第364話 オスロ平原の戦い ウォーカー隊と言えば
「あれは無理だな」
フュンは望遠鏡で、ゼファーたちの陣形を見た。
飲み込まれるようにして、中に入っていく彼らの部隊。
完全に入りきる前に、無線で指示を出す。
「ビンジャー卿」
「なんですかな」
フュンからの指示にワクワクしているネアルは、嬉しそうに答えた。
戦争の時のフュンをそばで体験できるいい機会だと思っている。
「あなたに防御を任せたい。ここで全体が左肩上がりになるので、その際。後方のバランスを見て欲しいです。僕の指示が通っていない部分があったら修正をしてください」
「わかりました。王が何かするのですかな?」
「ええ。僕が前に出て、ゼファーを救います。あのままだと、みんな死んでしまいますからね」
「・・・それほどだと」
「それほどです! なので僕がでます。僕はもう二度と誰も失いたくありません。この戦いで、誰一人・・・僕の大切な人たちは失わない・・・必ず守る。守って勝つ。僕の人生最後の戦い。皆を守りながら勝つことにするんです」
ここが最後の戦い。
ここが上手くいけば、世界連盟の道が開く。
内戦が終わった二大陸。
ルヴァン。イスカル。ワルベント。アーリア。
四つの大陸に、戦争が無くなる。
世界に戦争が無くなる時代が、ようやく訪れる事になる。
だから、フュンは、ここで誰も失いたくなかった。
平和となる時代で、皆笑顔で生きていきたい。
それが、フュンのささやかな願いなのだ。
高望みしないのがフュンらしさだった。
「そうですか。わかりました。私がやりましょう」
「はい。お願いします。あなたにしか頼めず。申し訳ない」
「王妃・・・シルヴィア様も指揮が出来るはず」
「ええ。そうなんですがね。この人はねぇ・・・」
フュンが横を見ると、シルヴィアの目が輝いていた。
「・・・僕についてくる気なので、指揮が無理です」
妻の行動を良く知っているので、呆れて答えた。
「ハハハハ。さすがだ。アーリアの王妃は勇ましいですな」
「ええ。まったく。だから困っていますよ・・・大変にね」
「わかりました。ここはおまかせを、私があなたの支えになりましょう」
「はい。助かります。あなたになら命を預けられる。後ろをお願いしますね」
英雄フュン・メイダルフィアが突撃を仕掛ける。
その後ろを守るのが、かつての宿敵ネアル・ビンジャーだった。
最強の英雄コンビで戦うのが、オスロ平原の戦いの三日目。
伝説に残る突撃と、その後の戦術である。
世界史に載っている有名な攻撃だ。
◇
無線を置いて、フュンが指令を出す。
声を拡張させて、部隊を鼓舞した。
「皆。僕と共にいきますよ! 僕が先頭を駆けるので、あなたたちは、僕の背を信じてください。僕とシルヴィアが道を作ります。いいですか。敵の壁をみんなで、こじ開けます。僕らが最も得意とする。最強の戦術をあそこに叩き込みますよ。よいですね」
「「「おおおおおおおおおおおおお」」」
フュンが部隊の先頭に立った。
2万の軍を率いて進む。
包囲を受けたゼファーの背後に入ろうと動いた。
「シルヴィア。起点を言います」
「はい」
フュンとシルヴィアが並んで戦場で戦う事が、意外にもここで初めての事だった。
長年の夫婦でも、ここが初。
しかしその事実に気付いたのは後になっての事だった。
いつも二人で、一緒に戦っているような気持ちでいたから、全く気付いていなかったのである。
似た者同士の夫婦で、仲が良い。
「ここから十列先。あの赤い眼鏡の男性の右。あそこに入って、ジグザグに人を斬ってください。列を乱して」
「はい。わかりましたよ」
「ええ。では次。ウルさん」
左後ろにいたウルシェラへ指示を出す。
「なに?」
「あちらの奥。兜に鬣がある人の所を直進してください」
「了解」
なぜとは聞かないで、言われたとおりに動く。
フュンを信じていれば上手くいく。
今までも、これからも。
ずっとそう思っているから、疑問なんて意味がないとウルシェラは考えていた。
「シェンさん。僕が入るところから、左三列先に入ってください」
右後ろにいたマーシェンにも指示が出た。
フュン親衛隊はここにも来てくれていた。
長距離移動を経験しても、フュンの為に駆けつけるのが親衛隊。
共に生きてきたので、呼吸はピッタリ合う。
それも一万の軍の呼吸が合うとなると、その力はとてつもない。
「おうよ。いいぞ。俺に任せろ」
「うん。いつも通り、頼みますよ」
「ああ。任してくれよ」
王と一般人が友達。
そんな事はアーリア大陸でしか起きない事。
ここは、フュンが常識外れの王様なのである。
「では、突撃します。いきます」
声を拡大して全軍に知らせる。
「僕に続け! 皆の者よ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
戦場を駆ける爆発した声。
圧倒的な士気を披露して、相手を威圧する。
これが、フュンが率いる軍の特徴。
個人の実力じゃなくて、集団戦に置いて、無類の強さを持つのが、フュンが率いる軍の士気なのだ。
これは他の軍にはない強さと言える。
連結した思いに、連携した攻撃。
これで一瞬で、相手の体勢を崩す。
完璧な包囲戦をしていたはずのロビン軍は、ここから崩れる事になる。それがどのように崩れるかは、ここまでの歴史を知る者であれば、否が応でも分かってしまうだろう。
彼の持つ最強の戦術は、大切な人から受け継いだあの戦術だからだ。
◇
ゼファーとウォルフが互角の剣戟をしていると、タイムが気付いた。
敵に乱れが生じている。
自分から見て、手前よりも、その奥に乱れが生じていた。
「変だ・・・今まで敵の隊列が乱れた事はなんてないのに・・・これは、まさか。リョウ!」
タイムは近くのリョウを呼んだ。
「はい。タイムさんなんですか」
「これは、来ます。備えて」
「え? なににですか」
「これは、混沌だ! 波が来ますから、こちらもあれを捉えたら、ここの道を開けなさい。僕は前に行って、ミシェルの方を支えます。あちらの方が渦が厄介な形になるはず」
タイムだけが気付いた。
自分たちの得意戦術が起きる予兆があった。
兵士たちの動きに、揺れがあったのだ。
「これほどの揺れを起こす人物は、一人しかいない」
「だ、誰ですか」
「当然。僕らのフュンさんしか出来ない。この規模は彼じゃないと作れませんよ」
渦を作る事が出来る者は他にもいる。
でもこれほどの巨大な大渦を作るのは、自分たちの世代ではフュンだけしかできない。
彼とミランダだけが起こせる大渦。
それが必殺の戦術『混沌』だ。
敵も味方もここからは、入り乱れる事になる。
そんな場所で戦うには気持ちを入れねば、簡単に死んでしまう。
巻き込まれる形ではいけない。
巻き込む形にならないと、一緒にやられてしまう。
だから、タイムは、リョウに指示を出した。
「リョウ。気を引き締めなさい。混沌は、初でしょうからね」
本格的な混沌は、ここが初だろう。
だから気をつけてと、タイムはそう言い残して前方に進んだ。
◇
「見えた!」
フュンは、仲間たちが見える所まで突き進んだ。
接続できる箇所に最強を送り込む。
「シルヴィア。そこから左にズレて、リョウを目指してください!」
「了解」
シルヴィアの剣閃が、相手を一直線に切り裂く。
同時にニ、三人倒れると、道が開いていった。
そこから、六閃。銀色の剣閃が煌めくと、フュンが率いている軍とゼファーの部隊が接続となった。
「リョウ!」
「王妃様!??!」
リョウから見ると、さっきまで奥地にいたはずのシルヴィアが一瞬でこちらに来たという見方になる。
速すぎる突進に驚くしかない。
「リョウ。ここから乱れに乱れますので、気を張ってください。本格的な混沌をフュンが始めますからね」
「わ。わかりました」
「よろしい。では、私は他を接続させます」
シルヴィアは、指示を出した後。
別な箇所に攻撃を仕掛けた。
味方同士を繋げて包囲戦を解除していく。
ここまで上手くいくと、通常ならば、ここで逃げる。
包囲戦が解除されたので、相手の体勢を崩してから逃げるのが定石。
しかし、フュンは違う。
ここで相手を狩る気なのだ。
反撃の糸口にまで、持っていこうとする。
ここが、フュンの武人としての荒さの部分だ。
無数の接続箇所の一つから、フュンが包囲の中に入って来た。
「よく頑張りましたね。皆さん。しかしここからが、踏ん張りどころだ。始めます。混沌だ! 声、届いてますか!」
ゼファー部隊の士気が落ちていた所に、フュンの声が響くと。
「「「おおおおおおおおおおおおおお」」」
こうなれば、持ち直すに決まっていた。
主の声で巻き返す。
その気合いが入った。
「では、ハートル。ローデ。クルトン。ノラン! 逆に前に出る。斜めに走りなさい。それに合わせてこちらの突進が刺さりますので、守りから攻撃に転じなさい」
「「「「はい」」」」
小部隊長の名前を言えるフュンは、さすがだった。
人の名前を記憶すること。これが天才的である。
「さあ、乱せ。乱れるんじゃない。乱すんだ。皆で戦場を荒らします!」
ウォーカー隊最高戦術『混沌』
その陣形が、ここで完成した。
かつての優しいだけのフュンでは、その戦術を取らないだろう。
そんな事も昔は言われていたりもした。
師であるミランダ・ウォーカーもそういう風に思っていた。
でも、この大一番で、最強戦術を相手に叩きつけるくらいに、フュンは成長していたのだ。
優しいだけじゃない。
強さも持ち合わせた男となったフュンは、今回初めてあらかじめ決めた混沌じゃない混沌を実行した。
急遽であろうが、決断した理由は、ここが勝負所だと、彼の勘が囁いたからだ。




