第356話 強引であろうと仕方ない
フュンが作戦行動に入る。
全軍をオスロ平原に配置。
西側に移動して、相手を東側に置こうとしていた。
しかしそれだけでは敵をつり出すことはできない。
だから、フュンは川を利用。生活用水を使う水の部分に下剤を入れた。
民に被害が出るやり方をフュンが活用するのは、大変珍しい。
しかし、この下剤。
香りを嗅ぐだけで、三日間お腹が痛くなるだけのものだ。
水に仕掛けるというあくどい事をした割には、それほどの害はない。
これをやらない場合。
フュンの予測は一年以上の籠城戦だ。
ロビン。ゲイン。双方の性格を考慮しても、恐らくそのまま籠城を決め込んで、民から餓死する者が出ても、無視していくだろう。
それで、帝都を攻略するのはいたたまれない。
だから、迅速に解決が出来て、被害が弱い方を選択した。
◇
ネアルとフュンの会話。
「珍しく強引な手を取りましたね」
「ええ。取りました」
フュンの目は帝都を見ていた。
「アーリア王。これで敵が出てきますかな」
「ええ。出てくると思います。最後は、戦って包囲を解放するしかないと思うはずです。しかも、僕らがオスロ平原に先に布陣しているので、出て来るしかないんですよ」
「・・・んんん。そうですか? 武器類がまだあれば、籠城の方が」
「そこです。それを狙います。今は、皆さん。お腹が痛いでしょう。だから注意が自分たちに向かっている。そこをやります!」
フュンの作戦はまだ続く。
◇
アーリア歴7年12月23日未明。
この日、帝都では大量の銃弾が暴発した。
管理していた倉庫が爆発に近い形で焼けていく。
仕掛けたのは、ライドウたちだ。
潜入していた影たちで、帝都の兵たちが、お腹が痛くなっている隙間を縫って行動を開始。
戦いは裏から始まっていた。
帝都城にて。
「クロ、何が起きている」
「わかりません。でもおそらくは・・・」
クロは考えがまとまっていたが、ここでゲインが来た。
「敵の罠だろうな。川も支配域に入っているんだぞっと見せびらかす戦法だろう。生活用水に下剤でも仕込んだか」
的確に見抜いていた。だから予測も完璧になる。
「つまり今後も、ここに居続ければ、同じ展開を仕掛けるとの脅しだな」
そうフュンの狙いはそこにある。
いつまでもそこにいれば、同じことを何度も繰り返すぞと言う脅しだ。
しかもその期間をランダムに設定するために、水を使える時期と使えない時期を作り出す気なのだ。
疑いながら水を扱うのは、民たちの不満が爆発しやすくなる。
つまり、このままいくと、ロビンたちは、フュンたちと戦わずにして、帝都民と戦う羽目になるのだ。
内部崩壊を狙った絶妙なバランスの攻撃。
「仕掛けた男は謀略型だな。誰だ」
ゲインは敵の本質を見抜いた。
「アーリア王です。他国の王の分際で、こちらにちょっかいを出しています」
クロが答えた。
「そうか。その男。こちらに戦えと言う事か。あそこに布陣しているのも・・・そういう意味か」
閉じこもってないで、出てこい。
その言葉を叩きつけてきている。
ゲインはフュンの行動で言いたい事を理解していた。
「仕方あるまい。ここは戦うしかないか。私と、ウォルフでな」
「お爺様がですか」
「ああ。お前たちでは勝てんだろう。その男にはな」
孫では勝てない。
こういう経験がないからだ。
ここまでのやり口に熟練の腕を感じる。
あの若い娘。レオナのやり方じゃない。
ここに来ての戦い方が別になっている。
ほぼ全土を掌握していたロビン。
今の支配域は帝都のみになっている。
それも、このたったの一か月くらいで帝都のみにまでなったのだ。
同時攻撃をしてきたかのような進軍は、あまりにも早すぎる展開で、こちらが有効な手を打てないほどだった。
要は手慣れているのだ。
こんな事は、あのレオナでは出来ない。
「それに銃も扱えぬようにしてくるやり方。殴り合いをせよと言う事だな」
フュンの言い分は、今持っている銃のみで戦えだ。
保管庫を失った事で、新しい補給路ラインが欲しい。
けど、今は帝都一個のみだから、今持っている分で、節約して戦わねばならない。
「制限をかけられた上に、表に出て戦え・・・か。中々やりおる」
ゲインは相手を褒めた。
とにかくうまい。
戦場設定もまた力勝負が出来る場所だった。
こちらにも勝機がある場所だから、誘惑にも近い戦場設定だ。
勝てる可能性を敵に見せても、自分が勝つという自信が垣間見える。
安い挑発だと思っても。
ゲインにも意地があった。
「ウォルフと共に出る。お前たちは帝都を守れ。いいな」
「「は、はい」」
「敵が来るかもしれんからな。ロビン。今はお前が王だぞ。しっかりしろ」
「わかりました。お爺様」
ゲイン・フーラー。ウォルフ・バーベンが出陣した。
◇
アーリア歴7年12月24日。
フュンが直接言っているわけじゃないが、そこに陣を構えてみせろとした場所に、ゲインは堂々と陣を構えた。
敵の誘いに乗った形となる。
敵軍が見える場所に構えて、ゆったりと本営から敵の様子を窺う。
大規模だった。
こちらも多くの兵がいて、そちらにも多くの兵がいる。
遠巻きでここを見る事が出来たら、壮観であろう。
ゲインはそう思っていた。
「ウォルフ。やれるか」
「当然だ。俺様が全てを片付けよう」
「ふっ。まかせるぞ」
「ああ」
自信家のウォルフは、敵陣を見つめていた。
「あれを倒せば、あとはこの国はこちらのものだ。最後の決戦であろうな」
「そうか。その後は?」
「ここを盤石にして、ワルベントも制覇するか。ウォルフの力なら出来るだろう」
「まあ、出来るな」
「それではまずは明日だ。最初は討論からかな。相手の出方を窺う」
翌日。
先頭に出たのが総大将同士。
フュン・メイダルフィアとゲイン・フーラー。
オスロ帝国内の事なのに、フュンがいる事が異例だった。
部外者がいるのが奇妙である。
「どなたが。フュンと言う方かな」
「僕です。あなたがゲインさんですね」
始まりを告げる会話が穏やか。
互いの位置は遠いために、先頭同士にいても、姿が詳細には見えない。
「ああ。そうだ」
「ええ。話が分かってくれそうな方ですね。どうです。ここは停戦といきませんか」
フュンの口撃から始まった。
「これこれ。冗談を言うもんじゃない。その戦う気満々の布陣では、停戦をする気がないだろうに」
そちらから停戦と言うのは士気に関わるんじゃないのか。
ゲインは、これを次の会話で展開しようとした。
「いやいや、僕はしても良いですよ。あなたが、負けを認めてくれたらね」
しかし、フュンの会話は、その展開を許さない。
会話からも反撃の糸口を狙ってくる人だと、フュンが一瞬で判断。
だからこその反撃をした。
ここに気付くのが遅くなれば、味方の士気を下げる所だった。
フュンは口だけでは誰にも負けない。
その自信がある。
「ほう。こちらが負けるとでも言いたいのか」
崩せないと判断したゲインは会話を続けた。
「いえ。違います」
「ん?」
相手の展開が読めないので話をさせる。
「そちらの軍が負けるんじゃなくて。あなたがこれから負けるんですよ。だから、未来の為に停戦をしませんかと、あなたのために言っています」
厭らしい言い回しだ。
ゲインはフュンの口の上手さに感心した。
「いや。それは分からない未来の為に、こちらが停戦をしろと? それはありえんでしょう。その言い回しではこちらを説得できん。いや、もしや。あなたは勝つ自信がないと言いたいのかな。そうだとしたら、そちらが敗北を・・・」
宣言したらどうだという言葉を言わせない。
フュンは自分の言葉を差し込んだ。
「いえいえ。僕はね。あなたじゃなくて、未来あるそちらの兵士さんたちに問いたいのですよ。良いのですか。反乱軍に味方しても?」
「なんだと・・反乱軍?」
その理屈は?
ゲインは面白い展開をしてくると思った。
「ええ、反乱軍です。なぜならこの軍は僕が指揮を取っているので、この軍は正式なジャックス・ブライルドル皇帝陛下の直属の軍なんですよ。僕が指揮を取っているので、この軍は特殊軍。アーリア軍となっています」
オスロ帝国皇帝の直轄軍アーリア軍である。
フュンの屁理屈のように思えるが、本当に正式な軍なのだ。
任命もされているし、文書も残っている。
それに双方の承諾がある。
帝国人すらも信じられない。
そんな同盟が、二人の間では、成されていたのだ。
「よって、僕らは正式なオスロ帝国の軍です。なので、あなた方が反乱軍となります。よろしいでしょうか。皆さん。申し訳ありませんが、大義名分がこちらにあるのです。不当な理由で、帝都を占拠する。そんな暴挙に踊り出た! というのがあなたたちになっていますよ。ゲイン・フーラー殿と、その彼に付き従っている皆さんは、そういう形となっていますね!」
彼は自分に言っていない。
周りの兵士たちに自分たちの会話を聞かせている。
ゲインはその事に気付いているが、ここから士気を建て直すための言葉が難しい。
なんともまあ、厄介な男がいると、前を睨んだ。
「それは、レオナ殿が悪いのですよ。皇帝を暗殺し・・・」
「その理屈。お孫さんからですか? それともあなたからですか?」
「ん?」
展開をさせない。
フュンは主導権を与えるつもりがない。
「皇帝陛下を暗殺し、僕を暗殺したのは、レオナ姫。それ、おかしくないですか? 僕、生きてますよ」
「・・・・私はあなたを暗殺したとは言っていないぞ」
「ええ。言わせませんでした。言っても言わなくてもどうでもいいからですね。だって僕、生きてますもん。ここに証明されているので、どっちでもいいです」
話がしにくい。
口の立つはずのゲインが止まった。
「ああ、そうだ。おひとつ。間違いがあります。皇帝陛下はね・・・生きておられますよ」
「なに?」
「あなたたちは殺したと思っているのでしょうが、陛下は長い休暇中です。お仕事をたくさんされたので、お休みになられただけ。もう少しで帰ってきますよ」
「嘘を言うな。そうやってこちらを騙すつもりだな」
ここのフュンは騙すつもりがない。ここは真実で敵を操る。
嘘と真実。二つを持つと人を操れるのだ。
フュン・メイダルフィアの特技だ。
「いえいえ。こちらをどうぞ」
フュンはとっておきを披露した。
◇
彼が持っていたのは、当時の最先端技術で録音機であった。
「余は、オスロ帝国皇帝ジャックス・ブライルドルである。今は太陽暦1843年10月10日だ。今、話しているのは本物の皇帝。殲滅王ジャックだ。それを証明するのは、アーリア王。ここにおられる」
「はいはい。僕もいますよ。ジャックス陛下の隣にいま~す」
録音機から、フュンの声が聞こえた。
「ん!? フュン殿。なぜそんなに軽い。この録音。余が生きている証明ではなかったのか?」
「いや、だって。普通にしていた方が良いんじゃないんですか。これを聞いてくれる人たちが信用します。僕とあなたが、王と王じゃない。ただの友人だってね」
「は、はぁ。まあよい。この人はそういう人なのだ。余の友人フュン殿の言葉は、本物だ。余は生きている。彼のおかげで余は無事である」
ジャックスとフュンの普段のやり取りが垣間見える音声だ。
「まあ、僕はね。敵が殺しに来るとは思わなかったんですよね。やり口から言って、もうちょっとうまい方法がある・・・たぶん、ゲインさんなら思いつくんじゃないのかな。なのに、お孫さんにやらせたんですよね。でも、その意図はわかりますよ。ねえ、陛下」
「うむ。そうだな。余らと考えが同じなのだろう。ゲインも下の世代で決着を着けたいと考えたのだろうな」
二人は敵を見極めていたのだ。
ゲインもまた、我らの世代じゃなくて、次の世代が物事を決めるべきと感じているはずだと。
「ですよね。未来ある人達に勝利を掴んでほしい・・・これですよね」
「そうだな。余もだ。だから、ここで待っている」
「子供たちを待っているんですね」
「うむ。そうだ。余の子らが、未来を掴むのを待っているぞ。覇者となり、余の前に来い。我が子たちよ」
ジャックスの言葉の最後は、子供らを信じているだった。
◇
「てなわけで、生きてますので、皆さんが反乱軍です!」
ここで、この場にいる全員が、フュンの言葉を理解できた。
皇帝が生きているのなら、勝手に軍を動かせば、そこが反乱軍。
皇帝が生きているのなら、彼から使命を受けた軍が、正式な軍。
全ては、この時の為に、フュンが仕組んだ事。
選挙も。同盟も。何もかも。
この時の戦争の正当性を得るために作った罠だ。
彼が狙い撃ったのは兵士の立場。
よく分からない状態から、ハッキリと反乱軍の立場であると、証拠を出される。
すると不安になるに決まっている。動揺するに決まっている。
帝都にいた兵士たちの心がざわめていた。
だからここで指令を出すべきじゃないのに、ゲインは指示を出す。
不本意ながら、フュンに操られながらの指示だった。
「突撃だ。進め!」
これで、強引に誤魔化すしか出来ない。
士気を完全低下させてはいけないからだった。
何も考えさせないでいかないと、頭に残るのは、自分たちが反乱軍であるという三文字だけとなるからだ。
フュンの戦略は、最初からここにある。
人の心。
彼の伝説の始まりも、終わりも、全てが人にあるのだ。
なぜなら、人の人生には、自分と他者がいて、初めて意味があるからだ。
オスロ平原の戦い。
アーリア戦記にも書かれている。
フュン・メイダルフィアが指揮を取った最後の戦い。
世界でも、アーリアの英雄として名が残っている理由は、この戦いを経験したからだ。
彼の奇想天外な戦略図と、堅実な戦術と大胆な作戦。
これらの力を余ることなく発揮する一大決戦の名が、オスロ平原の戦いだ。
総大将はフュン・メイダルフィアとゲイン・フーラー。
双方ともに、皇帝とは関係のない二人。
勝っても負けても、皇帝になる事がない。
しかし、目的は同じだ。
フュンは、未来に形ある平和を作れそうなレオナ・ブライルドルを。
ゲインは、我が血の系譜を受け継ぐロビン・ブライルドルを。
皇帝にしようとしている。
二人は、将来のオスロ帝国を見ているのだ。
未来の為に、己が信念の元に戦う。
それが、オスロ平原の戦いとなっている。
フュン・メイダルフィアの最後の戦いの結末は・・・・。
この先でわかるだろう。




