第367話 オスロ平原の戦い 整える
戦いの最中でも、二人が同時に戦場の違和感に気付いた。
「「ん?」」
自分の指揮とは違う混沌の流れが背後に起きたので、フュンが振り向く。
フュンは、近くにいて同じように違和感に気付いたサブロウに指示を出した。
「今、ここを離れられないので、後ろの情報を僕に下さい。サブロウ。ゼファーもですが、もっと手前です。ビンジャー卿の方の戦況です」
「了解ぞ。行ってくる」
「はい」
後ろの戦場の動きの変化を調べに、サブロウが戦場の様子を確認しに行った。
◇
その頃。
横の戦場に違いが生まれて、自分の防御の形が盤石になっていくネアルも、ダンテのいる方向を見ていた。
「なるほど。これがフュン殿が言っていた。百年に一人の天才・・・我が子ながら、末恐ろしい。素晴らしすぎる才。これは親馬鹿じゃないな・・・これだと、アーリア王家に警戒されても、おかしくはないだろうな。まずいな」
自分が王であっても、ダンテの存在はよろしくない。
警戒もするだろう。
才がありすぎるから、ダンテが王家を乗っ取る判断を取ってもおかしくないからだ。
「私の教育が重要か・・・そういう事だろうな」
自分が若かったら。
最初から誰かの下に付くような立場だったら。
反旗を翻すだろう。
自分の実力を示したいがためにだ。
でも今は、その気持ちは一切ない。
なぜなら、フュンに仕えると言うこの上ない幸せを享受しているからだ。
彼以外だったら、反逆者にでもなっただろうが。
彼だからこそ誠心誠意仕えたい。
親子共々、アーリア大陸の発展に寄与したい。
だからダンテへの教育が重要だ。
彼にも、同じ気持ちを持ってもらいたいのだ。
「それに、有り余る才は、幸せを呼ぶとは思えん・・・国を守るための将軍にせねばならん。いや、なった方が幸せになるはずだ」
せめて、出世しても大将軍。
絶対にアーリア王にだけはさせないと、自分の胸の中で国に忠誠を誓うネアルであった。
◇
十分後。
戦場の影を上手く使って情報を得たサブロウが来る。
「フュンぞ」
敵と戦いながらフュンが話を聞いていた。指示の途中だったので。
「あれだ。左横。イリーナ。あそこに入って。マービンは右へ流れて」
指示を出した後に続きを促す。
「で? サブロウ」
「おうぞ。裏にいたのはダンテだぞ。ネアルが右と中央を安定させていると。おいらも思ったけどぞ。今はダンテが中央の守護者になっているぞ」
「なるほど。彼がですか・・・んん。あそこが一番難しいだろうにね・・・そこの安定どころか、僕の混沌すらも、安定させるとは・・・なんて子なんだ。化け物ですね」
「そうぞな。お前さんとネアルが一緒になったような子だぞ」
「なんか。それだと駄目ですね」
「なんでぞ?」
「僕が足を引っ張りそうです」
「ハハハ。そうかぞ?」
「ええ。足を引っ張ってビンジャー卿に悪いですよ。弱くなっちゃいます」
足して二で割ったら、弱くなっちゃうんじゃないか。
フュンの冗談交じりの返しだった。
「そうだ。ゼファーは?」
「大丈夫ぞ。押しているらしいぞ。でも、倒すまではいかんらしいぞ」
「ウォルフは強いですか。やはりね」
ゼファーの迷いを消してあげても、簡単に倒せる相手じゃない。
それと、さすがは不動のウォルフだった。
あのゼファー相手に、動揺せずに対処が出来ているらしい。
「混沌で減らすことが出来ている。ただ、致命傷になるか。そこが分からないな・・・ゲイン。あの人が僕の予想通りの人なら・・・」
戦っていながらもフュンは戦場全体を見つめた。
◇
「この現場」
ゲインは総大将の位置から全体を見つめる。
フュンの現場の状態に気付いた。
「奴の戦術は・・・・そうか。一対一にするというわけか」
乱戦にしているように見せて、実際は一対一にしてから個人で勝って、団体で優位する。
つまり最初の一人目を撃破されなければ、混沌は生まれない。
でも今からではその流れを止める事が出来ないので、ゲインは即座に判断した。
「撤退だ。救えぬ奴は切り捨てていい。出来る限り後ろに下がれ」
全軍に撤退命令を出して、兵の維持に努めた。
◇
引いてく敵を見てフュンも。
「やはり強いな。ゲイン・フーラー。あなたは、判断も良いし考えも良いんだ。素晴らしい将である・・・のに。なぜ帝国の為にその才を使わない」
敵の撤退が上手い。
確実に逃げる事が出来る敵だけが、逃げて。
逃げられないだろう人間は容赦なく切り捨てていった。
人の切捨てを実行したおかげで、敵は見事な退却をした。
「こちらも引きます。サブロウ。命令を出して」
「了解ぞ」
緊急信号弾の黒。
持ち場を離れて後ろに引けの命令がでた。
戦いは一時休戦となる。
◇
中央軍の三将が並んだ。
「申し訳ありませんでした。我の失態で・・・殿下とネアル殿に迷惑を」
ゼファーが頭を下げる。
「いえいえ。私は大丈夫ですぞ。それよりもゼファー殿。お怪我は?」
「多少のかすり傷はありますが、五体は無事です」
「そうですか。あなたでも倒せぬ相手ですか」
あれだけの長い時間戦って、この人物が倒せぬ人間がまだこの世にいるとは。
ゼファーの強さを良く知っているネアルには驚きがあった。
「難しいです。奴を倒すにはどこかで勝機を」
掴む以外に手がない。
ゲインという男は、あのレベッカのような神に愛された動きをしているのだ。
中々崩すことが出来ない。
「まあまあ。ゼファー殿。そんなに深く悩んじゃいけませんぞ」
「そうそう。ビンジャー卿の言う通りです」
「ネアル殿。殿下・・・」
ネアルの意見に同意して、フュンが答える。
「いいですか。ゼファー。あなたが勝つために色々考えるなんてもったいない。あなたは正面から、相手と戦えばいいだけです。いいですか。色々考えるなんてね。力のない者の考えですよ。力がある人はね。その力の使いどころを間違えなければいいだけですよ」
自分のような人間ならまだしも、ゼファーのような人間だったら、正面衝突のいきなりのぶつかり合いで十分だ。
しかもその後も、むやみやたらと考える事もなく、相手を打ち負かすための戦いをした方が効率がいいはず。
ゼファーならなおさらそっちの方が戦いに身が入る。
「二人とも。ここは無線連絡で密に連携をして、僕らで勝ちましょう。ここが同数対決。この戦場が最も重要です。他二つは数に違いがありますから」
左右はいまだに数で負けている。
ただし、そちらの戦いで、こちらの軍が負けていないのは、左右軍の将たちが優秀だからだ。
クリスやギルバーンの巧みな戦術で、この日も互角な戦いを演じていた。
「そうしますか」
承諾したネアルは自信満々になっていく。
続ける言葉にも自信があった。
「それに、私たちが手を組めば。この世界で最強でありますぞ。まあ、言わなくてもそんな事は、簡単に証明されるでしょうから。ここで多少の苦戦など、歓迎です。世界に向けて、アーリアここにあり。と見せつける事にしましょう」
「おお。それはいいですな。ネアル殿」
「ええ。ゼファー殿。私と戦った時の強さを出してもらえば、あなたは勝てるはずですぞ」
「そうですかね。我はあなたに勝ったと思っていないのですが」
ガイナル山脈の戦いで、対決して勝ったイメージがない。
ゼファーはネアルの強さを知っていた。
「いえいえ。あの時の戦いはあなたの勝ちでしょう。私こそ勝ったとは言えない。陣を確保しただけだ」
後ろに下がって陣に籠っただけ。
あの時のゼファーが鬼のように強かったから、あの戦術でいくしかなかった。
「そうですよ。ゼファー。ビンジャー卿の言う通り。あなたの人生。実は誰にも負けていないんですよ。あなた個人はね」
フュンが諭す。
「あなた。初めから誰にも負けていませんよ。ロイマンさんの時。僕の初陣の時。二度のアージス大戦。イーナミアとの決戦に。ワルベント大陸でも。僕は負けっぱなしだけど、あなたは誰にも負けていない。だから僕が生きて来られたんです。僕のそばに君がいたから、僕は生きています。ありがとう」
「殿下・・・」
「ですから、今回も負けません。僕はゼファーが負けるなんて想像できませんからね。だからどんなことがあっても、あなたの持ち場だけは勝利すると思っています」
「・・・殿下・・・ありがとうございます。不甲斐ない従者に・・・それほど温かい言葉を・・・」
嬉しすぎてゼファーが泣きそうだった。
「いや、別に正直に・・・」
しかしフュンは困る。別にそんな大層な事を言っているつもりがなく、正直に感謝を述べて、正直に言って、ゼファーが誰かに負けるなど考えた事がないのだ。
本心を伝えたら、泣かれそうになってどうしたらいいか分からなくなっていた。
「我。必ず殿下に勝利を!」
「ええ。お願いしますね」
持ち直したゼファーに微笑んで、次なる手を考える三人だった。




