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人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚  作者: 咲良喜玖
最終章 最終決戦 オスロ平原の戦い 帝都決戦

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第371話 オスロ平原の戦い 英雄? いや、今世紀最大の詐欺師だ

 レオナたちの準備が終わる日。

 それがアーリア歴7年12月31日で、オスロ平原の戦いで言うと6日目に当たる。

 

 激戦中の激戦だとされた6日目は、前日までとは違う様相となった。

 互いが一歩も引かない戦いをあの後も繰り広げていたのだが、この日になると少し様子が変わる。

 フュンの指揮。クリスの指揮。ギルバーンの指揮。

 この三つの指示の全てが、裏目に出た。

 完全に、ロビン軍に押され始めたのだ。


 「おかしい。こちらの策が看破されている。他戦場も上手くいっていないのは更におかしい」


 負けていたとしても、フュンはこの事態の分析に入った。

 三軍が個別で負けるなら分かる。

 しかし、今回は三軍が連動して、中央を一気に叩く作戦を相手に見抜かれた。

 左翼軍右翼部隊。右翼軍左翼部隊。

 この二つを上手く動かして、中央軍を挟撃状態に追い込むはずが、それを察知したかのような動きを相手が見せて、フュンたちは窮地に追い込まれた。

 

 作戦を担当した両部隊は甚大な被害を出しながら、左翼軍と右翼軍に帰っていく。

 ライスとランディの二人の撤退指示が上手く入らなければ、もっと被害が出ていただろう。

 しかしその結果は、ここまでの数の差を縮めていた状態を覆すもので、この中盤に置いて数の差を再び広げてしまったのが手痛い。

 フュンの悩みは増えていく一方だった。


 「どうやって、こちらの作戦を・・・」

 「フュン」


 シルヴィアが呼び掛けるが、フュンは自分の中に入っていた。


 「・・・どうやって・・・」

 「フュン!!」


 先程よりも大きな声。


 「・・・んんんん」

 「フュン!!! 聞きなさい。私が話しています」


 フュンには届いていなかった。だからシルヴィアはフュンの耳を思いっきり引っ張る。


 「イテテテテ」

 「こら。フュン。考えすぎですよ。私の話を聞きなさい」

 「え? 聞いてますよ。当然。ええ。聞いています」


 あなたの話だから聞いてますよ。

 という嘘を言った。


 「それでは、私が今。何の話をしましたか」

 「それは・・・あれですよね。うんうん。あれですよ。そうそう」


 誤魔化しが下手糞である。


 「ほら、聞いてませんね。だって私。まだ何も話してません!」

 「え?」

 

 罠にかかったフュンであった。


 「ズルい!」

 「ズルくありません。あなたがしっかり話を聞いていれば、私が怒らなかったんですから」 

 「ん?・・・しっかり話を聞く・・・・そうか。わかった」


 フュンはこの会話で計算が出来た。


 「そういう事か。話をしっかり聞いているから、僕の策の対処が出来たってことか」

 「え。何の話です?」

 「そうですそうです。さすが。シルヴィア。僕の大事な人は、大切な事を教えてくれますね。ありがとう」

 「・・・え・・ええ」


 さっきまで怒っていたが、フュンにそう言われたら、何だか怒るのも面倒になる。

 それに笑顔でそんな事言われたら・・・照れるしか出来ない。

 顔が真っ赤なシルヴィアは、フュンを見つめるだけで、文句を言い終えた。


 「ウルさん!」

 「なに?」

 「光信号。お願いします」

 「了解」

 

 ウルシェラの準備が整う。

 

 「いいよ。文章は?」

 「両軍にこう言ってください」


 フュンの指示が出た。


 ◇


 青空の中にある白い雲に向かって光信号が放たれた。

 赤い点滅が起きている。

 あれは何だろうと思うのは、ロビン軍だ。

 意味の無い光が見えても、目の前の戦場に集中する。


 でも、レオナ軍のアーリア人たちはすぐに気づいた。

 フュンからのメッセージが来たのだと、士気が上がる。

 それを読める者たちにはこう伝わった。


 『命令は光信号が真実。今から僕が話すことは全てがデタラメです。いいですね。みなさん! 僕の口から出る言葉。その()()がデタラメですよ!』


 ん?

 と誰もが思う中で、フュンの声がすぐに聞こえた。


 「全軍。勇気を持って前進だ。このまま横陣で戦う! 進め。力の限り。前進だ」


 フュンの鼓舞に近い指示が、全体に伝わると、左翼軍。中央軍。右翼軍が同時に進んでいく。


 そして、フュンは無線で指示を出した。


 ◇


 「クリス。ギル」

 「「はい!」」

 「二人とも、この後すぐに変形です。魚鱗になって相手を粉砕です。こちらもその展開をします。いいですか」

 「「はい」」

 「一分後。変化しながら突撃です」

 「「了解です」」


 二人への指示が通った。



 ◇


 「一分後。変化しながら攻撃です」


 ゲイン陣営は、フュンの声を傍受していた。

 当時の最先端技術の一つ。通信傍受。

 この存在をフュンも知っていた。

 だが、これは出来ないと仮定していた。

 それは外で出来るものではないと考えていたからだ。

 設備がある場所で、じっくり相手の通信をキャッチするのが定番なはず。

 専門的な分野の技術者も必要なので、これが出来るとは思わなかったことが、フュンたちの考えの悪さだった。

 ゲインは、通信傍受が出来た前日からフュンの全体指示を聞いていたのだ。



 「ふっ。単純な男だな・・・口だけが勇ましい男だ。まだまだ甘い。若造と一緒だな」


 ゲインは、フュンのデタラメ作戦に気付いていた。

 余裕の表情をして、敵の陣形が変化していく予兆を見極めた。


 「よし。こちらは鶴翼だ。各軍。相手を迎え入れて、そのまま包囲だ」

 

 ゲインの指示は一旦受け止めてからの反撃で相手を粉砕する事だった。


 ◇


 レオナ軍の左翼。右翼。中央軍は、横陣から変形していった。

 魚鱗になるためには、一番最初に軍の中央部隊が頂点となり、突出しなければならない。

 形作りとしてはそれが一番手っ取り早い。

 なので、真ん中の先頭を駆ける兵士たちが、突出するはず。


 しかし・・・。


 左翼の先頭を担当しているメイファ。

 彼女の指示は別物だ。


 「ここで左をあげます。中央は左の突出を見てからよ。いいわね」

 「「おおおおお」」


 左翼軍の左翼部隊が上がっていった。

 そちらの方はエレンラージから託されたルカの突撃だった。


 「良いタイミングよ。ルカ・・・このまま行くわよ。中央は私について来なさい」


 メイファは、そばにいる仲間に指示を出した後に右を見た。

 右翼部隊は、中央よりも遅く進軍をしている。

 左翼軍は、左肩上がりの攻撃展開だった。


 ◇


 そして右翼軍の右翼部隊の先頭を駆けるのは、シュガ。

 彼が右の進軍を支えていた。

 そう右翼軍は右肩上がりの攻撃展開だった。


 つまり、この戦い。

 鶴翼の陣となった相手に対して、フュンが選択した陣形とは斜線陣形である。

 相手の端になる兵士たちを狙い、左翼軍は右に。右翼軍は左に敵を押し込もうとしている。

 

 その意図は・・・。



 ◇


 「一分後。変化しながら攻撃です」


 フュンの発言直後に、言葉とは違う陣形。

 実際の動きは別物だ。


 「ウルさん!」

 「なに?」

 「連絡をお願いします。陣形の端を狙え。左翼軍は左翼部隊から順に。右翼軍は右翼部隊から順に。斜線陣形で展開。やる事は、中央軍に向かって押せ! これでいいです」

 「わかったけど・・・ここはどうなるの?」

 「ここは濁流の受け止め先となり、僕らは相手を押し込めばいい。それにその先がどうなるかは、クリスとギルなら分かるはずですから、その指示は要らないです」

 「わかった。やるね」

 「はい」


 選択した陣形は、言っている事とは別な物だった。

 話すこと全てがデタラメであると宣言したとおりである。


 ◇


 ゲインは、目の前の軍の展開が魚鱗に変わらない事に焦った。


 「なに!? 傍受した声は奴のものなはず・・・まさか。奴め、こちらが通信傍受したことを逆手に取ったのか。指示はどうやった。この短い時間で、声じゃない指示を通したのか」


 英雄フュン・・いや。

 世紀の詐欺師フュン・メイダルフィアと騙し合いをするつもりなら、もっと上手く騙さないと勝てない。

 単純な手だけでは物足りない。

 もっと複雑に構成せねば、フュンを騙すなど出来ないのだ。

 

 「選択していたのは魚鱗。しかし実際は横陣か。まずいな」

 「陣形などどうでもいいだろ。俺様が前に出よう。ゼファーも来ているはずだ。あれと戦う」

 「馬鹿な。これは罠だ。引くべ・・・」

 

 話の展開をしようとすると連絡が来た。


 「ゲイン様。左翼軍。右翼軍。斜線陣形で追い込まれたとの報告が」

 「斜線陣形だと。どういう形だ」

 「どういう形とは?」

 「どちらが突出して攻撃をしてきてる?」

 「それは、左翼軍は左翼側からの強襲。右翼軍は右翼側からの強襲です」

 「・・・中央軍と、左右軍を離すのが目的じゃない強襲だ・・・つまり・・・」


 フュンが選択した戦術が、左翼軍と右翼軍の切り離しじゃない。

 という事は狙いは・・・。


 「これは・・・まさか、大規模挟撃・・・または大規模包囲か!?」

 「は? 何言ってるんだ。挟撃? 包囲? この軍規模だぞ。出来るわけが・・」

 「いいや。そのままの勢いで中央軍に向かって斜線陣形を展開すれば、我々は巨大な包囲に遭うぞ。下がる。これしか選択出来ん」

 「馬鹿か。そんなことしたら、それこそ」

 「いや、いい。ここはなりふり・・」


 指示を出そうとすると、中央の伝令兵が来た。


 「敵中央が加速。走りが速くなっています」

 「なに?・・・包囲じゃないのか」

 「こちらは両翼を下げながらにしますか? 鶴翼のままだと端が弱いです」

 「その通りだ。下げろ。下げて全体も少しずつ下がる。そうしなければ、左翼軍と右翼軍が押し込まれた場合。敵の大規模挟撃を完成させてしまうことになる」


 敵の作戦を防ごうと、ゲインは必死に指示を出した。

 フュンが一枚上手。

 その事に悔しさを覚えても、逃げる選択を取れる。

 彼が冷静な判断力を持っていたからこそ、この戦いは難しいものだった。

 

 ◇


 「あれだと逃げられる。皆。急いで、せめて。あの端だけでも掴みたい。ネアル王。ゼファーに指示を! 鶴翼で出てしまっている。あの部分の兵を削れとの指示をお願いします」


 光信号で指示を出した。


 「ここは別に大規模にならなくてもいい。こちらが減らされた分くらいは、ここで勝ちます! それで先程の敗北はチャラだ!」


 相手が強い。それも分かりきっている。

 今の今まで、こちらの全ての戦略に、ゲインは対応してきたのだ。

 だからフュンは次の展開の為に、優位な状況を生み出すんだと頭を切り替えた。

 この柔軟さが、フュン・メイダルフィアの強さ。

 負けることになれているから、負けそうになっても心が折れない。

 勝っても奢らない性格から、どんな時も常に敵を警戒している。

 だから、会心の手を出して、それを相手が対処してきても、フュンは動揺しない。

 常に優位な状態を作ろうと努力するのだ。


 「まだまだ。僕らはここで手を緩めません。数が少ないのは百も承知で戦ったんだ! ここで負けられないです。いきますよ。引いている相手ですので、突撃が有効です」


 この日の勝負は、白熱の騙し合いからが本番であった。

 

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