第361話 オスロ平原の戦い 相手を知るための戦いだったはず
戦いが行き詰ったことで、フュンが撤退命令を下してから一時間後。
見事な撤退戦を披露したフュンたちは、ほとんど兵を損失することなく後ろに引いた。
敵の華麗な動きにゲインも追撃をせずに、本営に戻る。
双方ともに各地の戦場の情報を手に入れるために、将との無線会談をした。
◇
ゲイン側。
総大将の驚きから始まる。
「なに!? アルセロがやられただと」
「ああ。ムカつくぜ。私が可愛がっていたアルが、わけわからないのに斬られた」
カスターニャがイラつきながら答えた。
「・・・なんだと。奴ほどの手練れがか・・・仕方ない。ここは穴埋めを・・・」
将の損失は痛い所だった。
彼がいない事を悲しむのではなく、今後の計算をする辺りがゲインと言う男の非情さを物語っている。
それに対してこちらも。
「あ? あいつ負けやがったのか。雑魚相手に負けるとは、俺様が鍛えた方がよかったんじゃないのか。ターニャ!」
ウォルフは負ける方が悪いと叱責した。
「すまない」
「しょうがねえ。死んだもんは、忘れろ。やられる奴が悪い」
「・・・・」
まだカスターニャの方が部下想いだった。
◇
フュン側。
「全体。見事に逃げ切りましたね・・・何か報告がありますか」
無線で左右に呼び掛ける。
「こちら、クリスです」
「はい。なんですか」
フュンは穏やかに会議を続ける。
「サナ殿が負傷しました。こちらの戦場から下げます!」
「な!? サナさんが!? だ、大丈夫なんですか」
慌てたフュンが立ち上がった。
「はい。命に別状はないのですが、傷が多いので、負傷退場にしたいと思います」
「負傷?? なぜです? 僕は、退却命令を出したはずですが・・・」
全体を下がらせる意図は、兵数の差を覆すための回復期間にしようとしたのだ。
なのに、負傷するまで戦ったのは何故だと思ったのだ。
「それが、シュガ殿がお伝えしたいと」
「ええ。いいです。シュガを出してください」
クリスは現場にいなかったので、シュガと変わった。
「フュン様。彼女は、敵将を破ったのです。ですから負傷となりました」
「な!? 敵将を?」
「はい。アルセロ。という男でした」
「アルセロですか・・」
敵将たちの実力がいまいちわからない。
ゲインを調べた時に分かったことは、ウォルフのみだ。
彼は自分の配下を公にしていないために、戦力を今まで隠してきたのだ。
だから誰が、どれくらい強いのか。
それがよく分からない。
フュンの情報網でも、わからなかったので、ここは戦って情報を得るしかなかった。
それだから、初戦だけは無理をせずに行こうとしていたのだが。
しかしまさかここで、サナが大戦果を挙げてくれたのだ。
喜びと驚き。それに安堵もした。
将の直接対決で、死ななくて本当に良かったと思っている。
一騎打ちは、死亡率が高い傾向にある。
「とても強い将でした。私とサナ殿だけでは勝てない相手に、彼女が一人で挑み。そして屠ったのです」
「え?・・・え???」
二人がかりで勝てないと言っているのに、結果は勝ち。
疑問に思うフュンは、無線越しでも首を傾げた。
「あれは、まるで太陽の戦士・・・私がフュン様の友だと、証明してやると言ってましたよ。そしたら彼女の強さが増していったので、あれは・・・そうですよ。太陽の戦士みたいでした」
「まさか・・・サナさんが!?」
友達である事は確定だ。
でも、太陽の戦士であるとは思ったことがない。
それなのに、彼女の力が増したなど、にわかには信じられない事だった。
ここで、無線がクリスに変わった。
「敵将のバランスが崩れたと思います。ミオリコ。カスターニャ。アルセロ。これが敵の左翼軍でした。ですが、敵の左翼アルセロを粉砕したので、こちらは有利かと思います。シュガ殿が引き続き指揮が出来ますし、マルクスさんも引き続きカバーに入ると」
「そうですか・・・ミオリコ。カスターニャ。誰か。それらと戦いましたか?」
フュンが、情報を聞き出す。
対戦相手の無線に変わる。
最初がリエスタ。
「叔父上! ミオリコは私です」
「リティ? あなたが戦ったのですか」
「はい。最初はランディでしたが、私が代理をしました」
「勝てそうです?」
「どうでしょうか。私と奴だと。互角でありますね」
「互角・・・ですか。なるほど。リティでも互角だと」
手数と速度のリティ。耐久性と一発の破壊力のミオリコ。
互いの攻防だと互いが致命的な一撃を与えられないので、全くの互角となった。
「ですが、勝ちます。叔父上、心配せずに」
「いや、勝ちに急がないでください。そちらは右翼軍の左翼部隊なので、中央軍と連携されないように、そこは防御を固めないといけません。ランディの指揮を信じて、無理をしない事です。いいですか」
「・・・・はい」
返事に間がある。
納得していないと思ったフュンは、苦笑いで話す。
「リティ。君が暴れる時も来ますから、時を待つのもまた将の役目。あなたの将としての立ち位置は、あのウインド騎士団ですよ。いいですね!」
誇りある騎士団に所属している身で、我儘を貫くような事ではいけない。
フュンはリエスタの指導もしていた。
「わかりました。叔父上。ランディの指揮の元で戦います」
「ええ。ランディ!」
「はい。何でしょうか」
「あなたを信じてますからね。頼みます」
「お任せを」
明るいランディの声が聞こえて、フュンは安心した。
「カスターニャは? クリス。そちらの中央ですよね」
「ええ、タイローさんが戦ってくれました」
「タイローさんが?」
「はい。今、代わります」
タイローが無線に出た。
「フュンさん」
「タイローさん。敵はどうでしたか」
「はい。強いです。私が戦った女性も、体の大きな人でありましてね。それでいて速くて、私の八割の速度と同じです」
「タイローさんの速度に対応できるんですか?」
「はい。それで単純な体の強さがあるので、殴っても効きませんね。鋼のような防御力ですよ」
「なんと。それほどですか・・・そうだ。指揮の方は?」
「ええ、そちらも出来ます。だから、敵左翼軍もすぐに安定したのでしょう」
戦えることは当然。
その上で、指揮まで取れる将が相手の左翼大将。
中々難しい戦場に来たんだなと、フュンは頭を悩ませても、最後に指示を出す。
「そうだ。クリス。タイローさん。サナさんに頑張りましたねと伝えてください。ありがとうともお願いします。その将を破った事。おそらく、この戦いを有利に動かすきっかけになると思いますから」
「「了解です」」
二人の返事の後に、ギルバーンとイルミネスの報告も加わる。
イルミネスが話す。
「フュン様」
「お! イル。なんですか」
「ショーンと私でこちらの情報をまとめました。右翼軍の大将はイハラム。そして、左右に将はおらずで、副官としてのサイードという男が、彼を支える将でした。その男が、左右に移動しながら指揮を取るようです。意味がある事だとは思いませんが、でもかなり強いです」
「イハルムに・・・サイードか」
名を聞いても情報がない。
せめて、一人くらい知っている人間がいれば、どこかに取っ掛かりがあるんだけどな。
っとフュンは、人読みからの崩しを実行したかった。
「危険な雰囲気がありますよ」
「ギルが感じるんですね」
「フュン様。私が見てもその感覚がありますわ。なので慎重にいきたいと思います」
「メイファもそう思いましたか」
「はい」
ギルバーンだけでなく、メイファも同じような考えだった。
だからフュンは丁寧に行動を起こすことにした。
「わかりました。では皆さん。明日からのニ、三日。待機のような攻防をします。相手の実力を見ます。いいですか」
「「「はい!」」」
まずは敵を知る事から始める。
そこが重要だとフュンの指示は皆に伝えられたのであった。
だが・・・。
◇
アーリア歴7年12月28日
様子見の戦いが続いた中で、昨日から目の前の軍の動きが悪くなった箇所があった。
それが中央軍の敵右翼部隊だ。
ちょうどゼファーの前の部隊の一か所である。
「あれは・・・リョウ!」
「はい!」
こちらに来ることが出来たリョウが、ミシェルと共に副将を務める。
「スナルか!」
「スナル・・・??? ああ、あれですね」
スマルだなと思っているリョウは、訂正することなく話を続けた。
「そうですね。確認してみます」
敵将の中で、唯一情報を持っていると言ってもいいのが、スマルだった。
一度対戦したので、彼の弱さを知っている。
少し時間が経ち・・・。
「前線の影から連絡が来ました。おそらくそうかと」
「よし・・・ならば出るか」
様子見の戦い。
といかない事になるのが、三日目。
大激戦の始まりは、中央軍左翼ゼファー部隊から始まる。




