第370話 帝都決戦 失敗があっても、前を向く
「ライドウ!」
拠点に戻って早々。
報告義務があるはずのシゲノリは、珍しくレックスたちに報告もせずに、ライドウに詰め寄った。
いつも淡々としている彼なので、周りにいた皆がシゲノリの感情的な部分に驚く。
「なんだ? シゲ??」
ライドウは彼から怒られ慣れているので詰め寄られても、いつもと変わりがない。
むしろ、今回は何で怒られるんだろうと、聞きに入っていた。
「お前のせいで。今回の作戦が強行突破になったんだよ」
「え? 俺のせい???」
「そうだ。お前。リュークさんと逃げ出す時に、隠密術! 忘れただろ!」
「隠密術???」
「足跡だよ。足跡。消してなかったんだろ」
「・・・・・あ・・・」
しばらくしてから気付く。
こののんびり具合がライドウの良さと悪さである。
「はぁ。どうして、いつもお前は・・・」
ライドウが優秀であるのは間違いない。
でもおっちょこちょいなのも間違いない。
だからこちらの計算が立たないので、困った人物でもあるのだ。
でも愛嬌があるので、憎めない男である。
「ごめん。俺のせいか」
「ああ。お前のせいだ。この作戦が難しくなったのがな! 何をしてくれてんだ!」
「・・・・・ごめん」
「ごめんで済むか。お前が、これほどに潜入を難しくしたんだぞ。皆さん。ここで命懸けで仕事をしているんだ。お前な、足跡くらいは消せよ! 痕跡を残すなんて影として失格だぞ」
「・・・・ごめん・・・言い訳出来ません」
いつもなら強引な言い訳を思いつく。
でも流石に今回は難しい。
「ごめんじゃない。ライドウ!!」
シゲノリが詰め寄ろうとすると、ジルバーンが現れた。
「こらこら。シゲノリ君。そんなに怒っちゃいけないよ。今後のライドウの士気に関わる」
ジルバーンは、シゲノリの肩に手を置いて諫める。
「ジルバーンさん。どいてください。こいつがミスをしなければ」
このミッションがもう少し簡単になったはず。
そう言おうとしたところに、ジルバーンが言葉を重ねる。
「シゲノリ君、違うよ。これで逆に上手くいくのさ」
「え?」
「逆に考えてくれ。これで敵が下を大警戒した。そっちの方がさ。こちらとしては相手の動きが分かりやすくなるよ。例えばさ。ライドウが痕跡を残さず上手くやった場合。敵の配置がランダムになるかもしれないのさ。もしくは地下を警戒せずに、城内のルート強化を行うはず。そうなると、どのルートで侵攻したらいいか。俺たちの選択に迷いがでたかもしれないのさ」
ライドウのミスがなければ、潜入ルートは全員で秘密の地下道からとなる。
でもそこから先の侵入ルートが、難しくなる恐れがある。
城内は、調べにくく、配置も変わりやすいだろう。
しかし、今回の出来事のおかげで、逆に城内の兵士たちに監視のローテーションが出来上がっているはずなのだ。
だから、ジルバーンの考えは逆転の発想だった。
これを利用して、皇子と皇女たちの戦いを導くことが出来ると思っている。
「だから、今回。ルート安全確保のために、敵の動きを見た方がいい」
「え?」
「いいかい。シゲノリ君。今回も影を使って、敵の配置を日によって確認するんだ。それで敵がどのようにして動くかを予測するんだ。そうすれば自ずと俺たちは・・・少ない数でもこの作戦を成功させることが出来る」
ジルバーンの言葉を聞いたレックスが発言する。
「それは正しい考えだ。さすがにここは慎重になった方が良いでしょうからね」
「ですよね。レックス将軍もそう思いますか」
ジルバーンの聞き返しに、レックスが頷く。
「ええ。ですから、ライドウ殿。そんなに重荷に思う事もない。ミスなど取り返せばいいだけだ。今度からは二度としないと、固く自分に誓うだけでいいんですよ」
「レックス将軍・・・ありがとうございます。俺、頑張ります」
ライドウは明るい。
なぜならここで。
「みなさん、俺頑張ります。ここにおいてください。頑張ります」
一生懸命に謝って、前へ進める。
ちょっとやそっとで、へこたれるような男じゃない。
だから、シゲノリのそばに、ライドウがいた事が重要だった。
彼がいて、シゲノリは真っ直ぐに影の道を進めた。
二人三脚。二人は切磋琢磨して影の道を進んでいく。
「ええ。頑張りましょう。ライドウ君」
「レオナさん。ありがとうございます」
そばに来てくれた人たち、一人一人に謝って感謝するライドウであった。
しかし、皆からは許されたライドウだったが、この後シゲノリにはこっぴどく怒られるのである。
◇
しばらくして、全ての計算をし終えたレオナが会議で発言する。
「そうですね。私たちも準備が必要ですから。このままシゲノリ君たちの影部隊に、偵察を延長してもらった方がいいですよね」
レックスが答える。
「ええ。ジルバーン殿の言う通りで、動きを把握してからがいいかもしれませんね」
「いくらだ? どのくらいの期間が必要なんだ」
ジュードが聞いた。
「五日くらいがいいはずだ。パターンが出来るとしたら三日くらいだと思うから、二日間を余分に見る事で、配置が見えてくるはずだ」
三日で一巡。
だから一巡後に確認の二日があれば、確実性が増す。
レックスの見立てが完璧だった。
実際に城内の交代は三交代制で、三日で一巡だった。
「では、私たちがやれば・・・」
シゲノリが聞いた。
「そうです。お願いします」
「はい」
「じゃあ。俺もやろう。俺とヘンリーもいく。実際に戦うのが俺たちなんだから。最初にそこを見といたほうがいいだろうしな」
ジルバーンが宣言すると、隣にいたヘンリーが。
「俺も? いや、俺は影の力はそんなに強くないんだが。ジルみたいに上手く出来ないぞ」
「大丈夫だ。俺と一緒にやれば、何とかなる」
「・・・そうか?」
お前みたいに器用じゃないんだが、とヘンリーは困っていた。
「わかりました。ヘンリーさんが、不安なのであれば、私が誘導しますので、私も一緒でもいいでしょうか」
「シゲノリ君がか。それは安心だな。うん。わかった。俺もやろう」
「はい。やりましょう」
ジルバーンとヘンリーも偵察に入った。
三人で隅々まで調べ上げて、他の影たちと連携して敵の配置を完璧に見抜いた。
間違いは、全員でカバーすれば、それが起点となる。
誰にでも間違いがあって、そして自分にもいつかは間違う時が来る。
だから、ミスをした人を咎める時間が勿体ない。
そんな事をしている暇があったら、皆で解決策を練るべきだ。
これがフュンの根本的な考えで、この考えがアーリア人には浸透しているのだ。
アーリアの協力体制は、フュンの思いから来ている。
◇
「いけます。ここで勝ち切る」
ユーナリアは全ての情報を地図上に記した。
「二日後。ここが私たちの勝負。帝都城潜入と、帝都決戦です」
「ん? どういうことです?」
レオナが聞いた。
「はい。私たちがこちらの地下で決戦をして、レオナ姫たちが城の中枢へ。これで相手を追い出します。レオナ姫のその後の考えは、こちらでは強制しませんので、決着はご兄弟でお願いします。しかし、私たちは敵として皇子が来るのなら、容赦はしないです」
ユーナリアの発言は、クロの事を指していた。
彼女は、この事件を皇帝一族でケリをつけるべきだと思っているが、クロがこちらに来るのなら、容赦なく倒すと宣言しているのだ。
「・・・そうですね。立ちはだかる敵に遠慮などいりません。結構です。責任はこちらにあります」
「はい」
レオナはその宣言の裏に隠されて真意に気付いていた。
もし殺した場合。
『あなたは私たちを罪に問うのか。次期皇帝よ』
という意味の言葉が隠されている事に気付けるレオナは、やはり優秀な女性だった。
「ふふっ」
「姫様、どうかされましたか?」
「ええ。あなたの言葉から、アーリア王を感じて、何だか面白くなってしまいました」
「王様ですか?」
「はい。弟子なんですね。血が繋がらなくても、人は似て来るものなんですね」
「王様に似ていますか? 私が??」
「はい。考えや言い方が似ていますよ」
「それなら嬉しいですね。私は王様を一番に尊敬していますから」
ユーナリアが笑った。
今まで仏頂面に近い無表情だったのに、王様について話した途端に笑顔になる。
ユーナリアにとって、王様はとても大切な人。
師弟の絆は強固なのだ。
「そうですか。あなたもですか」
「ん? お姫様もなんですか」
「はい。とても立派な方で。大変感謝しています。今までの私だったら、こうやって他の誰かと協力をして何かをしようとするなんて・・・考えもしなかったでしょう。アーリア王。タイロー先生。その他の素晴らしいアーリア人の方々。そして私の大切な兄弟たち。全てに感謝します」
レオナは本心からこの言葉を言っていた。
平等の精神に、慈愛の精神が加わった。
それが、成長したレオナの姿だった。
「はい。私も感謝します。レオナ姫。私もあなたの為に、一つお仕事をさせてもらいますよ」
「ええ。お願いします。ユーナリアさん」
「ユーナでいいですよ。王様にもそう呼ばれていますし」
「そうですか。では、頼みます。ユーナ」
「はい。レオナ姫。おまかせを」
太陽王の愛弟子ユーナリア。
その名が世界に轟くのは、この戦いを経験したから。
彼女が戦った決戦の名は、『帝都城地下の戦い』である。
アーリア歴8年1月1日の運命の決戦だ。




