解です」
イルミネスはライスの意図を把握。
その瞬間には、マイマイに指示を出した。
「マイマイ。好きに暴れていいです。とにかく敵の背後を捕まえてください」
「わかりました。いっきま~す」
返事の明るいマイマイは、前方に全力ダッシュ。
相手の背を捉えるために、距離を詰める。
竜爪の射程範囲内に入ると同時に仕掛ける。
「青波竜撃」
彼女の先制攻撃を起点に、ロビン右翼軍の左翼部隊を捕まえた。
後ろを確認しながら走る敵兵たちは、彼女の勢いに恐れ戦く。
しかし。ここで、さらにその兵士たちにとって、想定外が起こる。
それが、逃げ出すはずの前方が止まったのだ。
「逃げろ。何止まって・・・後ろから敵が来て・・・あ!?」
兵士たちは分断されていた。
魔女の軍によって・・・。
そして兵士は気付く。
この人は、あのギーロンでの戦いで活躍した。
アーリアの魔女だ。
報告書に載っていた特徴と同じ女性である。
やたら強くて、やたら美しい。
でも、その強さにも、美しさにも、何故か恐ろしさがついて回る。
微笑んでくれる笑顔にもだ。
「さあさあ。大人しくしてくれるんだったら、捕虜にでもするんですけどね・・・無理かしら?」
「で。出来るか」
「あらそう。じゃあ、殲滅ですわね。いきますよ」
逃げる兵士を捕まえた。
アーリアの魔女と、イスカルの名将ライスの小規模包囲戦が開始となった。
これにて、敵兵を一万葬る事に成功する。
フュンの騙しから始まった作戦は、各人の臨機応変な作戦変更により大成功となっていく。
だから、失敗は成功のもとだった。
そもそも彼の作戦が上手くいかなかったことを、失敗と捉えていないのが、アーリア人の強みである。




